11. 大切な人
ノームがエメラルド姫を連れて鉱石の城へ帰ると、メイドたちが顔を青くした。またしても人を攫ってきた――と。
「のののの、ノーム様! いったいどういうつもりですか!」
「今度はどこのお姫様ですか!!」
しかも、ルチアローズのときと違い鉱石の牢獄へ入れられてしまっている。しかも、気を失っているようだ。
この魔法は名前に牢獄とついてこそいるが、中に入っている間はいかなる攻撃も防ぐため安全性が高い。
ただ、中に入っている本人の意思で出入りすることは出来ないけれど。
メイドたちの言葉に、ノームは沈黙する。
まさか、フィラルシア王国の姫を攫ってきたなんて言えない。フィラルシア王国とは食料を取引してもらっているので、ドワーフたちからすればとても大切な国だからだ。
『…………』
何も言わないノームを見て、メイドたちは頭を抱える。
「ひとまず、ここから出してさしあげたらどうですか?」
「この中は安全ですけれど、窮屈ですから」
鉱石の城には危険がないので、出してあげるのがいいとメイドが言うけれど――ノームは首を振ってそれを拒否する。
『この子を解放するのは、シルフがボクのお願いを聞いてくれてから』
「シルフ様にお願い……ですか」
『……うん。少し部屋で休むから、誰も近づかないようにして』
そう言い行ってしまったノームの様子に、メイドたちは顔を見合わせる。
「ノーム様、ご無理をされているみたいですね」
「炎霊の火のことが気がかりなんでしょうね。ノーム様はもちろんですが、私たちドワーフにとってもとても大切なものですからね」
メイドたちもしばし沈黙をし、すぐに首を振る。
「このお姫様がいつ出てこられてもいいように、お部屋を整えましょうか」
「ええ。それが――あら」
すぐに部屋の準備をと思っていたのだが、鉱石の牢屋に入っているエメラルドが目を覚ました。
何度も目を瞬かせて、きょろきょろしている。しかし、この部屋にエメラルドが知っている人は誰もいないし、叫んで誰かが助けに来てくれるわけでもなさそうだと理解した。
「あ、あの……」
エメラルドが話しかけると、メイドがびくりと肩を揺らした。きっと、こんなにすぐ目を覚ますとは思っていなかったのだろう。
「どうしましょう、お姫様が起きてしまいましたわ」
「ノーム様は行ってしまわれたし、私たちでは出してあげられないし」
出来ることと言えば、話し相手くらいだろうか。
困った様子たちのメイドを見て、エメラルドは差支えのなさそうな雑談をしてみることにした。
「あ、あの……わたくしは、エメラルドといいます。ドワーフの、メイド……ですよね?」
「はい。私たちはメイドですが……」
「ドワーフを見ても驚かないのですか?」
普通の人間は、ドワーフを見たら異質だと感じるだろう。自分たちと違う背格好に、とがった耳。それだけで、拒否反応を起こす人もいる。
エメラルドは「大丈夫ですよ」と、微笑む。
「ドワーフとは、何度か会ったことがあるんですよ。取引をする前の契約のときとか……。街にも、シルフと一緒に行ったことがあります」
「まあ」
メイドたちは、エメラルドの言葉に声をハモらせた。エルリィ王国に来られるのは、フィラルシア王国でも本当にごくごく一部の人だけだからだ。
「あなたはフィラルシア王国のお姫様ですか?」
「……はい」
エメラルドは自分の身分を明かすつもりはなかったけれど、あっけなくばれてしまっていたようだ。
これならもう、単刀直入に聞いてしまった方がいいかもしれない。
「わたくしは、どうして連れてこられたのでしょう? なんの力もとりえもない人間なのに」
***
炎霊の火は本来、エルリィ王国のどこからでも見ることの出来るそれは大きな炎だった。しかし今は小さくなってしまい、その大きさは数メートルまで小さくなってしまった。
ノームは炎霊の前で体育座りをして、燃える様子をじっと見つめる。
『早くしないと、消えてしまう……』
せっかく見つけた炎の力なのに、取り返されてしまった。
『シルフがお願いを聞いてくれたらいいんだけど……』
もしルチアローズとシルフが魔力共有をしたら、きっとあの小さな体では制御しきることが出来ないだろう。
そうなった段階で、溢れ出る魔力を炎霊へ吸い取らせて炎を復活させるという作戦だ。作戦なのだが――まったく上手くいっていない。
『消えるまでにどうにかしないと、ボクたちの国がなくなっちゃう……』
『ちょっと、それってどういうことよ!』
『シルフ!?』
ぽつりと呟いた言葉に反応があり、ノームは驚いて目を見開く。そして自分を見つめるシルフから……目を逸らす。
しかし、それを許すシルフではない。
『ノーム、説明しなさいよ! 言ってくれないと、わからないじゃない!!』
『~~っ! というか、なんでシルフがここにいる……! ルチアローズの魔力は……』
『アンタと話をしにきたのよ!』
『え……』
シルフの言葉に、ノームは目を瞬かせる。
『あのね、私とあんたがどれくらい付き合い長いと思ってるの? もちろんエメラルドは大切な友人だから返してもらうけど、あんたが鍛冶をしたいがためだけに人まで攫うとは思えないもの。何か理由があるなら、実行する前にちゃんと相談しなさいよ……っ!!』
『……っ』
じわりと、目に涙が浮かぶ。
ノームは袖で目元を擦り、炎霊の火について話を始めた。
***
土の精霊ノームは、鉱山で生まれた。
外敵から身を守ることの出来る硬い体と、一つの鉱石――炎霊を持っていた。ノームはすぐに、炎霊というものがどういうものかわかった。
『……これは、今までのノームの力だ』
同じ種の精霊は、世界で一人しかいない。
その中で、代替わりというものも行われる。その際、次の代の精霊に力を受けつぐのだが、ノームの場合はそれが鉱石という目に見える形になった。
それは、ノームという存在が鍛冶が大好きであるというところにある。
『炎霊を使って火を起こせば、素晴らしい武器を作れる……』
本能でわかる。
この鉱石は、鍛冶のための火を起こすために、歴代のノームたちが力を込めてきたものだ。その代わり、自分の力はほかの精霊と比べたら劣ってしまうけれど。
『でも、これがあれば大丈夫』
自分の鍛冶場を作ろう。
ノームはそう思い、生まれた鉱山の近くに炎霊の火を灯した。
鉱山で材料を採掘し、武器を作り……そんな生活を何年もしているとき、旅の盗賊に襲われて倒れている人を見つけた。
すぐに助けた結果、ノームはその人間と仲良くなった。そして、その人の持っていた剣がとてもいい代物で――目を奪われた。
『この剣は、誰が作ったの!?』
「えっ、これですか……うぅん……」
人間は戸惑い、その問いに答えていいのだろうかと頭を抱える。なぜなら、その剣はドワーフに作ってもらったものだからだ。
彼らは人前に出ることを好まず、また武器の良しあしがわからない相手から武器を作れと言われるのが嫌いだった。
「しかし、あなたは私の恩人だ。他言無用という約束をしていただけるのなら、お教えしましょう」
『もちろんです』
ノームが頷くと、人間はドワーフという鍛冶が大好きな種族がいるということを教えてくれた。
そこでは多くの剣や装備が作られていて、剣を振るう者であれば武器を作ってもらうことを目標にしている人も多い。
『ドワーフ……ぜひ会ってみたいです』
「気難しい種族ですが、優しいあなたなら仲良くなれるかもしれませんね」
話を聞いてノームは、炎霊の鉱石を持ってドワーフが住んでいる場所へとやってきた。そこでは昼夜問わずカーンカーンと鉄を打つ音が響き、ノームの心をわくわくさせた。
鍛冶が大好きだったノームはすぐ受け入れられ、ドワーフたちと一緒に鍛冶をしながら毎日を過ごした。
ノームの持っていた炎霊の火で鍛えた武器は国宝級の一品となり、ドワーフたちは大いに腕を振るった。
数年、数十年、数百年……。
ドワーフたちの寿命が尽きても、ノームはある程度の外見までくると成長が止まってしまった。
さすがのドワーフたちも、ノームが只者ではないということに気付いた。そして知ったのだ、土の精霊ノームという存在を。
さらに数百年、ノームは鍛冶をしながらドワーフたちと過ごしてきた。寿命がきた仲間の死を看取るのはどうしても慣れなかったけれど、誰もがノームと出会えたことに感謝をし笑顔で逝った。
それから百年ほど経ったころだろうか。
人間の数が増え、ドワーフたちは異質な存在だという扱いを受け始めてしまった。自分たちは鍛冶をし生きているだけで、何も迷惑はかけていない。
そう主張するも、人間たちがドワーフへ対するあたりは強くなっていった。出かけていたドワーフが人間に攻撃され、怪我を負うことも増えた。
「ふざけるな、俺たちがいったい何をしたっていうんだ……!!」
「そうだ。あいつら、俺たちが作る武器だけは使うくせに」
「あそこの城に飾ってある剣は、祖父ちゃんが作った剣なんだぞ!」
なんて酷いことをするのだと、ドワーフたちは悲しんだ。
ドワーフたちから日に日に笑顔が消え、鉄を打つ音も聞こえなくなってしまった。
『これじゃあ、駄目だ。……人間たちがいないところに行こう』
そのとき協力してくれたのが、風の精霊シルフだ。
彼女とは、森で食料を採取しているときに偶然出会った。それからたまに会い、たわいのない話をする友達になっていた。
新しい国を作るために、ノームは炎霊の鉱石の力を使うことにした。
普段はノームの手の届くところにあったけれど、ドワーフたちと一緒に暮らす国を作るためには致し方ない。
ノームは炎霊の火を地面に置いて、その力を解放した。
すると、自分の体から魔力がするりと抜けていったような感覚に襲われる。怖いと思ったけれど、人間に迫害されて暮らす場所がなくなるよりはずっといい。
『炎霊の火を、コントロールして――王国を作る』
すると、炎霊の火があった場所を中心に地面が下がっていく。
ざわつくドワーフたちに、『大丈夫』とノームは落ち着くように告げる。
『地上にいても人間に見つかるだけだから、地下に国を作ろう。名前は……『エルリィ王国』。新しい、ボクたちの国だ』
***
『……このときは、シルフにいっぱい助けてもらったよね。フィラルシア王国の人たちは優しくて、ドワーフたちも少しずつ人間を受け入れることが出来るようになっていった』
『そうよ、順調だったじゃない』
『うん』
順調、だった。
『でも、ボクの手を離れてしまった炎霊は、燃え続ける間はずっとその力を使い続けてきたんだ。それに気付いたときはもう、ボクにはどうしようもないところまで力を消耗してしまっていたんだ』
自分の力の一部が失われるだけなら受け入れるが――このままでは、炎霊の鉱石で作り上げた国が潰れ地中に埋まってしまう。
『ボクはドワーフたちを守りたいんだ』
そう言ったノームは、信念を持った瞳でシルフを見た。