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新学期

「おはよー」

「久しぶりー、元気だったー?」

「あーねみー。昨日徹夜でゲームしちまったよ」

「夏休みもっと続かねぇかなー」

「やべぇー宿題全然終わってねぇー」

 闘技大会から一夜明けると、あっという間だった夏休みも終わり、俺は久しぶりに登校していた。

「眠いわ……」

「今日は始業式だから早く寝ろって言っただろ」

 学校ではいつも隙なく振舞っている凛だが、夏休みの感覚が抜けていないのか珍しく眠たげに目を細めている。

「れーん!助けてくれー!」

 そんな凛に呆れていると、一人の少年が駆け寄ってきた。

「宿題なら見せないぞ」

「そう言わずに頼むよ!お前がだけが頼りなんだ!この通り!」

 パンッと顔の前で手を合わせ、必死に頭を下げる。

 こいつの名前は的場健二(まとばけんじ)。中学からの友人だ。

「そのセリフ、毎年聞いているんだが」

「今年が最後だから!」

「それも毎年聞いてる」

 俺はため息を吐いてノートを差し出した。

「本当にこれが最後だぞ」

「おお!流石親友!愛してるぜ!」

「ごめん、無理」

「……そんな冷静に返さないでくれよ」

「冗談はいいから、写すならさっさと写せ。そんな時間ないぞ」

「おお、そうだった!」

 ノートを受け取った健二は一旦自分の席にノートを取りに戻った。

「甘いわね」

「自覚はあるよ」

 俺以外の目があったせいか凛はさっきまでの眠そうな様子を感じさせず、ピンッと背筋を伸ばしている。

 相変わらずの外面だな。

「持ってきたぜ!」

 自分のノートを持ってきた健二は前の席に勝手に座り、俺の机にノートを広げて書き写していく。

「蓮は夏休み中何してたんだ?」

「宿題」

「いや、そういう皮肉じゃなくてさ」

「主に散歩と瞑想かな」

「お前いくつだよ」

「お前と同い年だよ」

 自分でもちょっとばかり年寄りじみているとは思うが、今の俺では激しい運動ができない以上その辺りが限界なのだ。

「あとはゲームだな」

「へぇ、蓮がゲームとか珍しいな。お前ゲームとかあんまやらないだろ?」

「凛に誘われてな」

「ああ、それなら納得」

 中学から付き合いという事もあって健二は凛がゲーマーである事を知っているし、本人も結構なゲーマーでそこそこの腕前であるらしい。

「なんのゲームをやってたんだ?」

「NWOっていうんだけど知ってるか?」

「マジかよ!?ゲーマーで知らない奴はいねぇぞ!俺だってやりたかったのに抽選に当たらなかったんだよ!」

 倍率が高くてなかなか当たらないというのは知っていたが、凛がポンポン当てるせいであまり理解していなかった。

 だが、こうやって改めて言われると凛の強運がどれだけ凄いのか思い知る。

「蓮だけって事はないだろうから夏休み中もり──夜月とずっと一緒だったんだろ?」

 一度凛の名前を呼びかけて凛に睨まれた健二は慌てて言い直した。

「まあ、そうだな」

「羨ましいぞ、この野郎!俺なんていつも野郎ばっかとだったのに!」

 心底悔しそうに叫ぶ健二。夏休み前は今年は彼女を作ってやると息巻いていたが、この様子では今年も叶わなかったようだ。

「ちょっと、そこ私の席なんだけど」

「ん?おお、委員長か。ちょっと待ってくれ。今写してるから」

 委員長と呼ばれたのは健二が座る席の本来の主相川琴音(あいかわことね)。眼鏡に三つ編みで健二が呼んだ通りこのクラスの委員長である人物で健二と同じく中学からの付き合いでもある。

「また朝日君の写してるの?いい加減自分でやりなさいよ。朝日君もこのバカをあまり甘やかせないで」

「気をつけるよ」

「バカって酷くねぇか?」

「それ、この三人の前で言えるの?夏休み前のテストいったい何位だったのかしら?」

「い、いやそれは今関係ないだろ」

 ちなみに、凛は全教科満点で当然のように1位。委員長が4位で俺は29位とギリギリトップ30に入った。健二の順位に関しては……本人の名誉のために伏せるが下から両手の指で数えられるくらいとだけは言っておく。

「しばらくそのノートは貸すから自分の席に戻ったらどうだ」

「うーん、仕方ねぇな。じゃあ、ありがたく借りてくぜ」

 広げていたノートを手早く片づけ健二は自分の席に戻っていった。

「朝日君は本当に甘いんだから」

「染み付いているのかどうにもああいう奴を見ると放っておけなくてな」

 言いながら俺はチラリと隣の凛に視線を向けた。

「何故私を見るのかしら?」

「言わないとわからないか?」

「……私よりももっと他にいると思うけれど。例えば、もうすぐチャイムが鳴るのにまだ来ていない誰かさんとか」

 そう言って凛は未だ空席の自分の前の席に視線を向けた。

「あー、結奈の奴はまた……」

「遅刻でしょうね」


 キーンコーンカーンカーン


「遅刻確定ね」

「だな」

「千草さんにも困ったものね。これなら学校に来てる分的場の方がマシなのかしら」

 チャイムが鳴ってすぐ教室の前側のドアが開き、担任の先生が入ってきた。

「おーし、静かにしろー」

 夏休み前と変わらず気怠げな雰囲気を持つ先生は眠そうに細めた目で教室の中を見回した。

「夏休みが終わって怠いのはわかるけどよー。俺なんて夏休み中も仕事だぜ。それに比べたら長々と休んだ分だけマシだろ?あー、俺も長い休みほしー。教師なんてやるもんじゃねぇな」

「先生の愚痴はいいんで始めてください」

「委員長は相変わらず厳しいなー。もっと肩の力を抜かないと疲れちまうぜ」

「余計なお世話です」

 こんな先生だが、授業自体はわかりやすく、教えるのも上手い事もあってそれなりに人気のある先生だ。

 敬っているというよりは友達感覚で接する生徒が多いのだが。

「千草の奴は欠席かー?どうなんだ、朝日ー」

「何故俺に聞くんですか?」

「お前、千草係だろ?」

「そんな係になった覚えはありませんけど」

「影でそう呼ばれているわよ。基本的に結奈の後始末は貴方がしているから」

「…………」

 初めて聞く衝撃の事実に俺は思わず頭を抱えた。

 いつの間にそんな事に。

「まあいいか。どうせ遅刻だろ」

 この先生もなかなか適当だな。おそらく間違っていないんだろうけど。

「あ、そうだ。今日はこのクラスに転校生が来る事になったから」

 突然告げられた事実に教室がざわめき出す。

「男ですか?女ですか?」

「可愛いですか?」

「格好いい人だといいなー」

 転校生?そういえば、たしか……。

「今から呼ぶから自分で確認しろー。おーい、入ってこーい」

 先生が教室の外に呼びかけると、一拍置いてガラリとドアが開いた。

 入ってきたのは一人の少女。あまり手入れのされていないボサボサの髪で顔を隠し、小柄な体を猫背にしているせいでさらに小さく見える。それに反して胸は大きく制服を窮屈そうに押し上げている。

「あ、赤崎愛でしゅ……です。よ、よろしく…お願いします……」

 やっぱりか。

 つっかえながら小声で話す赤崎に俺は見覚えがあった。前に道に迷っているところに遭遇し、案内した事があるのだ。

 赤崎は髪の隙間からオドオドしながら教室を見回し、一瞬俺と視線が合うとわずかに顔を引きつらせ、すぐに視線をそらした。

 そういえば、俺と関わると面倒な事になりそうだから関わるなと言っていたっけな。

 まあ、そう言うならこちらから理由もなく話しかける事もないか。知らない相手でもないし、何かあれば手を貸す事はあるかもしれないが。

「あれが前に言っていた子なのね」

 ジッと赤崎を見ていた凛がつぶやく。

「ふーん……チッ」

「人前で舌打ちはやめておけ」

 赤崎、正確にはその一部を凛は親の仇のように睨みつけた。

 凛も相変わらずだな。

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