記憶喪失
「《ヒール》ッ!」
瑞波がそう叫ぶと、ベッドに仰向けに寝転がした銀髪の少年が緑色に光る。
この世には不可視の力『魔法』が多く存在しており、それぞれ発動者の属性と実力に見合った魔法を放つことが出来、口に唱えることで発動できるのだそう。
そしてこの《ヒール》という魔法は、回復魔法の中でも最弱の部類に入る。だが、今の状況ではこれで充分だろうと瑞波は判断した(瑞波はもう一段階上の回復魔法も使えるが、それは効果範囲が広いだけで、回復力は同じなのだ)。
「この人…本当に大丈夫かな…?」
アストレアは少年の身の安全を案じている。
「どうかな…これで多少は楽になるでしょうけど…」
瑞波はそれに心配そうに返答する。
どちらにしても、この少年に一体何があったのかは検討が付いていない。
顔色は見る限り全くの健康状態であり、異常そうなところは一切見受けられない。
ただ、明らかにおかしいと言えるところも幾つか存在している。
頭髪の一部の流れに違和感があったり、少し長く伸びた後ろ襟の奥に対称な二つの穴が開いていたり……
それが何なのかは、全く分からない。
「――っ、ぅっ…」
…と、そこで少年が目を覚ましたようだ。
金色の眼が開く。
「あっ、気が付いたのね…良かった…」
「だな、良かった良かった…」
瑞波とアストレアは揃って安堵の息を吐いた。
「…?」
少年は頭に疑問符を浮かべそうな顔をし、起き上がろうとする。
「あ、待って待って。まだ安静にしておかないと」
が、瑞波がそれを止めるよう言う。
それに従って、少年は大人しくベッドに横たわる。
「…こ、ここは一体…?」
開口一番、少年は今いる場所が何処だかを問う。
もちろんそれには瑞波が答える。
「ここは私の家よ。大光国大森林の大木の中。貴方が森の中で倒れてたから連れてきたの」
「大光国、大森林…?」
またもや、少年は謎そうな顔をする。
瑞波の家以前に大光国を知らないようである。
「…瑞波、一旦あたし達の自己紹介でもした方が良いんじゃないか?」
その少年の反応を察したアストレアは、瑞波にそう催促する。
「…それもそうね」
そう言った瑞波は胸に手を当て、息を少し吸ってから話す。
「…私はこの森に住んでいる、森忍者・霞野瑞波よ。この森ほほとんどは私の管轄下にあるようなものよ」
「霞野、瑞波…」
続いて、アストレアも話す。
「そしてあたしは瑞波の幼馴染、焔光魔女・アストレア・レッドスター。瑞波の家に居候の形で住ませてもらってるよ」
「アストレア、レッドスター…」
少年は、二人の名前を鸚鵡返しするだけ。
目覚めてすぐなのが原因なのか、それとも倒れていたのが原因なのか、その言葉には生気がない。
「それはそうと…貴方の名前は?」
瑞波が少年に言う。
しかし少年は――
「――ぼ、僕は…僕は――っ、思い出せない…っ――」
――と言った。
頭を抱えながら。
「…え、もしかして――!?」
「あ、あぁ…この様子…もしや、記憶喪失か――!?」
二人は少年の反応に驚愕し、理解する。
「何だってそんなことに――」
「――――瑞波ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
アストォォォォォォォォォォッ!!!」
「わぁッ!?」
瑞波が台詞を放つ最中、青長髪紅眼の、ネックとヘッドホンを付けた少女が思いっ切り叫びながら家の中に殴り込んできた。
「どっ、どうしたの、Sakumiッ!?」
瑞波は瞬時に後ろを振り向き、その少女に言った。
どうも、上野ウタカタです。
早速新話です。
今回からゲストキャラ(僕の作ったわけではないキャラ)が出ます。
結構な数がいるので、順次出していこうと思います。