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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第10章 色づいた世界と可愛い声
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13. 名前を呼んで

「アクア様、ルチアが眠りました」

「うん、ありがとう」


 夜、ルチアローズが眠ってからはティアラローズとアクアスティード二人きりの時間だ。

 花のゆりかごで気持ちよく寝ているルチアローズから離れて、ソファで書類に目を通しているアクアスティードの横に座る。


「お仕事、忙しいですか?」

「いや、大丈夫だよ。いろいろ確認することがあるだけで、大変ではないから」


 アクアスティードが書類をサイドテーブルに置いて、ティアラローズに寄りかかってきた。どうやら、甘えているようだ。

 ダークブルーの髪を優しく撫でて、ティアラローズは「アクア様」と嬉しそうに名前を呼ぶ。


 しかしふと、アクアスティードの金色の瞳が自分のことをじっと見つめていることに気付く。


「アクア様?」

「ねえ、もう呼んでくれないの? あのときみたいに」


 意味深な言葉に、ティアラローズはいったいあのときとはいつのことだと混乱する。思い当たる箇所がない。


 ――いつのこと!?


 特別な呼び方をした記憶もないし、ここ最近はずっとルチアローズにかかりきりだった。甘い時間も少なかったし……。

 ティアラローズが必死に考えていると、アクアスティードがくすくす笑っていた。


「あ、アクア様!」

「ごめん、必死に考えてるティアラが可愛くて」


 どうしても抑えきれなかったのだと、そう言う。


「名前。陣痛がきたときに、『アクア』って呼んでくれただろう? ルチアが生まれたから、やっとティアラが私のことを呼び捨ててくれるものかと期待していたんだけど――」


 出産が終わってみれば、いつものように『アクア様』という呼び方に戻っていて、とてもがっかりしたのだとアクアスティードが教えてくれた。


「あ、あれは……その……アクア様をもっと近くに感じれるような気がして、アクア……と」


 しかしやはりいつもの習慣というものはなかなか消えないからか、ルチアローズを生んでほっとしたため普段の呼び方に戻ってしまった。

 ティアラローズとしても、これからはアクアと呼ぼうと思っていたのだが……。


「ねえ、呼んで?」


 アクアスティードがティアラローズの頬に触れて、その指先が唇へと落ちてくる。


「この可愛い口から、呼ばれたいな」

「……っ!!」


 普段より色気のあるアクアスティードの声に、ティアラローズの心臓は早鐘のようだ。どきどきが止まらなくて、無意識のうちに体が後ずさる。

 けれどここは狭いソファの上で、逃げ場なんてなくて。


「あ……」


 ソファの肘置きに背中がぶつかって、あっという間に追い詰められてしまった。


「もう逃げられないよ。……どうする?」


 呼んでくれる? ――と、アクアスティードが笑みを深める。その表情からは、絶対に呼ばせてみせるという思いがみてとれる。

 もちろん、ティアラローズだって名前を呼ぶのが嫌なわけではない。


 ただこう、シチュエーションを考えるとひどく恥ずかしくて。


 ――どうしてこんなに色気がだだもれなのかしら……!!


 いつまで経っても、アクアスティードの格好よさにときめいてしまう。でもそれは、これから先もずっと一緒だろうけれど。


「……何を考えてるの? ティアラ」


 黙っていたら、アクアスティードとの距離が一気につめられてしまっていた。耳元に唇を当てられて、低い声で囁かれてしまう。

 とたん、ぞくっとしたものがティアラローズの背筋を走る。


 ちゅっと耳元にキスをされて、そのまま「ほら」と甘い声で催促されてしまう。


「早く呼んでくれないと、このまま食べてしまうよ?」


 そう言ったアクアスティードに、耳をぱくりと食べられてしまう。


「~~~~っ!」

「ティアラは美味しいね」


 楽しそうに笑うその姿は、まるで肉食獣のようだ。ティアラローズなんて、このままぺろりといただかれてしまってもおかしくはない。

 アクアスティードの唇が、耳、こめかみ、額、頬と、どんどん場所を変えていく。


 ――このままだと、全部食べられちゃうっ!


 すぐそこにはルチアローズだっているのにと思い、ティアラローズは腕を伸ばしてアクアスティードにぎゅっと抱き着く。


「アクア……っ!」

「……ティアラ」


 すると、嬉しそうな声に名前を呼ばれる。


「やっと呼んでくれた」


 幸せいっぱいのアクアスティードの笑顔を見て、もっと早く呼んであげたらよかったとティアラローズは少しばかり後悔する。


 ――これからは、ちゃんとアクアって呼ぼう。


「ねえ、顔……見せて?」

「……絶対に赤いので、もう少し待ってくださいませ」


 今はアクアスティードに抱き着いているので、互いに顔が見えない。けれどその分、心臓の音が聞こえてしまいそうで少し怖い。

 だって、ティアラローズの鼓動はとても速くて。とてもじゃないけれど、聞かせるのは恥ずかしい。


「可愛いティアラの顔、見たいんだけどな?」


 おねだりするようなアクアスティードの声に、ティアラローズはうっと言葉が詰まる。いつも甘やかしてもらっている分、出来るだけ要望は聞き入れてあげたいのだ。

 どうしようか迷っていると、「仕方ないね」とアクアスティードが体を後ろに引いた。


「きゃっ!」


 そのままソファに倒れ込みそうになって、ティアラローズも思わず体を後ろに引いた。すると、アクアスティードの手が頬を撫でる。


「やっとティアラの可愛い顔が見えた」

「あ……」


 くすくす笑いながら告げるアクアスティードは、ティアラローズがソファに押し倒したような体勢になってしまっていて……先ほどよりも、顔が熱を持つ。

 ティアラローズのハニーピンクの髪がアクアスティードの顔にかかり、どこかくすぐったそうにしている。


「急に危ないです、アクアさ――あ、ええと、アクア」

「ごめんね。どうしてもティアラの顔が見たかったから。可愛い」

「もう、そんなに言われると恥ずかしいです」


 いつも可愛いと言われるけれど、今日はいつも以上に言われてるような気がする。


「最近のティアラは母親の顔をしていたからね。もちろんそれも可愛いんだけど、こうして私を見てくれるティアラも可愛いから」


 つまり結局はどちらも可愛いのだけれどと、アクアスティードが言う。

 ティアラローズとしては、言われる言葉すべてにどきどきしてしまうというのに。そんなにたくさん言われたら、体が持たなくなってしまう。


「母親の顔、ですか?」

「そう。ルチアを見ているときのティアラは、守らなきゃって覚悟をしているように感じるかな。でも、慈愛にも満ちていて……聖母みたいだ」

「さすがにそれは大袈裟です、アクア」


 確かにルチアのことは守りたいと思っているが、聖母は言い過ぎでは……と、ティアラローズは苦笑する。

 ただ、アクアスティードにそう思ってもらえることはとても嬉しいけれど。


「アクアも、父親の顔をしていますよ?」

「そう?」

「はい。ルチアを見る眼差しが、とても優しいですから」


 自分に向けるものとは違う、穏やかで、それでいて慈しむような目をしているとティアラローズは思う。


「ちゃんと父親が出来ているなら、ほっとするよ。どうにも、大丈夫かと心配になるからね」

「そうですか? アクアは、とても立派な父親だとわたくしは思いますよ」


 むしろ、自分がちゃんと母親を出来ているのか不安に思うことだってある。

 そう考えると、互いに同じようなことを気にしていたのだということがわかる。


「なら、一緒に成長していけばいいね。私と、ティアラと、もちろんルチアも」

「そうですね。アクアとなら、なんでも出来ると思います」


 頑張りますとティアラローズが微笑むと、アクアスティードから手が伸びてきた。両頬を挟まれて、そのまま引き寄せられてしまう。


「あ……アクア」

「……ティアラ」


 目が合って、互いに名前を呼んで、自然と唇が重なり合う。


「ん……」


 優しくついばむようなキスを何度か繰り返すと、アクアスティードが器用に自分とティアラローズの位置を入れ替える。

 ソファに押し倒されるかたちになると、優しかったキスが深くなる。


「ふぁ……っ」


 アクアスティードの舌が絡められると、無意識のうちに体が跳ねてしまう。ぎゅっと背中にしがみつくと、キスの合間に「可愛い」と甘い言葉が吐息交じりに囁かれる。

 上手く呼吸が出来なくなって口を開くと、絡み合った舌同士が糸を引く。


 けれど、やっと自分の名前を呼んでもらえたことが嬉しかったからか……アクアスティードの口づけは止まらなくて。

 ティアラローズは息が上がってくらりとソファに沈み込んでしまう。


「は、はぁっ……」

「最近あんまりゆっくり出来なかったから、つい」


 もっとほしくなってしまったと、アクアスティードが正直に告げる。


「がっつきたいわけじゃなかったんだけど……ごめんね?」


 全然悪びれなく謝ってくるアクアスティードに、ティアラローズはなんだか愛おしさが込み上げてくる。


 ――わたくしだって、アクアとのキスは……好きだもの。


 だから別に、謝る必要なんてまったくなくて。

 むしろ、もっと求められたら嬉しいとすら思ってしまうのに。


「アクア……その」

「ん?」


 ティアラローズはアクアスティードの服の袖を掴んで、じっと上目遣いで見つめてみる。これで思いが伝わったらいいな……と。


「…………」


 とても可愛いティアラローズを見て、アクアスティードは内心でまいったなと苦笑する。こんなの、止まれと言われても無理だ。

 もう一度キスをしようとして顔を近づけると、ティアラローズもゆっくり瞳を閉じてくれる。


 もう少し、二人の時間を――そう、思ったのに。


「ふええぇぇっ」

「――っ!」


 ルチアローズの泣き声が部屋に響いて、ぱっと目を見開く。ちょうど唇が触れる寸前だったため、とても気恥ずかしい。


「見てくるよ」

「……はい」


 ちゅっと額にキスをして、アクアスティードが花のゆりかごの下へ行く。


「どうしたんだ、ルチア? 寂しかった?」


 ルチアローズを優しく抱き上げて、アクアスティードがあやしながらソファへと連れてくる。すると、とたんに笑顔を見せてくれて「あー」とご機嫌な声を出した。


「パパに抱っこされて嬉しかったのね、ルチア」

「うー!」

「それは光栄だ」


 二人でくすりと笑い、ソファに座る。

 ルチアローズを抱くアクアスティードの肩に寄りかかり、ティアラローズは優しい声で子守歌をうたう。


「花のゆりかごを揺らして、いい子いい子にお眠りなさい♪」


 今はまだ夜で、ルチアローズは寝た方がいい時間だ。

 すると、アクアスティードも一緒にうたってくれた。


「森の妖精が葉の布団をかけ、海の妖精は珊瑚の楽器で子守の音色を、空の妖精は安心出来る夜の時間の訪れを♪」


 落ち着いたテノールボイスは、一緒にうたっているティアラローズまで眠くなってきてしまう。

 こんな素敵な子守歌で眠れるなんて、きっとルチアローズは世界一幸せだ。


 そのまましばらく寄り添って、家族三人の時間を過ごした。

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