12. お菓子を作って落ち着こう
森の書庫で得た情報から、ティアラローズの花に魔力を注ぎ新たな妖精を誕生させることにした。
鉢植えのティアラローズの花が部屋に用意されたのを見て、ティアラローズは少し緊張してしまう。上手くいくだろうか……と。
「はああぁ、まさか新たな妖精の誕生に立ち会うことができるなんて! わたくし、わたくし……っ!」
「お花の妖精なんて、可愛いに決まってますよね~!」
「オリヴィア様!? アカリ様も、落ち着いてくださいませ」
ティアラローズの花の前ではしゃぐ二人を見ると、緊張していたのが馬鹿らしくなってしまう。
――もっと肩の力を抜いた方がいいわね。
ふうと息をついて、ティアラローズもアカリたちの横に行って花の前でしゃがむ。
綺麗な大輪の花はいつ見ても美しい。
「……早く妖精に会ってみたいわね」
「となれば、することは一つ! ですねっ!」
アカリが「さあさあ」とティアラローズの背中をぐいぐい押してくる。背中を押しても魔力が出るわけではないのだが、そこは気分の問題のようだ。
「花に魔力を……というのは難しそうな気もしますが……お菓子作りのときと同じ感じにすればいいのかしら?」
対象があって、そこに魔力を込めるという点では同じだ。
おそるおそる星空の魔力をティアラローズの花に込めると、少しだけ体が軽くなったような感覚があった。
――なるほど! こんな風に日常的に魔力を妖精に渡せるなら、猫になることもなくなりそう。
ティアラローズの花へ魔力を注ぐのも、お菓子作りと同じ要領なのでそこまで難しくない。
大きな魔力のコントロールは上手くいかなかったけれど、こっちが上手くいきそうなのでティアラローズのテンションが上がってくる。
「いい調子です、ティアラ様!」
「さすが先輩っ!」
魔法に長けているアカリが魔力の流れなどを見てくれ、オリヴィアは応援に徹している。
「どんどん魔力を込めるわ!」
「いけいけティアラ様~っ!」
――と、盛り上がっていたものの。
「いくら魔力を流し込んでも何も起こらないわ……」
体の中の魔力が落ち着いたのはいいことだが、妖精が生まれる気配はまったくない。
やり方が間違っていたのか、それとも単純にまだまだ魔力が足りず反応がないだけなのか。判断がつかず、困ってしまう。
「当初の予定だと、私はもう花の妖精に祝福をもらっているはずだったのに!」
「アカリ様いつのまにそんな作戦を……」
しかしオリヴィアもギクリと肩が跳ねていたので、花の妖精に祝福してもらいたいと考えているのだろう。
二人の気持ちは、ティアラローズだってよくわかる。妖精に祝福してもらえるのは嬉しいし、仲良くなれたらもっと嬉しい。
「アクアからもあまり無理しないように言われているし……今日はこれくらいにしておきましょう」
「それがいいです。今は魔力も落ち着いていますし、明日以降またやってみましょう」
「ええ」
オリヴィアと明日以降のスケジュールを確認し、休憩もしっかりとれる予定を組んだ。
今日は難しかったけれど、アクアスティードも空いている日は立ち会うと言ってくれているので心強い。
「あ、夕焼けが綺麗です――あっ!」
「アカリ様?」
「私、ティアラ様のお菓子のお店に行きたいんでした!」
思い出した! と、アカリが手を叩く。
王城に来る間も、来てからも、いろいろな場所でティアラローズのスイーツレストランの噂を聞いていた。その度に、食べたくて食べたくてしかたがなかったのだ。
行きたいと腕をぶんぶんさせるアカリを見て、さてどうしたものかとティアラローズは悩む。
ティアラローズは毎日足を運んだりしていないけれど、お店の経営状態は毎日連絡が来ているので把握している。一言で言うと、満員で行列ができていて個室も予約が埋まっている。
――アカリ様、突然くるから……。
せめて連絡をしてくれたら席も用意できたのにと、ティアラローズは思う。
とはいえせっかく持てた自分のお店なので、招待したい。
どうしようかとティアラローズが考えていると、突如現れたレヴィが「閉店後にしてみては?」とアドバイスをしてくれた。
レヴィは紅茶を用意してきてくれたようだ。
「私でよければ手配させていただきます」
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「きゃー、やったぁ~! 楽しみ!」
ティアラローズがレヴィの提案に頷くと、アカリがジャンプをして喜んでいる。よほどお店に行ってみたかったのだろう。
「ですが閉店後なので、パティシエたちにあまり無理は――あ」
「?」
ティアラがぽんと手を打ったのを見て、アカリとオリヴィアが首を傾げる。レヴィはすでに店舗に向かったようで、いなくなっている。
「もしよければ……わたくしが作ってもいいですか? 雇っているパティシエのようにはいきませんが、お店で出しているスイーツは作れるので」
ここ最近は忙しい日々が続き、まったくスイーツ作りができていなかった。
ティアラローズは食べるのが大好きだが、作るのも大好きなのだ。お菓子作りができるのであれば、息抜きにもなってちょうどいい。
「もちろん構いません! 私ティアラ様のお菓子大好きですから!」
「わたくしもです」
二人ともティアラローズのお菓子が食べられると聞いて、にこにこだ。
「なら、腕によりをかけて作らないとね」
***
ティアラローズ、アカリ、オリヴィアの三人で妖精の砂糖菓子へとやってきた。
昼間は満員の店内も、閉店後はがらんとしていてどこか寂しい。
お店はちょうど後片付けが終わったところで、スタッフたちと挨拶を交わして中へ入った。
すると、店内でうごめく影が……。
――え、何?
もしかして泥棒か何かだろうかとティアラローズは一瞬身構えたが、すぐに犯人がわかった。
『いい匂いがする~!』
『お菓子食べたいのに~!』
『こないだ行ったとき、ティアラいなかったもんね』
『めーあんだったのにねー!』
店内のテーブルの上で、森の妖精たちがきゃらきゃら楽しく話をしているところだった。どうやらお菓子が食べたいようだ。
「こんなところにいるなんて、驚いたわ。ごきげんよう」
『ティアラだ~~!』
妖精たちがぱあっと表情を輝かせて、ティアラローズの下に集まってくる。
「わあっ、妖精だ~! 可愛い~~!」
『知ってる、ティアラの友達でしょ?』
「そう、大親友のアカリよ!」
『大親友だって、すごい~!』
アカリがテンションを上げて、妖精と仲良くなるために握手を求めたりしている。
森の妖精はあまり人と付き合いはしないのだが、ティアラローズの友達――大親友ということで、多少友好的に接してもらえたらしい。
オリヴィアは悪役令嬢ゆえに妖精に嫌われているので、そっと遠くから鼻をハンカチで押さえつつ見守っている。
「……さて。妖精たちの分も必要だから、気合を入れて作らないとね」
『やったぁ~!』
ティアラローズはエプロンをつけ、さっそく厨房に行く。
ここはティアラローズのお店なので、自由に使うことができる。できると言っても――営業時間中と仕込みのときは邪魔になってしまうので、使えるのは夜だけだ。
さらに今は油断していると猫になるので、人間でいられるうちにスイーツの作りだめでもしたいくらいだ。
――何を作ろうかしら。
ケーキ、マカロン、シュークリーム、焼き菓子? 作りたいものがたくさんあって迷ってしまう。
「でも、せっかくお店の厨房を使っているのだし……少し豪華なものに挑戦してもいいかもしれないわね」
お店ではスイーツのコースを出している。
さすがに今フルスイーツコースを用意することはできないが、簡単なものを数品くらいは用意できる。
「ケーキに、焼き菓子に……それから見た目が華やかなパフェもいいわね!」
チョコレート細工を添えてしまえば、壊したくない芸術品のようになる。
ティアラローズがるんるん気分でスイーツを作っていると、「ティアラ」と声をかけられた。見ると、厨房の入り口にアクアスティードが立っている。
「アクア!」
「レヴィからここにいると聞いてね。仕事が終わったから、来てみたんだ」
「お疲れ様です。どうぞ、座ってください」
「ありがとう」
ティアラローズは簡易的な丸椅子をアクアスティードに勧め、今日あった出来事を話す。
「花に魔力を注ぐことはできたんですが、妖精になるほど……と言われると、さっぱりわからなくて」
「前例がないと、どの程度必要かもわからないからな……」
アクアスティードも同じように悩み、考えてくれる。
――アクアが一緒だというだけで、こんなにも心強い。
幸せで、胸のあたりが温かくなる。スイーツ作りも気合がはいる、というものだ。
――そうだ、今は星空の魔力がたくさんあるから……いつもよりすごいスイーツが作れるかもしれないわ!
ティアラローズは普段からお菓子作りの際に自分の魔力を込めていて、体力回復や身体能力アップといった恩恵をつけることができる。
元々持つ自分の少ない魔力でもそれだけのことができたのだから、星空の魔力を使ったら……いったいどれだけすごい効果を得ることができるのか。
――もしかしたら、体調不良や風邪がよくなったりするかもしれないわね。
なんてことを考えながら、魔力を使う。
今作っているのは苺たっぷりのショートケーキだ。スポンジは焼いているところなので、今は生クリームを作っている。
「ここに星空の魔力をちょっとずつ流し込んで……混ぜる」
ツノが立つくらいまで混ぜて、スポンジが焼けたらデコレーションをしていく。スポンジの間には苺ムースを入れて、上部にはたくさんの苺とチョコレート細工。
最後にたっぷり魔力を込めたら、ティアラローズ特製の苺ケーキが完成だ。
「よーし、上手くでき――」
――た。
そう言い終わる前に、ティアラローズの目の前で思いもよらないことが起きた。この現象を、なんといったらいいのだろうか。
アクアスティードも目を見開き、椅子から立ち上がってティアラローズの隣へやってきた。
できあがったケーキから星が溢れた。
『んぅ~、いい匂い』
ぱっちり開いた大きな瞳は花の輝きを放ち、頭の上には苺のワッペンのついたパティシエ帽子。胸元にはハニーピンクのタイが結ばれている。
ティアラローズのお菓子から生まれた――新たな妖精だ。