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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第10章 色づいた世界と可愛い声
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14. ダレルの過去

 ルチアローズが生まれてから三ヶ月ほどが経ち、首が据わるようになった。


「抱っこがだいぶ楽になりましたね、ティアラローズ様」

「ええ。最近は、わたくしの指をぎゅって握ってくれるのよ」

「わたくしの指も握ってほしいです……!」


 フィリーネがルチアローズを抱っこしながら、その小さな手を指でくすぐっている。どうやら、ぎゅっとしてほしくてたまらないようだ。


「ルチアローズ様、フィリーネですよ~」

「うー!」


 名前を呼ぶと反応し、フィリーネの指をぎゅっと握る。その姿が可愛くて、フィリーネは頬が緩みっぱなしだ。


「握ってくださいました、ティアラ様!」

「可愛いでしょう?」

「とても!!」


 ルチアローズはフィリーネとエリオットにもらった前掛けをかけていて、もう少ししたらオリヴィアからもらったガラガラで遊ぶことも出来るようになるだろう。

 今は花のゆりかごのところに置いてあり、ティアラローズたちが振って遊んであげている。


 それから、シュナウスから届けられた大量のぬいぐるみも部屋のいたるところにある。たまに動いていて、ルチアローズが遊んでいる。


 フィリーネがルチアローズをあやしていると、部屋にノックの音が響く。


「ああ、きっとダレルだわ。ルチアを預かるから、対応してくれる?」

「もちろんです」


 ティアラローズはルチアローズを預かり、これからの予定を思い出す。

 今日は、ダレルによるルチアローズの定期検診だ。数日間隔で、普通の医師では見れない魔力の状態を見てくれているのだ。


「これからダレルお兄様が来ますからね、ルチア」

「あうー!」


 ルチアローズも優しいダレルのことが大好きなようで、嬉しそうにしてくれている。検診でぐずることがないので、とても助かっている。


「ティアラお姉様!」

「ダレル、来てくれてありがとう。ルチアもダレルが来るのを待っていたのよ」

「わあ、嬉しいです」


 ダレルがすぐルチアローズの下へやってきて、優しく頭を撫でている。ルチアローズも嬉しそうだ。

 すぐ後に、アクアスティードも顔を出した。


「ちょうど一段落ついたから、私も同席するよ」

「ありがとうございます、アクア」


 自分一人でも問題はないが、やはりアクアスティードがいると心強い。



 ルチアローズを花のゆりかごに寝かし、ダレルが魔力の状態などを治癒魔法で見る。

 守りの指輪はあれど、ルチアローズの魔力は日々成長していた。いつか魔力の制御が出来なくなるかもしれないので、心配だ。


 ただ……ダレルは成長する魔力を止めたり、コントロールの仕方を教えたりということはできない。

 そのためこうして、出来るかぎりこまめに検診をしている。


「……やっぱり、ちょっとずつですが魔力は大きくなっているみたいですね」


 両手をルチアローズの上にかざして、ゆっくり体内の魔力の動きを追う。生まれたときに見たよりも、数日前に見たときよりも、少しずつだけれど確実に大きくなっている。

 今はパールの祝福もあって魔力制御は問題ないが、このままずっと増えていったらダレルもどうなってしまうかはわからない。


「魔力が多いのは優秀でいいかもしれないが、多すぎるというのも負担がかかるな……」

「そうですね……。特にわたくしは魔力も多くないので、扱いをルチアに教える……ということも難しそうです」


 お菓子に魔力を注ぐという、一風変わった使い方なら教えられるけれど。とはいえ、普通の人はこんなことをしようとはあまり思わない。


「そこは私がサポートするよ。魔力の扱いなら、ある程度はわかると思うから」

「ありがとうございます、アクア」


 とりあえず、こまめに魔力の状態を見て、ある程度の年齢になったら早めに魔力の扱いを覚えられるよう体制を整えることにする。


 今日の診断も問題なく終わり、ティアラローズはほっとした。


「あ、そういえば……ルチアの火の魔力が強いのは、サラマンダー様のお力みたいなんです」

「サラマンダー様の?」

「ええ」


 こないだサラヴィアとサラマンダーが来たときのことを、ダレルに話す。もしかしたら少し難しい話かもしれないが、頷きながら真剣に聞いてくれた。


「なるほど……ほかの精霊に接触したために、その力が大きくなってしまったということですね」


 ダレルが考え込むようにうつむいてしまったため、ティアラローズは何か気になることでもあるのだろうかと心配になる。

 しばらく部屋に沈黙が流れ、ダレルがゆっくり顔を上げた。


「……まだお話したことはなかったんですが、私の師匠の話を聞いてくれますか? ティアラお姉様、アクアお兄様」

「ダレルが辛くならないのであれば、わたくしは聞くわ」

「ああ。でも無理はしなくていい」


 ティアラローズとアクアスティードが優しく頷くと、ダレルは安心したように微笑んだ。そして、ぽつりぽつりと……泡になって消えてしまった師匠の話をしてくれた。



 ***



「師匠、ご飯が出来ましたよ」

「ん~」


 森の奥深く、泉のほとりにある小さなお家。

 空は大きな木々の葉に遮られて、ほんの時折差し込む光が泉の水面に反射する。うっそうとしていると告げたら言葉が悪いが、自然の中にいるといえば多少はいいだろうか。

 街へ行くには二日かかり、いつも野宿をしながら行っていた。だから行くのは、調味料など必要なものが足りなくなったときだけ。


 そんな場所に、ダレルは師匠と二人で暮らしていた。


 師匠はいつも魔法のことに没頭していて、本を読むこともあるけれど、何かを書いていることの方が多かった。


 適当に相槌を打つ師匠に困りながらも、ダレルは用意した食事を運ぶ。

 食事の席に来れないなら、物書きをしている机で食べてくれたらそれでいい。食べないとお腹が空いて、元気がでなくなってしまうから。


 ダレルは一人で食事を終え、師匠の時間が落ち着くのを待つ。



「ああ、ダレル。ごめんねぇ、夢中になるとどうにも時間を忘れてしまう」


 師匠はダレルをぎゅーっと抱きしめ、一人で食事をしたことを褒めてくれる。いい子だと頭を撫でて、「お風呂にしよう」と微笑んだ。


 放置して伸びてしまった長い髪を後ろで結び、裾の長いローブを身に纏っている。自身のことにはあまり執着せず、好きなものといったら魔法の類だろうか。

 けれどダレルは、そんな師匠のことが大好きだ。


 お風呂は、家の裏手にある。

 木を繋ぎ合わせた大きめの浴槽の前に立ち、師匠が手をかざす。すると、一瞬でお湯が沸き起こってお風呂が出来上がる。


「さあダレル、入ろうか」

「はい」


 誰がいるわけでもない深い森の中なので、その場でぽいぽいっと服を脱ぐ。

 二人で入っても広い浴槽なので、気兼ねなく体を伸ばすことが出来る。師匠は「あ~~」と声を出し、熱い湯を堪能する。


「気持ちいいねぇ」

「はい」


 ダレルが頷くと、師匠は「そうそう」と指先でお湯の表面に何かを描き始める。

 師匠の指はなんでも出来て、いつもダレルを驚かせるのだ。すいすいと描かれていく線はきらきら光り、目が離せなくなる。


「今日も魔力の話をしようか」

「はいっ!」

「いい返事だ。人間の魔力は生まれたときにその量が決まっていることがほとんどだということは教えたな? けれど、それが増えてしまうこともある」


 師匠の指は水面から離れ、宙に続きを描いていく。けれどその指は水を纏ったままで、描かれた線は立体のコップになった。

 そこに魔法を使って水を溢れる直前まで入れてみせる。


「人は魔力を入れるためのコップを持っていて、そこに満タンの魔力を入れた状態で生まれてくるんだ。ダレル、お前もそうやって生まれてきた」

「はい」


 ダレルが頷くと、師匠は「たとえば……」ともう一つ同じようなコップを作る。


「もし、ダレルがほかの人から魔力を与えられたとしたら……どうなる?」


 それは無理やりかもしれないし、何か事情があって渡したのかもしれない。極めて少ない事例だが、魔力の相性がいいと増幅することもあるという。


「えっと……僕のコップは溢れてしまうと思います」

「そう。いっぱいのコップに魔力は入らない。けれど入れられてしまい、溢れてしまったら――それは、魔力の暴走だ」


 それは自分が制御できる魔力を超えているもので、よほどのことがない限り上手く扱うことが出来ないだろう。


「暴走したら、どうなるの?」

「そーうだなぁ、どれくらいの魔力が溢れたかにもよるけど……辺り一帯が爆発して、最悪死ぬなぁ」


 幼いダレルには死というものが何かよくわからなかったが、大変なことなのだろうということはなんとなくわかった。


「じゃあ、どうしたら爆発しないのか。その方法はいくつかある。わかるか?」


 質問を振られて、ダレルは考える。

 もしコップに水を注いで、それが溢れてしまったらどうすればいいだろう。


「ええと、もっと大きなコップを用意する?」

「それも一つの手だねー」


 そう言って、師匠は水のコップを大きくしてみせた。


「でーも、それはなかなかに難しいことなんだ。簡単なのは、溢れる前にコップから魔力を吸い取ってしまうこと」

「それなら溢れない!」

「そうそう」


 とはいえ、それだってそう簡単なことではない。

 攻撃の指輪、守りの指輪のようなアイテムがあればいいが、誰でも手に入れられるものではないからだ。


「だけどそれも難しい。そうだな、もしダレルがそんな場面に遭遇したとしたら……その魔力に干渉して治癒の魔法を使うといい」

「人の魔力で治癒を?」


 ダレルはそんなことが出来るだろうか? と、いつも魔法を使う己の手を見てみる。


「そうは言っても難しい魔法だから、ダレルにはまだ難しいかーも。でも、治癒魔法が得意だからそのうち扱えるようになるよ」

「はい!」


 こういう風に、師匠はいろいろな話をダレルにしてくれた。

 治癒は人に働きかける魔法だから、扱いがとても繊細だ。扱おうと思っても、そう簡単にはいかない。

 知識と、努力と、それから才能が必要になる。


 いつも楽しそうに師匠の話を聞くダレルには、そのすべてが備わっている。


「ダレルなら、世界で一番の治癒魔法の使い手になれる」


 そんなことを、よく師匠が言った。



 魔法の勉強をし、師匠のお世話をし、深い深い森の中で二人で過ごしてきた。訪ねてくる人はおらず、静かに時が流れる日々。


 それからしばらくして、誰も来ない家に訪問があった。ダレルは姿を見ていないけれど、その訪問者は師匠のことを――



「ウンディーネと、そう呼びました」

「え……!?」


 ダレルの言葉に、ティアラローズは大きく目を見開いた。アクアスティードも驚き、考え込むように口元に手を当てる。


「つまりダレルの師匠は、水の精霊ウンディーネだった……ということか?」

「……本当のことかは私にもわかりませんが、こうして街で暮らすようになったからこそわかります。師匠は何か、特別だったと……そう思います」


 自由自在に水を操る力は他者を寄せつけず、魔法のことであればなんでも応えてくれた。どこか変わった、そんな師匠。


「でも、人間は泡になって消えたりはしないでしょう?」

「それは……そう、ね」


 以前、ダレルは師匠は雨が降る日に泡になって消えたと言った。それは死んだことを比喩する言葉だとばかり思っていたが、文字通り消えてしまったのだ。


「サラマンダー様の話を聞いて、師匠の魔力の話を思い出しました。あれから、相性のいい魔力が近づくとその力を増すということも教えてもらって……。ルチアちゃんの中にサラマンダー様の魔力があるのなら」



 本当に師匠がウンディーネだったとしたら、おそらくなんらかの共鳴をしたのかもしれない――と。

 ただ、ダレル自身に師匠と同じような力があるとか、そういった話は聞いたことがない。


「だから、確信をもって話せることではなくて……」

「いや、十分だ。ダレルは小さなころから師匠の下にいたんだろう? そして治癒魔法のエキスパート。サラマンダー様と同じように、師匠がウンディーネ様なら力を分け与えていた可能性はあるだろう」


 そういえばティアラローズの体に変化があったのも、実家に着いてからだったなと思い返す。

 アクアスティードの言葉に、ダレルは小さく頷いた。


「だから……ティアラお姉様が苦しい思いをしたのは……私のせいかもしれないと、そう思って……」


 泣くのをこらえるように表情を歪めたダレルを見て、ティアラローズは立ち上がる。


「それは違うわ、ダレル!」

「お姉様……」

「ダレルにウンディーネ様の力があったとしても、自分を責めることはないのよ。むしろ、その力を誇ってちょうだい。素敵な師匠だったのでしょう?」

「……はい」


 ティアラローズは優しくダレルの手を握って、笑顔を向ける。


「ダレルがわたくしとルチアのことをいつも心配してくれていたのは知っているし、今もこうして気遣ってくれているわ。ダレルの治癒魔法は、人を助ける優しい力よ」


 それに、ダレルやアカリがいた段階で今回のことが起きたことはよかったといえる。

 もし生まれた後、ティアラローズやアクアスティードもいないところでルチアローズ一人が何らかの力に影響されたら――そう思うと、ぞっとする。


「だからこれでよかったのよ、ダレル」

「ああ。決して自分を貶めることはないんだ。話してくれてありがとう、ダレル」


 ティアラローズとアクアスティード二人が礼を告げると、ダレルは抑えていたものが込み上げたからか……抱き着いてきた。

 それをしっかり受け止めて、「大丈夫」何度も言葉をかける。


 師匠と二人で暮らし、あまり感情というものを知らなかったダレルだが……今はどんどん心も成長していっていると、ティアラローズは嬉しく思った。

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