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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第10章 色づいた世界と可愛い声
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9. 愛されし姫

「ふえぇ、ふええぇぇんっ」


 必死に「ひっひっふー」と呼吸を繰り返し、痛いのを耐え――ティアラローズの耳に届いた産声。

 瞬間、痛かったことも何もかもふっとんで新しい風が吹いた。

 まだ呼吸は苦しいし、目もチカチカしていて視界も定まらない。それでも、どうにかして自分が生んだ赤ちゃんを求めて視線をさ迷わせる。


「ふええぇっ」


 ――わたくしと、アクア様の……赤ちゃん……。


 ずっとずっと会いたいと思っていた。

 会える日を楽しみにして、歌をうたったり、絵本を読んだり、自分も休んで一緒にお昼寝気分を味わってみたり……。

 そんなあなたと、やっと会える。


 ――早く、顔が見たい。


 すると、すぐに赤ちゃんを取り上げてくれた医師が横に来てくれた。


「赤ちゃん……」

「ティアラローズ様、可愛らしい姫様で――」


 しかし医師が言い終えるより前に、突然赤ちゃんの魔力が膨らんだ。おそらく、胎内から外へ出たことにより魔力のコントロールが難しくなってしまったのだろう。

 赤ちゃんの前に大きな炎が出現し、暴走して部屋の壁を破壊し――吹き飛ばした!



 ***



「何事じゃ!!」


 壁が爆炎で吹っ飛んできて、即座に対応したのは防御に優れているパールだ。海の力で水の結界を張り、崩れた壁を受け止めた。

 こちら側は全員無傷だが、問題はお産をしていたティアラローズたちだ。アクアスティードはすぐに駆け出し、破壊された壁から隣の部屋へ行く。


「ティアラ!!」

「……っ、はぁ、わたくしの……赤ちゃん!」


 アクアスティードが部屋に飛び込むと、ティアラローズが必死に体を起こして医師から赤ちゃんを受け取っているところだった。

 けれど赤ちゃんの周りには炎があって、とてもではないが抱ける状態ではない


 すぐに助けなければとアクアが手を伸ばした瞬間――赤ちゃんの周囲から、炎が消えた。


「どうなってるんだ!?」


 ふらりとベッドへ倒れそうになるティアラローズを受け止めて、アクアスティードはほっと胸を撫でおろす。

 まだ苦しそうに肩で息をしているが、ティアラローズも赤ちゃんも無事だ。


「はぁ、はっ、アクア様……もう、大丈夫です」


 ティアラローズの視線を追うと、赤ちゃんの指に『守りの指輪』と『攻撃の指輪』がはめられていた。


 ――そうか、ティアラは必死にこれをはめようとしていたのか。


 暴走しそうになった魔力を指輪に吸わせて、事なきを得たようだ。けれど、すっかりティアラローズは体力を使い切ってしまったらしい。

 出産という大きなことをしたあとなのだから、それも当然だろう。


「ありがとう、ティアラ。無事に生んでくれて」

「……はい」


 すやすや眠る赤ちゃんを見て、ティアラローズはふにゃりと微笑む。嬉しくて嬉しくて、どうしようもないのだろう。



 愛おしそうに自分と赤ちゃんを見つめているアクアスティードに、ティアラローズはゆっくりと手を伸ばす。


「ティアラ?」


 アクアスティードがティアラローズの手を取り、「どうしたの?」と優しく問いかけてくれる。


「赤ちゃんに、名前をつけてくださいませ」

「ああ……そうだったね」


 新しい生命の誕生と、突然の魔力暴走でうっかりしていたとアクアスティードは苦笑する。

 アクアスティードはゆっくりと赤ちゃんを抱き上げ、微笑みかける。


「いい子だね、気持ちよさそうに寝てる……。ティアラに似て、とても可愛い女の子だ」


 少しだけ生えている前髪を撫で、アクアスティードはその額に優しくキスをおくる。マリンフォレストの王位継承権第一位の、王女の誕生だ。



「この子には、いつまでも光り輝く花のように――ルチアローズの名前を授けよう」



 アクアスティードが付けてくれた名前を聞いて、ティアラローズは涙が溢れる。自分と同じ響きのローズを入れてくれたことも、嬉しかった。



 気持ちよさそうに眠る天使のような子、ルチアローズ・マリンフォレスト。

 ちょこんと生えている前髪は、ティアラローズより少し濃いピンク。生まれたときに見た瞳は、金色がかったハニーピンクだった。

 ティアラローズに似た、可愛らしいお姫様。これからのマリンフォレストを担う、王女だ。



 アクアスティードはすぐそこで見ていたクレイルを見つけて、名前を呼ぶ。


「クレイル、私とティアラの子だ」

「ふふ、可愛らしいね。母親に似てよかった。空の妖精王クレイルから、祝福を授けよう。――悪意に汚されぬように」


 すると、優しい風が吹いてルチアローズにきらきらした光の粒子が降り注いだ。空の妖精王クレイルからの、祝福だ。

 その神秘的な光景に、ティアラローズは感動を覚える。


 しかし、そんな神聖な雰囲気に「あー!」と異議を唱える声が二つ。


「お前、何勝手に抜け駆けしてるんだよ!! 俺が一番に祝福をするって話だっただろ!」

「クレイル! 同じ女同士、わらわが一番に祝福を贈るものじゃろうて!」


 そう、キースとパールだ。

 二人とも自分が一番に祝福をしたかったのにと、悔しそうにしている。


「キース、そんな約束はしていないよ。パール……私は、アクアスティードに最初に祝福を贈った妖精王だから……ごめんね」


 キースはクレイルの言葉に納得していないようで拗ねているが、パールは仕方ないと肩の力を抜いた。

 それに、アクアスティードが最初に名を呼んだのはクレイルだったのだから。


「仕方ないのう。わらわが祝福を贈ったのは後になってからだからの……。ルチアローズ、海の妖精王パールから祝福を授けよう。おぬしは火の力が強いようじゃから、水の力を強めてそれを扱いやすくしてやろう」


 小さな水しぶきが舞って、ルチアローズにパールの祝福が降り注いだ。これから先、大きくなるであろう魔力を扱いやすくしてくれた。


「ありがとうございます。クレイル、パール様」

「ルチアローズにも祝福をいただけるなんて、とても嬉しいです。ありがとうございます、クレイル様、パール様」


 アクアスティードとティアラローズが二人に礼を述べたのはいいのだが――あと一人の妖精王、キースは拗ねてしまっているようでむすっとしている。


 ティアラローズは苦笑しつつ、どうしたものかと悩む。

 もう祝福してしまったのだから今更順番を変えることは出来ないし、確かにクレイルの言った通り、アクアスティードに最初に祝福を贈っていたのは彼だ。


「キ、キース?」


 おそるおそる名前を呼ぶと、不貞腐れつつもキースはティアラローズの下へ来てくれた。アクアスティードの抱くルチアローズを見て、そっと小さな手に触れる。


「小さくて、壊れちまいそうだな」


 ぽつりと呟いたキースは、可愛いルチアローズを見て笑顔になった。慈愛に満ちるような表情に、ティアラローズたちはほっとする。


「赤子は可愛いのう。キース、おぬしも早く祝福を贈らぬか!」


 パールが急かすと、キースはふんっと顔を背ける。


「別に、お前ら二人の祝福があれば十分だろ。森の妖精は祝福してるし、それでいいさ」


 みんなが想像していた以上に、キースは一番に祝福を贈りたかったみたいだ。

 ティアラローズがアクアスティードを見ると、仕方ないと苦笑していた。申し訳ないとは思うのだが、アクアスティードも自分をずっと守ってくれていたクレイルに娘を真っ先に見せたかったのだから。


 パールが「器が小さいぞ!」とキースに言っているが、ティアラローズが「待ってくださいませ」と止めに入る。


「キースがわたくしたちのことを心から想ってくださっているのは知っています。その気持ちだけで、わたくしは十分嬉しいですから」

「よくわかってるじゃねえか、ティアラ。そうだな……もし、ルチアが成長して俺の祝福を贈るに相応しい姫になったら――そのときは、盛大に森の祝福を贈ってやる」


 その返事を聞いて、ティアラローズはまさに自由を愛する森の妖精だと思う。


「ええ。もしルチアローズが立派な淑女になったときは、そのときはキースの祝福を贈ってちょうだい」

「ああ」


 約束だ――と、ティアラローズとキースは微笑んだ。



 それからティアラローズの自室へ場所を移し、みんなにルチアローズをお披露目した。

 すやすや眠るベッドは、森の妖精たちが作ってくれた花のゆりかご。海の妖精たちが珊瑚で作ってくれたベッドメリーは、シャララと涼やかな音を奏でる。空の妖精たちが花のゆりかごを揺らし、珊瑚のベッドメリーを風の力で回転させてくれている。


 妖精たちのかいがいしい様子を見て、周りの大人たちはほっこりする。


 けれど一人だけ、大号泣している人間がいた。


「ああああ、可愛い。ルチアローズちゃんか、とてもいい名前だ……!」


 ルチアローズが生まれておじいちゃんとなった、シュナウスだ。孫があまりにも可愛くて、ずっとベビーベッドの横で感動している。


「お父様ったら……恥ずかしいわ……」


 ティアラローズが横になりながら告げると、側にいたイルティアーナが「仕方がないんですよ」とシュナウスをフォローする。


「ずっと、ティアラの子どもが生まれるのを楽しみにしていましたから。屋敷も、いつ遊びに来てもいいようにすっかりリフォームしてしまったのよ」


 困ったおじいちゃんですねーと、イルティアーナが微笑む。

 けれどシュナウスと反対側では、ハンカチで鼻を押さえたオリヴィアがうっとり赤ちゃんを見つめていた。


「あああ、とても可愛らしいです。マリンフォレストのお姫様の誕生に立ち会えるなんて、わたくしはなんて幸運なんでしょう……! ティアラローズ様、本当におめでとうございます!!」

「ありがとうございます、オリヴィア様」


 オリヴィアの横ではアカリとシリウスもルチアローズを見ていて、可愛い可愛いとにこにこしている。


「はー可愛い! 赤ちゃんって、とってもいい匂いですね。ほっぺたもふにふにで、お肌なんてもちもち~!」

「アカリ様、そんなに騒いだらルチアローズ様が起きてしまいますわ」

「はぁーい」


 全員が一通り愛でると、ソティリスとラヴィーナも来てくれた。アクアスティードの両親で、この国の元国王と王妃だ。

 軽く挨拶をして、二人はすぐルチアローズを見てくれた。


「遅くなってしまってすまないな。これは可愛らしい姫だ。おめでとう、二人とも」

「ふふ、目元はアクアに似ていますね。おめでとう」

「ありがとうございます」


 こちらも初孫がとても嬉しいようで、終始笑顔だ。

 そして、確かにラヴィーナが言った通り目元がアクアスティードに似ているとティアラローズも思う。


 ――成長が楽しみ。


「あまり長居をすると疲れさせてしまうだろうから、私たちはこれで。また顔を見に来るよ」

「ええ。ありがとうございます、父上」


 アクアスティードの返事に頷き、ソティリスはシュナウスとイルティアーナを見る。


「もしよければ、一緒にお茶でもいかがですか? 可愛いルチアローズの話に花を咲かせましょう」

「おお、それはいいですな。ぜひ、ご一緒させていただきます!」


 両親たちは一緒にお茶をするようで、ルチアローズをもう一度見てから部屋を後にした。きっと、楽しく孫の話をして盛り上がるのだろう。


「それじゃあ、わたくしたちもお暇しますわ。また来ますね、ティアラローズ様」

「ゆっくり休んでくださいね、ティアラ様!」

「ありがとうございます、アカリ様、オリヴィア様」


 全員が退室し、部屋にはティアラローズとアクアスティード、それからルチアローズの三人だけになった。

 すやすや気持ちよさそうな吐息が聞こえてきて、ああ、本当に生まれたのだと改めて実感する。


 アクアスティードはルチアローズの寝顔を見てから、ベッドサイドへ腰かける。


「疲れてるだろう? 少し休もうか。ルチアは私が見ているから、大丈夫」

「……はい。ありがとうございます、アクア様」

「うん。おやすみ、ティアラ」


 やはり体力の消耗が激しかったので、ティアラローズはすぐに眠りについた。その寝顔は、どこかルチアローズに似ているとアクアスティードは思う。

 やさしくティアラローズの頭を撫でて、アクアスティードはゆっくり子守歌を口ずさんだ。

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