9. 暴走する魔力
「ん……んぅ……?」
ティアラローズは息苦しさを感じて、ふと目が覚める。
昨日の夜はホットミルクを飲み、そのまま就寝したはずだ。寝つきもよく、体調が悪かったということもない。
「はぁ……」
移動の疲れが抜けきれていなかっただろうか? そう思って軽く体を起こし――ひゅっと息を呑んだ。
「な、なに……これっ!?」
「ん……ティアラ?」
ティアラローズが声をあげると、すぐにアクアスティードが目を覚ます。そして周囲の状況を確認し、ティアラローズを背に庇う。
「これは……魔法か?」
ふわり――と、ティアラローズとアクアスティードの寝ていたベッドが宙に浮いていた。同時に、寝室に置いてあったぬいぐるみや、サイドテーブル、本や花瓶なども同じ高さにある。
まるでゆりかごのようにゆっくり揺れて、どこか安心出来る。そんな気がするのだけれど、ティアラローズの息苦しさは一向によくならないばかりか――悪化していっている――そう、感じる。
呼吸が苦しそうなティアラローズを見て、アクアスティードはすぐに抱き上げる。この不思議な現象を起こしているのが、きっと胎内にいる赤ん坊だと気付いたからだ。
ベッドから飛び降り、アクアスティードは叫ぶように声をあげる。
「エリオット、フィリーネ! すぐに医者の手配を! それから、夜中で申し訳ないがダレルを起こしてほしい」
真っ先に駆けつけたのは、エリオットだ。上着を羽織った状態で、髪も整えていない。息を切らしていることから、真っ先に来ることを選んだのだろう。
「アクアスティード様、いったい何が――ティアラローズ様!?」
先ほどまでは苦しいものの意識を保っていたティアラローズだったが、今はアクアスティードの腕の中でぐったりしている。
「エリオットはすぐにダレルを起こしてきてくれ。医者にも診てもらうが、治癒魔法を得意にする彼の方が適任かもしれない」
「わかりました、すぐに!」
入れ違いで、カーディガンを羽織り髪をさっとまとめたフィリーネがやって来た。
「ティアラローズ様!? いったい何があったんですか、アクアスティード陛下! 医師は……!?」
「まだだ。今、エリオットにダレルを呼びに行ってもらってる。フィリーネは医師の手配をして、終わったらすぐ侯爵たちにも知らせてくれ」
「すぐに!」
慌ててフィリーネが出ていくのを見て、アクアスティードは息をつく。まずはティアラローズを寝かせなければいけないが、ベッドと小物は浮いたままだ。
とはいえ、ソファに寝かせては体が疲れてしまう。
この状態が続くようであれば、別の部屋を用意してもらうしかない。
「はぁ、はぁ……っ」
「ティアラ……」
じんわり汗をかき苦しそうなティアラローズの額を優しく撫でて、そっと唇を落とす。
――熱い、な。
だいぶ熱がありそうだ。隣で寝ていたのに、気付かなかったことが情けない。
ティアラローズに何もしてあげられないことが悔しい。それに、自分の子どものことなのに、こうも役立たずなんて、と。
バタバタと足音が近づいてきて、バンッと扉が勢いよく開く。飛び込んできたのは息を切らしているダレルで、大きな目でティアラローズを見た。
「ティアラお姉様……!」
「就寝中にすまない、ダレル。おそらく、お腹の子どもの魔力が影響しているんだろう。私が何かして、悪影響があったらいけない……。すまないが、診ることは出来るか?」
ダレルと同じ目線になるようにしゃがみ、ティアラローズが突然苦しそうになったことと、周囲にあるものが浮いたということを伝える。
ダレルは小さく頷いて、ティアラローズのお腹部分に手を置いた。
「僕では根本的な解決は無理ですが、ティアラお姉様の体調を一時的に落ち着かせることは出来ると思います」
そう言い、ダレルが治癒魔法を使った。すると、みるみるうちにティアラローズの呼吸が落ち着いていき、穏やかな寝息になった。
どうやら、苦しさは解消されたようだ。
アクアスティードは額に手を当てて熱がないか確認するが、先ほどと比べると熱さは引いていた。
「……ありがとう、ダレル。助かった」
「いいえ、ティアラお姉様が苦しいのは僕も嫌ですから……」
寝室へ視線を向けると、浮いていたものはすべて元の位置へ戻っている。そのことにほっと胸を撫でおろして、ベッドへティアラローズを寝かせた。
そしてタイミングを見計らったのか、先ほどより大きな足音が響いた。
「ティアラ、ティアラ~!」
「旦那様、あまり大声を出されてはティアラローズ様が……っ」
アクアスティードの予想通り、やってきたのはシュナウス。それを追いかけるように、フィリーネも戻ってきた。
「ダレルに治癒魔法を使ってもらったから、ティアラはもう落ち着いたよ。今は寝てるから、静かに……」
「よ、よかった……ダレルさすがは私の息子だ!」
「はい」
シュナウスはダレルの頭を撫でて褒めると、ダレルも嬉しそうに頬を緩めた。
「ああ、よかったです……。ティアラローズ様が無事なら、ダレル様もお休みになられた方がいいですね」
「そうだな。ダレル、もうお部屋に戻りなさい。また明日、朝食の席で」
「はい。おやすみなさい」
送りますと言ったフィリーネがダレルを連れて部屋を出ると、入れ違いでエリオットが戻ってきた。
「もうすぐ医師が到着します」
「ああ、わかった」
それからすぐ医者にティアラローズを診てもらったが、身体的なものは疲労があるだけという診断のみだった。
魔力が関わってくると、一般医療ではあまり役に立たない。消耗していく体力を回復させることは出来るかもしれないが、それも微々たるものだろう。
アクアスティードは何か考えなければと、眠るティアラローズを見た。
***
翌日、ティアラローズは普段通り目を覚ました。
「ティアラ、体調はどう?」
「夜中はご迷惑をおかけいたしました。今はもう、問題ないと思います」
「迷惑なんてことはないよ」
元気ですと言うティアラローズに、アクアスティードはほっとする。しかしまたいつ同じような状況になるかわからないので、しばらくはゆっくりしているようにお願いする。
「もうすぐフィリーネが来るから、私がいない間は必ず一緒にいるようにしてくれ」
「わかりました。少しゆっくりしていますね」
「私は侯爵と話をしてくるから。それが終わったら、一緒にスイーツを食べよう」
ベッドへ横になったティアラローズの頭をぽんと撫でて、アクアスティードは微笑む。そのままピンク色の唇に口づけて、「いい子にしてるんだよ」と。
「もう、わたくしだってちゃんと大人しく出来ますよ?」
「ティアラは前科がありすぎるからね。……っと、フィリーネが来たみたいだ。それじゃあ、また後で」
「はい」
名残を惜しむようにもう一度だけ唇に触れて、部屋を出た。
***
「アクアスティード陛下!」
応接室に行くと、すでにシュナウスが待っていた。
今から、ティアラローズのことを話し合うことになっている。現状もそうだが、今後も改善がみられなければ状況が悪くなるかもしれない。
アクアスティードはソファへ座り、ひとまず今回の原因を告げる。
「……子どもの魔力が大きすぎます」
「それは私もわかっています。魔力が多く優秀な分にはいいが、それがティアラにどんな影響を及ぼすかわからないのは怖いですな」
「ええ」
アクアスティードは夜中に急いでまとめた資料をテーブルに置いて、シュナウスに見せる。
「片っ端から調べてみましたが、いかんせん時間が足りず……これだけでやっとです」
「これは、魔力を持った子どもの実例ですか!?」
基本的に公にされていないデータだけれど、昨日の夜に、エリオットの連絡魔法を使いマリンフォレストと情報のやりとりをした。とはいえ、その情報の発信源は昔からの資料などではなく情報のすべてを知っているであろう存在――クレイルだ。
「子どもの魔力がここまで大きいという記録は、ありません」
「……そのようですな」
資料に目を通しながら、シュナウスがアクアスティードの言葉に頷く。そして、「この短時間でよくこれだけの資料を……」と感嘆の息をもらす。
「今はまだ、ティアラは大丈夫でしょう」
「……今、は? では、これから先に何かあるというのですかな?」
ぴくりとシュナウスの眉が動き、表情が硬くなる。しかし、それはアクアスティードだって一緒だ。
ティアラローズのことは何があっても守ると誓ったのだから、どんな手段だって使って助けるつもりだ。
「魔力というものは、成長していきます。子どもであれば、きっとその伸びしろは大きい」
「ふむ……それは、そうですな」
「今はぬいぐるみを動かしたり、ものを浮かしたり。おそらく子どもも遊ぶといった感情や、夜中のあれは――おそらく夜泣きのようなものだという見解があります」
つまり、現状はお腹の子どもが魔力をコントロールし魔法を使っているからそこまで問題はない。いや、ティアラローズが苦しんでいるだけで大問題ではあるのだが、これからもっと厳しい状況が起こるはずだ。
「もし、もしも魔力がどんどん増え続け――子どもが魔力のコントロールが出来なくなったら」
「そ、そんなことになったら大変ではないですか!」
「そうです。だから私は、ティアラを助けるためになんとかしてその方法を見つけたいのです」
お腹にいる子どもが魔力をコントロール出来るようにするか、もしくは何かまったく別の方法を見つけるか。
時間は、あまりない――。
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