12. 妖精たちの子守
ルチアローズが生まれてから二ヶ月ほど経ち、最近は可愛い笑顔を見せて「あー」や「う~」とお喋りをするようになってきた。
ただ問題は、それに伴い夜泣きが増えてきた……ということだろうか。
なれない育児に、ティアラローズはぐったりしてしまう。
つねに構ってほしいアピールをするかのように見つめてくる、ルチアローズの愛らしい金色がかったハニーピンクの瞳。
疲れてはいるが、ティアラローズは可愛いルチアローズにメロメロだった。
「ふえぇぇっ、あぁ~」
ティアラローズとアクアスティードもぐっすり眠っている真夜中、ルチアローズが泣きだしてしまった。
それに気付いてすぐ起きたのは、アクアスティードだ。
横を見ると、ティアラローズは眠ったまま。その顔には疲れの色が浮かんでいて、日中の世話でくたくたになってしまっていることがわかる。
アクアスティードはティアラローズの頭を撫でてから、ルチアローズの下へ行く。
「うぅ~」
泣いていたルチアローズは、アクアスティードが顔を見せるとほんの少しだけ泣き止んでくれた。
「もう大丈夫だよ、ルチア。何も怖いことはないからね」
「あー!」
アクアスティードが抱き上げると、ルチアローズは嬉しそうに微笑んだ。パパが大好きなようで、きゃっきゃはしゃいでいる。
「可愛いな」
額に優しくキスをして、安心して眠れるように背中を撫でる。
「それにしても、昼もそうだが……夜にも泣いたらルチアも疲れてしまいそうだね」
「うー」
可愛いお姫様二人ともが大変そうで、自分にももっと何かが出来ればとアクアスティードは思う。
けれどなかなかに父親というものは無力で、母親に敵わないことは多々ある。
おむつや着替え、お風呂などはアクアスティードにも出来るが、やはり一緒にいる時間はティアラローズの方が長い。
ルチアローズの些細な変化も、ティアラローズはすぐにわかる。
「まだまだ勉強が足りない……かな?」
次第にうとうとしてきたルチアローズを見て、アクアスティードは花のゆりかごに再び寝かせてあげる。
「……可愛いな」
しばらくルチアローズの寝顔を堪能して、ベッドへ戻った。
***
「ふええぇぇぇんっ」
「ルチアローズ様、どうされましたかー!」
花のゆりかごから泣き声が聞こえて、フィリーネが慌てて駆け寄る。すぐに抱っこして、その原因をさぐる。
「おむつ……ではないですね。お腹が空いたのでしょうか?」
うぅ~んわからないと、フィリーネが首を傾げる。
「きっとお腹が空いたのよ。さっきはあまり飲まなかったから」
「そうでしたか」
ティアラローズがソファに座り、フィリーネからルチアローズを受け取る。今は母乳で育てているので、ご飯をあげるのはティアラローズにしか出来ない。
フィリーネはカーテンを閉め、扉の外で護衛をしているタルモに許可なく開けないようにと念のために伝えておく。
「ご飯ですよ、ルチア」
「あー」
優しく頭を撫でながら、ティアラローズは母乳を与える。ルチアローズが嬉しそうに飲んでくれるので、やっぱりお腹が空いていたみたいだ。
フィリーネも隣に来て、クッションなどでティアラローズに負担がかからないようにしてくれる。
「ありがとう、フィリーネ」
「いいえ。可愛いですね、ルチアローズ様」
「ええ。でも、わたくしがなれていないせいで泣かせてしまうことも多くて……」
もう少しスムーズに育児が出来れば……と、ティアラローズは思う。
「そんなことありませんわ。ティアラローズ様が愛情いっぱいで育てていることは、知っていますもの。もちろん、アクアスティード陛下も」
「フィリーネ……。そう言ってもらえると、嬉しいわ」
きっと自分一人では、くたくたになって倒れてしまったかもしれない。周りの人がいつも支えてくれて、自分は恵まれているなと思う。
「……実は昨夜、ルチアが夜中に泣いていたときに起きれなくて」
「日中もつきっきりですから、夜はどうしても疲れてしまいますものね。大丈夫でしたか?」
「ええ。アクア様が気付いてくださったから」
アクアスティードが積極的にルチアローズの育児をしてくれることは嬉しいのだが、昼間は普通に仕事をしているのだ。夜中まで負担をかけたくない……と、ティアラローズは思っている。
――それなのにわたくしがぐーすか寝てしまっていたなんて!
大失態だと、うなだれる。
しょんぼりするティアラローズを見て、フィリーネはなんて声をかけるべきだろうかと悩む。
自分に同じことがあったら、きっとティアラローズと同じように悩んでしまうだろう。
「……ですが、アクアスティード陛下もルチアローズ様のことが大好きですから。そして、それ以上にティアラローズ様のことも。ですから、疲れているときは上手に甘えるのもいいと思います。もちろん、わたくしにも甘えてくださいませ」
ルチアローズを愛しているのは、ティアラローズたちだけではないのだからと。
そんなフィリーネの言葉を聞いて、少しだけ肩が軽くなったような気がした。
「そうね。ありがとう、もう少し甘えられるように頑張ってみるわ」
「はい! ……あ、もうお腹がいっぱいのようですね」
見ると、ルチアローズが満足そうな顔をしていた。
とんとんと優しく背中を撫でて、げっぷをさせてあげる。
「フィリーネ、ゆりかごに寝かせてもらえる?」
「はい」
ルチアローズをフィリーネに託して、ティアラローズはドレスを直す。しかし一人で綺麗に着るのは難しいので、途中からフィリーネに手伝ってもらう。
これでやっと一息ついたと、凝り固まった肩をぐるぐる回し――というところで、ルチアローズが泣きだしてしまった。
「あらあらあら、ルチアローズ様どうしましたか~?」
フィリーネがすぐにあやそうとすると、『きちゃった~』と言って森、海、空の妖精たちがやってきた。
花のゆりかごの周りに集まって、ルチアローズのことを見つめている。
『泣いてるよ!』
『大変じゃない!』
『風よー!』
森の妖精と海の妖精が慌てているなか、空の妖精が冷静だった。風の力を使って珊瑚のベッドメリーをくるくる回転させてくれた。
「きゃうー」
シャラシャラ音を立てて回るベッドメリーを見て、ルチアローズはすぐに泣き止んだ。嬉しそうにじっとベッドメリーを見つめている。
『ふふん、これが空の妖精の力!』
『すごい……!』
『やるわね!』
今度は森の妖精が子守歌をうたって、ルチアローズのことをあやし始めた。それを聞き、海の妖精も一緒にうたっている。
どうやら妖精たちは、育児を手伝ってくれているようだ。
「すごいですね、妖精たちまで手伝ってくれるなんて」
「ええ、本当に。お礼にお菓子を用意しておかなくてはね」
「それはいいですね。ティアラローズ様のお菓子が大好きですから、きっと喜んでくれますわ」
ティアラローズの提案に、フィリーネが頷いて準備をしてくれる。
「なんじゃ、賑やかじゃの」
「妖精たちがルチアローズが可愛いって騒ぐから、来てみたよ」
転移で部屋の中に現れたのは、パールとクレイルの二人だ。どうやらルチアローズのことが気になって、遊びに来てくれたらしい。
すぐにフィリーネが礼をして、紅茶の準備をしてくれる。
「いらっしゃいませ、パール様、クレイル様。妖精たちが、ルチアの子守をしてくれているんです」
「空の妖精たちは優秀だから、子守も上手くやりそうだ」
クレイルの言葉に、ティアラローズはその通りでしたと頷く。
「ベッドメリーを回して、泣き止ませてくださいました」
そして今は妖精たちで子守歌の大合唱中だ。
自分が自分がと、妖精たちは頑張ってうたい、ルチアローズをあやしてくれている。
すると突然、森の妖精の内の一人が、『じゃじゃ~ん!』とどこからともなくラッパを取り出した。妖精サイズの、ミニチュアだ。
どこからあんなものを!? と、その場にいる全員が驚いた。
『わ、何それ! カッコイイ!』
『知ってるそれ、人間が使うガッキでしょ?』
『いつの間にそんなものを……』
抜け駆けだー! と、海と空の妖精が羨ましそうにラッパを見る。
ラッパを持った森の妖精は得意げな顔で、プップー! と吹いてみせた。小さなラッパとは思えないほど大きな音で、部屋の空気が震える。
しかしとても綺麗な音色で、聞いているとリラックスしてくるようだ。
「なかなか上手いの」
「そうだね、これならルチアローズも――」
パールとクレイルの二人が褒めた瞬間、「ふええぇぇんっ」とルチアローズが泣き始めてしまった。
「なんじゃ!?」
突然のことでパールが慌て、花のゆりかごのルチアローズを見る。
「……特に変わったことや危険はなさそうじゃが」
「たぶん、ラッパの音に驚いて泣いたんだろう」
「大きな音が苦手、ということか? ふむ……赤子はなかなか難儀じゃの」
クレイルがルチアローズを抱き上げて、「大丈夫だ」とあやしてくれた。
すると、ルチアローズはすぐに泣き止んだ。
「おぬし、あやすのが上手いの」
「たんにラッパの音に驚いただけだよ。ほら、パールも抱いてみるといい」
「わっ!?」
クレイルからルチアローズを渡されてしまい、パールは戸惑う。いったいこのか弱い幼子を、どのように抱けばいいのか――と。
「パール様、こちらにお座りくださいませ」
「ティアラ! んむ、そうするかの」
ティアラローズがパールを呼ぶと、すぐにクレイルがエスコートをしてソファまで連れてきてくれた。
ゆっくり慎重に座ると、パールはほっと息をついた。どうやらかなり緊張していたみたいだ。
パールは腕の中にいるルチアローズを見て、頬を緩める。
「可愛いのう」
「あうー?」
ルチアローズは一生懸命手を伸ばし、はしゃいでいるようだ。
パールの綺麗なプラチナの髪と、色鮮やかな着物と花の髪飾りが目を引いたのかもしれない。
「なんじゃ、これが気に入ったのか?」
「うー!」
肯定ともとれるような声をあげたルチアローズに、パールは「ふむ……」と考える。
「まあ、わらわが祝福を贈る姫であるし……いいじゃろう」
「パール様?」
隣で見ていたティアラローズは、いったい何をするつもりだろうと首を傾げる。
「こやつも女子ということじゃな」
パールがルチアローズの髪に触れると、ポンとルチアローズの頭に可愛らしいレースのヘッドドレスが現れた。
白色で、左右にはリボンと小花が付けられている可愛らしいものだ。
「わ、可愛い!」
「そうじゃろう! おぬしの子どもなのだから、大抵のものは着こなすじゃろうて。もう少し成長したら、珊瑚のアクセサリーを贈ってやろう」
なんとも大盤振る舞いだ。
ティアラローズはくすりと笑って、パールにお礼を述べる。
「パール様に可愛がってもらえて、ルチアは幸せですね。ありがとうございます」
「これくらい構わぬ」
ルチアローズを撫でるパールは、本当に嬉しそうだ。
「いつでも会いに来てください」
「そうじゃな。気が向いたら、クレイルと来るとしよう」
「ええ、ぜひ」
ティアラローズが頷くと、『ぼくたちも~』と妖精たちが集まってきた。
パールがあやしていたので、遠慮して遠くから様子を眺めてくれていたらしい。なんとも健気な一面を知ってしまったと、ティアラローズは笑う。
「ありがとう、妖精たち。さっきの子守歌もとても嬉しかったから、またうたってくれる?」
『もちろん!』
『おまかせよ!』
『完璧にこなしてみせるよ!』
全員が頷くと、フィリーネが「お菓子を用意しましたよ」とワゴンを持ってきた。
『お菓子!』
『ティータイムね!』
『マイカップっと……』
妖精たちが各々テーブルに着いたので、楽しいお茶会となった。
そしてティアラローズは、本当にたくさんの人に助けてもらっている……と、改めて実感するのだった。