4. 地下のエルリィ王国
土の精霊ノームがいる場所は、エルリィ王国という。
その国民のほとんどがドワーフで、背は大人でも80センチほどと小さく、今は地下に暮らす種族。
ドワーフは絵本に出てくる想像の生き物だと思われていたが、実はひっそりと慎ましく暮らしていた。
エルリィ王国は、精霊ノームの力を使い地下に作り上げた王国だ。
その場所は、フィラルシア王国の地下と、さらにラピスラズリ王国の地下三分の一ほどに及んでいる。
とはいえ、住民が多いわけではない。
ほとんどが鉱石などの採掘場になっていて、居住区はフィラルシア王国の面積半分ほどしかない小さな国。
食料はフィラルシア王国と取引を行い、生活する分だけを手に入れている。
そして現在の場所は、エルリィ王国にあるドワーフの城。洞窟内を掘って作られた鉱石の城で、ひんやりとしている。
「ふええぇぇんっ」
突然連れ去られたルチアローズは、大声で泣きわめく。それを必死にあやそうとしているのは、二人のドワーフのメイド。
身長は七十センチほどの彼女たちだが、立派に成人した大人の女性だ。
「あああっ、お姫様、どうか可愛らしいお顔を見せてください」
「ああっ、泣き止んでくださいませっ」
「ふええぇぇんっ」
けれど、ルチアローズが泣き止むことはない。
「ガラガラですよ、音が鳴って楽しいですね~」
「いないないばあ~! ああっ、笑ってくれないわっ」
「ふええ、ふえええぇぇんっ!」
一生懸命あやしてみるも、どうにもならない。メイドたちは困り果てて、自分の主を見る。
「ノーム様、この子どもはいったいどこの子どもですか?」
「人間の子どもではありませんか……まだ、こんなにも幼い」
自分たちでは、人間の子どものお世話経験がなくてどうしようもないと、メイドたちが涙目になっている。
けれど、『我慢して』とノームは告げた。
『……その子は、ボクたちの希望の星だ』
ぽつりと小さな声で喋るのは、土の精霊ノーム。
ドワーフ同様体が小さく、その身長は六十センチほど。
前髪は長く、目をすべてかくしてしまっている。こげ茶色の髪はマッシュルームへアになっていて、頭にはちょこんと小さな鉱石の冠が乗っている。
厚手のマントと、採掘道具の入った腰袋を身に着けている。
ノームは、泣いているルチアローズの頭を撫でる……が、泣き止まない。
『あわわ……泣き止んで、お願い……』
困っているノームにメイドたちは焦りつつ、「どういうことですか?」と説明を求める。
『……実は、ボクたちが鍛冶に使う大元の火――炎霊が消えかかってて……』
「ええええっ!?」
『本当は伝えないといけなかったのに、その……言い出せなくて、ごめん……でも、こればっかりはボクの力ではどうしようもなくて……』
ひどく落ち込んでしまったノームを見て、メイドたちは顔を見合わせる。深刻な空気を察したからか、ルチアローズもぴたりと泣き止んだ。
「ああ、いい子ですねお姫様」
「少しだけ、このままお静かにお願いいたしますね」
「あうぅ……」
大人しくしてくれたルチアローズにほっと胸を撫でおろして、ノームは話を進める。
『ボクたちは、鍛冶でいろいろな伝説を作ってきた』
「はい」
ノームの言葉に、メイドたちは頷く。
ドワーフたちはノームとともに生きる一族で、鍛冶が大好きな種族だ。しかし名誉などには興味がなく、ただ黙々と鍛冶をし武器などを作ってきた。
実はこの世界にある伝説の剣などを作ったのも、ドワーフたちだったりする。
今は争いなどが起きていないため、そんなものは必要ないが……その分、それが生活用品になっていき……実はかなりよい品物が揃っていたりするのだ。
『……ボクたちが鍛えるものは、どれも一級品だ。その素晴らしさは今まで培ってきた技術でもあるけれど――炎霊の火があってこそ発揮されるもの、だよね?』
「はい。炎霊は、鍛冶に使う聖なる炎です。この火を使って鍛えるからこそ、素晴らしいものができあがるのです」
「私たちにとって、必要不可欠――生きるための水のようなものです」
そう、ノームとドワーフにとって炎霊とはとても大切な火なのだ。
その火が消えてしまったときのことなんて、とてもではないが考えられない。こんな子どもを、攫ってきている場合ではないのにとメイドたちは思う。
「ノーム様、私たちにとって炎霊は命そのものです」
「どうにかして、火を燃やし続けることはできないのですか?」
『…………』
メイドの必死の声に、ノームは一度口を閉ざす。
『消えかかった炎霊の火を見たとき、ああ、もう駄目だ……そう、思った』
そう思ったとき――大きな火を見つけた。
『この子はルチアローズ。サラマンダーの強大な火の力をその身に宿した、ボクたちの救世主です』
「なんということでしょう……!!」
ノームは火が消えてしまう前に、急いでルチアローズを攫ってきたのだ。
メイドたちはルチアローズをまじまじと見て、涙を流す。それだけ、ドワーフにとって炎霊は大切なものだ。
「よかった、私たちは火を失わずに済むのですね」
「炎霊の火で鍛冶が出来ないなんて、考えただけでも恐ろしいわ」
よかったよかったと、ドワーフたちは胸を撫でおろし――
「って、待ってくださいノーム様!」
「この子のご両親は一緒ではないのですか?」
『え……っ、ええと、炎霊の火を復活させてもらったら、その、ちゃんと返しに行く……よ?』
ぽそぽそ喋るノームにメイドは顔を青くする。
「本当に、いったいどこの姫様なのですか~~!?」
鉱石の城に、ドワーフの叫び声がこだました。
***
「ティアラ、サラヴィア陛下から返事が来たよ。ルチアは無事みたいだ」
「本当ですか!?」
ルチアローズを助けるため、ティアラローズたちは馬でラピスラズリを目指している。今いるのは、宿泊のために立ち寄った道中の町。
今回、騎乗でフィラルシア王国を目指すのは、ティアラローズ、アクアスティード、エリオット、タルモ、キース。それ以外にも数人の騎士がいる。フィリーネは騎乗が得意ではないので、馬車で追いかけてくる予定だ。
もしやサラマンダーであれば、ルチアローズのことがわかるのでは? と考え、エリオットに手紙を送ってもらいすぐに返事をもらったのだ。
ティアラローズはベッドに腰かけたまま、へにゃりと力が抜けた。
「ただ、サラマンダー様でも状態や詳細な場所はわからないそうだ。特に乱れた火の魔力は感じられないから、落ち着いてはいるようだけど……」
「ルチアの無事がわかっただけでも、嬉しいです。よかった、ルチア……。すぐに助けに行くから、待っていてね……」
じわりと、ティアラローズの目頭が熱くなる。
たとえその身が無事だとしても、きっと不安になっていることだろう。
泣きそうなティアラローズの隣にアクアスティードが腰かけ、その細い肩を抱き寄せる。その肩によりかかって、ティアラローズはぽつりと言葉をもらす。
「こんなに長い時間、ルチアと離れたのは初めてですね」
夜中に起きて、泣いたりしていないだろうか。ご飯はちゃんと食べているのだろうか。酷いことになっていないだろうか。
このままでは、ティアラローズの方が不安でどうにかなってしまいそうだ。
「いつも一緒にいたからね。……早く、抱きしめてあげたい」
「……はい」
ティアラローズとアクアスティードは、手を繋いで眠りについた。
***
朝、身支度を整えたティアラローズはラジオ体操を行う。一日馬に乗っているので、念入りに体をほぐす。
最初はラジオ体操を見たアクアスティードたちが不思議そうにしていたけれど、今では一緒にやってくれている。
「しかし、なかなか上手く乗るもんだな」
ティアラローズが馬の様子を見ていると、キースがやってきた。
「キースこそ。妖精王は馬に乗る機会なんて、ないと思ってました」
だから乗れないと思っていたことは、言わないでおこうとティアラローズは苦笑する。キースたち妖精王は、いつも転移魔法ばかりだ。
「俺だって馬に乗ったことくらいあるさ。てか、別に乗るも乗らないもないだろ? 乗れないっていうのが、不思議だ」
「……なるほど」
――キースは運動神経抜群だものね。
練習などしなくとも、簡単に乗りこなしてしまったことが容易に想像出来る。その運動神経を少しわけてほしいくらいだ。
いとも簡単に馬を操る姿は凛々しくて、頼りになる。
ティアラローズがキースと話していると、アクアスティードとエリオットがやってきた。
「出発する前に…エリオット」
「はい。ティアラローズ様、エメラルド姫から手紙です」
「本当!? よかったわ、お返事がきて」
本来はゆっくり日程調整をして訪問する予定だったが、今回のことで急遽お願いしたい旨を手紙で連絡していた。
ティアラローズが中を確認すると、『ぜひ、いらしてください』という快諾の返事が書かれている。
「よかった、これでフィラルシア王国へ行って、エメラルド姫に話を聞くことができるわ」
「あとは何か精霊に関する手掛かりがあるといいんだけど……」
フィラルシアについてからも厳しそうだ。
そうティアラローズとアクアスティードが話していると、キースが「それなら」と会話に加わった。
「近くにいれば、俺がルチアの魔力を辿ってやる。マリンフォレストじゃないから明確な位置を掴むのは難しいかもしれないが、ある程度ならわかるはずだ」
「本当!? ありがとう、キース!! それだけでも助かるわ」
もしフィラルシアでルチアローズの魔力を察知することが出来なかったら、すぐにほかの場所を捜さなければならない。
一瞬でも時間を無駄にしている時間はないのだ。
「でも、このくらいならアクアも出来るだろう?」
「私が? そういうことはあまり意識してやったことはないが……なるほど、やってみる価値はあるな」
すぐに習得することは難しいかもしれないが、覚えておくと後々便利そうだ。
「なら、フィラルシアについたら教えてやる」
「感謝する」
アクアスティードがキースに礼を言うと、ちょうど出発の準備が整った。ティアラローズも急いで返事を書いて、一足先にフィラルシアへ届けてもらう。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
フィラルシアへ向けて、ティアラローズたちは馬で駆けだした。