2. 森の書庫の管理妖精
キースの言葉に、ティアラローズはハッとした。
――そうだわ、妖精王はそれぞれ指輪を作っていたわ。
妖精王の作った指輪は、妖精王と妖精王に祝福された人物しか入ることのできない場所に置かれていた。
ティアラローズも以前、祝福されているので妖精王の指輪を手に入れたことがある。そのときはまあ、いろいろと大変な目にあったものだ。
「わたくしはお菓子の妖精王の指輪を作り、その保管場所をお菓子の家に用意しなければいけない……ということかしら?」
「そういうことだ」
ティアラローズがすべきことを上げると、キースが頷いた。
「お菓子の妖精王としてのティアラの指輪か……。なんだか可愛らしいものができそうだ」
お菓子が載った指輪を想像したらしいアクアスティードが、くすりと笑う。確かにケーキがついた指輪は可愛いし、前世でもおもちゃなどでよく見たとティアラローズも思う。
「それだと、ルチアにつけたら似合いそうですね」
「ああ、確かに。……でも、おてんばをしている間に壊したりしてしまわないか心配だ」
「……あり得ますね」
妖精王の指輪が壊れるかどうかはさておきとして、装飾のついた指輪では外で遊んでいるときや、最近始めた剣などの稽古の際に邪魔になってしまうだろう。
ティアラローズはキースに向き直ると、話を進める。
「キース、指輪の作り方を教えてちょうだい」
「普通、妖精王は自然と作り方がわかるはずだが……」
「え」
なぜわからない? と言いたげなキースの言葉に、ティアラローズは目を瞬かせる。自然に作り方がわかるなんて、そんな発想はなかった。
……できることなら、自分も自然と作り方を知りたかった。
――悪役令嬢の指輪なら作ったけれど、それとは状況も違う……。
「うぅん……」
もしかしたら、集中すれば指輪の作り方が脳内に浮かび上がるのではないか? そう考え、ティアラローズは目を閉じて神経を研ぎ澄ます。
集中したことにより自分の魔力を感じることはできるけれど――残念ながら、指輪の作り方が脳裏に浮かぶとか、そういったことはない。
「駄目みたいだわ」
ティアラローズが肩を落とすと、アクアスティードが「大丈夫だよ」と気遣うように微笑んだ。
「お菓子の妖精王になったのも、かなり特殊な経緯だからね。今回はキースに作り方を教えてもらえばいい」
「そうですね」
アクアスティードの提案に頷いてティアラローズがキースを見ると、さっと顔を逸らされた。
「……キース?」
「キース、もしかして……」
嫌な予感がして、ティアラローズとアクアスティードは頬が引きつる。まさか、まさかとは思うのだが……。
「随分昔のことだから、指輪の作り方は忘れた」
「…………」
キースの言葉に、がっくり肩を落とす。まさか指輪の作り方を忘れたと言われるなんて、思ってもみなかった。
「じゃあ、つまり、その……キースはもう指輪を作ることはできないの?」
「いや、指輪が必要になってもう一度作ることになったら、方法は頭の中に浮かんでくるはずだ。今は必要がないから、浮かばないけどな」
「それだと、わたくしに指輪の作り方を教えてもらうのは無理そうね……」
これは困った。クレイルかパールに指輪の作り方を教えてもらう方がいいだろうか? それとも、キースに書庫へ連れて行ってもらって調べた方がいいだろうか?
ティアラローズが悩んでいると、突然ドサドサドサーッと大きな音が聞こえてきた。
「――っ!?」
驚いて声をあげるよりも早く、アクアスティードがティアラローズを抱きしめ、キースは庇うように前に立った。
……が、特に何も起こらない。
「下から聞こえてきたみたいだね」
「書庫か?」
「本が崩れたのかしら?」
ひとまず危険はなさそうなので、ティアラローズたちは書庫へ行ってみることにした。
キースの城にあるのは、『森の書庫』だ。
マリンフォレストの様々なことが葉の本に記録されている場所で、何かあるとここへ調べに来ることも多い。
木の机と葉の椅子に、暖色の花のランプ。本という形はあるけれど、葉で作られているので、本棚に見立てた木に装飾のように収納されている。
今までは比較的放置していたけれど、ここ最近は以前よりも調べ物の頻度が上がったためお洒落に改装してある。
「私とキースが先に入るから、ティアラは安全を確認できるまでここで待っていて」
「なんか崩れでもしたんだと思うが……」
「わかりました。気をつけてくださいね、アクア、キース」
アクアスティードとキースが中に入っていくのを見送って、ティアラローズは入り口の前で待つ。
――何事もないといいのだけれど……。
ティアラローズがソワソワしながら待っていると、中から「今助けてやるからな!」というキースの声が聞こえてきた。
「え、怪我人……?」
もしかして、森の妖精に何かあったのだろうか? ドッドッドッとティアラローズの心臓が速くなる。
すると、すぐに扉が開いてアクアスティードが顔を出した。
「危険はないから、入って大丈夫だよ」
「はい! アクア、キースの助けるっていう声が聞こえましたが……中で何が?」
自分にも何かできるかもしれない! ティアラローズがそう思って書庫へ入ると、奥で大量の葉の本に森の妖精が埋もれていた。
「……え?」
「私も詳しくはわからないんだけど、本がすごく好きらしいんだ」
時間を忘れて本を読んでいたら、埋もれてしまった……ということらしい。キースが葉の本をどかしている。
すぐに埋もれていた妖精は救出され、『助かりました~!』と笑顔を見せた。
『はあ~~面白かった! やっぱり本はこの世の宝です!』
「ったく。最近見かけないと思ってたら、引きこもって本を読んでたのか」
『いやはや……。百年ほど夢中になっていたようですね』
ティアラローズが来たことに気づいたキースが、森の妖精を紹介してくれた。
「こいつは本が好きで、書庫の管理をしてもらってる」
『どうぞよろしくお願いします!』
葉の本の山の中からぴょこりと飛び出してきたのは、書庫の管理をする森の妖精。
ほかの森の妖精とは少し違っていて、眼鏡をかけ、緑の内巻きのボブヘアに帽子をかぶっている姿は知的だ。エプロンを身につけていて、大きなポケットには本を修理するための道具が入っている。
挨拶をしてくれた森の妖精に、ティアラローズとアクアスティードは目を瞬かせる。今まで会ったことのある森の妖精とあまりにも違ったからだ。
――なんというか、すごく……しっかりしているわ。
普段の森の妖精といえば、きゃらきゃら笑ってティアラローズの口に食べられる甘い花を突っ込んできたりするのだ。
なのに眼前に現れた妖精は、葉の本を大切に持ち誇らしげな表情をしている。本が好きなのだということが、すぐにわかった。
――本を読んでいるから、語学に強いのかもしれないわね。
「俺は管理人って呼んでるが、好きに呼んでくれ」
『王様、管理人じゃなくて司書です! 森の書庫の司書! 間違えないでください!!』
「どっちも同じだろ?」
『大違いです!!』
どうやら管理人と呼ばれたら怒るようだ。ぷりぷり頬を膨らめている姿は、申し訳ないけれど可愛いと思ってしまった。
ティアラローズとアクアスティードは森の妖精――司書の前に行って、挨拶を返す。
「初めまして、司書さん。ティアラローズ・ラピス・マリンフォレストです」
「夫のアクアスティード・マリンフォレストだ」
『んへへへへぇ、司書って呼んでもらえちゃったあぁ!』
ティアラローズの発した司書という単語で、一瞬で表情が崩れた。司書と呼ばれるのが嬉しくてたまらないようだ。
さっきまでの知的な雰囲気も一瞬で吹き飛んでしまったが……。
「キース、こんなに嬉しそうなのだから呼んであげたら?」
「別にしてることは一緒だし、どっちでもいいと思うんだけどな。仕方ない。ティアラに免じて司書と呼んでやるか」
『んへへへ~! 王様、ありがとうございます!!』
司書は抱きしめた葉の本でにやついた口元を隠し、『司書……』とうっとりした瞳で言葉を反芻している。
しかしすぐにハッとして、司書はキースを見た。
『王様が書庫に来るなんて珍しいですね?』
「本が雪崩みたいになったせいですごい音がしたから見にきたんだ。というか、俺だって本くらい読むぞ?」
『いやぁ、本当に助かりましたよ! でも王様? 私がこの前お勧めした本だって、読まなかったじゃないですか~』
ちゃんと覚えているんですよ~! と、司書がんへへと笑う。
「……ったく。まあいい。ちょうどいいから、ティアラの必要な本を探させるか」
『必要な本があるんですか!? それは司書の出番ですね!!』
ぴくぴくっと反応した司書は、ぎゅんっとものすごい速さでティアラローズの眼前へ飛んできた。
本に関することだと、いつも以上の力が発揮されるようだ。
『ティアラローズ様はどんな本をお探しですか? お名前にラピスが入っているということは、ラピスラズリ王国から嫁いでこられたのでしょうか? そのあたりの本もありますよ。王族ではなく貴族でしたら、婿入りで来た方もおられますから。ここに来られているということは王様に祝福されているでしょうから、特殊な植物の育て方の本などもお読みいただくことができます。ほかには――』
「話を聞け!」
『ひゃいっ』
マシンガントークを止めるために、キースが司書の首根っこを掴んで持ち上げた。放っておいたら、いつまでも話が止まらなさそうだ。
ティアラローズは苦笑しつつ、自分がほしい本を説明する。
「妖精王に関する本が読みたいの」
「人間が管理している本の中には、そういったものがないからね」
『妖精王の本、ですか? あるにはありますが……人間が読む本ではありません』
きっぱり告げて、『すみません』と司書が頭を下げた。本の内容によっては、読める人が制限されているようだ。
――そうよね、妖精王のことを簡単に人間に教えては駄目ね。
「ティアラ、見せてやれ」
「え? ――あ、そういうことね」
キースの言葉に、ティアラローズはなるほどと頷く。今のティアラローズは人間ではあるが妖精王というもう一つの姿も持っているのだ。
ティアラローズが確認の意味を込めてアクアスティードを見ると、すぐに頷いてくれた。
司書はどういうことかわからず、不思議そうにしている。
体の魔力を意識し、ティアラローズはお菓子の妖精王である猫へとその姿を変えた。ばさりと床に落ちたドレスは、森の妖精たちが回収してハンガーにかけてくれている。
可愛い白猫の姿をした、お菓子の妖精王ティアラローズ。
ふわふわの白猫で、触り心地のよいロングヘア。種類はペルシャに似ていて、顔はぺちょっとしている。
一見可愛い猫だが、その瞳は王の証である金色だ。
『えええええぇぇぇっ!? え、待って下さい。どういうことですか? 金色の瞳は王の証で……いやいやいやいや、そういえばアクアスティード様も金色の瞳ですね!? 私が読書に没頭している百年の間にいったい何があったのですか!?』
「落ち着け」
『ひゃい……』
キースが再び大混乱している司書のくびねっこを掴み、落ち着かせる。
「ティアラは新しく生まれたお菓子の妖精の王だ。アクアは生まれつき金の瞳を持つ現国王で、星空の王でもある」
『なんと!! そんなすごいことが起こっていたんですか!? フェレス様が星空の王の地位を譲られていたとは……歴史書の修正を……いや、もう新しく作り直した方がいいかもしれませんね。となると、材料の葉は……』
「話を聞け」
『ひゃい』
三度の首根っこ掴まれに、司書は涙目だ。情報が多すぎて、何から手を付けたらいいかわからないのだろう。
『ええとええと、妖精の王の本でしたね。妖精王でしたらもちろん読んでいただいて問題ありません。情報の優先順位はありますか?』
司書は眼鏡をくいっとかけなおして、ティアラローズに問いかける。どうやら妖精王の本と一口に言っても、何種類かあるようだ。
アクアスティードに抱っこされたティアラローズは少し恥ずかしく思いつつも、正直に告げる。
「実は、妖精王になったばかりで何もわかっていないの。妖精王がしなければいけない役目や、仕事の内容を教えてほしいの」
「自分の城関係と、指輪の本だな」
『妖精王の手引書ですね。お待ちくださいませ~!』
どうやら求めていた本があるようで、ほっと胸を撫でおろした。
ティアラローズたちが待っている間に、ほかの妖精たちがやってきて雪崩れた本を片付け始めた。
司書を見て『ひさしぶり!』と楽しそうにしている。
しばらく待っていると、司書が戻ってきた。
『準備ができましたので、ご案内します! アクアスティード様も星空の王ですので、ご一緒で問題ありませんよ』
「ああ、ありがとう」
ティアラローズ、アクアスティード、キースの三人は、書庫の奥からさらに地下へ降りた部屋へと案内された。
そこにあったのは木の書見台に置かれた葉の本だ。しかし用意された葉の本には花の鍵と蔦のチェーンがついていた。