夜の戦闘
「もう日が暮れてきたな」
雑貨屋を出て空を見上げると真っ赤に色づいていた。
「もうすぐ夜になるわね」
メニューで時間を確認すれば時刻は十七時半を回っている。
「基本的にこの世界では十八時で日が沈んで六時に日が昇るの」
「という事は十二時間で昼と夜が入れ替わるって事か」
「違うわ。昼は十二時間。夜は八時間よ」
「む?それじゃあ計算が合わないんだが」
「合ってるわよ。この世界の一日が二十時間なの。メニューに時計が二つあるでしょ?」
言われて改めて見てみると確かに時計は二つあった。
「一つは現実の時間でもう一つはゲーム内の時間なの」
「なんで短いんだ?」
「特定の時間にしかプレイできない人に配慮してじゃないかしら。現実と同じだとずっと夜の間しかプレイできない人もいるでしょ?昼間しか出現しないモンスターだったりイベントもあるの。もちろんその逆もね。だから、そういう人のためだと思うわよ」
不公平にならないための配慮か。運営側も色々考えているんだな。
「まあ、私達にしても夏休み中はともかく、学校が始まったらログイン時間も限られるからそっちの方がありがたいのだけれどね」
「それもそうだな」
「さ、暗くなる前に行きましょう。いいものを見せてあげるわ」
「いいもの?」
「行けばわかるわ」
まあ、考えてもわからない。いつも通りついて行くだけだ。
「これは……すごいな」
俺は荒野の果てに沈みゆく真っ赤な太陽に感嘆の声を漏らした。
「西側にプレイヤーはほとんどいないわ。だから、この景色を見るのは私達が最初かもしれないわね」
「悪くない気分だな。でも、マーネはβテストの頃に見てるんだよな?」
「まあ、そうね」
「なら、今度は本当に誰も見た事のない景色を見に行こう」
「……いいわよ。貴方がそうしたいって言うなら」
俺達はお互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
「でも、今は……」
俺は剣を抜き、飛来した矢を切り払った。
「この無粋な相手を片付けるのが先決か」
矢の飛んできた方に視線を向ければ五体のゴブリンがこちらに向かってきていた。
「本当に無粋ね。でも、いいわ。本来の目的に戻りましょうか。せっかく自分から狩られに来てくれたんだもの」
マーネが杖を構えるのを視界の端で捉えながら俺はゴブリンの群れに向かって駆け出した。
〈ゴブリン十体の討伐が完了しました〉
さらにもう一組ゴブリンの群れを倒すとあっという間に依頼完了のインファが鳴った。
「ずいぶん簡単なんだな」
「元々ゴブリンは群れでいるもの。倒せる実力があるのなら難しくはないわね」
「それもそうか。それにしても、もう真っ暗だな」
それ程戦闘に時間はかからなかったのだが、すでに日は完全に沈み、唯一の光源は空に浮かぶ月のみ。
「あら、こういう時のために光魔法を取ったのよ」
そう言ってマーネは杖を構える。
「ライト」
そう唱えた瞬間、杖の先に光の球が現れ、辺りを照らした。
「光魔法のライトは一応ダメージを与えられるけどそれは微々たるものなの。使い方としてはこっちがメインになるかしらね」
「魔法っていうのは色々便利なんだな」
「そうね。属性によって色々特徴もあるから使いこなせればできる事は広がるわね」
俺は魔法スキルを取っていないが、一つくらい魔法スキルを取った方がいいのだろうか?
「必要ないわよ。魔法は私が受け持つから貴方は前衛に専念しなさい」
「ふむ。まあ、マーネがそう言うならそうするか」
実際俺が魔法スキルを取ったところで使いこなせる気がしないしな。それならもっと上手く使えるマーネに任せた方がいいか。
「それより、そんなゆっくりしていていいの?暗闇の中でこんな光があったら目立つでしょ?」
「まあ、そうだろうな」
「つまり──」
マーネが言い終わるよりも早く、俺は咄嗟に首を傾けた。
その直後、暗闇の中から飛来した矢が俺の頰をかすめ、闇の中に消えていった。
「……なるほど、差し詰め誘蛾灯といったところか」
暗闇の中に浮かぶ五対の瞳。それがこちらに近づいてくるのを確認し、剣を構えた。
「探しに行く手間が省けていいでしょ?」
「まったくだよ」
さっきは不意を打たれたが、いるのさえわかっていれば戦い自体は昼間と変わらない。
昼間と比べれば当然視界は悪いが、夜空に浮かぶ月のおかげで何も見えない程暗くはなく、マーネの出したライトの照らす範囲なら十分な視界が確保できる。
そのうえ、俺が移動すればマーネが操っているのかライトも一緒に移動してついて来ているのだ。
もう何度も戦ったゴブリンが相手なら今さら苦戦もしない。
「足下に気をつけなさい」
なんでもないように告げられた忠告の直後、足下に突如現れた気配に俺は咄嗟にその場から飛び退いた。
それと入れ替わるように背後から放たれた火球が残っていた盾持ちのゴブリンのHPを削り切った。
それを見届け、感じた気配の正体を確かめるべくさっきまで立っていた場所に視線を向けた。
「む、いつからホラーゲームに変わったんだ?」
「あら、RPGにアンデッド系のモンスターなんて定番よ」
そこにあったのは地面から次々と突き出してくる骨の腕。そこからさらに頭、胴、足と出てきて完全な骸骨が姿を現した。
スケルトンLv3
種族:アンデッド
「スケルトン。単体の戦闘力はゴブリンよりも下ね」
「レベルも低いし、武装もしていないしな」
「そのうえ、動きも遅くて戦い易い相手よ。ただ……」
「数が多いと」
マーネに言われなくても厄介さはわかる。なにせ未だに地面から次々と現れているのだ。
「ええ、その通りよ。それともう一つあるわ」
「まだあるのか」
「実際に攻撃してみたらわかるわ」
マーネの言っていた通りスケルトンの動きは遅い。俺は先頭にいたスケルトンに近づき、袈裟斬りを叩き込んだ。
「む」
だが、そのHPはほとんど減っていない。倒せないという事はないが、一体にかなり時間がかかってしまう。
それをこれだけの数相手にすると考えるとどれだけの時間がかかるのか予想もつかない。
「スケルトンに斬撃系の攻撃は効果が薄いわ」
「みたいだな」
一旦マーネの元まで後退し、距離を置いてスケルトンを観察する。
「近接攻撃で倒すのなら打撃系の攻撃が有効よ」
「それ、俺役に立たなくないか?」
とはいえ、本当にそうだろうか?俺はゲームに詳しくはないが、難易度が高めとはいえここはまだ始まりの街周辺。
特定のプレイヤーじゃなければ倒せない敵がいるだろうか?
これがボスだというのならともかく、大量に湧いてくる雑魚モンスターがだ。
「……あの人魂か?」
「ふふ」
俺の呟きにマーネは微笑を持って答えた。
スケルトンの肋骨の中。人間ならば心臓があるであろう位置に人魂が浮いているのだ。
「正解よ。あれがスケルトンの弱点。打撃系以外の物理攻撃はあそこを狙うのよ」
「ふむ、やってみる」
ゆっくりと近づいてきていたスケルトンに再び距離を詰める。
斬撃では肋骨に阻まれて人魂を攻撃できない。ならば……。
肋骨の間を縫うにように突きを放ち、人魂を貫く。
その一撃でさっきはほとんど減らなかったHPが半分以上減少した。
「なるほど、全然違うな」
もう一度人魂に突きを放ってHPを削り切り、一歩横へずれる。
その直後、俺の立っていた場所を通過した火球がスケルトンに直撃し、後ろにいたスケルトンを巻き込んで吹き飛んでいった。
「倒しては……いないか。それでも、八割以上削れているな」
「アンデッド系は魔法に弱いもの」
「なら、こいつらはマーネにとってはいい獲物って事か」
「そうでもないわ。今見た通り一撃で削れる程ではないのよ。範囲魔法を使えるのならかなりいい狩り場なんだけど、範囲魔法が使える頃にはここじゃ物足りなくなるのよね。まあ、一撃で倒す方法もあるのだけれどね」
そう言うとマーネは俺の横に並び、向かってきたスケルトンの肋骨の間に杖を突き入れ──。
「ウィンドボール」
人魂に直接風球を叩き込んだ。
それによってスケルトンのHPは一気に減少し、一撃でその全てを削り切った。
「ね」
「うん、とりあえず今まで通り下がっていてくれ」
スケルトンの動きは遅いが、それでも四方八方から集られてしまうと物量に押し潰されてしまうだろう。
「そうするわ」
「そうしてくれ」
「じゃあ、殲滅するわよ」
「ああ」
後方に下がっていくマーネとは逆に、俺はスケルトンの群れの中にその身を躍らせた。




