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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第12章 月と太陽に星空の加護を
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8. ティアラローズの呼びかけ

 国の纏う空気や、建物。そういったものはティアラローズの知っているマリンフォレストだというのに、自分の知らない人たちが過ごしている。

 いや、もしかしたら単純にティアラローズと面識のない人ばかりを見かけたという可能性もなくはないけれど、それにしたってどうにも不自然だ。


「ルカ、リオ。言い方が適切かはわからないけれど、ここは……どこなの?」


 ティアラローズに真剣な瞳を向けられて、ルカとリオは顔を見合わせてどうしたものかと考える。

 おそらく、自分たちが何者であるかというのは……伝えない方がいいと思ってしまったからだ。


 質問を口にしたからか、ルカとリオは口を噤んでしまった。


「あ、ええと……ごめんなさい。いきなりすぎた、わね」


 ティアラローズ自身の現状をきちんと説明しないのに、いきなりここはどこかと聞かれても、二人とも困ってしまうだろう。

 まずは自分のことを説明して、それから情報のすり合わせを行うのがいいだろうと、改めて考える。


 ――そもそも、自分の身分だって明かしていなかったわね。

 ずいぶん、二人に甘えてしまっていたと改めて反省する。


 隣に座っているアクアスティードは、そんなティアラローズを見て「大丈夫だよ」と優しく肩を抱いてくれた。


 ティアラローズを気遣うアクアスティードを見て、ルカとリオの表情が和らぐ。それは、二人が仲睦まじいと嬉しい理由があるからだ。

 ルカはまっすぐティアラローズに視線を向け、口を開いた。


「ここがどこか、という問いには……私も正確にお答えすることはできません。推測するに、巨大な海の魔力によってどこか歪みができてしまったのだと思います」


 そのため、ティアラローズの望む答えを伝えることができないのだと、ルカが困ったように微笑んだ。


「おそらく私たちは、互いのことをあまり知らない方がいい……そんな風に思うんです」

「知らない方が、いい……?」

「変に、悪影響を与えてしまうこともあるでしょう?」

「それは……そうかもしれないわね」


 もしかしたら、自分がいた場所と、ここでの差異が気になりどうにかしようとしてしまうかもしれない。

 ここでできることも、元の場所でもできるとは限らない。逆もしかり。


 まるで、神様の悪戯のようだと思う。

 そう考え、しかしそれならば生まれたときからそれは始まっていたのではないかと思いいたる。正確には、前世の記憶が蘇った瞬間からだろうか。

 この状況もすんなり理解できてしまう気がして、不思議だ。


「すみません。……貴女が望む答えを用意できなくて」

「いいえ。ルカはとても優しくて、誠実ね」


 適当に嘘を並べておくことだってできる。けれど、ルカは正直に話さない方がいいのだと伝えてくれた。

 ティアラローズが微笑むと、ルカは苦笑する。


「しかし現状、解決策がわからないのは事実です。同じように、突然元の場所に戻るかもしれないですし、ずっとこのままなのかもしれません」

「…………」


 ルカの言葉に、ティアラローズは言葉を失って息を呑む。けれど、ルカはゆっくり首を振って自分の仮説を否定する。


「とはいえ、私はその可能性はとても低いと考えています。きっと、そう簡単な問題ではないと思いますし……何より、あなたたちには心強い味方がたくさんいるでしょう?」

「あ……」


 今、この場にいるのはティアラローズとアクアスティードの二人だけだけれど、頼りになる仲間がいることは確かだ。

 きっとフィリーネは心配してティアラローズを捜しまわり、ルチアローズの世話にもあけくれているかもしれない。エリオットは、もしかしたらアカリに振り回されながら事件の真相を解明しようとしているかもしれない。それに、三人の妖精王だって、消えた自分たちのことに気付いているだろう。


 ここまで考えてしまうと――何もしなくても、助けに来てくれるのでは、という安心感が込み上げてくる。


 ――ちょっとだけ、冷静になれたわ。


 ティアラローズは深く息をはき、力強く頷いた。


「ですが、みんなを心配させたままにしておくわけにはいきません。わたくしたちも、魔力の歪に関して調べてみます。ね、アクア」

「それがいいけど、ティアラはあまり無理をしないようにね。魔力に触れて、お腹の赤ちゃんが不安定になることも考えられる」

「はい。十分注意いたします」


 話をするティアラローズとアクアスティードを見て、ルカはひとまずほっとした。この世界のことを、どう説明したらいいかわからなかったということもあるが……元気になってもらえたことが嬉しかった。


「出かける際は、騎士を護衛につけます。今は空から鳥もやってくるので、普段より危険が多くなっています」

「ありがとう、ルカ。お言葉に甘えさせてもらうわ」

「いいえ。とはいえ、この土砂降りの雨では……森へ行くのも難しいですね。雨の森は、視界も悪く危険ですから」


 止まない雨は、いつの間にか雷の音も轟かせていた。

 ティアラローズがこの世界に転生してから、これほどの豪雨は初めてだ。夜中のうちに雷雨が過ぎ去ってくれればいいのだけれど……。



 ***



 一晩が過ぎたが、天気は昨日と同じまま。

 雷の音と、強い風に、横殴りの雨。花壇の花は首が折れ、強風によって木の枝などが飛んでいる様子が窓から見える。


 ティアラローズはベッドから出て、小さくため息をつく。


「これじゃあ、森に行くのは難しそうね……」


 せめて雷と強風がなければ行けたかもしれないが、落雷などの恐れもあるし、ティアラローズでは森の入口に辿り着くだけでも精一杯だろう。

 そこでふと、妖精たちに森の様子を聞いてみればいいのでは? と、思いつく。森の妖精ならば、ティアラローズが声をかければきっとすぐに来てくれるはずだ。

 もしかしたら、王城のどこかで雨宿りをしているかもしれない。


「森の妖精たち、わたくしの下へ来てほしいの」


 声をかけるも、なんの反応も返ってこない。いつもならば、数分で返事があり姿を見せてくれるというのに。


 ――雨だから、来られないのかもしれない。


 それなら、海の妖精はどうだろうか。

 彼らは水を媒介にし、姿を現すことができる。たとえば水道や、ティーカップ。そんなところからも、姿を見せることができるのだ。


 ベッドサイドの水差しを手に持ち、「海の妖精、いますか?」と問いかけた。――が、やはりなんの反応も返ってこない。


 ――それなら。


「キース。いたら、わたくしのところに来てちょうだい」


 しかし、キースからの反応はない。

 ティアラローズから呼びかけることなんてほとんどないけれど、こんなことは初めてだ。キースも、身動きが取れない状況なのだろうか。


 いや――もしかしたら、ティアラローズの知っているキースではない可能性だってある。

 そもそも、ここに来てから自身の目で妖精王を確認したわけではない。


「……寝室でほかの男の名前を呼ぶのは、感心しないな」

「あっ、アクア!」

「空の異常とともに、妖精が姿を消してしまったみたいだね」


 振り返ると、アクアスティードが欠伸をしてベッドから起き上がったところだった。昨日の睡眠時間が短かったため、今日はいつもより寝ていたのだ。

 アクアスティードは腕を伸ばして、ティアラローズを抱きよせる。


「おはよう、ティアラ」

「はい。おはようございます」


 温かいアクアスティードに寄りかかり、ティアラローズは微笑む。けれど、その表情はいつもより曇っている。


「わたくしが目を覚ました日は、妖精たちを見たんです。ルカとリオは好かれているみたいで、森の妖精も一緒に――」


 ティアラローズは自分で言った言葉に、ハッとする。


「森の妖精と親しくしている人を、初めて見ました」


 海と空の妖精は人間に友好的で、祝福をすることも多い。けれど、森の妖精だけは人間に祝福を与えることがほとんどなかった。ティアラローズが森の妖精に祝福をもらえたことは、例外中の例外と言ってもいい。

 ほかにティアラローズほど仲が良いといえば、リリアージュくらいだろう。


 そう考えると、やはりここは自分の知るマリンフォレストではないのだろうとティアラローズは考える。

 もしくは、何十年、何百年も先の未来かもしれない。

 森の妖精と人間が仲良くなった、そんな世界を思い浮かべる。


 ――確かに、ないものねだりをしてしまいそうだわ。


 森の妖精たちが、ルカやリオと同じように、国民に接してくれたらと――そんな風に望んでしまうかもしれない。ただ、寂しさや嫉妬心を抱いてしまうかもしれないけれど……やはり、妖精の祝福があった方が国は富、人々は幸せになれるだろう。


「森の妖精たちは、ティアラにべったりだからね。ティアラは私のものだというのに、妬けてしまう」

「そんな……」

「さて、そろそろ起きるよ。可愛い奥さん、支度をして朝食にしよう」

「……はい」


 くすりと笑って、アクアスティードはティアラローズのこめかみにキスを送る。そのまま立ち上がり、朝の支度を始めた。

 アクアスティードが準備をしている間、ティアラローズは紅茶を淹れる。スッキリするように、レモンを添えて。


 支度が終わったら、部屋のベルでメイドを呼んで朝食の用意をしてもらう。


 温かで美味しそうな食事とは裏腹に、ティアラローズは不安に駆られる。この雨がずっと、止まないような……そんな気がしてしまう。


 ――あるはずがないのに。


 けれど、嫌な胸騒ぎがする。

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