6. 心配性のアクアスティード
「ティアラ、肩の出るドレスは絶対に着たら駄目だよ。体は冷やさないように、大人しくしてるように」
「……えっと、はい」
すぐ医師の診断を受けて、アクアスティードから開口一番にそう言われてしまった。そしてカーディガンをかけられてしまう。
ベッドの上にいるのでそこまで寒くはないけれど、気遣ってもらえることは嬉しい。
ティアラローズが苦笑しつつ頷くと、何かを言う間もなくぎゅっと抱きしめられた。
「それから、ありがとう。私たちの子どもを授かってくれて」
嬉しいんだと、ティアラローズの耳元でアクアスティードの声が聞こえる。喜びに震えていることがわかって、ああ、本当に自分のお腹に子どもがいるのだと自覚する。
――アクア様との、子ども……。
「わたくしこそ、嬉しいです。ありがとうございます、アクア様」
「これからは二人を守れるように、もっともっと頑張らないといけないね。ああ、早く会いたいな」
「アクア様ったら、気が早いですよ……」
優しくお腹に触れるアクアスティードの頭を撫でて、ティアラローズは微笑んだ。
ひとしきりアクアスティードと過ごしたところを見計らって、フィリーネとエリオットがやってきた。
「おめでとうございます、アクアスティード様、ティアラローズ様」
「わたくし、もう嬉しくて……おめでとうございます、ティアラローズ様、アクアスティード陛下!」
ほんわか嬉しそうにしているエリオットと、涙を流しながら喜んでいるフィリーネ。
「ありがとう、二人とも。フィリーネ、そんなに泣いたらわたくしも……」
釣られて泣いてしまいそうだと、ティアラローズがぐっと涙を耐えようとするも……目元がじんわりしてきてしまう。
「ティアラ、別に我慢する必要はない」
「……はい」
アクアスティードに頭を撫でられて、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。嬉しいと、こんなにも涙が溢れてくるなんて。
「今日はいろいろあって疲れただろうから、このまま寝てしまうといい」
「ですが、せっかくエリオットも来てくれたのに……」
あまり話をしないまま寝てしまうのも悪い――そうティアラローズが言おうとしたが、それより先にフィリーネが口を開く。
「いけません、ティアラローズ様! 今は自分のお体を一番にお考えくださいませ」
「そうです。私はお元気な姿を見れただけで十分ですから」
鬼気迫る様子のフィリーネに、ティアラローズはくすくす笑う。
「じゃあ、今日はお言葉に甘えて休もうかしら?」
「ええ、そうしてくださいませ。寝る前に紅茶などはいかがですか? 体も温まりますよ」
「お願いしようかしら」
「はい」
紅茶の準備をするフィリーネと一緒にエリオットも下がると、アクアスティードは再びティアラローズの頭をゆっくり撫でる。
優しく大きな手でそうされると、うとうとと睡魔が襲ってきてしまう。
――嬉しい、けど……。
「アクア様、そんなに撫でられたらフィリーネが紅茶を淹れてくる前に寝てしまいそうです……」
顔を赤くしてそう言うと、くすりと笑われてしまう。
「それは大変だ」
「絶対そんなこと思ってないですよね……?」
「どうかな。……でも、ティアラが私の横で安心して眠ってくれるのはとても嬉しいから」
どうしても撫でるのを止められないのだと言われてしまう。
「まあ、これは私だけの特権だからいいだろう? ティアラに触れられるのは、私だけだ」
「……はい」
独占欲をあらわにするアクアスティードに、どきりとする。少し低い声に、色っぽい瞳。必要以上にどきどきしてしまう。
ティアラローズはむむむ~っと、アクアスティードを見つめる。
――わたくしだって、触りたいのに。
けれど今は、ダレルに癒しをもらったとはいえ安静にしていた方がいい。にこにことティアラローズを撫でるアクアスティードはとても楽しそうで、幸せメーターが上がっていく。
「……アクア様」
「うん?」
「わたくしも触れたい、ので……これはどうですか?」
そう言って、ティアラローズは撫でていたアクアスティードの手を取って指を絡ませる。そしてそのまま自分の頬へと持ってきて、小動物のように擦り寄る。
「…………ティアラ」
アクアスティードは自由になっている手で自分のこめかみを押さえて、息をつく。
「ティアラは本当に私を煽るのが上手いな……」
「そ、そういうわけでは……っ!」
「わかっているよ。私がティアラを愛しすぎて仕方がないだけだ」
「~~っ!」
ティアラローズの頬に触れているアクアスティードの指先が、ティアラローズをくすぐる。
「きゃっ! アクア様……っ」
「これくらいはいいだろう? 可愛いティアラが悪い」
ふにふにと、アクアスティードの指先が唇の感触を楽しむように触れてくる。ゆっくりなぞられると、ぴくんと体が震える。
アクアスティードの熱い眼差しが向けられて、思わず息を呑む。
「……好き」
「ティアラ?」
「大好きです、アクア様……」
自分に触れているアクアスティードの手を両手で包んで、その指先に掠めるようなキスをおくる。
ティアラローズははにかんで、いたずらっ子のような笑顔をアクアスティードに向ける。
「アクア様も、少しはどきどきしましたか? ……わたくしはもう、ずっとどきどきしっぱなしです」
だからアクアスティードにも一緒にどきどきしてほしくてキスを仕掛けてみたのだと、ティアラローズは口にする。
「……ティアラに触れてるときは、いつだってどきどきしてるさ」
「え?」
もっと自信を持っていいと告げたアクアスティードが、ゆっくりティアラローズに覆いかぶさるようにしてキスをする。
「ん……」
触れてすぐ離れた唇が少し名残惜しくて目を開くと、間近にあったアクアスティードの金色の瞳と視線が合う。
――っ、アクア様、近い……。
けれどそれが心地よくて。
これからは、この人が自分だけではなく、お腹に宿った愛しい子どものことも守ってくれる。こんなにも安心出来ることは、きっとない。
「わたくしとこの子を、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、ティアラローズはぎゅっとアクアスティードに抱きついた。
「もちろん」
アクアスティードはティアラローズを抱きしめ返して、もう一度優しいキスをした。
***
翌朝、ティアラローズはフィリーネの「おはようございます!」と言う声で目が覚めた。隣を見ると、アクアスティードはすでに起きたようでもぬけの殻だ。
「おはよう、フィリーネ。……今、何時かしら」
窓の外を見ると、もうずいぶん明るい。寝坊してしまったかもしれないと、ティアラローズは慌てる。
「ゆっくりなさってください、ティアラローズ様。今は十時なので、確かにいつもよりは遅い時間ですが……昨日はいろいろありましたから」
支度をして軽い朝ご飯にしましょうと、フィリーネが微笑む。
「もうそんな時間なの? ……昨日は早く寝たのに」
「それだけお疲れだったんです。今はお腹に赤ちゃんもいるんですから、いつも以上にゆっくり過ごしていただかないと! わたくし、ティアラローズ様が無茶しないようにしっかり見張りますからね?」
何が何でもティアラローズを守ると誓うフィリーネは、アクアスティードと同じくらい頼もしい。
「ありがとう、フィリーネ。とても心強いわね」
「お任せください! わたくし、どんなものからもティアラローズ様を守ってみせます! たとえそれが辛い選択だとしても、お菓子の食べすぎも注意いたします……!」
「……っ!」
フィリーネの言葉に、ガンと頭を打たれた。
――た、確かにお菓子の食べ過ぎはよくないかもしれない!!
むしろ今までが割と好き勝手食べていたのだ。ティアラローズは子どものためだから仕方がないと、ぐっと泣きそうになるのを堪える。
その様子を見て、フィリーネは子どもが生まれたら世界で一番大きいケーキを贈ろうと決意する。
「それじゃあ、着替えて朝食に――」
ドンドンドン!
「きゃっ! 何の音……!?」
ティアラローズがベッドから立ち上がるのと同時に、屋敷に大きな音が響いた。びっくりしてベッドの柱に掴まると、フィリーネが「始まりましたね……」と苦笑した。
「お屋敷の修繕をするみたいです」
「え? そんな話、昨日はしてなかったのに……」
もしかしたら忙しい時期に帰省してしまったかもしれない。しかし、「それは違います」とフィリーネが首を振る。
「ティアラローズ様が妊娠されたので、旦那様が急いで屋敷の中を整えているようですよ」
「え?」
「少し段差の高いところをゆるくするのだと言っていましたよ」
「お父様……」
昨日の今日でなんという早さだと、頭を抱えたくなる。とはいえ、そんなことをするくらい喜んでくれているというのはよくわかる。
ティアラローズが支度を終え食堂に向かう途中、慌てるアクアスティードの声が響いた。
「ティアラ、階段は危ないんじゃないか……?」
抱き上げるから待ってと言うアクアスティードに、ティアラローズは急いで首を振る。さすがにそこまでしてもらう必要はない。
「大丈夫です、アクア様! 体だって、少しは動かした方がいいんですから!」
「そう……? でも、ちょっとでも辛くなったらすぐ言って」
心配そうにするアクアスティードは、ティアラローズの横へ来てエスコートをしてくれる。
「はい。ありがとうございます……あ、おはようございます、アクア様」
「ああ、挨拶がまだだったね。おはよう、ティアラ。体調はどう?」
「たっぷり寝たので、元気ですよ。ありがとうございます、アクア様」
「ならよかった」
ほっとしたところで、今度は階下にシュナウスがいた。どうやら、屋敷を修繕している業者の人と話をしているようだ。
その瞳はらんらんと輝いていて、活き活きしている。
――お父様、あんなにやる気に満ち溢れて……。
「我が家の階段は高すぎないか!? ティアラが転んでは大変だから、すぐにリフォームを……っ!!」
屋敷の簡単な修繕ならまだしも、今からリフォームをしても完成するころにはティアラローズもマリンフォレストへ帰国しているだろう。
さすがにちょっと浮かれすぎだと、アクアスティードと顔を見合わせ苦笑する。……が、アクアスティードも頭の中で城の改築が必要かもしれないと高速で計画を立てていたりいなかったり。
ゆっくり階段から下りて、ティアラローズはシュナウスに声をかける。
「おはようございます。それから、その必要はありません……お父様」
「ああ、おはようティアラ。体は大丈夫か? あまり無理はするんじゃないぞ? リフォームは……そうだな、ティアラが帰った後の方がいいかもしれないな。今はあまりうるさくしない方がいいだろう」
どうやらリフォームをすることはシュナウスの中では決定したもののようだ。ティアラローズとしてはそこまでする必要がはないと思っていて、助けてほしくてアクアスティードを見る。
「大丈夫だよ、ティアラ。帰るまでに急いで終わるように指示を出しておくから」
「そ、そうではありませんよアクア様!?」
もうこの男二人には何を言っても駄目かもしれないと、ティアラローズは思う。
「男の子かな、女の子かな? 名前はどうしようか」
「……気が早いです、アクア様」