6. シルフの国とノームの国
『私に用……?』
「ああ」
キースの言葉に、シルフは訝しむような眼を向けてくる。――が、キースはそんなことを気にするような男ではない。
ティアラローズたちがフィラルシアに来た目的は、シルフに会い、精霊たち――特にノームの情報を得ること。そしてそれは、ルチアローズの救出にも関わってくる。
「ルチアの魔力がこの国にあるっていうのは、もう確認済みなんだよ」
『……?』
エメラルドに声をかけられるまでのわずかな時間で、キースはしっかりとルチアローズの魔力を見つけていた。
明確な位置まではわからなかったが、この国の地下だということまではわかった。
『いったいなんの話を――』
「お前、ノームの居場所を教えろ」
『な……っ』
高圧的なキースの物言いに、シルフは絶句する。そしてすぐに、『嫌よ!』と声をあげる。どうして自分が見ず知らずの男に、と。
「居場所を知ってるみたいだな」
「知っているの!?」
キースの言葉に続き、ティアラローズがシルフを見つめる。
つい先ほどの、キースがルチアローズの魔力にたどり着いたということだけでも嬉しいというのに、ノームの場所へ行く希望が一気に広がった。
ティアラローズは一歩前に出て、シルフに向かって頭を下げる。
「シルフ様、どうかノーム様の居場所を教えてくださいませ」
『な、なによ……っ』
シルフは真摯なティアラローズに戸惑い、エメラルドの後ろへと逃げてしまう。
「いったいどういうことですの? ティアラローズ様、理由をお話ししてくださいますか?」
おそらく今、一番混乱しているのはエメラルドだろう。
ティアラローズたちがシルフの存在を知っているだけでも驚いたのに、さらにはノームの居場所を教えろと詰め寄っているのだから。
エメラルドから見たら、こちらが悪役かもしれない。
ここは正直に理由を話し、協力をお願いした方がいいだろう。心優しいエメラルドなら、きっと力になってくれるはずだ。
そう思い、ティアラローズが口を開こうとしたのだが――『嫌よ!』とシルフがべーっと舌を出した。
『エメラルド、こんな奴らを相手にする必要なんてないわよ!』
「シルフ、そんなことを言ってはいけないわ。きっと、何か理由があるのだから……」
『嫌よっ!』
エメラルドが嫌がるシルフを説得しようとするが、風の力を使いその場から姿を消してしまった。
「シルフ様……っ!」
ティアラローズがとっさに手を伸ばして引き留めようとしたが、その手は宙を掴んだだけだった。
「ごめんなさい。シルフはああ見えて、人見知りのところがあるの。シルフが失礼な態度をとってしまったわね、謝りますわ」
「……いいえ。こちらこそ、突然すみません」
あまりにも急展開過ぎて、物事の順序を忘れてしまっていた。ティアラローズは頭を下げ、エメラルドに謝罪する。
「わたくしは気にしていません。とても大変な事情があるということは、わかりますもの」
「エメラルド姫、事情は私からお話しさせてください」
「アクアスティード陛下……ええ、お願いしますわ。ここではなんですから、わたくしの部屋へ行きましょう」
ティアラローズたちは屋上からエメラルドの部屋に場所を移して、アクアスティードがことの事情を説明した。
エメラルドは深刻な表情で手を組み、深く息をはく。
最初に用意された紅茶は、もうすっかり冷めてしまった。
「まさか、そのようなことが起っていたなんて……」
事情を聞いたエメラルドは、頭がくらりとした。だってまさか、ノームが大国の姫を誘拐したなんて……信じられなかったからだ。
しかしそれが事実であれば、国際問題になることは必至。ノームの国が認められていないとはいえ、フィラルシアに接点があることはすでにアクアスティードの知るところ。
ティアラローズは用意してもらった紅茶を飲み、心を落ち着かせる。先ほどよりは、ずいぶん落ち着いた。
それでも、早くルチアローズを助けに行きたいという気持ちはかわらない。
エメラルドはティアラローズを見て、心配そうに眉を下げる。
「ルチアローズ様が攫われたとあっては、心配で夜も眠れませんわね。……土の精霊ノーム様は、わが国と交流があります」
「本当ですか!?」
「はい。ノーム様に直接お会いしたことはないのですが、食料の取引をしているんです。ですが、その取次ぎをしているのはシルフなんです」
なので、エメラルドではノームのいる地に案内することはできない。どうにかして、シルフを説得するほかないのだ。
エメラルドは、自分が知る数少ない情報だけれどと前置きしてノームの国のことを話してくれた。
「ノーム様の治める地は、ここフィラルシアにあります。……正確には、地下への入り口がある、と言った方がいいでしょうか」
そのため、正確な国の広さはわからないのだとエメラルド言う。
「エルリィ王国という、ノーム様が頂点に立つドワーフたちの国です」
「ドワーフ!?」
エメラルドの言葉に、ティアラローズは驚く。
「驚くのも無理はありませんね。ドワーフは、空想上の生き物だと思われていましたから」
「はい……。まさか存在しているなんて、思ってもみませんでした」
――この世界は、知らないことがまだまだ多すぎる。
妖精まではゲームでも出てくる設定だったけれど、精霊やドワーフはまったくの予想外だ。このままでは、ドラゴンなんかも出てきてしまうのではないだろうか。
「彼らは、鍛冶をして生きています」
「鍛冶、ですか」
「はい」
鍛冶といえば、剣などの武器。
――確かに、ドワーフが鍛冶職人の漫画やゲームは多かったわね。
ティアラローズはそんなことを考えていたが、隣にいるアクアスティードは深刻な表情でエメラルドを見た。
「食料の取引をしていると、言いましたね。それは、彼らの作った武器と……ということでしょうか?」
「――っ!」
アクアスティードの言葉を聞いて、ティアラローズはハッとする。
――そうか、ドワーフの武器がすべてフィラルシアに流れているとしたら……。
平和な小国ではなく、驚異的な武器を持つ国という判定をしなければいけなくなる。それは近隣諸国への脅威にもなりえる。
しかし、アクアスティードの心配は杞憂に終わった。
「確かに武器もありますが、それはごく少数です。取引している主なものは、道具類です」
エメラルドの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
「この国は、戦に手を染めたりはしません。ドワーフたちが作ってくれるのは、風車の部品や、農具。それからフライパンなどの調理器具と、お菓子などを作るときに使う型などですね」
「お菓子の道具をドワーフたちが……!?」
素敵なワードが出てきて、思わず反応してしまった。
ティアラローズは口元に手を当てて、「続けてください」と微笑む。
「わたくしが知っているのは、これくらいです。ただ、ドワーフたちは……気難しいところもありますが、優しい種族です」
自ら進んで争いに行くタイプではないと、エメラルドは言う。
「ノーム様はなぜルチアローズ様を連れ去ったりしたのでしょう。シルフから話を聞いたことはありますが、ノーム様は引きこもって地下から出ず、人間と交流を持つような方ではないそうです」
ノームの性格が多少見えたような気もするが、まだまだ情報は少ない。
やはりシルフに取り次いでもらう以外はないと、今度はアクアスティードが口を開く。
「それは直接聞いてみるしかありませんね。エメラルド姫、もう一度シルフ様と話をすることは可能ですか?」
「わたくしからも、シルフにお願いしてみますわ」
「ありがとうございます」
エメラルドは空へ手を差し伸べて、先ほどと同じようにシルフを呼んだ。
『……なによ。私は、そいつらなんて知らないのに』
シルフは再び現れたものの、ぷいっと顔を背けてしまった。そしてまた、エメラルドの後ろに隠れてしまう。
しかしエメラルドが呼んだら来てくれたので、根はいい子なのかもしれない。
「そんなに隠れるものではないわ、シルフ。ティアラローズ様たちが困っているから、協力してほしいのよ」
『どうして私が、そんなことを……』
絶対に嫌――と、シルフはそう続けようとしたのだろう。しかしそれは、キースの睨みによって続かなかった。
「お前、いい加減にしろ。こっちは急いでるんだ」
キースはそう言って椅子から立ち上がると、シルフの方へとずかずか歩いていく。
しかしシルフも、後ずさってキースから距離をとる。
『な、なによ! 私は風の精霊シルフよ! そんな風に脅していいと思ってるの!?』
「はっ、精霊がそんなに偉いのか?」
『……っ!?』
シルフが部屋の隅まで下がって退路が塞がると、キースが拳を壁にぶつける。
『きゃっ!』
戸惑い涙目になるシルフを見て、ティアラローズが慌てて立ち上がる。確かに急いではいたが、ここまで強硬手段に出てしまうなんて。
「キース、乱暴は――」
すぐに止めようとすると、キースが左手でティアラローズの言葉を制止する。
「わかってるよ、俺だって本気じゃない。――が、お前はまだ若い精霊だろう? さすがに俺くらい生きていれば、その程度はわかる」
『えっ、えっ、え……っ?』
「なんだ、俺が人間じゃないことはわかっても、正体まではわからなかったのか」
シルフの反応を見て、キースはくつくつ笑う。
「俺は森の妖精王だ。若い精霊ごときが、勝てると思うな」
『~~っ!』
だから駄々をこねて、こちらを困らせるんじゃない。キースがそう言うと、シルフは口を噤んで涙目になってしまった。
その様子を見ていたエメラルドは、「まあ……」と頬を緩める。
今まで、シルフは風の精霊として常に上位に立っていた。この国ではエメラルドとしか交流はないが、常に自分が上であるという自覚があった。
しかし、そんなシルフの前に初めて――自分よりも、格上の存在が現れた。逆らってはいけない相手が、いたのだ。
『私は、私は……』
「なんだ、まだ教えないっていうのか?」
キースがもうひと睨みすると、シルフはぶんぶん首を振った。
『私、キース様のためならなんでもしちゃいます!』
「……は?」
今度はキースの目が点になった。