首席騎士様は、天を見上げる
「いいですよ。ていうかそんなに心配しなくても。まだまだ外も明るいですし」
なんだ、そんなことか。悩む必要ないのに。そもそもまだ夕方にもなっていない時間だし……っていうか、わざわざ馬車で送らずとも、リカルド様ならその気になれば転移魔法で一瞬だろうに。
そうは思うものの、リカルド様のことだからあたしの時間を取りすぎることに引け目を感じていたりとか、色々考えてくれたんだろうなぁと思うと、ちょっと微笑ましい。
「そうか、良かった」
心底ホッとしたように目を細めたリカルド様は、おもむろにエントランスの横にあるガラスの扉に手をかけた。
リカルド様がゆっくりと扉を開けると、明るい陽光が差し込んでくる。リカルド様の逞しい腕のむこうには、明るい緑色が広がっていた。
なんだかすごく爽やかな風も入ってくるんだけど、もしかしてお庭?
わくわくするあたしに、リカルド様は「少し歩かないか?」と誘ってくれる。めっちゃ楽しみなんだけど!
扉を開けたまま促してくれるジェントルマンなリカルド様の腕の下をくぐって扉を抜ければ、やっぱりそこは広い広い庭園だった。
「うわぁ~、すごい! 綺麗な庭!」
目の前には色とりどりの薔薇たちが美しく咲き誇っている。散策できるように小道が沢山あって、その両側を可愛らしい薔薇が彩っていて、見た目ももちろん麗しいんだけど香りも素晴らしい。
なんでも、お母様が庭師の皆様とともに丹精込めて育てている、ご自慢の薔薇園なんですって。
うわぁ薔薇も色も形もこんなに色々あるんだなぁ。香りもすごく香るのもあれば、意外とまったく香りを感じないものもある。こんなにたくさんの種類の薔薇みたの、初めてかも。
「リカルド様、あたし薔薇がこんなに色々あるだなんて初めて知りました! このちょっと紫色っぽいの、香りも形もすごく素敵!」
「喜んでくれて良かった」
気がついたら、物珍しくって小道を行き来しては色んな薔薇に顔を寄せて、香りを嗅いだり色んな角度から形を楽しんだりするあたしを、リカルド様が穏やかな顔でみていた。
は、はしゃぎすぎたか……?
ちょっと恥ずかしい。
「ユーリン」
「はい!?」
恥ずかしい……と思ってたところで名前を呼ばれて、知らず声がうわずった。余計に恥ずかしい、と思いながら見上げたら、リカルド様もなぜか固まっている。
「リカルド様?」
「う、む……」
「今、呼びましたよね?」
「呼んだ、が……少しだけ、待ってくれ」
大きな手のひらで顔を覆って、顔を背ける……っていうか、天を見上げている。首が赤くなってる気がするんだけど、気のせいだろうか。