宿屋へ帰ろう
転移の時は手をつなぐどころか抱きしめられることもちょいちょいあるのに、やっぱり必要性もなく手をつなぐのは恥ずかしいんだろうか。
でもさ。知り合いもいないようなこの街なら、ちょっとはハードルが低くなるって思うんだけど。あとから噂になったりとかもしないだろうし、こんなチャンスは滅多にない。リカルド様、なんとか思い切ってくれないかな。
「リカルド様、ダメですか?」
「ダ、ダメというのでは、ないのだが」
「お願いです。ここなら誰も見てないし」
顔から火が出そうなくらい真っ赤なリカルド様は、数秒ののち意を決したように手を差し出し……一瞬でひっこめた。
「あっ!」
なんて往生際の悪い。と思ったら、リカルド様は慌てたようにハンカチを取り出し、一生懸命手のひらを拭いている。なるほど、それはしょうがない。
「す、すまん。緊張で、手が……」
改めて手を差し伸べてくれたから、引っ込められないうちに慌ててその手をとった。リカルド様の手をしっかりと握ると、剣の柄があたるだろうところが固くタコのようになっているのが感じられる。
それがなんだか微笑ましい。だってこれって、リカルド様の鍛錬の証なんだと思うから。
「ユーリン?」
「ふふ、リカルド様の手、ゴツゴツしてる。子供の時から頑張ってきた証拠ですね」
笑って言えば、リカルド様は安心したように微笑んだ。リカルド様の手から、フッと力が抜けたのが分かる。
こうして私とリカルド様は、つかの間、お手々をつないでお散歩デートを楽しんだ。穏やかな港の風の中、異文化が融合した町並みここをリカルド様とこうして二人歩けるのが嬉しい。
冷静に考えるとなんてことないことなのに、ここまでくるの、長かったなぁ……。
しかし喜びを噛みしめていられる時間は短い。
ゆっくりゆっくり歩いても、角までの距離なんてたかが知れている。残念だと思いながらもリカルド様の手を離して角を曲がったら、直線で今晩のお宿が見える。そして、その宿のあたりには、見知った二つの人影があった。
「おーい! リカルド!」
向こうからも見えたのか、早速ジェードさんがこっちを見ながら手を振っている。あの様子なら、ジェードさん達もそれなりに収穫があったんだろう。
「ジェード達か」
「あっちもちょうど帰ってきたところだったんですね」
ちょっとだけ顔を見合わせてから、あたしとリカルド様は宿屋へと急ぐ。今日は沢山の情報を得ることが出来た。早くみんなに伝えて、明日の方針を決めなくちゃ。