13. お菓子の妖精
――確かに星空の魔力をたくさん注いだけど……。
まさか自分の作った苺のショートケーキから妖精が生まれるなんて、考えてもみなかった。
ティアラローズのお菓子から生まれた、お菓子の妖精。
水色の花の瞳に、ショートケーキをイメージした可愛らしいパティシエの制服。見ているだけで愛らしく、その手には一つ製菓道具を持っている。
ティアラローズはアクアスティードと顔を見合わせて、お菓子の妖精の可愛さに頬が緩む。
「こんにちは、妖精さん。わたくしはティアラローズよ」
「私はアクアスティードだ」
二人で自己紹介をすると、妖精はシュババババっとクッキーを作って見せた。あまりの早業に、ティアラローズの目が点になる。
『お近づきの印に、お菓子をどうぞ!』
「ありがとう」
妖精からもらったのは、真ん中に苺ジャムの入ったクッキーだ。
ドキドキしながらいただくと、優しい甘みが口いっぱいに広がる。そして苺の甘酸っぱさが、全体の味を引き締めてくれる。
サクサクのクッキー、しかも妖精の手作りクッキー。オリヴィアではないけれど、ティアラローズは天にも昇るような気持ちになった。
「これは美味しいな……」
「いくらでも食べれてしまいますね」
男女ともに食べやすいクッキーは、素朴な味といえばいいだろうか。懐かしさを感じ、しみじみしてしまうのだ。
『気に入ってくれてよかった!』
妖精がにこーっと笑うと、ティアラローズとアクアスティードに祝福の光が舞い降りた。お菓子の妖精が祝福を贈ってくれたようだ。
「――! ありがとうございます」
「まさか祝福をしてもらえるとは……ありがとう」
『わたしの祝福があると、お菓子作りが上手になるよ』
「それは素敵です」
妖精の言葉にティアラローズは食い気味に返事をする。
――この妖精がマリンフォレスト中に存在するようになったら――
マリンフォレストは、名実ともにお菓子の国と名乗ってもいいかもしれない。なんてことを、ティアラローズはついつい考えてしまう。
なにはともあれ、すべてのお菓子好きがお菓子妖精と仲良くしてくれたら嬉しい。
クッキーを食べ終わると、店内からアカリとオリヴィアがやってきた。
「ティアラ様~、何かありましたか――って、その子は!?」
「え、その小さな子は……妖精!?」
顔を覗かせた二人は、妖精の突然の登場にこれでもかと驚いている。
それもそのはずで、アカリたちも花から新たな妖精が生まれるとばかり思っていたからだ。それがまさか、ティアラローズのお店で誕生するなんて。
すぐさまオリヴィアがハッとして、そのまま崩れ落ちるように床に膝をついた。
「お初にお目にかかります、新たな妖精様。わたくしはオリヴィア・アリアーデルと申します」
『えっあっ、うん……』
妖精が若干引いている。
「はいはーい! 私はアカリ! 新しい妖精をこの目で見られるなんて、ラッキー!」
『それはどうも』
オリヴィアとアカリの挨拶にお辞儀をし、お菓子の妖精は二人にもクッキーを振舞った。すると、ティアラローズと同じように祝福が降り注ぐ。
アカリが「やった~! 祝福だ!」と喜ぶ横で、オリヴィアが硬直している。
「オリヴィア様……? あ、オリヴィア様は確か……どの妖精からも祝福されていないと以前……」
なので、お菓子の妖精とはいえ自分のことを祝福してくれたことがとても嬉しい――を通りこして、キャパオーバーになってしまったのだろう。
壊れた機械のような動きをしている。
お菓子の妖精は厨房を見て回り、『いいところだね』と嬉しそうだ。
『ところで……王様は?』
「え?」
どこにいるの? というような妖精に、ティアラローズは焦る。今生まれたのは目の前にいるショートケーキの妖精だけで、ほかの妖精は見ていないからだ。
「えーっと……」
『王様いないの?』
むしろあなたが王様だと思っていたと言いたいが、そういえば目の色が金色ではないことに気づく。
――それに、王様は人間サイズ?
こうして考えると、王様も未知に溢れているなとティアラローズは思う。もっとキースに話を聞いておけばよかったかもしれない。
ティアラローズが悩む横で、アカリがピコンと閃いた。
「ティアラ様のお菓子から生まれたんだから、ティアラ様が王様じゃない?」
『なるほどー!』
「待ってくださいませ!?」
勝手に人をお菓子の妖精の王様にしないでと、ティアラローズはストップをかける。
そもそも自分には妖精王の自覚はないし、一応人間のつもりだ。さすがに気づかないうちに妖精王になるとは……考えづらい。
「ナイスアイディアだと思ったのにぃ」
アカリがぷくーっと頬を膨らめて文句を言ってくるが、はいお任せくださいというわけにはいかない。
「とりあえず……お菓子の妖精の王のことはあとで考えるとして、ティアラの魔力を渡せるか確認するのが先かな」
「あ、そうでした」
『魔力?』
妖精は『何なにー?』と首を傾げ、こちらを見てくる。
「実は、わたくしの中に星空の魔力があるのだけれど……それが大きすぎて、上手くコントロールできないの」
『それをわたしが受け取ればいいんだね! お任せ!』
「ありがとう」
思ったよりもすんなり許可をもらえたので、さっそく魔力を渡してみることに。
『おててをどうぞ~』
妖精が小さな手を差し出してきたので、ティアラローズはその上に自分の指先をちょんと乗せる。
すると、ぐんっ! と一気に自分の中の魔力が妖精へ移っていくのを感じた。ティアラローズの花に魔力を注いでいたときとは、段違いだ。
――すごい!
これなら、今までずっと自分の中に溜め込んでいたかなりの量の星空の魔力を外へ出すことができる。
あっという間に、ティアラローズの中の魔力は少なくなった。体感で言うと、ルチアローズを生む前位と同じだろうか。
『どう?』
「すごいです。体も軽くなって、魔力も扱いやすくなっている……そんな気がします」
『よかったです~』
もしかしたら、今なら自分の意思で猫になったり人間になったりすることができるかもしれない。
いつ変化してしまうかわからない状態は不安だったが、自分の意思でコントロールできるようになるなら話は別だ。
「魔力を全身に巡らせるイメージで……えいっ!」
「――っ!?」
『わぁっ!』
ティアラローズが猫になると、今まで以上にアクアスティードたちにガン見される。もう何度も猫になっているのに、いまだに落ち着かないのだろうか。
『ふふっ、どうですか? なかなか上手く出来たと――あら?』
「ティアラ様が喋った!」
「喋りましたけど……アカリ様、もっと驚くべき点があるじゃないですか!」
『え?』
自由に猫に成れること以外で驚くことが、ティアラローズには思い浮かばなかった。
別に体も変な感じはしていないし、体だって別段変なところはない。
ティアラローズが不思議そうにしていると、アクアスティードにひょいっと抱き上げられた。
アクアスティードの金色の瞳が、ティアラローズの瞳に移る。
「ティアラの目が……金色になってる」
『えっ!?』
人間だったときは普段通りの水色の瞳だったのに、猫になったとたんティアラローズの瞳はその色を金へと変えた。
言われたことがなんだか怖くなって、ティアラローズは慌てて人間の姿に戻る。元に戻った人間の瞳は、今までと同じ色だ。
「アクア、わたくし……っ!」
ティアラローズはおろおろしながら、どうすればいいのだろうと焦る。
「大丈夫だよ、ティアラ。落ち着いて?」
「あ……すみません、わたくしったら」
アクアスティードに手を取られ、優しく引き寄せられた。そのままこめかみに軽いキスをされて、どうにか落ち着いた。
「ティアラが猫の姿になったとき、お菓子の妖精王になるみたいだね」
「お菓子を統べる王になるなんて、すごくティアラ様っぽくていいじゃないですか!」
「悪役令嬢だからあきらめていたけれど、もしやお菓子の妖精王に祝福してもらえちゃうんじゃ……」
アカリ、オリヴィアともにティアラローズがお菓子の妖精王になった焦りはないようだ。というか、むしろどんと来い! といった様子だ。
お菓子の妖精はティアラローズの頭の上にちょこんと座る。
『もう王様の顔じゃないの? もっと一緒にいたいのに~!』
しょんぼりした様子の妖精に、罪悪感を覚える。
でも、もし仮に、本当の本当にティアラローズがお菓子の妖精王になったとして……いったい何をすればいいのかがわからない。
――魔力を引き取ってもらうのだから、できることはしてあげたいけれど……。
自分に一体何ができるだろうか。
「妖精さん、わたくしにしてほしいことは……ある?」
『あるよ! もっとたくさん、お菓子の妖精を誕生させてほしいの!』
「えぇっ!?」
なんとも責任重大なお願いに、ティアラローズはいったいどういうことだと考える。
「妖精を誕生? ……あっ、もしかしてお菓子を作るっていうことかしら」
『ぴんぽんその通り~!』
大当たりだと、妖精が一生懸命拍手を送ってくれる。
この子はショートケーキから生まれ、ほかの妖精もティアラローズが魔力を使ったお菓子から生まれてくるのだという。
「なら、腕によりをかけて作らないといけないわね」
ティアラローズはぐっと拳を握り、気合を入れる。
「私も手伝うよ。ティアラ一人だと大変だろう?」
「はーい! 私も手伝います!」
「僭越ながら、わたくしもお手伝いさせていただきますわ。なんと言っても、先ほどお菓子の妖精から祝福をもらいましたし、お菓子なら簡単に作れるはずですわ!!」
『わたしも頑張っちゃうよ~!』
アクアスティード、アカリ、オリヴィア、お菓子の妖精みんなでお菓子作りを開始する。
クッキーなどの簡単なお菓子から、ザッハトルテなどのケーキ類。マカロンやシュークリームも作り、先ほど作ろうと思っていたジャンボパフェも作り上げた。
すると、星空の魔力をちゃんと混ぜれていたので、お菓子から星が溢れて妖精たちが生まれた。
それぞれがパティシエの帽子をかぶっているけれど、ワンポイントのワッペンは生まれたお菓子の柄や素材になっているようだ。
お菓子の妖精たちは楽しそうに厨房を走り回り、『これは最高の環境!』とはしゃいでいる。
こうして、マリンフォレストに新たな妖精が誕生した。