1. 妖精の夏祭り
豊かな森と大地に、色とりどりの珊瑚や魚が住む海。そしてどこまでも続いている、澄んだ空。
妖精たちに愛されしその国の名は、マリンフォレスト。
王城の屋上に出ると、街の賑やかな様子がよくわかる。
「あ~!」
「ふふ、楽しそうね」
ティアラローズは娘のルチアローズを抱きながら、「あそこが広場で、向こうは――」と、街の様子を教えてあげる。
ルチアローズは終始楽しそうにしていて、はしゃいでいる。
季節は夏、ティアラローズがマリンフォレストに嫁いで5年が経った。
「今年のお祭りは、盛大に行うのよ。ルチアも一緒にお祭りに行きましょうね」
「あい!」
元気のいい愛娘の返事に、ティアラローズは微笑む。
マリンフォレストの王妃、ティアラローズ・ラピス・マリンフォレスト。
ふわりとしたハニーピンクの髪と、水色の瞳。青色の身頃に、白色のタックスカートには身頃から裾へ向けて花の刺繍がなされている
優しく穏やかな表情を浮かべたティアラローズ、娘を見つめる瞳は慈愛に満ちている。
そんな聖女のような彼女だが、実はここ――乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』の続編の世界へ転生した悪役令嬢だ。
楽しそうに街を見てはしゃぐのは、ルチアローズ・マリンフォレスト。
ティアラローズとアクアスティードの第一子にあたる、第一王女。少し濃いピンク色の髪と、金色がかったハニーピンクのパッチリとした瞳。
魔力は落ち着きをみせ、今は穏やかな日常を送っている。
――さて。
マリンフォレストの夏といえば、『妖精の星祭り』が開かれる。今年はティアラローズが嫁いできて五年の節目ということもあり、三日間のお祭りは盛大に行われることとなった。
今は着々と準備が始められており、お祭りは明日から開催される。
「今年はたくさんのスイーツ屋台が出店されるみたいだから、楽しみね。ルチアは何が好きかしら」
「ん~くっき!」
「そうね、クッキーも食べましょうね」
「あいっ」
お菓子が大好きすぎるティアラローズと、少しずつ言葉を覚えてきたルチアローズ。最近は、こうしていろいろお話をするのが毎日の楽しみだ。
ティアラローズはルチアローズを下して、手を繋ぐ。
「そろそろ部屋に戻りましょう。このまま外にいたら、暑くて溶けてしまうわ」
「あい」
明日の本番を楽しみに、ティアラローズとルチアローズは部屋へ戻った。
***
そして、翌日。
「わあぁ、すごいわ。街中、すごく活気があるわね」
ティアラローズは王城のバルコニーから街を見下ろして、感動している。
お祭りは多くのスイーツ屋台が出店しており、ティアラローズは目を輝かせた。許されるならば、すべての屋台のスイーツを堪能したい。
そんなティアラローズを見て、アクアスティードがくすりと笑う。
「じゃあ、急いで全部買ってこようか」
そのまま王城に持ち帰れば、ティアラローズ、アクアスティード、ルチアローズ、家族三人で食べることができる。
きっと、とても楽しい家族団らんになるだろう。
「とっても素敵ですけど……さすがに全部はお腹に入りません」
「残念」
楽しそうにティアラローズをからかうのは、アクアスティード・マリンフォレスト。
ティアラローズの夫であり、マリンフォレストの国王だ。
ダークブルーの髪に、王であることを示す金色の瞳。今は向かいに座る妻と娘を見ているため、目じりが下がりっぱなしだ。
続編のメイン攻略対象だが、ティアラローズを選んでくれた。
ティアラローズはアクアスティードの言葉に微笑み、自分が大食いだったらどんなによかったか――なんて考える。
けれど、全部のスイーツを手に入れて王城へ戻るより、もっともっと楽しいことがある。
ティアラローズはルチアローズの頭にリボンを結ぶ。そしてスイーツ屋台ではなく、祭り全体に目を向ける。
「あいとー!」
「可愛くなったわね、ルチア。……わたくしは、ルチアにたくさんお祭りを楽しんでほしいですから」
王城でお菓子を食べるのもいいけれど、今は家族三人で外に出たいのだとティアラローズは微笑む。
「そうだね。ルチアには、いろいろなことを経験してほしい」
「はい」
出かける準備が整ったので王城の玄関ホールへ行くと、テンションの高い声が聞こえてきた。
「ティアラ様~! お祭りに招待ありがとうございます! 飛んできちゃいましたよ~~!」
「アカリ様、いらっしゃいませ」
今回、特別な星祭りということもあって、ティアラローズはアカリとハルトナイツ、ダレルに招待状を送っていた。アカリはかなり楽しみにしてくれていたようで、にこにこだ。
しかし、なぜかハルトナイツとダレルの姿が見えない。
「ええと……アカリ様、お一人ですか?」
ティアラローズが首を傾げると、アカリは「え?」と後ろを振り返る。もちろん、誰もいない。
「いけない、置いて来ちゃったみたい!」
「…………」
相変わらずのアカリに、ティアラローズは苦笑するしかない。
てへぺろと舌を出す、アカリ・ラピスラズリ・ラクトムート。
腰まである艶やかな黒髪と、黒の瞳。このゲームのヒロインで、ラピスラズリ王国の第一王子、ハルトナイツと結婚し幸せに暮らしている。
可愛い桃色のドレスは星柄のレースがあしらわれており、今回のお祭りのために用意したのだとすぐにわかる。
アカリはあははと笑いながら、一人の理由を口にした。
「私だけ、途中から馬で駆けてきたんですよね……。まあ、大丈夫ですよ。ハルトナイツ様とダレル君なら、すぐに来ますから!」
「……まったく」
王位継承権が剝奪されているとはいえ、第一王子の妃なのだからもう少しお淑やかに……とティアラローズは思ったが、アカリなので言っても無理だろうとその言葉を飲み込んだ。
アカリは次にアクアスティードとルチアローズに向かい挨拶をした。
「お久しぶりです、アクア様! ルチアちゃん!」
「アカリ嬢は相変わらずだな。遠いところ、よくきてくれた」
「おねー、ちゃっ!」
アクアスティードは軽く礼をし、ルチアローズは一生懸命アカリのことを呼んだ。以前、一緒につみき遊びをしたことなどを覚えていたのだろう。アカリに会えて、にこにこだ。
アカリは自分のことをお姉ちゃんと呼んでくれるルチアローズに、めろめろだ。
「はあぁっ! ルチアちゃんは一段と美人で可愛くなって……っ! お土産を持ってきたんだけど、馬車の中だから……また夜にでもあげるね」
「あいっ! あいあとー!」
「お礼までちゃんと言えるなんて、いい子の中のいい子!! よーし、お祭りに行こう! お姉ちゃんがなんでもほしいもの買ってあげるから!!」
ルチアローズに貢ぐ気満々のアカリは、「早く行きましょう!」と外を指さす。
ハルトナイツとダレルを待った方がいいのでは……とティアラローズは思ったが、アカリのことだから大分先行してきている可能性もある。
ティアラローズはやれやれと肩をすくめ、頷いた。
「では、わたくしたちは先にお祭りに行きましょうか」
***
ルチアローズはちょこちょこ歩けるようになったので、ティアラローズとアクアスティードの真ん中で手を繋いで歩く。
「ルチア、ゆっくり歩いてね」
「あい!」
元気に返事をしたルチアローズだけれど、お祭りの様子が気になって仕方がないらしい。見るものすべてが新鮮で、ちょっとでも手を離したら駆けて行ってしまいそうだ。
それはアカリも同様で、あっちこっちに寄り道をしながら歩いている。
「どの屋台も美味しそう! とりあえずタピオカドリンクを飲んで……ん~、射的とかしたいんですけど、ないっぽい? ティアラ様、射的かスーパーボールすくいありませんか~!?」
「この世界に射的はありません!」
そもそも銃がないのに、射的なんてあるわけがないのだ。アカリは「ちぇ」と頬を膨らませてタピオカミルクティーを飲んだ。
「ん~、美味しい! ルチアちゃんは……まだ早いですかね?」
「喉に詰まったら危ないですから、フルーツジュースがいいですね」
「フルーツ……あ、屋台を発見! ルチアちゃんのために、アカリお姉ちゃんがすぐ買ってくるからね!!」
アカリがダッシュで屋台に駆けていくのをみて、ティアラローズはアクアスティードと顔を見合わせて苦笑する。
「アカリ嬢はあんなにはしゃいで疲れ……はしないんだろうな」
「アクアったら……。ですが、今回のお祭りは規模が大きいですから、はしゃぎたくなる気持ちもわかります」
普段王城にいることもあり、あまり遊ぶことも多くはない。
実はティアラローズも、先ほどからきょろきょろ視線を動かしている。見た目の可愛いスイーツがたくさんあって、こっそりチェックしているのだ。
「ティアラ、あっちにあるフルーツの水あめはどう?」
「わあぁ、美味しそうですね! しかも見た目が可愛い」
小さな苺が水あめに包まれていて、一口で食べやすく作られている。苺はマリンフォレストの特産なので、使っている屋台が多い。
ほかにも、クレープやパウンドケーキなどを販売している屋台もある。
「目移りしてしまいますね」
「そうだね」
ティアラローズがどれにしようか悩んでいると、「買ってきました~!」と元気いっぱいにアカリが戻って来た。
その手には、苺ジュースが四つ。どうやら、ルチアローズの分だけではなく、全員に買ってきてくれたようだ。
ちなみにアカリはとっくにタピオカドリンクを飲み干していた。
「ありがとうございます、アカリ様」
「いえいえ! ルチアちゃんもどうぞ~!」
「あいとー!」
ルチアローズは苺がたくさん入ったジュースを満面の笑みで受け取り、一口飲む。すると、美味しさのあまりぴょんぴょん跳ねた。
「おいちっ!」
「気に入ってくれた? よかった~! 美味しいねぇ」
「ね~」
アカリも満面の笑みだ。
ティアラローズとアクアスティードも苺ジュースを飲み、確かに美味しいと頬が緩む。次は、ティアラローズが何か食べ物を買おう――と思っていたら、前からお祭りを楽しんでる三人組が歩いてきた。
「お、ティアラじゃねぇか」
「キース……! それに、クレイル様にパール様も」
「おぬしたちも来ていたのかえ」
「お祭りもなかなか楽しいね」
三人組とは、この国に住む妖精の王たちだ。
普段よりもラフな服装に身を包み、お祭りを楽しんでいるようだ。頭にお面をつけ、食べ物やドリンクを持っている。
――思いっきり楽しんでる……!!
妖精王が人間のお祭りにここまで興味を持つとはと驚きつつ、ティアラローズは淑女の礼で挨拶をする。
「あーそんな堅苦しくするな。お前が礼なんてしたら、目立つだろ」
「キース……。ですが、もうとっくに目立ってます」
「ん?」
見目麗しい妖精王が三人もいたら、人々の視線が向けられないわけがない。女性がキースとクレイルに熱い視線を向け、男性はパールをチラチラ見ている。
その視線に気づいたクレイルは、自分がかけていた上着をパールにはおらせる。ついでにフードも被せてしまう。
「何をするのじゃ、クレイル!」
「パールはもう少し自分の美しさを自覚して」
「……ふん。わらわを好むようなもの好きは、おぬしくらいじゃ」
ぷんと顔を背けるも、パールはクレイルの上着をぎゅっとにぎり嬉しそうだ。
クマのお面をつけている、森の妖精王キース。
深緑の髪と、金色の瞳。黒のタンクトップに、ラフな薄緑の上着。腰には緩やかなリボンと、いつも持っている扇がさされている。
手にはフランクフルトを持って、お祭りを満喫しているようだ。
魚のお面をつけている、空の妖精王クレイル。
空色の髪と、金色の瞳。淡い水色のシャツと、黒のパンツ。パールに上着を貸したため、線の細さがよくわかる。
手にはティアラローズたちと同じ、苺ジュースを持っている。
鳥のお面をつけている、海の妖精王パール。
白銀の髪と、金色の瞳。今はクレイルの上着とフードをかぶっているが、和デザインのワンピースは華やかで、パールの存在を引き立てている。
大好きなタピオカドリンクを持っている。
「まさか、街で会うとは思いませんでした」
「たまにはいいだろ」
キースはにっと笑い、いろいろ食べ歩いたのだと言う。どうやら、思いのほか人間の食べ物が気に入ったようだ。
「楽しんでいるようで、何よりです」
ティアラローズが微笑むと、キースは「まあな」と返事をする。
「それに、こうでもしねーとあの二人は出かけないからな」
「ああ……」
クレイルとパールを見て、ティアラローズは苦笑する。キースは以前放っておけばいいと言っていたが、二人のことを気にかけてくれているようだ。
すると、キースが「そういえば」と向こうを指さす。
「あっちに魔法シュートがあったぞ。アクア、勝負だ」
「魔法シュート?」
「おう」
行ってみると、射的のような屋台があった。並べてある景品を、魔法を使って撃ち落とすというゲームのようだ。
「へぇ、こんなゲームがあったのか……」
「ティアラの菓子を賭けて勝負だ」
感心するアクアスティードと、勝手にティアラローズのお菓子を賭けるキース。
日ごろからお菓子を作っているので、あまり賭けの商品には向かないのではと思いつつも、ティアラローズは了承する。
「ぱぱ、がんやって~!」
「ルチアにぬいぐるみを取ってくるよ」
「ばっか、俺の方がでかいぬいぐるみを取ってやる!」
そんなこんなで、ティアラローズたちは存分にお祭りを楽しんだ。
新章!
どうぞよろしくお願いします。