3. 双子との出会い
クレイルがパールを呼び出して告白をしている裏では――時を同じくして、ティアラローズはアクアスティードと二人、森の中で星が降るところを見ていた。
星が降る光景は、マリンフォレストの星祭りでしか見ることができない。何度見ても感動を覚え、また来年も一緒に見たいと思う。
ティアラローズはアクアスティードに寄り添い、王城に残してきたルチアローズのことを話す。
「ルチアにも見せたかったですね、この光景」
「そうだね。もう少し大きくなったら、きっと起きて一緒に見ていられるようになるよ」
そうしたら、親子三人――もしかしたら、生まれてくる赤ちゃんも一緒に見ることができるかもしれない。
「明日、来年だけじゃなくて……もっと先まで楽しみがあるというのは、いいですね」
「そうだね――ん?」
アクアスティードが頷こうとして、しかしふいに海の魔力を感じた。それはティアラローズも同じだったようで、慌てて周囲を見回している。
しかもそれは膨れ上がり、今まで感じたほどのない魔力に。
「どんどん魔力が大きくなって……っ!」
「ティアラ!!」
このままではやばい――そう思ったアクアスティードが、咄嗟にティアラローズを抱きしめた。
***
頬に触れる柔らかな感触と、緑の匂い。朝露が指先に落ちて来て、ぴくりと目元が動くが……まだ目覚めない。
そんな彼女の下に、森の妖精たちがやってきた。
『あれれ~? ティアラじゃない?』
『森の中でお昼寝なんて、どうしたんだろう?』
『とりあえずお花のベッドでも用意しちゃう?』
『それいい~!』
きゃらきゃら笑って、妖精たちは花のベッドを用意する。すやすや眠るティアラローズは、まるで眠り姫のようだ。
『でも、なんか変?』
『とりあえず王様にお知らせする?』
どうしようかと妖精たちが話をしていると、「どうした?」と二人の青年が姿を見せた。
「んん、ん……?」
まどろんでいた意識が浮上し、ティアラローズは何度か瞬きを繰り返す。そしてクリアになった視界に、目を見開く。
朝露に輝く木々の隙間から差し込む光と、心地よい風。天井部分が木の枝と葉でできており、さらには壁も生えたままの木で作られている。
おそらく、魔法か何かで作られた建物なのだろう。
ティアラローズが体を起こすと、スープの香りが鼻をくすぐった。
「おはようございます、気分はいかがですか?」
次に、穏やかで優しい声が耳に届いた。安心できるその声は、まるでアクアスティードのようだと思い――ハッとする。
「わたくし、いったいどうして……!? 確か、アクアと二人で星を見ていたはずなのに」
起きたティアラローズの前にいたのは、二人の青年。
ティアラローズに声をかけてきてくれたのは、アッシュピンクの髪色の青年。もう一人、アッシュブルーの髪色の青年は暖炉に薪をくべてスープを作っている。
思考が追い付かないが――目の前にいる二人が助けてくれたのだということはかろうじてわかる。ティアラローズの体は暖かい毛布でくるまれ、二人の側に森、空、海の妖精たちがいたからだ。
ティアラローズが体を起こそうとすると、アッシュピンクの髪の青年が「そのままで」と制す。
「まだ体がお辛いでしょう?」
アッシュピンクの青年は、無理はしないでくださいと優しい笑顔で微笑んだ。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「……いいえ。無事でよかった」
平常心でお礼を告げたティアラローズだが、その内心はドキドキしていた。それは、青年の瞳の色が――アクアスティードと同じ金色だったからだ。
正確には、金色と水色のオッドアイ。
――金色の瞳は、王の証だったはず。
もしかして、この二人も王という立ち位置にいる存在なのだろうか。けれど、ティアラローズは二人のことを知らない。
マリンフォレストの人間であれば、知らないはずはないのに。
アッシュピンクの髪の青年は、「体が冷えるといけませんから」と自分の上着をティアラローズにかけてくれた。
「……ありがとう」
「私はルカといいます」
「俺はリオ。スープができたので、食べられそうなら」
優しい声の青年、ルカ。
アッシュピンクの髪と、左目が水色、右目が金色のオッドアイ。
白を基調としたローブ仕立ての騎士服に身を包んでいる。左手には月をモチーフにした腕輪をつけている。
スープを作ってくれた青年、リオ。
アッシュブルーの髪と、左目が金色、右目が水色のオッドアイ。
黒を基調とした騎士服に身を包み、右手には太陽をモチーフにした腕輪をつけている。
「わたくしは……ティアラローズ。ありがとう、いただくわ」
「どうぞ」
差し出されたスープは、野菜、キノコ、お肉と、とても具沢山だ。一口飲むと、体が芯から温まり、ほっとする。
――美味しい。
ルカとリオも近くの椅子に座って、スープを飲み始めた。
二人は顔立ち、背丈、すべてが似ている。
着ている服も、形こそ違うがデザインは共通したもので、合わせているのだということがわかる。
「二人は……双子なのかしら」
「そうですよ。私が兄で、リオが弟です」
「仲良しなのね」
ティアラローズの言葉に、ルカとリオは頷く。
次に、リオが口を開いた。
「体調は? どこか辛いところはありますか?」
「わたくしは大丈夫よ。でも、二人が助けてくれなかったら……。わたくしは、森で倒れていたのかしら」
「そうです」
リオは、今の状況を説明してくれた。
「俺たちが森を散歩していたら、森の妖精たちが騒いでいたんです。そうしたら、そこに倒れているあなたがいた。とはいっても、花のベッドに寝かされてましたけど」
「そうだったの。ありがとう、森の妖精たち」
妖精たちは、壁から生えている木の枝に座ってのんびりしていた。ティアラローズのお礼に、『いえいえ~!』と笑顔を見せる。
『おやすいごよう!』
『ティアラが元気になってよかった~!』
森の妖精たちはきゃらきゃら笑い、『そろそろお花の世話をしなきゃ!』と窓から出て行ってしまった。
それを、空と海の妖精も追いかけて行った。
「あら……」
一瞬のできごとにティアラローズがぽかんとすると、ルカがくすくす笑った。
「妖精たちは気まぐれですからね」
「……そうね。ええと、ルカ様――」
「ルカと、呼び捨ててください」
ティアラローズが呼び方に戸惑いつつ、服装から敬称に様を選んだが、すぐに訂正されてしまった。
「それじゃあ、ルカ」
「はい」
「わたくしと一緒に、男の人がいなかったかしら? もしかしたら、同じように気を失っていたかも……」
今、一番気がかりなことは――アクアスティード。
一緒にいたはずなのに、目が覚めてからその姿を見ていない。ティアラローズと同じように、ルカとリオに保護してもらえていたらいいのだが……。
ティアラローズの言葉を聞き、ルカとリオは首を傾げた。
「いいえ、森の中で見つけたのはあなただけです」
「妖精たちも何も言ってなかったから、ほかには誰もいなかったはずだ」
「そんな……」
自分と同じように助けてもらえたかも……という望みは、消えてしまった。一緒にいたはずなのに、どうしてバラバラになってしまったのだろう。
――どこにいるの、アクア……。
ティアラローズが深刻な表情になると、ルカとリオは困った表情で顔を見合わせる。
「この森……国は平和ですから、その方も無事だと思いますよ。ですから、どうか元気を出してください」
「そうですよ。危険な猛獣がいるわけでもないし、すぐに見つかります」
「そうよね、アクアは強いもの。ありがとう、二人とも」
ティアラローズは肩の力を抜いて、ゆっくり深呼吸をする。
自分が無事だったのだから、アクアスティードが無事でないわけない。
――アクアなら絶対に大丈夫。
もう少し休んだら、アクアスティードを捜しに行かなければ。さすがにお腹に赤ちゃんがいるので、無理はできない。
すぐに捜しに行けないことが、もどかしい。
「ここは森の中にある……本当は内緒ですけど、私たちの秘密基地なので、ゆっくりしていってください」
「ですね。食べ物や飲み物もあるので、休憩にもちょうどいいです」
「秘密基地……! なんだかわくわくしちゃうわね」
確かに、植物で作られているので、とても秘密基地っぽい。普通の建物の作りではないので、見ているだけで楽しい。
ティアラローズが頷くと、ルカとリオも笑顔になる。
「神妙な表情より、笑顔がいいですね。紅茶でも淹れましょうか」
「スープだけだと足りなかったでしょうし、その間に俺はスコーンの用意を」
「えと、あ、ありがとう」
見ず知らずの自分にここまでよくしてくれるなんてと、ティアラローズは思う。二人は明るく笑顔で、こっちも元気になれる気がする。
用意してくれたのは、アールグレイの紅茶に、キイチゴのジャムと生クリームが添えてあるスコーン。
「わあ、美味しそう……」
「甘いものを食べると、元気が出ますからね」
「そうね」
ルカの言葉に、ティアラローズは微笑む。確かに、甘いものがあれば元気が出るし、頑張ることができる。
頷いたティアラローズを見て、リオも笑う。
「母が、いつも言っていたんです」
「お菓子が好きなんですよ」
「そうだったの。きっと、素敵なお母様なのね」
会うことができたら、スイーツ友達になれるだろうとティアラローズは思う。
「お母様はお家に?」
「母は、父と旅行に行っているんですよ。帰りはいつになるか……」
「あら……」
どうやら仲睦まじい夫婦のようで、のんびりしてくると言っていたのでかなり長い旅行になりそうなのだとルカは笑う。
――仲良し夫婦なのね、素敵。
ティアラローズとアクアスティードは、王と王妃ということもあり、旅行に行く機会がなかなか作れない。
外交や諸事情で行ったことがある国も、片手で足りるほどだ。
いつか、もっと落ち着くことができたら。
――世界一周旅行をしてみたい。
なんて、そんな夢のようなことを考えてしまう。
いつか何十年後か、子どもが大きくなって独り立ちすることができたのなら――そんな時間もできるかもしれないと、ティアラローズは思った。