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道場

「…………」

 静寂に満たされた道場の中。道着に着替えた俺は誰もいない道場の硬い床に正座し、精神統一していた。


 パシッ。


「……師匠」

 頭に軽く打ち込まれた竹刀の感触に俺はため息を吐いた。

 振り返ればそこにいたのは道着に身を包み、その手に竹刀を持った老人。

 還暦もとっくに過ぎたというのにその身は引き締まり、腰も一切曲がっていない。何よりも、その身に纏う気迫はとてもではないが常人のそれではない。

 その人物の名は夜月宗源(よづきそうげん)

 凛の祖父にして、ここ宗真流剣術道場の師範。そして、俺の師匠でもある人物だ。剣術道場とはいっても剣術以外にも槍術や弓術、組み打ち術なんか教えているが。

 ちなみに、宋真流の宋真とは師匠の先祖でこの流派を立ち上げた人の名前らしい。

 近所にあるこの道場に俺は昔から通っていた。

 まあ、それも一年前までだったが。

「気配を消してまでなんの用ですか」

「久方ぶりに顔を見せた弟子が弛んでないか確かめただけじゃ。結果は残念なものじゃったがな。これが真剣ならお前は死んでいたぞ」

 師匠は竹刀を肩に担ぎ、呆れたように鼻を鳴らした。

「やらないでくださいよ」

 昔は修行だと言って真剣で打ち合った事もあったが、今の俺ではできそうもない。

「それと、自分でもそう感じたのでこうして恥を忍んで顔を出したんですよ」

「ふん」

 ドカリと師匠は俺の前に腰を下ろした。

「一年ぶりか。あの事故以来めっきりと顔を見せなくなりおって」

「すみません」

「まあよい。そもそも、恥を忍んでと言ったが、儂はお前を破門にした覚えはない。ここに来るのに何を恥ずべき事がある」

「……ありがとうございます」

 あの事故から全く顔を出していなかったからとっくに破門になっていると思ったんだけどな……。

「それに、儂はまだお前を跡継ぎにと考えておるのじゃがな」

「ご冗談を。今の俺では剣を握る事もできないんですよ」

 一年前。俺は事故に遭って大怪我を負った。その時の後遺症は今も残っている。

 激しく動く事もできないし、右手の握力はほとんどない。

 なんとか一人でも日常生活を送れるくらいまで回復したが、今も走る事はできないし、文字を書くのも一苦労だ。

 こんな俺が道場の後を継ぐなどできるはずもない。

「冗談を言った覚えはない。他に適任者もおらんしな」

「ですが……」

 その申し出自体は昔から何度も言われていた。

 前はそれもいいかもしれないと考えていた。あの頃の俺には剣以外に何もなかったから。だけど、今の俺には……。

「今すぐに答えを出す必要はない。じゃが、考えておいてくれ」

 そう言って師匠は立ち上がり、道場を出ていこうとして立ち止まった。

「ああそれと、これからはもう少し頻繁に顔を出すのだぞ、馬鹿弟子」

「……はい、師匠」

 道場を出ていく背中に俺は頭を下げた。

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