13. まるで奇跡のような
ルチアローズの魔力に耐え切れなかったらしく、炎霊の鉱石が砕け散ってしまった。
それを見てキースは、くつくつ笑う。
「はっ、幼子の力の方が強いとは恐れ入るな! なあ、ノームよ」
『……まさか、そんな……っ』
ノームは地面に手をついて、絶望している。
計画では、ルチアローズの魔力を炎霊の鉱石に注いだら、数百年分の魔力が回復する予定だったというのに。
これでは復活どころか――このまま、エルリィ王国が崩れてしまう。
『どんな道筋を辿ったとしても、結果は同じ……だったということ、か』
自分が未熟だったからだろうか。それとも、もっと上手く人間と共存すべき道を捜さなければいけなかったのだろうか。
まあ、どちらにしても、もう遅い。
「えっえっ!? とりあえず、ルチアは大丈夫そうね……気持ちよさそうに眠っているわ」
「魔力の反応も普通だし、落ち着いたみたいですね」
アカリもルチアローズの様子を見てくれて、「もう大丈夫ですよ!」と太鼓判を押してくれた。
「これでルチアローズ様の魔力が暴走することはありませんね」
「安心しました」
一緒にいたエリオットとタルモも、眠ってしまったルチアローズの顔を見て微笑む。ルチアローズの件は、全員が心配していた。
可能な限り精霊の情報を集め、ルチアローズにとって一番いい方法を探していた。
とはいえ、今回のことは完全に予想外ではあったけれど……。
「まあ、終わりだけ見れば完全勝利ですからね!」
これにて一件落着! のような雰囲気を出すアカリに、シルフが『逃げなきゃ!』と声を荒らげる。
「え?」
『炎霊の鉱石は、この国を支え作っているものよ。それが砕け散ったということは、この国が崩壊するっていうことよ!! このままだと、全員生き埋めだわ』
「えええええぇぇぇっ!?」
それは大変だと、アカリが声をあげる。
しかし、今からこの地中深くにある地下の王国を脱出することなんて出来るのか? と、アカリは頭の中でぐるぐる考える。
いそいで転移をしたり猛ダッシュをすれば、自分たちはなんとか逃げ切ることが出来そうだ。
しかし、ドワーフ全員を避難させられるほどの時間はない。
「この幸せなゲームで、そんなエンディングは絶対に駄目!」
ドワーフも幸せにならなければと、アカリは考える。
「逃げてもドワーフの国が潰れちゃう……だったら、この炎霊の鉱石をどうにかくっつけてみたらどうですか!?」
「アカリ様!?」
なんて無茶を言うのだと、ティアラローズは驚く。
壊れてしまった鉱石のくっつけ方なんて、ティアラローズにはまったく想像ができない。そもそも出来たとしても設備が必要になるのではないか。
ティアラローズがいろいろと考えていると、アカリがノームにずばり聞いてしまう。
「ノーム様、何か方法はないんですか!?」
『えぇっ!?』
アカリが倒れこんでいるノームの方を揺らして、「まだあきらめちゃ駄目ですよ!」と喝を入れる。
「私はヒロインなんですから、絶対に大丈夫です! 私たちは死にません!!」
『えっあ、……はい……。ええと、えと、強い力を持った鉱石もしくは宝石があれば、ボクの魔法を使って炎霊の鉱石を修復出来るけど……』
しかし残念ながら、そんなに都合のいいものはこの場にないのだ。
『そういうものはとても珍しくて、そうそう目にすることも出来ないんだ。だから、炎霊の鉱石をくっつけることは不可能……。早く逃げなよ』
現実的ではないと言って、ノームはアカリを押し返す。このままここにいたら死んでしまうから、地上に帰れ――と。
そのくせ、ノームはこのまま残ってエルリィ王国と最後を迎えるつもりのようだ。
ノームのその姿勢に、アカリは頬を膨らます。
「死んじゃったら、何も出来ないのに……」
どうして命を大切にしようとしないのかと、アカリは拳を握りしめる。
けれど、仲間を救えないということは……確かにどうしようもない虚無感を生んでしまうとも思う。
アカリも、自分にもっと力があればエルリィ王国ごとノームを救うことが出来たのだろうかと考えた。
「私、ヒロインなのに……何も役に立たないなぁ」
「……そんなことありません、アカリ様」
「ティアラ様……?」
ティアラローズは珍しく落ち込んでいるアカリの肩に手を置いて、「大丈夫ですよ」と笑顔を作る。
アカリは涙ぐみそうになっていた目元を擦り、まじまじとティアラローズを見た。
「もしかして、ティアラ様には何か策があるんですか?」
「……一応」
「さ、さ、さ……さっすが、続編のメインを落とした悪役令嬢!! まさか打開策があるなんて、すごいですティアラ様~~!」
感極まったアカリは、ティアラローズにぎゅうぎゅう抱きつく。これでドワーフたちを含め、全員が助かるだろう。
しかし、いったいどうやって? と、アカリは首を傾げる。
ティアラローズはもしものときのために……と、持ってきておいたものを取り出した。
きらりと光る、赤色の宝石。
「これで修復することは出来ないかしら」
『え……?』
ティアラローズが取り出したものを見て、ノームはがばっと起き上がりティアラローズの下へ転びそうになりながら駆ける。
長い前髪を自分の手で押さえて、両の目をくわっと開いてそれを見る。
『え、嘘……まさか、あのサラマンダー様が……泣いた、の?』
「わたくしはいただいただけだから、そこまではちょっと」
『そう……ですか』
とても失礼なことを言っているが、確かに強気な彼女が涙を見せる場面はそうそうないだろう。
ティアラローズが見せたのは、以前サラヴィアから贈られた宝石――『サラマンダーの涙』。
「これを使って、炎霊の鉱石を修復出来ないかしら?」
『サラマンダーの涙であれば、出来ます。……でも、いいのですか? これは、とても貴重な宝石です。もしかしたら、世界に一つしかないかも……』
ノームの震える声に、本当に貴重なものなのだとティアラローズは再認識する。
けれど、それが本当ならば――サラマンダーの涙は、今が使うべきときなのだろうとも思う。
「構いません。きっとこれは、今日のためにわたくしの下へ来たのよ」
『……ルチアローズを攫ったのもボクなのに、ありがとう、ありがとう……ティアラローズ』
ティアラローズからサラマンダーの涙を受け取り、ノームが立ち上がる。
『これで……炎霊の鉱石に、再び火をつけます』
「わたくしたちにも、お手伝いをさせてちょうだい」
『え……?』
そう言ってティアラローズは立ち上がると、アクアスティードとルチアローズと一緒にサラマンダーの涙に触れる。
ルチアローズの魔力はサラマンダー由来のものなので、きっとノームが自分一人の魔力を使うよりは馴染みやすいはずだ。
ティアラローズの様子を見ていたキースは、やれやれと頭をかく。
「本当にお人よしだな、ティアラ。仕方ないから、俺も手伝ってやる。さすがに国が一個潰れるとなると、後味が悪いからな。……木々よ、その根をはらせこの国を支え炎霊の玉座を作れ!!」
キースが大地に呼びかけると、木の根が崩れかけている岩を支えた。そしてしゅるりとツタが伸び、炎霊の鉱石を置くための玉座が出来上がった。
本来玉座はノームが座るものだが、炎霊の鉱石はノームの力の一部なので用意されたようだ。
「……まったく、ティアラには本当いつも冷や冷やさせられる」
「ごめんなさい、アクア」
「いいや。ルチアを守ってくれてありがとう、ティアラ」
アクアスティードは微笑んで、ティアラローズとルチアローズの手を取り、三人で炎霊の鉱石に触れる。
その上から、ノームも手をかざす。
『……エルリィ王国を支えし、歴代のノームの力よ。その輝きは絶対的な炎サラマンダーのお力により、蘇るだろう。枯れることのない、煌々たる炎を今一度この手に――』
ノームが唱え終わると、砕け散った炎霊の鉱石とサラマンダーの涙がキラキラ輝き始めた。そして体に襲いかかってくるのは、浮遊感。
崩れかけていた岩や鉱石の城が、逆再生をするようにゆっくりと元に戻っていく。
まるで、世界を作っているかのようだ。
炎霊の火があった場所の地面が盛り上がり、どんどん高さを増していく。あっという間に、エルリィ王国すべてを見渡せる場所に来てしまった。
澄んだ冷たい空気が、熱くなった体に丁度いい。
「すごい光景ですね」
「まさか、こんな風に国が出来るなんて考えてもみなかったよ」
「きゃう~」
アクアスティードに抱き寄せられて、ティアラローズはエルリィ王国を見渡す。こういった光景は、何度見ても胸にじんと来るものがある。
「あー、あー!」
「ルチアはここの景色が気に入ったのね」
「かなり高い位置にいるけど、ルチアは怖くはないのかな……?」
下を見下ろすとくらりとしてしまいそうなほど高く、けろりとしているルチアローズはなかなか度胸がありそうだ。
ティアラローズはアクアスティードに寄り添って、「パパがいるからです」と微笑む。
「わたくしも、アクアがいればどんなに恐ろしいところでも……きっと怖くないです。アクアは絶対に、わたくしたちのことを守ってくれると信じていますから」
だからルチアローズも、こうして景色を安心して楽しんでいるのだろう。
「うん、必ず守るよ」
アクアスティードは微笑んで、ティアラローズとルチアローズのこめかみに優しいキスを贈る。
さすがにみんながいるところなので恥ずかしかったけれど、全員が新しく出来たエルリィ王国の景色に夢中で……誰も、こちらを見ていない
――少しだけなら、いいかしら。
ティアラローズはルチアローズとラピスラズリで待っていたので、少しの間アクアスティードとは離れていた。
そのため、やっぱり少し寂しかったのだ。
「……アクア」
「ん? どうし――」
ちゅ、と。
軽く背伸びをしたティアラローズの唇が、アクアスティードの唇をかすめる。ティアラローズからの、不意打ちのキスだ。
しかしすぐに離れていってしまったので、触れていたのは本当に一瞬だけ。
「……私からも、キスしてもいい?」
「アクアは駄目です」
絶対に、ちょっとの時間では離してもらえないから。
頬を染めるティアラローズ見て、これは確かに歯止めが利かなくなってしまいそうだなと苦笑する。
「……帰ろうか。私たちの家に」
「はい」
景色を見るティアラローズの耳に、ノームの『ありがとう』という声が届いた。