首席騎士様は、席を外す
「ソルト、お前は剣の腕はこの国でも随一だ。だが、考えに柔軟性がなく他者の力を侮りがちなところに難がある。これからお前が隊をもち、ゆくゆくは騎士団を率いることを望むならば、自分の考えに固執せず他者を認め、あらゆる可能性を探り、他者と協力する術を磨かねばならない」
まだ渋い顔をしているお兄さんの胸のあたりに、お父さんはゴスッとグーパンチを入れた。ちょっとだけよろけたお兄さんに、お父さんは「本当はわかってるんだろう?」とニヤリと笑う。
「お前はガキの頃から無駄に意地っ張りで見栄っ張りだったからな。人の上に立つつもりなら、意識して改善しろ」
指摘されたお兄さんは恥ずかしそうに目をそらす。そして少しの間の後、お父さんの目をしっかりと見て、「肝に銘じます! ご指導ありがとうございました!」と直角になるくらい頭を下げた。
そっか、二人は親子であると同時に上司と部下でもあるんだもんね。
そんなお兄さんの姿を見たお父さんの目尻が、優しく下がる。
「リカルドに謝っとけよ」
ひとつお兄さんの肩を叩いてから、お父さんは踵を返し悠然とした足取りで修練場を出て行った。
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「ごめんなさいね、せっかく来てくれたというのに、家族の問題に巻き込んでしまったわ」
目の前では、リカルド様のお母さんが申し訳なさそうに手ずからお茶を振る舞ってくれている。
なんと今あたしは、お母様の自室に招かれておいしいお菓子とフカフカソファで心づくしのおもてなしを受けているのだ。
リカルド様たちが汗を流して着替えるあいだ、「お詫びにおいしいお菓子をご馳走したいわ」ってお母さんが誘ってくれたんだよね。まあ、断れるはずもないわけで。
それにしてもすごいよこの部屋! めっちゃフリルとレースとリボンがひらひらしてるよー。白が基調だけど、部屋のそこここに淡い色の薔薇が生けてあって、めちゃめちゃ乙女チックだよ!
あんなごっついお父さんとお兄さんで、お屋敷のそこここに剣だの鎧だのが飾ってある重厚なイメージで、めっちゃ騎士の家! って廊下から扉一枚隔てたら、そこはもう異世界レベルだよ。そして、お母さんはその雰囲気にびっくりするくらいマッチしている。
「もう涙は止まった?」
「はい! おかげさまで!」
「ソルトがごめんなさいね」
「いえ、謝っていただきましたし……あたしも、勢いでずいぶんと失礼なこと言っちゃったんで」
そう、なんとあれからお兄さんは、気まずそうにリカルド様とあたしに謝ってくれたんだ。まさか、あたしにも謝ってくれるとは思わなかった。