4. フィリーネへのプレゼント
アクアスティードを交えエリオットとフィリーネと話し合った結果、二人の結婚式は三ヶ月後に執り行われることが決まった。
時期的に、ティアラローズの出産予定日の一ヶ月ほど前だろうか。出産後では落ち着いた時間を取るのが難しいので、急遽この日取りになってしまった。
ティアラローズはといえば、さっそくアカリにフィリーネのことを手紙に書いて送った。そのほか、たわいもない雑談も含めて。
アカリとフィリーネの間にはちょっとしたわだかまりがあったが、それも少しずつではあるがなくなってきている。
――とはいえ、もとはといえばアカリ様がわたくしを傷つけたりしたからなんだけど……。
今となってはもう、懐かしい笑い話のようにさえ感じてしまうから不思議だ。
「フィリーネの結婚式、楽しみ。もしかしなくても、感動して泣いてしまうかもしれないわ」
そんなことを思いながら、早く月日が経たないかなと思うティアラローズだった。
***
そして数日後、事件は唐突にやってくる。
「ティアラ様、来ちゃいましたー!!」
「え、アカリ様!?」
馬に乗り、必死に追ってくる護衛を振り切るようなスピードでやってきたのは、この乙女ゲームの初代ヒロインだ。
ティアラローズがフィリーネと庭園を散歩しているところに突撃してくるとは、いつもながらため息をつきたくなってしまう。
フィリーネの結婚式に浮かれている、アカリ・ラピスラズリ・ラクトムート。
艶のある長い黒髪に、黒の瞳。今は乗馬のためにパンツスタイルだが、普段は桃色のドレスに身を包んでいることが多い。
乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』のメイン攻略対象であるハルトナイツと結婚し、ラピスラズリ王国で暮らしている日本人の転移者だ。
「どうして一言ご連絡をくださらないんですか……。アカリ様は国賓扱いになるのですよ?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。急いでフィリーネのお祝いに駆けつけなきゃと思ったんです!」
だから問題なし! というアカリに、ティアラローズとフィリーネは顔を見合わせて苦笑する。
全然問題なしではないのだが、来てしまったものは仕方がない。
「ありがとうございます、アカリ様」
お祝いに駆けつけてくれたのだからと、フィリーネはアカリに礼を述べる。
「いえいえ! フィリーネの結婚式、盛大にお祝いしないとですから! ああ、楽しみ。ということで、さっそくドレスの採寸をしましょう!」
「はい?」
突然何を言っているのだと、フィリーネがフリーズする。
ティアラローズはアカリの無茶ぶりにも慣れてきたが、フィリーネから見ればある意味アカリはモンスターのようなものだ。
そんなフィリーネに気付いているのかいないのか、アカリはどんどん話を進めていく。
「実はここに来る前、オリヴィア様のところに寄ってきたんですよ。お針子の手配をお願いしたので、たぶんもうすぐ来ると思うんですよね」
「アカリ様、本気で今からフィリーネの採寸をして、ドレスを作るつもりですか?」
「もちのろんよ!」
どや顔で言うアカリに、仕方がないとティアラローズは部屋に戻ることに決める。
「こうなってしまったアカリ様は止められないわ。……それに、わたくしもフィリーネのドレス作りに加わりたいもの。まだ詳細は決めていなかったわよね?」
「はい。今はエリオットとデザインをどうしようかという話を少ししていただけでしたので……」
フィリーネの言葉を聞き、「任せて!」とアカリが胸を張った。
そして王城内に用意された部屋で、フィリーネのウェディングドレス計画が始まった。
「わたくしお抱えの針子ですから、最高のウェディングドレスを作ってくれますわ!」
興奮気味に迎えてくれたのは、オリヴィア・アリアーデル。
ローズレッドの髪に、リボンのヘアアクセサリー。ハニーグリーンの瞳は、獲物を狙うようにきらりと輝いている。
彼女は続編の悪役令嬢で、マリンフォレストの公爵家の令嬢だ。
ラピスラズリの指輪が大好きすぎて、推しは全員、趣味は聖地巡礼。その知識量もすさまじく、うっかり個人で攻略本まで作ってしまうほどの熱量だ。
そしてオリヴィアの隣に控えているのは、執事のレヴィ。
後ろに流した黒髪はきっちり整えられており、ローズレットの瞳は眼光が強い。
どこからどう見ても完璧な執事なのだが――その中身はオリヴィア至上主義の、ちょっとした――いや――かなりの、変態だ。
オリヴィアの連れてきたお針子たちが一礼し、さっそくフィリーネの採寸に取りかかる。レヴィは男性なので、お茶の用意をして下がった。
フィリーネの採寸をしている間に、ティアラローズ、アカリ、オリヴィアの三人はどんなドレスがいいだろうかと意見を出し合う。
「可愛らしいけど、大人っぽさがあってもいいんじゃないかしら?」
とは、ティアラローズ。
「エリオットは奥手だから、色っぽいドレスはどうでしょう?」
と、アカリ。
「一通り作ってみるのもありかもしれませんわね!」
何を着ても似合うと思いますと、オリヴィア。
ん~~と、全員で頭を悩ませる。
クチュールのリボンであれば、可愛らしさと大人っぽさもあっていいかもしれない。けれど、シースルーのドレスも神聖さと色っぽさがあって捨てがたい。
Vラインの胸元にすると流行を先取りできるような気がするし、レースをあしらったオフショルダーも似合いそうだ。
一生に一度ということを考えると、いくらでも悩めてしまう。
「そういえば、大胆に背中を見せるドレスも日本で一時期流行っていたような?」
雑誌の特集で見た記憶があると、アカリが告げる。
「ありましたね! ドレス生地を使って薔薇を作るデザインも素敵だと思った記憶がありますわ」
「迷ってしまいますね……」
オリヴィアが花もいいと言い、ティアラローズもフィリーネなら何を着ても似合ってしまいそうだと同意する。
すると、採寸の終わったフィリーネが顔を赤くしてやってきた。
「ろ……露出は控えめでお願いいたします」
どうやら、アカリが色っぽいドレスでエリオットを悩殺してしまおうと言っていたことが恥ずかしかったようだ。
ティアラローズの恋愛事情には行け行けゴーゴーだった彼女だが、やはり自分のことになると恥じらいが大きくなるらしい。
そんなところがまた、可愛らしくていいところ……でもあるけれど。
控えめに……というフィリーネを見たオリヴィアが、突然「いい!」と声をあげて紙と鉛筆を手に取った。
その眼はメラメラと燃えていて、手はものすごい速さでデザインを描いていく。
「清楚で、露出は少なく……でも! 総レースにして首周りはシースルーを演出するのよ!」
シュバババッとデザインを仕上げ、オリヴィアが「どうです!?」と見せてくれた。
言っていた通り、純白の白の上に総レースで草花をデザインして重ねている。落ち着いているけれど細かなデザインで、フィリーネによく似合う。
デザイン画を見て、ティアラローズたちはすぐに絶賛する。
「素敵です、オリヴィア様! フィリーネにとても似合いそう」
「総レースっていうところがいいですね! これならエリオットもイチコロ間違いないですね!!」
ティアラローズとアカリはそれぞれ感想を言って、フィリーネを見る。いくら周囲が絶賛したとしても、当の本人が気に入らなければ意味はない。
どきどきしながら、フィリーネの反応を待つ。
フィリーネはじっくりとドレスのデザイン画を見て、口を開く。
「わ……わたくし、こんなに素敵なウェディングドレスを着ていいのでしょうか?」
どうやらフィリーネの好みにピッタリだったようで、嬉しさから少し声が震えている。ドレスはこれで問題なさそうだ。
後はデザインを揃えて、エリオットのタキシードも作ってしまえばいい。
「もちろんです。フィリーネに喜んでいただけて、わたくしとても嬉しいわ」
「ありがとうございます、オリヴィア様」
「どういたしまして。最高のドレスを仕上げるから、待っていてちょうだい」
俄然燃える! と、オリヴィアの気合は十分だ。基本的に全員推しのオリヴィアにとっては、フィリーネも着飾って愛でたい対象の一人なのだ。
「よーし! デザインも決まったし、あとはお菓子を食べながら女子会しましょ!」
「では、レヴィに追加のお菓子を持ってこさせましょう。レヴィ!」
アカリがはしゃぐと、すぐにオリヴィアも頷く。そして名前を呼んですぐ、どこからともなくお菓子を持ったレヴィが現れた。
相変わらず、この執事は規格外だな……と、ティアラローズは思う。
とはいえ、レヴィが用意してくれるお菓子はどれも美味しい。
新しい紅茶を淹れてもらい、さっそくマドレーヌに手を伸ばす。まだ温かく、焼き立てであることがわかる。
――美味しそう。
ティアラローズが香りを楽しもうとすると、うっと何かが体の奥から込み上げてきた。瞬間的に拒否してマドレーヌをお皿に置くと、すぐにフィリーネが「大丈夫ですか!?」と背中をさすってくれた。
「悪阻、ですね。吐きそうですか?」
「いえ……。ちょっと気持ち悪かっただけで、そこまでではないですね」
マドレーヌの匂いをかがなければ、問題はなさそうだとほっとする。
しかしながら、ティアラローズは別の衝撃に襲われていた、
――まさか、わたくしの体がお菓子を拒否するなんて……!!
今までそこまで体調を崩すことはなかったし、悪阻は軽い体質なのだとばかり思っていた。
「大丈夫ですか? ティアラローズ様」
「違うお菓子ならいけるかもしれませんよ! パンナコッタはどうですか?」
心配するオリヴィアに、心配しつつも違うお菓子を勧めてくるアカリ。ティアラローズは思わず笑ってしまうが、どのお菓子なら食べられるか把握しておくのは大事なのでは……と、テーブルに並べられたお菓子を見る。
それに呆れ気味なのは、フィリーネだ。
「ティアラローズ様がお菓子を大好きなことはよーく存じていますが、今は無理なさらないでくださいませ……」
「も、もちろんよ! でも、アクア様の前で同じようなことにはなりたくないから……何が駄目で、なんならいいのか、知っておきたいわ」
アクアスティードなら間違いなくティアラローズを心配して受け入れてくれるのだが、気持ち悪くて吐きそうになっている姿をあまり見られたくない……という、乙女心だ。
そんな健気な様子のティアラローズを見て、フィリーネが協力しないわけがない。必死に頷いて、「お任せくださいませ!」と声をあげる。
それに――もし来客があった際、もし何かあればティアラローズが恥をかくことになってしまうだろう。
……まあ、アクアスティードがそんなことはさせないだろうけれど。
フィリーネが一皿ずつお菓子を取り分けて、レヴィも様々な種類のものをテーブルに運んでくる。
焼き菓子はもちろんのこと、ケーキやパン、なぜかおはぎや和菓子まである。
和菓子は今まで見たことがなかったので、普通に食べたいと思いつつ……それはまた今度オリヴィアに頼むことにする。
「マカロンは……駄目そうです。果物は大丈夫そうですね。あ、でもケーキに載った果物は駄目そうです」
「こちらはいかがですか?」
ティアラローズが判断していくと、今度はフィリーネがパンナコッタを用意してくれた。
「――パンナコッタは大丈夫だわ!」
「食べられるものがあって、よかったです。フルーツゼリーはどうでしょう?」
パンナコッタを一口食べたティアラローズは、次にフルーツゼリーをもらう。こちらも、特に嫌な臭いはしない。
「……ゼリー系は問題ないみたいだわ」
それがわかっただけでも、今後の食生活が安心出来る。
「悪阻って、大変なんですね……。何かあれば私もサポートしますから、いつでも呼んでくださいね! ティアラ様!!」
「ありがとうございます、アカリ様」
「まあ。わたくしだって、なんでもサポートいたしますわ」
「オリヴィア様も、ありがとうございます。わたくし、友人にとても恵まれていますね」
これなら何があっても、乗り越えていけそうだとティアラローズは思うのだった。
***
そして夜、ティアラローズは悪阻のことをアクアスティードに報告した。
すると、ひどく心配した様子で抱きしめられてしまう。
「食べられるものを知るのは大事かもしれないけど、本当に……無理はしないで」
「もちろんです。それに、悪阻が収まれば大丈夫になるでしょうし……あら? アクア様からクッキーの匂いがします」
「あ――!」
うっかりしていたと、アクアスティードが慌ててティアラローズから離れる。けれど、昼間のときのような不快さはない。
――なぜかしら?
不思議に思いつつも、大丈夫そうだとティアラローズは告げる。すると、アクアスティードは少し考えて……「もしかして」と口を開いた。
「赤ちゃんの影響かもしれないな。魔力が母体に与える影響は、ティアラが思っているより大きいだろうから」
「お腹の赤ちゃんが……」
昼間のことを思い出すと、そういえばフィリーネのドレスの話で盛り上がり、ここ最近で一番テンションが高かったように思う。
もしかしたら、それが赤ちゃんに伝わって本来と少し調子が変わってしまったのかもしれない。
「……赤ちゃんの魔力がわたくしに影響するように、わたくしの気持ちも赤ちゃんに影響するんですね」
「そのようだね。なら、たくさん愛情を注いであげないと」
「はい」
だからまずは、ティアラローズにキスをさせて――と。アクアスティードが優しくティアラローズの頬へと触れたのだった。
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