4. お休みの日
お菓子の家に指輪の保管場所を作ったのはいいものの、ティアラローズはどんな指輪にすればいいかわからず迷っていた。
せっかくなので紙にデザインを描いてみたりしたのだが……あまりしっくりこない。
別に指輪を作らなければいけない期日があるわけではないのだが、なんだか急がなければ……と思ってしまうのだ。
ティアラローズが机に向かって唸っていると、オリヴィアが「でしたらウィンドウショッピングで指輪を見たらいかがですか?」と提案してくれた。
後ろに控えているレヴィも「いいですね」と頷いている。
「もちろん購入しても問題ないです。というか、アクアスティード陛下におねだりしたら街中の指輪を集めてくれそうですね……!」
名案では!? と目を輝かせるオリヴィアに、ティアラローズは「ストップ!」と声をあげる。
「指輪はそんなに必要ないわよ!? そもそも、普段からあまりつけないし……」
ティアラローズがつけている指輪は、左手の薬指に二つだけ。
結婚指輪と、アクアスティードから星空の王の力を受け取ることができる星空の王の指輪だ。
アクアスティードは、妖精王の指輪三つから作った悪役令嬢の指輪をつけてくれている。
だからほかの指輪をつけたいとは思わないのだ。
――お菓子作りをするのにも、指輪がいっぱいあると不便だし……。
と、半分は趣味的な理由もあるけれど。
「そうですか? 残念です。わたくしはもっとティアラローズ様を着飾りたいのに……」
「十分着飾ってもらってるわよ?」
ドレスはティアラローズに似合うものを専属のデザイナーが考えて仕立てているし、使われている素材も高品質のものだ。
装飾品も揃っているので、十分贅沢をさせてもらっているとティアラローズは思っている。
「どちらかというと……」
なのでティアラローズはどちらかといえば、ルチアローズとシュティルカとシュティリオを着飾ってみたいとも思っている。
やはり我が子にはなんでも買ってあげたくなってしまうし、可愛いドレスや格好いい衣装を着せてあげたいのだ。
「ルカとリオは双子だから揃いの衣装が多いけれど、ルチアとはあまり合わせていないから……何かお揃いのものをプレゼントしたいとも思っているの」
「それはいいですね! 三人並んだら、それはもう可愛さマックス……うぅ、想像しただけで……っ!!」
「オリヴィア様!?」
ティアラローズが慌ててハンカチを出したが、控えていたレヴィが「大丈夫ですよ」と首を振った。
「興奮しただけで、鼻血は出ていませんから」
「そうなの? よかった……わ?」
オリヴィアが鼻血を出すので、なんとなくティアラローズもハンカチを常備するようになってしまった。
これではどちらが侍女かわからない。
「……おや、アクアスティード陛下たちが来られたようですよ」
レヴィが扉の方を見ると、楽しそうな話声と子どもの足音が聞こえてきた。どうやらアクアスティードがルチアローズとシュティルカとシュティリオを連れてきたようだ。
ノックの音とともに、「お母さま~!」という可愛い声が聞こえてきた。
すぐにレヴィが扉をあけると、ルチアローズが飛び込んできた。可愛いワンピースに、円系の白い鞄を持っている。
まるでお出かけの準備みたいだ。
ティアラローズがアクアスティードに視線を向けると、苦笑しつつ頷いた。
「ルチアが街へ行ってみたいみたいでね。支度までして張り切ってるんだ。私も仕事は切り上げられるから、ティアラが大丈夫そうなら出かけようかと思って」
「そうだったんですね。わたくしは大丈夫ですよ。……実は、どんな指輪にしたらいいかさっぱり思い浮かばなかったんです」
だから気分転換になるし、家族と出かけられるしで、ありがたいくらいだ。
オリヴィアもウィンドウショッピングを推奨していたこともあり、うんうんと力強く頷いている。
ということで、家族で街へ出かけることになった。
***
子ども三人は、あまり王城から出たことはない。
エリオットとフィリーネの屋敷へ遊びに行くことは何度かあったか、こうやって街の中を歩くことはほとんどない。
ルチアローズは何度かあるけれど、シュティルカとシュティリオが初めてなのだ。
「わ、人いっぱい!」
「すごい!」
シュティルカとシュティリオは目をキラキラさせて、街並みを見ている。あっちこっちを指さして、「あれは?」「なに?」とティアラローズとアクアスティードに問いかける。
アクアスティードが、その一つ一つを丁寧に説明していく。
「あれはお店といって、いろいろなものを売っているんだ。あっちはパンを、あそこではお菓子を、ここはお花を売っているよ」
「「へえぇ~!」」
双子は感心したように頷いて、「お菓子!」と製菓店へ向かって走っていった。確実にスイーツ好きとして育っているようだ。
すると、そのあとをルチアローズが「わたしも!」と言って追いかける。その後に続くのは、アクアスティードとティアラローズだ。
さらにその後を、こっそり護衛のタルモたちが追っている。今回は子どもたちがいるので、いつもより人数は多めだ。タルモが指揮を執り、数人で護衛している。
「可愛いクッキーだ!」
シュティルカたちが走っていった先は、クッキーを販売している屋台だった。
クッキーはハートやひし形、動物や家の形に作られている。女性や子どもに人気が高いようで、何人かのお客さんが並んでいる。
「ルチア、ルカ、リオ。ほしいときは並ぶのよ。順番がきたら買えるの」
「「「はーい!」」」
子どもたちがティアラローズの言葉に元気よく返事をすると同時に周囲がざわわわっとざわめいてこちらを見た。
「え、え、え、え、え、待って、ティアラローズ様に……アクアスティード陛下!?」
「ということはもしや、あの三人はお子様!?」
「姿絵で拝見した通りのかわいらしさだわ!」
特に変装をしていたわけでもないので、ティアラローズたちだということは街の人たちに一瞬でばれてしまったようだ。
ティアラローズとアクアスティードは顔を見合わせて微笑み、軽く手を振る。すると街の人も笑顔になって、手を振り返したりしてくれた。
シュティルカとシュティリオはティアラローズの後ろに隠れて、ルチアローズは同じように手を振っている。
アクアスティードはシュティルカたちと目線が合うようにしゃがみこんで、「怖くないよ」と微笑む。
「みんなルカとリオのことが大好きなんだよ。だから手を振ったら嬉しそうにしてくれただろう?」
「……ん」
「あい!」
シュティルカとシュティリオも同じように手を振ると、街のみんなはその可愛さにメロメロだ。なかには、「幼少期の陛下そっくりだ!」という声もあがっている。
そのまま屋台に並んでいたら、前に並んでいた女性が声をかけてきた。
「あの、先にどうぞ……陛下」
「いえ。今日は家族プライベートできていますし、どうぞお気遣いなさらないでください」
「は、はいっ!」
恐縮してしまったのか、女性は上ずった声で返事をすると何度も頷いた。どうやらかなり緊張させてしまったようだ。
しかしシュティルカとシュティリオが「お姉ちゃん」と女性に手を振ったので、自然と笑顔が戻った。
少し並ぶと、ティアラローズたちの順番がやってきた。
子どもたちが「どれにしよう」とクッキーを見ると、店主が緊張した面持ちで「いらっしゃいませ……!」とクッキーの説明をしてくれる。
ティアラローズが子どもたちを見守っていると、ふいに視線を感じた。アクアスティードだ。
「ティアラはどれがいいの?」
「え? わたくしは……その……」
今日は子どもたちが好きなものを買えたらいいと思っていたので、ティアラローズは特に自分の物を買うつもりはなかった。
が、クッキーをじいっと見ていたことはアクアスティードにバレバレだったのだろう。
「……わたくしも食べたいです」
「ふふ、正直でよろしい。ティアラも好きなものを選ぶといい。あそこのベンチで食べよう」
「はい」
ティアラローズが白状すると、アクアスティードがくすくす楽しそうに笑う。
「ルチアはそれにしたのかい?」
「うん!」
ルチアローズが持っているのは、剣の形のクッキーだ。全体的に細い作りになっているけれど、折れることなくしっかり形を保っている。
騎士になるのが夢だというルチアローズにぴったりのクッキーだ。
シュティルカとシュティリオを見ると、それぞれ月の形と猫の形のクッキーを選んで満足そうにしている。
「お会計は……ルチアにお願いしようかしら?」
「わたし?」
「そうよ。こうやってほしいものを買うときは、対価としてお金が必要になるの」
ルチアローズもお金の使い方などは勉強して知っているだろうけれど、実際に使う機会というのはほとんどない。
なのでティアラローズは簡単にだけれど説明をし、お金を手渡した。
お金を手にしたルチアローズは目をキラキラさせて、「任せて!」と力強く頷いた。どうやら使命感に燃えているようだ。
ティアラローズとアクアスティードはその様子を微笑ましく見守る。
ルチアローズは「これください!」と、全員のクッキーと、さらにもう一つハートのクッキーを手に取って店員にお金を渡した。
「ルチアは一枚じゃ足りなかったか」
直前で自分の分を二枚に増やしたルチアローズに、アクアスティードは笑う。
しかしシュティルカとシュティリオは一枚ずつなので、ルチアローズだけ二枚というわけにも……とティアラローズは焦る。
「ルチア、一枚ずつにしましょう? ほかのお店も行くかもしれないし、夕飯もあるでしょう?」
ご飯が入らなくなってしまっては大変なのでそう説明したのだが、ルチアローズは首を振った。
「これはお父さまのぶん!」
「え……アクアの?」
「私の分だったのか……ありがとう、ルチア」
「どういたしまして!」
ルチアローズの言葉に、ティアラローズたちだけではなく見守っていた周囲の人たちもほっこりした。
買ったクッキーはベンチに座り、家族で仲良く食べた。