首席騎士様は、状況を見守る③
「これまでも私は、生徒への指導態度について、再三注意してきたはずだよ。それは君の魔術の実力を惜しんでのことだ。君の美しい術式を後進に惜しみなく伝えてくれたなら、若き才能も大きな学びを受けられたのだがねぇ。……残念だよ」
寂しそうに、学長の目尻がわずかに緩んだ。
落ちこぼれのあたしには、学年主任のすごさはよく分からない。正直術式が美しいだとか乱れてるとか、そんなの見分けもつかないし。でも、あれだけ怒っていた学長がそう語るくらいには、きっと実力が高いと言うことなんだろう。
「今回の件に関しての処罰は追って正式に連絡するが……その前に」
言いながら、学長は自らの顔の前で右手をゆらりとはためかせる。弧を描くように軽く指先が動いたかと思うと、その手にはいつの間にか二通の手紙が握られていた。
上質な白い封筒には美しい文字で宛名が書かれているみたいだし、紅い封蠟もしっかりと見える。
転移? 奇術? あたしには学長が何をしたのかさっぱり分からない。まるで、昔街中で見た大道芸みたい。その滑らかな動きに、おもわずため息がでた。
「念書の魔法……? 初めて見た」
リカルド様が小さく呟いたのを聞いて、さらに驚いた。
念書って……魔法で手紙を作り上げたってこと? ていうか、魔法でわざわざ書をしたためる必要性がイマイチ分からないんだけど。
学長の右手がひときわ大きく弧を描くと、手紙がふわふわと空で揺れる。
うわぁ、なんか手紙が鳥みたいに羽ばたき始めた。もしかして、これから宛先へと飛んでいったりするんだろうか。こんな時に不謹慎かも知れないけれど、初めて見る学長の魔法に、あたしの胸は勝手に高鳴った。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「すまぬが、私も報告する義務があるのだよ」
学年主任が血相を変えて学長に詰め寄ろうとした瞬間、学長の前に薄い大きなシャボン玉のような膜が張る。指先がそれに触れた途端、学年主任の体は電撃を受けたように仰け反った。
「ぐ……っ」
くぐもったうめき声を上げる学年主任を冷ややかな目で見下ろして、学長は小さく「行け」と呟く。
羽ばたく手紙たちが勢いよくどこかを目指して飛び去ろうとした瞬間。
「行くな!」
学年主任の両手から、凄まじい熱量の炎が手紙めがけて吹き上げた。
まるでファイアバードみたいに、炎が渦巻きながら一直線に伸びていく。小さな手紙を狙うには余りにも強力な魔法。
あの手紙っていったいなんなの? そこまで必死に止めないといけないもの?
炎が手紙に到達しようというその時。
「見苦しいわ」
美しい声が響くとともに、水の壁が出現し炎の行く手を遮った。