15. これからのこと
エリオットとフィリーネの屋敷が落ち着いたからと、ティアラローズ、アクアスティード、ルチアローズの三人は招待を受けた。
万一があってはいけないので、いつもより護衛騎士は多く連れてきている。
「いらっしゃいませ、アクアスティード様、ティアラローズ様、ルチアローズ様!」
「お待ちしておりました」
屋敷に行くと、すぐにフィリーネとエリオットが迎えてくれた。
「お招きありがとう」
「ありがとうございます。今日をとても楽しみにしていたんです」
「あうー!」
応接室に通してもらうと、メイドが紅茶とケーキと焼き菓子を用意してくれた。いつもはフィリーネが淹れてくれるので、不思議な感じだ。
――フィリーネももう、コーラルシア家の女主人だもの。
実家の爵位よりは下がってしまったけれど、フィリーネはそんなことを気にはしないし、エリオットならばさらに上を目指すことだって出来るだろう。
「新婚生活はどう?」
「えっ!?」
ティアラローズがずっと気になっていたことをズバっと聞くと、フィリーネ……ではなく、エリオットが顔を赤くした。
予想していなかった新鮮な反応で、なかなか上手くやっているらしいと判断する。
フィリーネはといえば、少し頬を染めつつも「順調です」と嬉しそうに返事をしてくれた。
二人が幸せそうで、ティアラローズまで嬉しくなる。
軽い雑談の後、アクアスティードがルチアローズのことについて話を切り出した。それは魔力のことと、精霊に関係することだ。
フィリーネとエリオットにも簡単に話をしてはいたが、詳細には話していなかった。
「タルモもこっちに来て一緒に聞いてくれ」
「はい」
扉の前で待機していたタルモも近くに控え、今までのことと、これからも同じようにほかの精霊と出会った場合……魔力が膨れ上がるかもしれない可能性を説明する。
「すべての妖精と、クレイル、パール様。その祝福だけでもすごいことだというのに……まさか、その身にサラマンダー様の力まで宿しているとは」
驚くしかないですと、エリオットが言う。
「けれど、それでもこうして魔力を制御しておられるのはルチアローズ様です。指輪やパール様の祝福の力はありますが……将来はきっと、アクアスティード陛下のように立派に成長されるでしょう」
少し不安に思うことはあれど、ルチアローズならば困難があってもそれを乗り越えてくれるだろうとフィリーネが言う。
「もしも悪意ある精霊が近づいてくるようなことがあれば、私は全力でお守りするだけです」
自分に出来ることは守ることだけだと、タルモが告げた。
三人の言葉にアクアスティードは頷き、これからのことを話しだす。
「ルチアが危険な目に遭わないように、こちらで先手を取る必要がある。圧倒的に足りないものは――」
「情報ですね」
「ああ」
アクアスティードの言葉にエリオットが続き、それに頷く。
精霊という存在は、今までお伽噺のような実在しないものだと思われてきた。それゆえに情報も少なく、所在を知るなんて夢のまた夢だろう。
「エリオット、頼めるか?」
「もちろんです。どんな手を使ってでも、ルチアローズ様のために情報を集めてみせます。お任せください」
アクアスティードが頼むと、エリオットはすぐに頷いた。言われなくとも、自分から名乗り出るつもりだった。
「私もサラヴィア陛下を通し、サラマンダー様に話は聞いてみるつもりだ」
「はい。情報はあればあるほどいいですからね」
エリオットがトップとして立ち、何人かの騎士を付けて情報収集部隊を編成するのがいいだろう。
せっかくの新婚だが、これからなかなかに忙しくなりそうだ。
「ティアラとフィリーネは、ルチアの様子を注意してみていてくれ。ダレルもそろそろ帰国しないといけない時期だ」
「ダレルにずっとルチアを見てもらうわけにはいきませんものね。注意したいと思います」
「わたくしも、よりいっそう気を付けたいと思います」
もしルチアに何か変化があれば、すぐに対応することが出来るかもしれない。
幸い、今は攻撃と守りの指輪もある。そうそう魔力が溢れて暴走するようなことはないだろう。
「それからタルモ。精霊の姿を知らないから警戒するには難しいが、周囲に何か違和感があればすぐに報告を頼む」
「もちろんです」
ひとまずの話し合いは、これで終了だ。
「出来ることが少ない、な」
基本的に今までは何事も優位か、もしくは解決の糸口があった。けれど今回はその糸口すら小さく、なかなか見つけることが出来ない。
どうにももどかしいと、ここにいる全員が感じている。
「うー?」
深刻な空気を感じ取ったからか、ルチアローズがそれを消し去るように明るい声をあげた。
「うっうー」
「ごめんなさいね、ルチア。こんな雰囲気はよくないわね」
ティアラローズは持ってきていたガラガラを使って、ルチアローズをあやして遊ぶ。きゃっきゃと喜んで、場の空気が和らいだ。
「赤ちゃんの力はすごいですね。ルチアローズ様がこのままずっと笑顔でいられるよう、わたくしたちがしっかりお仕えさせていただきます」
「ありがとう、フィリーネ。とても心強いわ」
大事な話し合いが終わったところで、フィリーネたちに屋敷の中を案内してもらうことにした。
そんなに広い屋敷ではないが、王城のすぐ近くにあり、薔薇の庭園も付いている。庭師が毎日手入れをしており、季節の花も咲いている美しい庭だ。
小さな噴水が設置されているのは、フィリーネとエリオットの二人が海の妖精に祝福をされているからだ。いつでも遊びに来ていいよ、という意味合いがある。
屋敷は少し築年数があるけれど、丁寧にリフォームがされていた。二階建ての屋敷で、フィリーネたちの部屋は二階にある。
ティアラローズたちは、一階にあるゲストルームや食堂を見せてもらった。
せっかくだからと、最後にみた食堂でゆっくりお茶をいただきながら話をする。
「内装はフィリーネが選んだの? とても温かみがあって、サンフィスト家の屋敷を思い出すわ」
フィリーネの実家は兄弟が多く、いつも温かさに溢れていた。この屋敷にはまだ二人しかいないけれど、きっとすぐに家族も増えるだろう。
「特に意識はしていなかったのですが、言われてみるとどこか実家の雰囲気に似ていますね」
「私は好きですよ、この内装」
「……っ! あ、ありがとうございます」
全然気付かなかったと言うフィリーネに、エリオットが自然に返事をした。スマートに褒められたからか、フィリーネが少し照れている。
エリオットは時々、さらりとどきっとすることを言ってくるのだ。
フィリーネは壁にかかった絵を指さす。
「あれはエリオットが描いた絵なんですよ」
それは風景画で、大きな一本の木と、キャンバスの端には建物が見切れて描かれている。木漏れ日が差す、美しい一枚だ。
エリオットは絵がとても上手く、趣味としていろいろなものを描いている。姿絵もたまに描くが、普段は風景などが多い。
――あら? この場所って……。
しかしよく見ると、ティアラローズはこの場所に心当たりがあった。
「ここは……わたくしがよく読書をしていた木陰?」
ティアラローズの問いかけに、エリオットが頷く。
「はい。ラピスラズリの学園です」
「懐かしいわ」
学園を卒業し、もうずいぶん経った。
前世の記憶を取り戻し断罪イベントのあった場所だけれど、フィリーネとお茶をしたり、アクアスティードと出会ったり……いい思い出もたくさんある。
「素敵な絵が見れて嬉しいわ」
「いえいえ。私の絵なんて、趣味ですから」
「そんなに謙遜するものじゃないわ」
「ありがとうございます」
いつかルチアローズの絵も描いてもらいたいなと、そんなことを考えながらしばらく懐かしい風景を眺めた。
すっかり長居をして、気付けば夕方になってしまっていた。
「本日はありがとうございました」
「また明日、王城でお会いしましょう」
「こっちこそありがとう。こうしてエリオットと会うのは、なかなか新鮮だな」
「そうですね」
いつもはアクアスティードの執務室にいるので、貴族になったエリオットとこのように会うのは初めてだった。
とはいえ、二人の関係はこれまでと変わることはない。
別れの挨拶を交わして、ティアラローズたちは王城へ戻った。
***
ティアラローズはルチアローズをベッドへ寝かせ、シュナウスにもらったぬいぐるみで一緒に遊んでいる。
魔力で動かすことはせず、ティアラローズが手で動かしているのを見るのが楽しいようだ。
「あー!」
「ルチアのお気に入りの、ねこちゃんですよ~にゃぁ~」
ねこのぬいぐるみで「にゃー」っとすると、ルチアローズが手足をばたばたさせて喜んでくれる。
小さな手で一生懸命ねこのしっぽを掴んでいる姿は、とても成長を感じさせる。
「つい最近まで、物を握ることはまだ出来なかったのに……」
成長が早すぎると、ティアラローズは思う。
――ビデオカメラがあったらよかったのに。
そうすれば、ルチアローズの成長をあますことなく残しておけるのに――と。しかしこの世界に電気は存在していないので、ないものねだりをしても仕方がない。
「二人とも、可愛い遊びをしてるね」
「アクア! おかえりなさい」
「ただいま。サラヴィア陛下に手紙を出してきたよ。サラマンダー様が何か知っていれば、教えてもらえるだろう」
ひとまず現時点で出来ることはやったと、アクアスティードは息をつく。
それから上着をソファにかけて、ティアラローズとルチアローズが遊ぶベッドまでやってきた。
そのまま添い寝をするように、ルチアローズの隣に寝転んだ。
「お疲れ様です、アクア」
「ティアラに名前を呼んでもらえるだけで、疲れも飛んでいくね」
「もう……」
ティアラローズはねこの手を使って、よしよしとアクアスティードの頭を撫でてあげる。疲れてるときは、甘やかしてあげるのがきっといい。
アクアスティードは嬉しそうに微笑んで、どうせなら本物がいいな……と、ティアラローズの膝に頭を乗せる。
「これじゃあどっちが赤ちゃんかわかりませんね」
「ティアラに甘やかしてもらえるなら、赤ちゃんでもいいよ」
「アクアったら」
大きな赤ちゃんの頭を撫でて、その額に優しくキスをする。いつもアクアスティードがしてくれるようなスマートさはなかったかもしれないが、ティアラローズなりの甘やかしだ。
アクアスティードは満足げに微笑んで、ティアラローズの髪に指を絡める。
「もっと甘やかしてもらいたくなるね」
「仕方ないですね。特別で――」
「うぅ~! ふえぇっ」
「ああっ、ルチア! ごめんね、ルチアを忘れていたわけじゃないのよ?」
泣き出してしまったルチアローズを抱き上げると、ティアラローズの顔が見えたからか安心したように笑顔を見せた。
「あうー!」
「よかった、すぐに泣き止んでくれて」
「ごめんね、ルチア。ママを横取りしちゃって」
アクアスティードはルチアローズの頭を撫でて、そのままほっぺたにふにっと触れた。
「もっちりしていて、ずっと触っていたくなるような肌ですよね。赤ちゃんはお肌がもちもちで、羨ましいです」
「確かにもっちりしていて可愛いけど、ティアラのしっとりして綺麗な肌も好きだよ」
ルチアローズに触れていたアクアスティードの手が、今度はティアラローズに伸びてくる。そのまま、撫でるように頬へ触れた。
「うん、好きだな」
「ありがとうございます」
――こんなちょっとしたことでも、すごく嬉しくなってしまうわ。
アクアスティードの言葉はまるで魔法のようで、いつもティアラローズのことを幸せにしてくれる。
「ルチアのパパは格好いいねぇ」
無意識のうちにそう呟き、ルチアローズを寝かしつけるように体をゆらす。今日はエリオットの屋敷にお出かけをしたので、いつもより疲れているはずだ。
ティアラローズが思っていた通り、すぐに寝息が聞こえてきた。
「ゆりかごで寝ましょうね」
ティアラローズはベッドから出て、ルチアローズを花のゆりかごで寝かせてあげる。すやすや気持ちよさそうで、今日は朝までぐっすりかもしれない。
ベッドへ戻ると、アクアスティードに腕を引かれて抱きしめられる。
「アクア?」
「ティアラがさらっと可愛いことを言うから」
「え?」
アクアスティードの言葉に、何か言っただろうかと首を傾げ――思わず独り言のように呟いてしまったことを思い出す。
「いえ、それは……まあ、本当にそう思っていますから。アクアは世界一格好いいですよ?」
だからうっかり、無意識のうちに口にしてしまっても仕方がないのだ。格好いいアクアスティードの責任だ。
「いつもの恥ずかしがるティアラも可愛いけど、私のことを口にしてくれるティアラもいいね。そそられる」
「……いくらでも言います。だってわたくし、アクアのことが大好きですもの」
そう言い切ったものの、恥ずかしさがないわけではない。
ティアラローズの耳は赤くなり、顔がほんのちょっとだけ背けられる。しかしそんな行動は、ただただ可愛いだけだ。
今夜は寝かせてあげられそうにない。そんなことを考えながら、アクアスティードはティアラローズにキスをした。
これにて10章は終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました!
11章はしばらくしたら更新すると思います。