3. 妖精の砂糖菓子オープン!
あっという間に、ティアラローズのお店『妖精の砂糖菓子』のオープン日がやってきた。
ティアラローズは子どもたちをアクアスティードに任せて、オリヴィアとレヴィとともに店へやってきた。
オープンは十一時からなので、あと一時間ほどで開店だ。
「わあ、いい香り」
店内は甘いお菓子の香りで溢れていて、いるだけで幸せ気分を味わうことができてしまう。
クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子はもちろんだが、ティアラローズ最新作の苺のケーキ、アイスクリームやパフェなども用意してある。
甘くないものとしては、軽食用にサンドイッチとガレットが数種類。
これなら、甘いものが苦手な男性でも比較的入りやすいだろう。
コック帽子を被った女性がやってきて、一礼をする。その手には、出来上がったばかりのケーキやシュークリームなどが載ったトレイを持っている。
「料理長! ありがとう、とても素敵に仕上がっていると思うわ」
「お気に召していただいて嬉しいです。どのスイーツも、気合を入れて作りました」
料理長の言葉を聞くまでもなく、トレイの上のスイーツを見れば一目瞭然だ。見た目はもちろんだけれど、食材選びから調理法まで、今日のために試行錯誤してきている。
――美味しくないわけがないわ!
早く大勢の人に食べてほしいと、ティアラローズは思う。
目を輝かせるティアラローズを見て、料理長も嬉しそうに笑う。
「ティアラローズ様、本日のスイーツセットをご用意いたしましたのでぜひ」
「そうね……開店まで少し時間があるし、いただきましょう」
厨房や店内を見て回っても邪魔になってしまうだろうと考えて、ティアラローズはオリヴィアたちと応接室で本日発売のお菓子をいただくことにした。
「ん~~~~、これは美味しすぎますわ!」
ケーキを一口食べたオリヴィアがその美味しさでとろけそうになっている。これなら、いくらでも食べられそうだ、と。
「気合を入れて考えた甲斐があります」
ティアラローズもケーキを食べて、その美味しさに舌鼓を打つ。自分で考えたケーキではあるが、料理長が作っているので元より何倍も美味しくパワーアップしている。
――こうして自分のスイーツ店が出せるなんて、幸せ……。
前世から甘いものが大好きだったティアラローズにとって、今の状況はまるで夢のようだった。
ここが上手くいけば、二号店、三号店と店舗を増やしていくのも夢ではないだろう。さらには、他国に進出してスイーツの素晴らしさを布教することだってできるかもしれない。
ティアラローズの夢はどんどん広がっていく。
「でも、子どもたちを預けてわたくしだけスイーツを食べるのは……ちょっと気が引けてしまうわね」
「ふふっ、ルチアローズ様はお菓子が大好きですものね」
「そうね」
オリヴィアの言葉に、ティアラローズはルチアローズのことを想像してくすりと笑う。きっと、「ずるい~!」と言ってほっぺを膨らませるに違いない。
料理長に頼んでお土産を用意しておいてもらおう。
スイーツを食べ終わると、ちょうどいい時間になっていた。
もう少しで、開店だ。
「ティアラローズ様は最初に挨拶がありますから、準備いたしましょう」
「ええ。その前に、ここを片付けておきましょう」
今日はオープン日でスタッフ全員が忙しい。
ティアラローズはタオルを手に取り、水の魔法を使ってテーブルの上を綺麗にして見せた。
「……っ、ティアラローズ先輩の魔法! 素敵!!」
「これは見事……ですが、ティアラローズ様はあまり魔法が得意ではなかったのでは?」
レヴィがオリヴィアの鼻にハンカチを当てながら、何かありましたか? と。
「実は最近、魔力が増えたのか魔法が使いやすくなってるの」
「そんなことが……! わたくしも必死に練習したら、魔法を使えるようになるのかしら」
ティアラローズの言葉に、魔法が一切使えないオリヴィアが希望を見出そうとしている。
「魔力は大人になってからはあまり伸びないと聞きますが……まあ、ティアラローズ様は妖精王から祝福も授かっていますし、特別でしょうか」
「レヴィ、それはわたくしでは魔法は使えないと遠回しに言っているようなものよ……」
「オリヴィアのことは私が守りますから、魔法を使えなくても問題ありません」
「…………」
そうではない、オリヴィアはそう言いたそうな微妙な顔をしつつティアラローズを見た。
「ですが、理由がわからないとなると少し心配ですね。もちろん、成長したというだけなら嬉しい限りですが」
「そうね……。今のところ変な感じはしないから、大丈夫だと思うわ」
出産では子どもたちの魔力問題に悩まされてきたので、そういったことも原因の一つになっているのでは……と、ティアラローズは考えている。
「さあ、開店の時間になるわ。行きましょう」
「はいっ!」
***
森と妖精をモチーフにした店内はとても可愛らしく、天井からは星のシャンデリアが優しく照らしている。
スタッフの制服は揃いのものになっていて、セピアを基調にした落ち着いた色合いだ。
開店時間になると、わっと大勢のお客さんが店内に入ってきた。
初日の今日は予約で満席になっていて、しばらくは予約客だけで手一杯だ。テイクアウトのみ、予約せず購入ができる。
ティアラローズたちはこっそり奥からお客さんが席に着くのを覗いている。さすがに、最初から出迎えたら驚かせてしまう。
「大人気ですわね、ティアラローズ様」
「ええ。予約も三か月先までいっぱいなの」
かなり広い店舗にしたので大丈夫だろうと思っていたのだが、ティアラローズの影響力は本人が思っている倍以上あった。
しばらくは完全予約制で、一回目のお客さんが優先だ。
お客さん全員が席に着くと、スタッフがティアラローズのことを呼びにきた。
「ティアラローズ様、こちらへどうぞ。ご挨拶をお願いいたします」
「ええ」
開店初日のお客さんは、一般席だけれどちらほら貴族の令嬢と夫人も見えている。ティアラローズが何度か顔を合わせた人もいて、笑顔を見せてくれた。
しかもよく見ると、その中にはアランの姿もある。招待状を送ったのに、自分で予約をして食事に来てくれたようだ。
ティアラローズが前に出ると、わっと拍手が起こる。
「みな様、本日は『妖精の砂糖菓子』へお越しいただきましてありがとうございます」
店内を見回してみると、みんながわくわくした表情を見せてくれている。それだけ、ティアラローズのスイーツ店が楽しみだったのだろう。
ここではティアラローズが以前スイーツ大会で作ったケーキなども振舞われるので、それを目当てにしている人や、パティシエも多く来ているだろう。
「わたくしがマリンフォレストに嫁いできてから、ずいぶんとお菓子関係のお店が増えました。さらにスイーツ大会が開かれ、この国の製菓技術はどんどん進歩していっています。とはいえ、製菓の材料はまだ高いものも多く、なかなか手を出すのが難しいこともあります」
さすがに早期解決は難しいけれど、技術の進歩により、それら――たとえば蜂蜜などが、もっと安価なものも供給できるようになる日も来るだろうとティアラローズは考えている。
まだまだ時間はかかるけれど、これだけスイーツ好きがいるのだから希望は大きい。
「……あまり長くお話しては、スイーツを楽しめませんね。どうぞ、心ゆくまでお楽しみくださいませ」
ティアラローズが挨拶を終えると、次に料理長がスイーツの説明をする手筈になっている。なっているのだが――現れたのは、違う人物だった。
「スイーツ店の開店おめでとう、ティアラローズ」
「アクア――スティード、陛下っ!」
ダークブルーの薔薇の花束を持ったアクアスティードが、嬉しそうにティアラローズの下まで歩いてきた。
その顔には、ドッキリ大成功とでも書かれているかのようだ。お店の隅では、オリヴィアがにやにや楽しそうにこちらを見ている。
あまりにも突然だったので、ティアラローズは動揺が隠せない。
――あやうく、いつも通りアクアと呼ぶところだったわ……っ!
ドキドキする心臓をどうにか鎮めようと試みるのだが、それをさせないのがアクアスティードだ。
すぐ横までやってきて、とびきりの笑顔を見せられてしまった。
「私もずっと開店を楽しみにしていたんだ」
「あ……っ、ありがとうございます」
ティアラローズが頬を染めながらも青薔薇を受け取ると、先ほどより大きな拍手が起こったのだった。
***
「まさかいらっしゃるなんて、聞いてません……っ!」
場所を店内から応接室へ移し、ティアラローズは突然やってきたアクアスティードに詰め寄る。
嬉しすぎて、大失態をしてしまうかと思った。
けれどアクアスティードは、そんなティアラローズを見て楽しそうに笑うだけ。
「私だって、ティアラのお店のお祝いをしたかったんだよ」
そう言い、ティアラローズのこめかみに優しくキスをする。
「駄目だった?」
「……その聞き方は、ずるいです」
アクアスティードが来てくれたのだから、嬉しいに決まっているのだ。
ティアラローズは肩の力を抜いて、隣に座るアクアスティードに甘えるように寄りかかる。すると、先ほどもらった薔薇の香りがした。
「アクアがとってもいい香りです」
「そう? ティアラは……お菓子の甘い香りがするね。美味しそうで、食べちゃいたいくらいだ」
「……っ!」
くすりと笑ったアクアスティードが、ティアラローズの唇を食べるようにキスをする。アクアスティードにとって、ティアラローズはどんな砂糖菓子よりも甘い。
「ん……、わたくしはお菓子じゃありませんよ? 食べられてしまうかと思いました」
「ごめんごめん。ティアラのこととなると、どうしても夢中になる」
「…………」
アクアスティードのストレートな言葉に、ティアラローズは手で顔を隠す。いつもいつも、何度聞いたとしてもこの甘い台詞には慣れない。
――嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい!
でも止めてほしいとも言えないので、困ったものだ。
室内にノックが響き、店内の様子を確認してくれていたオリヴィアがやってきた。その横には、アランもいる。
「お店は順調ですわ、ティアラローズ様。それと、アラン様からご挨拶したいと申し出がありましたので、ご案内いたしました」
「ご無沙汰しております、アクアスティード陛下、ティアラローズ様」
「ようこそ、マリンフォレストへ」
「アラン様! わたくし、あとでご挨拶に伺おうと思っていたのに……」
ティアラローズが慌てて立ち上がると、一国の王妃に挨拶にこさせるなんてとんでもないですとアランは首を振る。
最近いっそう男らしくなってきた、アラン・サンフィスト。
フィリーネの弟で、サンフィスト家の長男だ。
マリンフォレストでスイーツのお店『フラワーシュガー』を経営しており、その業績は右肩上がり。マリンフォレストでも大人気のお菓子ブランドだ。
「招待状を送ったのに、来てるから驚いてしまったわ」
「私もティアラローズ様を驚かせようと思いまして。……まあ、アクアスティード陛下には敵いませんでしたが」
先ほどのことを思い出して、アランが笑う。ティアラローズはといえば、サプライズを思い出してまたも顔が赤くなった。
「新作スイーツ、全部本当に美味しかったです! 苺のケーキが特に美味しくて、やはりマリンフォレストの苺は最高ですね。ラピスラズリにも仕入れたいのですが、やはり生ものなので鮮度が難しく……ジャムならいいのかもしれませんが、やはり生の苺に敵うものはなくて……!」
どうしても美味しい苺ケーキを作りたいというアランの熱い想いに、ティアラローズも必死で頷く。
「わかる、わかるわ!」
現代と違い、この世界の移動手段は馬――つまり馬車。
なので食材を新鮮なまま運ぶことが難しいのだ。輸送はほとんど常温になるため、苺など繊細な果物は遠くから取り寄せることはできないのだ。
一応冷蔵庫のような魔道具は存在しているが、移動時間が長いためやはり近場でしか販売することはできない。
「やはり多くの場所で生産できる環境が必要ですね。もちろん作ってはいるのですが、場所によって味にばらつきが出てしまって……」
なかなか難しいのですと、アランが頭を抱えている。
「それなら、地域ごとに苺の『ブランド』を作ってしまえばどうかしら。村の名前を付けた苺にしてみる、とか」
「それはいいですね! そうしたら、村ごとの特産品にもなりますし、愛着だってわきます。さすがはティアラローズ様です!」
アランはこうしてはいられないとばかりにメモを取り、ワクワクしている。
「いつかスイーツだけではなく、苺のブランド大会なんていうのも開催してみたいですね」
「それはとっても素敵ね……!」
とても魅力的な提案に、ティアラローズは手を合わせて感動する。苺の食べ比べだって楽しいのに、大会を開いたらどれだけ素敵な苺が集まるのか……。
どんどん品種が増えていき、地域ごとの特徴も現れるだろう。
「――っと、私ばかり喋ってしまいすみません。どうにも、お菓子のことを話すと止まらなくなってしまって」
「アラン様ったら」
そう言い二人で笑うティアラローズとアランだが、アクアスティード、オリヴィア、レヴィの三人はいつの間にかそっくりになって……と、苦笑したのだった。