5. 空の異変
ティアラローズとエレーネは顔を見合わせ、窓から外を見る。
爆発があったのは、どうやら敷地内のようだ。
「いったい何があったの!?」
「わたくし、すぐに確認してまいります!」
「待って、わたくしも行くわ!」
エレーネが部屋から出ていこうとするのを引き留めると、「危険かもしれません!」と首を振られてしまう。
「ティアラローズ様、どうぞ部屋でお待ちください。すぐに確認してまいりますので……」
「…………」
確かに、妊娠もしているし、部屋で大人しく待っているのがいいのだろう。でも、なんだか行かなければいけないような、そんな胸騒ぎがしてしまうのだ。
ティアラローズが窓から外を見ると、風が吹いて爆風が晴れてきたところだった。
そこには、見知った青年が二人。
「ルカとリオ!?」
「え、ルカ様とリオ様が!? あの二人は、また……っ!」
エレーネは窓の外を見ると大きくため息をつき、すぐに外へ行ってしまった。おそらく、ルカとリオのところへ行ったのだろう。
「ええと……わたくしはどうしようかしら」
一人になってしまった。
室内を見ると、ティアラローズが元々着ていたドレスはどこにもない。代わりに、ダークブルーのスカートが綺麗なドレスが用意してあった。おそらく、ティアラローズの着替えだろう。
「とりあえず、着替えて追いかけましょう……!」
「ルカ様、リオ様、また魔法を使ったんですか……!」
ティアラローズが着替えてから現場に到着すると、頬を膨らませているエレーネと、そのエレーネに怒られているルカとリオがいた。
「今度は上手くいくと思ったんですけどね」
「まだまだ制御が甘いか」
エレーネの言葉に、ルカとリオは笑う。が、エレーネは顔を真っ赤にして怒っているので、ティアラローズはどうしたらいいか戸惑ってしまう。
とりあえず、柱の後ろに隠れて様子を伺ってみる。
――また、っていうことは……日常茶飯事なのかしら。
なんとも無茶をする二人だと、ティアラローズは苦笑する。
わかったことは、今の爆発がルカとリオの魔法だった……ということだろうか。
「鍛錬場ですから周囲への被害はないとはいえ、急な爆発はみなが驚きます!」
「うん、気をつける……あ」
ティアラローズが少し離れているところから見ていると、ルカと目が合ってしまった。気づかれたようだ。
ルカは驚いたように目を開いたが、すぐにエレーネを見て苦笑した。
「部屋でゆっくりしていていただきたかったんですが……事件を起こしたのが私たちなので、何も言えませんね」
「ごめんなさい、二人が見えたから気になってしまって……怪我はないの?」
ルカとリオは顔にちょっと煤がつき、服も汚れが目立つ。血が滲んでいるようなことはないが、爆発したのだから心配だ。
「ええ、怪我はありません」
「怪我は全く! 大丈夫ですよ」
「よかった」
ひとまず二人が無事であることを確認し、ティアラローズはほっとする。しかしその横で、エレーネが口元を手で押さえて顔を青くしている。
「わたくし、ティアラローズ様をお部屋に置いて来てしまって……申し訳ございません!!」
「やだ、大丈夫よエレーネ。わたくしはもう元気だもの」
「ティアラローズ様……」
涙ぐむエレーネに、ティアラローズは微笑む。少しの距離を歩いただけなので、そこまで大事になるようなことはない。
あてられた魔力も、お腹も、今は落ち着いている。
ルチアローズの妊娠の時も同じようなことがあったため、赤ちゃんの魔力に関しては多少の慣れもある。
「……とりあえず、部屋へ行きましょう。体調が落ち着いているとはいえ、また崩してしまったら大変ですから」
「ありがとう」
そう言って、ルカが部屋までティアラローズをエスコートしてくれた。
部屋に戻ると、エレーネが紅茶を淹れてくれた。それから、簡単につまめるようにと、一口サイズのスコーン。
紅茶を飲んで一息つくと、ルカとリオが爆発の理由を話してくれた。
「実は今、ちょっとした異変が起きているんですよ」
「異変……?」
ティアラローズが眉を顰めると、ルカが頷く。
「始まりは、三日前です。空が、色を変えたんです」
この国の空は――美しい。
空はどこまでも澄み渡り、夜になると満天の星を見ることができる。体いっぱいに空気を吸い込むと、心が落ち着く。
窓の外へちらりと視線を向け――特に、異変なんてないようにティアラローズは思う。
「こんなに美しいのに……?」
「ええ。今は落ち着いているので、いつもの美しい空です」
けれど、ルカの話によると、小さな雷雨の発生から始まり、凶暴な鳥の魔物が襲撃してきたり……と、よくないことが多発しているのだという。
今まで見たことのなかった鳥への対処は大変で、騎士たち総出で当たっている。
「異変は起きてますけど、大きな被害は出ていません。騎士に、何人か怪我が出たくらいですかね」
リオが騎士たちの状況を説明し、それにルカが頷く。
「私たちは今、それの対処に追われてるんです。――ああほらきた、あの鳥です」
「え……?」
ルカの言葉に空を見上げると、一羽の鳥が『キュイ――』と鳴いた。
それは赤い色をし、風切り羽の先が黒く、尾羽が長い白色の鳥だった。それが複数羽、空の青を遮っている。
思わず、背筋にぞっとしたものが走った。
「あんな鳥、見たことないわ……」
「はい。私たちも、ここ数日まで知りませんでした」
困ったものですねと、ルカがソファから立ち上がる。
「さすがに放っておくわけにはいきませんから、ちょっと失礼します」
「え?」
いったい何をするつもりなのかと、ティアラローズは戸惑う。ルカは、壁に掛けられていた弓へ手をのばした。
――まさか、ここからあの鳥を射るの?
ティアラローズがはらはらしていると、リオが「大丈夫ですよ」とルカを見た。
「空にいる相手なら、騎士たちに任せるより早いですから」
リオがそう告げるのと同時に、ルカが美しい動作で弓を引き、放った。
そして矢は山なりに飛んでいき、いとも簡単に鳥を射た。
あまりに一瞬のできごとで、ティアラローズは驚きを隠せない。こんなにすごい名手は、見たことがない。
しかし、ルカ本人は何とも思っていないようだ。
「これでよし、と。すみません、話の続きをしましょうか」
「あ、はい……」
にこりと微笑むルカに、随分肝が据わっているようだとティアラローズはあっけにとられつつ頷いた。
そして話は先ほどの続きに戻る。
ルカが射落とした鳥は、騎士たちが集まり対処してくれているようだ。
「爆発したのは……私とリオの魔力量が、とてつもなく多いからです」
詳しく話を聞くと、ルカとリオは普段魔法を使うことはほとんどないのだという。先ほどのように、魔力が爆発してしまうからだ。
リオは見やすいように袖をまくって、腕輪を見せてくれた。
「普段は、これで自分たちの魔力を抑えてるんです。なかなかコントロールが上手くいかなくて、つけてないと暴走してしまって……」
「成長とともに、まだ魔力が増えてるんですよね」
とどまるところを知らないようですと、ルカが笑う。
「ただ、つけていると……私たちの本来の力も使うことができないんです。これまではあまり気にしてはいなかったのですが、今の状況では、そうも言っていられませんから」
守るために必要なのだと、そう言ってルカとリオは微笑んだ。
二人の話を聞き、ティアラローズはルチアローズのことを思い出す。自分の娘も、魔力がとても多くて苦労したから。
今は落ち着いているけれど、もう大丈夫だと楽観視ばかりではいられない。
「何か力になってあげられたらよかったのだけれど、わたくしもそういった方法は知らないの。色々調べはしていたのだけれど……」
あまりいい方法はない。
指輪のアイテムを作って魔力を吸わせたこともあるが、きっとルカとリオの魔力に指輪は耐えることができないだろう。
というか。
「その腕輪、すごいわね」
魔力を抑える腕輪なんて、ティアラローズは聞いたことがない。
リオの腕輪をまじまじと見ていると、ルカが自分の腕輪を見せながら説明をしてくれた。
「私が作ったんですよ」
「え、ルカが!? まだ若いのに、すごいわ……」
「若いと言っても、もう19ですよ?」
十分大人で、もう結婚をしていたっておかしくはない年だ。とはいえ、今のところそういった相手はいませんけれど、と笑う。
「私は魔法の研究が好きで、こういったものをよく作るんですよ」
「寝るのも忘れて研究してることなんてしょっちゅうで、よく怒られてますよ」
「リオ、それは言う必要ないだろう?」
笑いながら一言付けたしたリオに、ルカが笑顔で怒る。「ごめんごめん」と謝っているが、隣ではエレーネが頷いているのでみんなから夜更かしを怒られているのだろう。
「ま、そんな話は置いておいて……」
ルカがジェスチャーで何かをリオの膝に置いて、窓の外を見た。
「――というのが、現状です。どうやら気候も不安定になりがちなので、妊娠していると体調を崩しやすくなったりするかもしれません。一応、ここへ戻る際に医師に診ていただきましたが、赤ちゃんも問題はないとのことでしたよ」
だからひとまず安心してくださいねと、ルカが微笑んだ。
「そうだったのね、ありがとう。お腹の子が元気であることが、一番大切だもの。よかったわ」
ティアラローズがそう言ってふわりと微笑むと、「それは違う」とルカとリオの声が重なった。
「あなたの体だって、同じくらい大切です」
「そうですよ。一番自分を大切にしてください」
「……そうね、ごめんなさい二人とも。まずは自分ね」
自分より年下だというのに、とてもしっかりした二人だ。ティアラローズは自分の言葉を反省し、自分のことを大切にすると頷く。
――そうよね、みんなで一緒にいるからいいのだもの。
「そのためには、アクアと合流しないと……。ねえ、ルカ、リオ、エレーネ。ここのことを教えてほしいの。マリンフォレストの王城かと思ったけれど……わたくしの記憶と少し違っていて……」
なんだか、不思議な世界に迷い込んでしまったような気分だ。