首席騎士様は、颯爽と現れる
きっと間に合う、結界に逃げ込めるってそう思ったのに、まるで周りの総てがスローモーションになったみたい。
こんなに僅かな距離なのに、結界に指先が触れるまでがやけにゆっくりに感じられる。背後で魔物が草を蹴る音が、生々しく耳に響いた。
まさか、死なないよね? あたし。
縁起でもない考えが、瞬間、脳裏をよぎった。
「させるかっ!」
突然の叫び声と共に聞こえたのは、肉と骨を断つ音、魔物の断末魔。同時に、あたしの体は思いっきり突き飛ばされて、結界の中に勢いよく転がり込んでいた。
なんとか体勢を立て直して振り返ったら、首席騎士様が血まみれの剣を右手に掲げたまま、左手で風の刃を無数に生み出し、一斉に魔物に叩き込んでいた。
すごい……。
剣も魔法も、ダブルで使えるんだ。
圧巻の戦闘センスに、もうただ茫然と見守る事しかできない。
首席騎士様は、もう何の魔物だったのかすら判別がつかないほど完全に息の根を止められた魔物を一瞥すると、ヒュッと音を立てて剣を振り、血糊を落として剣を鞘に納める。
そして、無表情のまま結界の中に悠然と帰還した。
「あ、あの、ありがとうござ……」
「結界の外に出るなと言ってあっただろう!」
「っ」
結界が震えるほどの怒声だった。
「死にたいのか!」
さらに怒鳴られて、思わず涙がじんわりと浮かんでしまった。
自分が情けなくて。
ただでさえ何の役にもたたないのに。せっかく結界だって張ってくれたのに。言いつけさえ守れないで、結果、迷惑をかけるだなんて。
自分のダメさ加減が嫌になる。
「……その、すまん」
あたしが泣いてしまったからだろう、首席騎士様は、なんとも気まずそうに目を逸らす。
「違……っ、あたし、ごめんなさい……」
最悪だ、しかも気を遣わせてしまった。涙を止めようと思うのに、溢さないようにするので精いっぱいだ。
申し訳ないと思っているのに、命が助かったという安心感や、帰って来てくれたという嬉しさもやっぱりどこかにあって、どうしても込み上げてくるものが抑えられない。
「すまん」
「違うんです……ほんと、すみません」
ちくしょう、涙よ止まれ。これ以上、首席騎士様に気まずい思いをさせてどうするつもりだ、自分に言い聞かせてぐっと顔をあげる。
そして、思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい! もう絶対に結界から出たりしません! ……あと、本当に助けてくれてありがとうございました」
「あ、ああ」
あたしの勢いに、首席騎士様は少し驚いたようだけれど、視線をあちこちに泳がせたあと、ぽつりと一言、こう口にした。
「君は、魔力が高いだろう」
「……?」
確かにあたし、魔力だけは豊富にあるけど、急になんでその話? 首席騎士様が何を言いたいのかは分からぬまま、とりあえずあたしは首肯した。