8. 大切なお姫様
風の精霊シルフを案内役に、アクアスティードとキースは三人でエルリィ王国へと向かった。
ティアラローズはエリオット、タルモとともに王城へ戻り、三人の帰りを待っている。
ティアラローズたちは
「ティアラローズ様、アクアスティード様ならきっとルチアローズ様を助けだしてくださいます」
そう言って、エリオットは心配そうにしているティアラローズに紅茶を差し出す。
「ありがとう、エリオット。……でも、やっぱり心配してしまうわね」
もちろんアクアスティードとキースがルチアローズを連れ帰ってくれるということは、信じている。
けれど、心配するのはまた別だ。
どうか無事で戻ってきてと、ティアラローズは祈った。
***
「あ~!」
やっとパパ――アクアスティードに会えたルチアローズは笑顔で、小さな手でぎゅっと抱きついた。
「ああよかった、もっと顔を見せてルチア」
「う?」
「怪我も……ないみたいだね」
アクアスティードがほっと胸を撫でおろすと、キースが「元気そうだな」とルチアローズの頭を撫でる。
こちらも安心したようで、ふうと息をついた。
「にしても、連れ去られてここまで堂々としてるとは……さすがだな」
なんて言って、キースは笑う。
「泣きわめているよりはいいさ」
と、アクアスティードが返す。
すると、「あ、あのぅ……」と声をかけられた。
アクアスティードが視線を向けると、そこにはメイドのドワーフが二人いた。手にはガラガラを持っているので、ルチアローズの世話をしてくれていたのだろうということがわかる。
「姫様とは、どういったご関係でしょうか?」
「とっても嬉しそうにしているので、ご家族でしょうか?」
おずおず様子を伺いながら問いかけてくるメイドに、アクアスティードは頷く。
「私はこの子――ルチアローズの父親だ。アクアスティード・マリンフォレストだ」
「お父様!」
「とても素敵!!」
名乗ると、メイドはわっと盛り上がる。
「あら、待って……マリンフォレストって……大国ではなかったかしら?」
「そうだわ、本で読んだことがあるわ。ノーム様、そんなすごいところから姫様を連れてきてしまったの?」
とたんに、メイド二人の顔が青くなる。
「まさかマリンフォレストの姫様だとは知らず、大変失礼いたしました!!」
「姫様には、傷一つつけておりません!!」
メイドたちはすかさず頭を下げ、非礼を詫びる。
しかし、謝ったから、はい許します……というわけにもいかない。どうしたものかとアクアスティードが思案していると、ルチアローズが「あー」とメイドたちに手を伸ばした。
「ルチア?」
「姫様……? あ、もしかしてこれがほしいのでしょうか?」
メイドは手に持っていたガラガラを振って、ルチアローズに見せる。するとルチアローズが手を伸ばしたので、メイドがガラガラを渡してくれた。
どうやら、随分と気に入っているようだ。ぎゅっと握りしめて、ルチアローズはアクアスティードに振ってみせた。
「上手だね、ルチア」
「あいっ」
どうやらアクアスティードに見せたかったようだ。
さらによくよく部屋の中を見回すと、たくさんのおもちゃがあることがわかる。ガラガラやぬいぐるみなど、可愛らしいものが多い。
けれど、その中でひときわ目を引いたのが――岩で出来た獅子のおもちゃだ。
――ドワーフが作った、のか?
それともノームが?
どちらにしろ、かなり精密に作られているなとアクアスティードは思う。かなりの腕がなければ、この完成度には届かないだろう。
「あ、あーっ」
アクアスティードが見ていたからか、ルチアローズは岩の獅子へ手を伸ばす。どうやら、獅子で遊びたいみたいだ。
「駄目だよ、ルチア。ママが待っているから、今は一緒に帰ろう。ね?」
「うー……あう」
言い聞かせるアクアスティードの言葉に、ルチアローズは素直に頷いてくれた。ママという単語を聞き取ることが出来たのだろう。
「わかるのか、偉いな」
「あー!」
キースはそう言いながら、じっとルチアローズのことを見つめる。その瞳はとても真剣で、アクアスティードは「どうした?」と問う。
「……ルチアの魔力が、かなり増えてるな。おそらく、ノームと接触したのが原因だろう」
「なら、一刻も早くここから離れた方がいい」
アクアスティードがすぐに踵を返すと、『キース様~!』というシルフの声。
「あ、馬鹿! こっちに来るな!」
『え?』
キースの声を聞き、シルフはピタリと足を止める。
「んで、共鳴しないように魔力を抑えろ!」
『は、はいっ!』
シルフはキースに言われた通り、自分の魔力を抑えた。これで、何かに影響を与えるようなことはないのだが……いったいどうして? と、首を傾げる。
そしてルチアローズを見つめ……ハッと目を見開いた。
『その子、サラマンダー様の魔力がある!? まさか、こんな赤ちゃんに……。だから私に、魔力を抑えろって言ったのね』
なるほどなるほどと、シルフは頷く。
そしてルチアローズをまじまじと見て、その魔力の大きさに驚いた。
『すごい魔力。まだコントロールがちゃんと出来ていないのね。しかも、かなりギリギリのラインっぽい……私が魔力を抑えてなかったら、きっと暴走してたわね』
暴走したら、鉱石の城ごと爆発してしまうだろう。怪我人も多く出るだろうし、最悪、空部分まで崩れてエルリィ王国が埋まってしまったかもしれない。
そう考えると、ぞっとする。
「あう?」
「ああ、大丈夫だよルチア。大きな声でびっくりしてしまったね」
目をぱちぱち瞬かせているルチアローズを撫でて、アクアスティードは「行こう」とキースとシルフに声をかける。
「そうだな、ティアラが心配してる」
キースが同意するも、シルフが『待って』と声をかけた。
『もちろん帰るんだけど……でも、ノームの姿が見えないわね……ねえ、あなたたちノームを知らない?』
シルフは、姿の見えないノームのことが気になったようだ。
もちろんアクアスティードとキースも気がかりではあったけれど、それよりもルチアローズを連れて帰る方が重要だった。
どちらにしろ、後でまた来ればいい――と。
問われたメイドは、目を泳がせて顔を見合わせる。
しかし、シルフに隠し事は出来ないと思ったのだろう。素直に口を開いた。
「その……ノーム様は、炎霊を見に行っています」
「その後は……少し出かけてくる、と」
『出かける? 引きこもりのノームが?』
いったいどこに? とシルフが問うも、メイドは「知りません」と首を振る。
「つまり、ルチアを攫った張本人は不在っていうわけか」
『……そういうことになるわね。炎霊のところにいけば、もしかしたらいるかもしれないけど』
「あれは後回しでいい。ティアラのところに帰るぞ」
『わかったわ』
ノームには会わなければいけないが、優先順位はルチアローズの方が高い。
アクアスティードは顔を見合わせ、鉱石の城を後にした。
***
「あ~!」
「……ルチアっ!!」
アクアスティードたちがフィラルシアの王城へ戻ると、ルチアローズを見たティアラローズの瞳から大粒の涙が零れた。
とめどなくあふれるそれは、止められそうにない。
「ああ、ルチア……アクア、キース、それからシルフ様。ありがとうございます」
「ただいま、ティアラ」
「ノームはいなかったが、後できつく懲らしめてやるよ」
『ただいま戻りました』
「よかった、みんな無事で」
ティアラローズは、ルチアローズを抱いているアクアスティードごと抱きしめる。大好きな二人の温もりに、心の底からほっとする。
ルチアローズもティアラローズを見たらほっとしたようで、アクアスティードに抱っこされて笑顔だったのに、表情がゆがむ。
「ふええぇ、あぁんっ」
「ああ、ルチア。もう大丈夫よ、ママもパパもいるわ」
「えぇぇんっ」
「ティアラに会えて、安心したんだろうね」
二人がぼろぼろ泣くので、アクアスティードは優しくティアラローズを抱き寄せる。まるで、小さな子どもが二人いるみたいだ。
「ごめんなさい、わたくし涙が止まらなくて……っ」
「思いっきり泣いていいよ。止まるまで、ずっと抱きしめていてあげるから」
「アクア……」
「ふえぇ」
家族水入らずとなってしまった三人を見て、キースはやれやれと肩をすくめる。
「今は三人にしといてやるか」
『そうですね。なら私たちは――デートでもしませんかっ? キース様!』
「ひとまずクレイルにでも連絡するかな……」
『あぁ素っ気ない……』
キースはシルフの言葉は聞かなかったことにして、部屋を後にした。
「はー、思ったより早く解決してよかったぜ」
屋上へとやってきたキースは、ぐぐっと伸びをして眼前にそびえる山々を見る。
ゆっくり昇ってくる朝日に目を細めながら、こんな精霊がいる地はとっとと退散したいものだと思う。
「ルチアにどんな影響があるかわからないからな」
ああでも。
「ノームの野郎に借りは返さないと気がすまないけどな」
人間同士の問題であれば、アクアスティードにすべて任せようと思っていた。しかし、土の精霊ノームとエルリィ王国では話が別だ。
エルリィ王国なんて誰も知らないし、人間の法が及ぶ場所ではない。
まったくやっかいなものだと、キースは笑う。
「まあ、その分――俺が許さないけどな」
『また物騒なことを口にしているな』
「――! クレイルか」
一陣の風が、クレイルの声を届けた。
クレイルの使う風の魔法で、遠くの相手と会話をすることが可能。風が吹くところであれば、どこまででも声を届けることが出来る。
『そっちはどうなったの?』
「ルチアは無事だ」
『それはよかった。ノームの目的はわかったの?』
クレイルの問いに、キースはエルリィ王国のドワーフたちが話していたことを伝える。
鍛冶を行うために使われている炎霊が消えかかっていて、その火を強めるためにルチアローズのサラマンダーの魔力を必要としたのだろうということ。
「あと、嫌な報告も一つ」
『……共鳴か』
「正解」
再会したルチアローズは、以前よりも魔力が増えていた。それは間違いなく、ノームが近づいたことによって起こったことだ。
まだ魔力制御が上手く出来ない子どもなので、かなり危ない状態だと言っていいだろう。
キースはため息をつく。
「今はまだ指輪が魔力を吸い取ってるが、いつ壊れるかわからないぞ?」
『だろうね。だから言ったんだよ。キースは、ルチアローズに祝福をするな……と』
「……ああ、そんなことも言ってたな」
森の書庫で、クレイルがキースに言った言葉だ。
『キースの祝福は――』
「ルチアがどうしようもなくなったとき、助けるために最善のものを贈れ……だろ。わかってるさ、それくらい」
言われなくてもそうするつもりだと、キースがくつくつ笑う。
もう駄目だとルチアローズが絶望の淵に立ったとしても、自分の祝福で助けるのだと――キースは心に決めている。
しかしふいに、キースの顔から表情が消える。
『キース?』
何かを察したクレイルは、キースを呼ぶ。しばしの沈黙の後、キースの口からもれたのはため息だ。
「明日にでも帰る予定だったが……ちょっと面倒なことになりそうだな」
舌打ちしながら頭をかいて、キースはクレイルに「また連絡する」と言って屋上を後にした。