首席騎士様は、ほぼ大型犬
なんだか声が聞こえた気がして起きてみたら、首席騎士様……じゃない、リカルド様がものすごく慌てた様子で「切るぞ!」と叫んでいた。
「どうしたんですか? 今、切るぞって……」
言った途端にリカルド様がバッと口を押さえる。そして、項垂れてあからさまにシュンとしてしまった。
「すまない……口にでていた。よく眠っていたのに起こしてしまったな」
「いえいえいえ! こんな場所で安眠できるなんて、そもそも結界のおかげですから!」
いやホントに。いつ魔物に襲われるか分からない野宿ってシチュエーションで、こんなに爆睡できるって思ってなかったから。そんなにシュンとしなくても。
慌ててフォローめいた発言をしたら、リカルド様は一瞬唖然とした表情をしたあと、目尻がわずかに下がって雰囲気が一気に和らいだ。
「君は優しいな」
「……!」
なんだコレ、ちょっと可愛いんですけど。
なんだろう、リカルド様がなんかこう、大型犬に見える。
初対面の時は、深い紺色の髪と鋭い目つき、人を寄せ付けない仏頂面にビンビン発されている威圧感、さらには上背が高いことも相俟って狼みたいな人だなぁなんて思ったけど、今やその張りつめた空気感なんて微塵も感じない。
いたずらしたのに叱られなくっておずおずと尻尾を振っているような、控え目な感情表現に、大の犬好きのあたしとしては頭をナデナデしてあげたい衝動が、体の底から湧き上がって来てしょうがない。
ダメだから! リカルド様は人間だから!
動き出しそうになる右手をぐっと抑え、気を紛らわせるべくあたしは必死で会話を探した。
えーと、えーと……そうだ!
「リカルド様、さっき切るぞって言ってた、あれは?」
「あ……」
リカルド様は途端に気まずそうに眼を逸らす。
しまった、これは追及してはいけないパターンだったのか、と内心はらはらしたけれど、結局リカルド様は口を開いてくれた。
「念話だ。ジェードが、話しかけてきて」
「えっ、ジェードさん? 切っちゃって良かったんですか?」
応えてくれたのが嬉しくて、つい顔がほころんだ。逆にリカルド様はなぜか苦~い顔で「いいんだ」と一蹴する。
「説教されてただけだしな」
「説教」
まさかこの魔法学校の生徒で、首席騎士とまで言われるリカルド様を説教できる人がいるなんて、考えた事もなかったよ。ジェードさん、なかなかの勇者だな。
あたしがポカンとしていたせいか、リカルド様はハッとしたように目を僅かに開いて、次いで急激に真っ赤になった。
「い、いや、その、君に優しくしてやれと、アドバイスというか、その」
しどろもどろですが。しかもなにその説教。
「充分、優しくしていただいてますけど……」
これ以上リカルド様に何をしろと言いたいんだよ、ジェードさん。
何を以ってジェードさんが、そんなアドバイスとやらをかましたのかが分からなくて、小首を傾げるあたしに、リカルド様はまたもや「ありがとう」と謎の感謝をしていた。