11. 夜の花鳥
アカリは鼻息を荒くし、テンションを上げる。
「必要なのは、『攻撃の指輪』か『守りの指輪』です!」
「初めて聞く指輪の名前だな……」
アクアスティードがどういったものか説明を求めると、シュナウスも「ティアラと子どもが助かるのか!?」と食いついた。
「とはいえ、材料を集めるのが少し大変なんです。まあ、それでも私にかかればちょろいもんなんですけどね! 大船に乗った気でいてください!」
攻撃の指輪、守りの指輪、これは両方とも素材を集めて作ることの出来る装備品。序盤から中盤にかけては役に立つが、最終局面では効果が小さかったため装備するプレイヤーはあまりいなかった。
名前の通り、攻撃の指輪は使用者の魔力を使い攻撃を。守りの指輪は簡単な結界を張る。指輪の力の発動に必要なものは、装備者の魔力。
「この指輪は、使うときだけ魔力を吸い取るわけではなくて、四六時中ずっと魔力を吸い取るんです。私からすれば微々たる量ですけど、ティアラ様と赤ちゃんの魔力だったら十分だと思いますよ!」
聖なる祈りを使うヒロインのアカリからしてみれば、大量にある魔力を装備でちょっと吸われてもなんら変化は起こらない。
しかしティアラローズは元々の魔力が少ないこともあり、普段の状態で四六時中付けているのも辛いとアカリは思っている。けれど、そこに子どもの魔力が加わっているのであれば話は別だ。
「暴走しそうな魔力を吸収するだけじゃなくて、ティアラ様のことも守ってくれるんですよ! 最高の指輪じゃないですか!」
アカリが守りの指輪を力説すると、「最高だ!」とシュナウスが拍手をする。
「すぐに作成を! 必要な材料があれば、私が手配しよう!!」
「落ち着いてください、お父様! 材料は売ってないので、自分たちで手に入れないといけないんです!」
「むっ! そういえば、そう言っていたな……」
興奮でソファから身を乗り出していたシュナウスは咳払いをして、ソファへ座り直す。
アクアスティードは思案するようにアカリを見つつ、ティアラローズの体力はどれくらい持つだろうかと考える。
――ダレルの癒しの力があるから、そこまで切迫しているわけではない。
だからといって、それがゆっくりしていてもいいという理由にはならないが。ティアラローズの負担を考えるなら、可能な限り早く、出来ることなら今すぐ――その素材を手に入れるために動きたい。
「アカリ嬢、その素材の詳細を頼む」
「アクア様! はい、もちろんです! 夜にのみ現れる鳥――夜の花鳥。その鳥の翼から攻撃の指輪が、尾羽から守りの指輪を作ることが出来るんです」
「鳥の羽から? 初めて聞くな……」
「雑貨店で売ってるのは見たことないですからね~」
自分たちで作らなければ手に入れることの出来ないアイテムだとアカリは言う。
「夜の花鳥は、特殊な鳥です。翼は花びら、尾羽は葉で出来てる植物の鳥です。すごくレアで、そう簡単に遭遇出来る鳥じゃないんですよ!」
だから根気よく毎晩森へ行く必要がある。
とはいえ、遭遇するだけであれば一晩で問題ないだろうとアカリは考えている。夜の花鳥を見つけてしまえば、それはもうこちらのものだ。
ゲーム時代で大変だったことは、夜の花鳥を倒したとしても、素材をドロップする確率が百パーセントではなかったからだ。
稀少価値が高く、ドロップ率は五パーセントだったろうか。
それを考えると、見つけて倒せば勝利確定の現実世界は楽勝だ。
「なるほど、夜か……」
それであれば、出発の準備をして仮眠してしまえばいいとアクアスティードは考える。のんびりするつもりはないので、今夜から決行する気満々だ。
「私は今日の夜から夜の花鳥を探してきます。その間、ティアラのことをお願いします」
「ええ、もちろんです。ティアラのために、どうかよろしくお願いします」
アクアスティードの言葉にシュナウスが頷き、頭を下げる。
「それに、ダレルも……もしもまたティアラが苦しくなったらと心配して、日中に少し昼寝の時間を取っているのです。ティアラはみんなに愛されて、幸せ者です」
頬を緩めて、シュナウスが「屋敷のことは任せてください」と告げた。
***
ティアラローズがソファでうとうとしていると、優しく髪を撫でられる感触に気付く。ああ、アクアスティードだ、そうすぐに思い意識を浮上させる。
「……アクア様」
「ああごめん、起こしちゃったね。でも、休むならベッドへ行こうか」
ふわりと抱き上げられて、すぐ寝室へ移動させられてしまった。ベッドのふちに腰かけたアクアスティードは優しい笑みを浮かべていて、それにつられてティアラローズもへにゃりと微笑む。
――もう日が沈んでいるのね。
窓の外は暗くなっていて、うたた寝のつもりだったのにがっつり寝てしまったようだと苦笑する。
そしてふと、アクアスティードの格好がいつもと違うことに気付く。
「アクア様、どこかへ行かれるのですか?」
いつもより騎士に近い服装で、腰には愛剣も下げている。今から戦いに行きますと言わんばかりの姿に、戸惑ってしまう。
アクアスティードは苦笑しつつ、「大丈夫だよ」とティアラローズの頭を撫でる。
「ティアラのと子どもの魔力をどうにかする方法が見つかったんだ」
「え!? いったいどうやって……って、そうでした、アカリ様は」
自分も解決のため話し合いに加わるのだと、ティアラローズを置いて出ていってしまったことを思い出す。
もしかしたら、アカリが何かとんでもないことをしでかしたのでは!? と、そんな考えが脳裏をよぎる。
混乱しているティアラローズを見て、アクアスティードはくすりと笑う。
「そんなに心配する必要はないさ。アカリ嬢の提案ではあるが、今から夜の花鳥を探しに行ってくる」
「それって――あ、攻撃の指輪と守りの指輪ですか?」
「やっぱりティアラも知ってるのか」
頷くアクアスティードを見て、ティアラローズもなるほど確かにピッタリのアイテムだと納得するしかない。
「あれならわたくしの魔力を吸収するので、赤ちゃんから流れてくる魔力も一緒に吸収されると思います。さすがアカリ様、よく気付きましたね……」
自分一人では気付かなかっただろうと、ティアラローズはため息をつく。
「素材を手に入れるのは大変かもしれませんが……」
「私を誰だと思ってるの。すぐに手に入れて戻ってくるよ」
「……はい。ありがとうございます、アクア様。この子と二人で待っていますから。早く帰ってきてくださいね」
「もちろん」
アクアスティードの顔が近付いてくるのを見て、ティアラローズはゆっくり目を閉じる。そのまま唇が触れて、ちゅ、とリップ音が響く。
その音がなんだか恥ずかしくて、体にかけていたキルトケットで顔を半分隠す。
ティアラローズの反応が相変わらず可愛くて、これは急いで帰ってこなければと、アクアスティードはそう思ってくすりと笑った。
***
「さあ、ここからは私たちの時間ですよ!」
支度を終えたアカリが、馬にまたがり屋敷の玄関前でアクアスティードとエリオットを待っていた。
さすがに護衛もいない状態のアカリを森に同行させることは出来ないと、アクアスティードは首を振る。
「アカリ嬢はティアラと一緒に屋敷で待っていてくれ」
「嫌です。こんな楽しい……もとい、ティアラ様の一大事にじっとしているなんて出来ませんから!」
ふんと胸を張って答えるアカリに、ああ、これは何を言ってもついてくるとアクアスティードとエリオットはため息をつく。
「エリオット、すぐハルトナイツ王子に連絡を」
「かしこまりました」
ハルトナイツが一緒にいればいいだろうという、アクアスティードの判断だ。
アカリは「ハルトナイツ様も来るんですか!?」と嬉しそうに瞳をキラキラさせている。そんなアカリを見て、エリオットは大丈夫だろうか……と、少しだけ不安になるのだった。
しばらくして、馬に乗り息を切らせたハルトナイツがやってきた。
「はぁ、はぁ、はっ……すまない。アカリ、また勝手なことを……!!」
「全然勝手じゃないですよ! これもティアラ様を助けるためですから!」
「ティアラを……?」
まったく事情を知らないハルトナイツに、アクアスティードが説明をする。そしてこれから指輪の材料を手に入れるため森に行くのだ、と。
ハルトナイツは突然のことに戸惑いながら、「大変じゃないか!」と叫ぶ。
「いや、待て……この場合はおめでとうと先に言った方がいいのか? いや、夜の花鳥の素材を手に入れればいいなら一刻も早く森へ向かった方がいい」
「……ありがとう。まだ公にするつもりはないから、そのつもりで頼む。今回のことも、協力してもらえて助かる」
「ああ」
アクアスティードとハルトナイツが話し終わったのを確認したアカリが、声高らかに「しゅっぱーつ!」と馬を走らせた。
ラピスラズリの首都の郊外にある森は、夜行性の危険動物がいるため夜になってから入る人は滅多にいない。
それもあって、夜の花鳥の存在を知る人もほとんどいないだろう。もしかしたら、ハルトナイツが知らなかったのでこの世界ではその姿を見せることもほとんどないのかもしれない。
夜に鳴く美しい声は人を惑わせ、自分たちの存在を認知させないのだと言われている。
ピュイリーという澄んだ鳴き声を覚えている人間は、いったいどれくらいいるだろうか。
森の入口まで着くと、アクアスティードたちは馬の手綱を木の枝にかけて森の中へ足を踏み入れる。
「ピュイー」
「アカリ、なんだ突然」
「ああ、これは夜の花鳥の鳴き声ですよ! ピュイ、ピュイリーって鳴くんです。可愛いですよね~」
もしかしたら、鳴きまねをすれば姿を見せてくれるかもしれないとアカリは考えたようだ。
「面白い鳴き方をするんですね」
エリオットは関心しながら、森の中を見回す。地面を見て、すぐ木の上の方へ視線を向ける。しかし残念ながら、鳥は一羽も見当たらない。
これはなかなか大変そうだと、全員が気を引き締める。
「私の経験則だと、奥の方が出てくるんですよ! ということで、どんどん行きましょう~!」
魔法で明りを用意して、アカリが先頭を切って歩き出す。それを慌てて止めるのは、護衛も兼ねているエリオットだ。
「私が一番前を歩きますから!!」
「大丈夫ですよ、私これでも強いですから!」
ぐっとこぶしを握ってみせるアカリに、「そう言う問題ではありません!」とエリオットが声をあげる。
「アカリ、言うことを聞け。何かあってからでは遅いんだぞ?」
「はーい」
ハルトナイツの言葉にアカリが頷いて、四人は森の中を進み始めた。
「夜の花鳥は片手くらいの大きさで、とっても可愛いんですよ。花の色はそれぞれ違うので、遭遇してのお楽しみなんです」
オレンジ、ピンク、白、水色……と、アカリが花の色をいろいろあげていく。今日は何色の夜の花鳥に会えるかなと、今からうきうきだ。
アクアスティードは本当にそんな植物で構成された不思議な鳥が存在しているのかと考えるも、妖精や精霊がいるのだから植物の鳥がいてもおかしくないなと納得する。
一時間ほど歩いたところで、先頭を歩いていたエリオットが「あれは……」と足を止めた。全員で物音を立てないように前方を見ると、小さな川があり、そこで水を飲む鳥がいた。
夜の闇にも負けない白の花びらで出来た羽に、まだ柔らかな色合いの尾羽。間違いなく、探していた夜の花鳥だ。
『ピュイ』
澄んだ声に、思わず耳を奪われてしまう。
ああ、こんなに美しい生き物に触れることは許されない――そんな考えに体を縛られる。これが、夜の花鳥が人に見つからない理由。
ふらりと引き返そうとするエリオットとハルトナイツに、アカリが「駄目ですよ~」と威力を抑えた雷を容赦なく食らわせる。
瞬間二人がビビビビビっと体を震わせて、大きく目を見開いた。
「うぐ、う……痺れる……」
「いきなり、何をするんだ……アカリ……」
地面にうずくまって痺れに耐えるエリオットとハルトナイツに、アカリはにこりと笑みを向ける。
「駄目ですよ、夜の花鳥に惑わされたら。私たちはティアラ様を助ける隊なんですから!」
「ハッ! そういえば、確かに足が帰ろうとしていました……」
「まさかこんな自然に誘導されていたなんて……すまない。助かった、アカリ」
アカリがいなければ大変なことになっていたかもしれないと、エリオットが項垂れる。
「そうでしょうそうでしょう。もっと私を褒めてもいいですよ!」
「こら、調子に乗り過ぎだアカリ」
ハルトナイツが諫めるように言うと、アカリは舌を出して「てへぺろ」と笑う。
さて、気を取り直して行きましょう! というところで、『ピュイリー』という澄んだ声がすぐ近くから聞こえてきた。
見ると、ちょうどアクアスティードたちの真上を夜の花鳥が飛んでいた。
「なんとも幻想的な光景だな……」
アクアスティードはそう言って、半分無意識のうちに左手を空へと伸ばしていた。
するとどうだろうか。夜の花鳥が、アクアスティードの手に留まって『ピュイリー』ともう一度歌うように鳴いた。
それに一番驚いたのは、アカリだ。
「嘘、夜の花鳥が懐くなんて信じられない! でも、アクア様ならそれも出来るって思えちゃうからすごい……っ!!」
「ええと……これなら倒さなくても花びらと葉をもらえるんじゃないか?」
「あ、そうですね」
アクアスティードが自分の腕に留まった夜の花鳥を押さえて、花びらと葉の部分を撫でる。すると、いとも簡単に夜の花鳥から抜け落ちた。
「驚いた、まったく力を入れてなかったのに」
「鳥の防衛本能でしょうか? 素材を切り捨てて、逃げ切る方が大切じゃないですか」
「そうかもしれないな」
エリオットはまじまじと夜の花鳥を見て、「いろいろ調べたいですね」と告げる。
「このまま連れ帰ってもいいですか?」
「それは……ハルトナイツ王子の管轄だろう。さすがに私の一存で……というわけにはいかないからな」
「そうですね」
アクアスティードとエリオットがハルトナイツを見て、しかしその背後の草木がガササっと大きな音を立てて揺れた。
「――っ!?」
「皆さん下がってください!!」
エリオットがとっさに全員を庇うように前へ出ると、木々の間から体長一メートルは超える夜の花鳥が飛び出してきた。
「親!?」
エリオットが声を荒らげると、後ろでアカリが悲鳴をあげる。
「嘘、親なんていなかったのにー!? めちゃくちゃ強そうじゃないですか!!」