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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第9章 わずかに聞こえる幸福の音色
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2. 妖精たちの訪問

 養子をとったので会いに来てくれという父親に返事の手紙を送り、ティアラローズは帰省の準備を始める。

 アクアスティードも一緒に行くこともあり、仕事の調整のつくであろう一か月後くらいに出発する予定を立てた。


 ティアラローズはといえば、机に向かってお菓子のレシピをいくつか書き出しているところだ。

 帰省したさいに、フィリーネの弟であるアランに渡そうと考えている。庶民向けに始めたスイーツ店の新メニューとして使うことができるはずだ。そのため、比較的作るのが簡単で、材料費も安いものに限定している。

 スイーツ関連のことをしているからか、ティアラローズは楽しそうにふんふん鼻歌を口ずさんでいる。


「楽しそうですね、ティアラローズ様。いいレシピができましたか?」


 そう言って、フィリーネが紅茶とマドレーヌを机の上へ置く。


「ありがとう、フィリーネ。アレンジドーナッツのレシピなのだけれど、シンプルで大きいものと可愛い小さなものを用意したから広い層から人気が出ると思うわ」

「アランのために……ありがとうございます、ティアラローズ様。先日手紙が来まして、とても楽しくやっていると書いてありました」

「それはよかったわ」


 アランの始めたスイーツ店のことを聞き、順調だということにほっと胸を撫でおろす。これから扱う新商品も、きっと上手く流行させてくれるだろう。


「帰省する準備は問題なさそうですね」

「ええ。ほかの荷物も大丈夫かしら?」

「はい。持っていくものは、すべて選び終えていますから。それに、ご実家に滞在ですから……そこまで荷物は多くありません」


 フィリーネの言葉に、それもそうだとティアラローズは頷く。

 実家にあるティアラローズの部屋はそのままだし、お菓子関連の材料や調理器具もたくさんある。むしろ、何も持って行かなくてもいいほどかもしれない。


「少し長めの滞在になるから、その前にお茶会などはできるだけ開いておきたいわね。いくつか招待もきているでしょう?」

「もちろんです。ティアラローズ様がお茶会に来てくださったら、箔が付きますもの」


 さすがはティアラローズ様ですと、フィリーネが胸を張る。


「大袈裟よ、フィリー……あら?」

「ティアラローズ様?」


 ティアラローズがくすりと笑うと、窓をコンコン叩く音がした。何事かと視線を向けると、森の妖精たちが手を振っていた。


『ティアラ~!』

『あそびにきたよ~』

「まあ、いらっしゃいませ」


 きゃらきゃら笑う妖精たちを招き入れると、楽しそうに部屋の中を飛び回る。その様子はいつもより嬉しそうで、何かいいことがあったのかもしれない。


「森の妖精たちも召し上がれるように、お菓子を持ってきますね」

「ありがとう、フィリーネ」

『お菓子~! やったぁ』

『ティアラのお菓子おいしいからだいすき~!』


 どうやら妖精たちに喜んでもらえたようで、ティアラローズとフィリーネは顔を見合わせてほっこりする。


「どうぞ好きなだけ召し上がってくださいませ」

『やったぁ~』


 今まではお菓子を食べることのなかった森の妖精たちは、すっかりティアラローズのスイーツ好きが移ってしまっていた。

 もちろん、ティアラローズとしてはスイーツ好きになってもらえるから大歓迎だ。


 妖精たちはティアラローズの膝の上にやってきて、楽しそうに歌をうたいはじめた。今までこんなことはなかったので、ティアラローズは目を瞬かせる。


 ――わ、妖精の歌!

 初めて聴くそれに、テンションが上がる。

 特別に上手いというわけではないが、妖精たちの声がかさなってとても可愛らしい。その場を和ませる、優しい歌だ。

 曲を聞き終わると、ティアラローズは拍手を送る。


「とってもお上手ですね」

『えへへ~!』


 ティアラローズが褒めると、妖精たちは照れるように頬を染める。そして『喜んでもらえたみたい~』と満足そうにしている。

 これは歌のお礼に特別なスイーツを出さなければと、ティアラローズは微笑みながら妖精たちをみた。



 ***



「ティアラローズ様の帰省前にお茶会ができてよかったですわ」

「本日はお招きいただきありがとうございます、オリヴィア様」


 今日は、オリヴィアの屋敷でティアラローズと二人の令嬢が招かれてのお茶会だ。天気がいいので薔薇の庭園で開かれている。


「ティアラローズ様とオリヴィア様のお茶会にご招待いただけるなんて、光栄ですわ!」

「わたくし、今日が楽しみで昨日はなかなか寝付けなくて……」


 二人の令嬢がうっとりした瞳でティアラローズを見つめると、オリヴィアは「そうでしょう」と頷く。


「本日はティアラローズ様のケーキもございますから、楽しく――あら?」

「オリヴィア様?」


 さあ、スイーツだ! というところで、オリヴィアが目を見開いて植えられている薔薇を見た。ティアラローズも一緒に視線を移すと、そこには森の妖精たちがいた。


『ティアラ~』

『遊びにきちゃった~』


 わらわらと、たくさんの森の妖精がやってきた。すぐティアラローズの周囲に陣取って、『あ、ティアラのお菓子!』と目をキラキラさせる。

 妖精たちは机の上に乗って、じいっとケーキを見つめている。


『おいしそう!』

『たべたーい!!』

「……っ!」


 嬉しそうに妖精たちがケーキをねだった瞬間、オリヴィアが息を呑みハンカチで口元――ではなく、鼻を押さえた。

 どうやら、いつもの発作(鼻血)のようだ。

 招待した令嬢たちがいることもあり、血を見られてしまう前にハンカチを当てたのは長年の技といっていいのだろうか。


「も、森の妖精たちがわたくしのお茶会に!? 可愛いですわ……っ」

「オリヴィア様!? お、落ち着いてくださいませ」


 ティアラローズが慌てて自分のハンカチも渡すが、オリヴィアの顔には『本望ですわ』と書かれているのが見てとれる。

 すぐにオリヴィアの執事であるレヴィが追加のハンカチを持ってくるも、その視線は妖精たちから動かない。


「レヴィ、森の妖精たちにケーキを取り分けてくださいませ」

「かしこまりました」



 優雅に一礼したのは、オリヴィアの執事のレヴィだ。

 鋭いローズレッドの瞳に、漆黒の髪。きっちりと執事服を着こなす姿は、とてもさまになっている。

 オリヴィアに心酔している優秀な執事なのだが、オリヴィア以外があまり視界に入っていないのが玉に瑕だろうか。



「どうぞ、森の妖精様がた」


 レヴィがケーキを切り分けると、妖精たちは嬉しそうに机に座って食べ始めた。その微笑ましい光景には、オリヴィアだけではなく二人の令嬢も胸をきゅんとさせる。


「素敵……森の妖精をこんな間近で見られるなんて……」

「森の妖精に祝福をいただいているのは、ティアラローズ様だけですから、わたくしたちはこうしてお姿を拝見できるだけでとても幸運なのです」


 森の妖精に会わせてくれてありがとうございますと、令嬢たちが微笑む。

 そんな令嬢たちに、森の妖精が「おいしいね~」と笑顔を見せるものだから、ティアラローズの株がどんどん上がっていく。

 その和やかな雰囲気にティアラローズは嬉しくなるが、オリヴィアがほんの少し寂しそうにしているように見えた。


「オリヴィア様、どうかされましたか?」


 鼻血はとまっているので一安心だけれど、もしかして痛みがあったり貧血でめまいが起きてしまったりしただのだろうか。

 ティアラローズが心配するも、オリヴィアは小さく首を振った。


「わたくしは妖精たちを近くで見る機会がほとんどありませんから、すごく嬉しいと思っていただけですわ」

「そうなんですか?」

「ええ、だってわたくしは続編の悪役令嬢ですから。妖精の祝福は、いただいていないんですのよ」

「……!」


 告げられた事実に、ティアラローズは口元を押さえる。

 自分も海の妖精たちに嫌われていたが、オリヴィアはすべての妖精に嫌われていたということだろうか。


 ――悪役令嬢、ツラっ!


 いけないと思いつつも、この場で項垂れたくなってしまう。


「気になさらないでくださいませ、ティアラローズ様。今、こうやって近くにいられるだけでわたくしとても幸せですか――っとと」


 そう言い終わる前に、オリヴィアは再びハンカチで鼻を押さえる。どうやら、今日の興奮はとまらないらしい。

 すると、ケーキを食べ終わった妖精がティアラローズの膝の上にやってきた。そして、先日と同じように『らんらん~』と楽しそうにうたい始めた。

 どうやら、今日も歌を披露してくれるようだ。


「まあ、可愛い」

「妖精がうたうなんて、今まで聞いたことがありませんわ。さすがはティアラローズ様です」

「わたくしも、最近初めて知ったのよ」


 ――でも、どうして歌を?


 妖精たちの歌を聴き終えてから、ティアラローズは聞いてみることにした。


「今日も素敵な歌をありがとう。でも、どうして歌をうたってくれたの?」


 もしかしたら、お菓子のお礼かもしれない。けれど、妖精たちは互いに顔を見合わせて楽しそうに笑うだけだ。


『ひゃ~! ないしょだよ』

『ひみつなの!』

「えぇ、秘密なんですか?」

『そうなの!』


 どうやら、教えてもらうことはできないらしい。

 うたう理由は教えてもらえなかったが、ティアラローズは妖精たちに歌を捧げられるという噂が国中に広まってしまいしばらく大変になるのはもう少し後のこと。



 ***



 オリヴィアのお茶会から数日、ラピスラズリへ帰省の日がやってきた。


「しばらく馬車で疲れるだろうから、休みたくなったらすぐに言うんだよ?」

「はい、アクア様」


 今回の日程は余裕を持っているため、途中の街に滞在する時間も多くとってある。なので、ティアラローズとしてはアクアスティードとたくさんデートが出来たらいいなと思っていたりする。

 ちなみに、ティアラローズは知らないけれどアクアスティードはすでにデートの計画を立てていたりする。


『ティアラ~』

『おでかけしちゃうの~?』


 馬車の前にいるティアラローズとアクアスティードを見つけた妖精たちがやってきて、しょんぼりした顔を見せる。


「ええ、ラピスラズリへ行くのよ」

『知ってる、ティアラが生まれたところでしょ?』

『前、王様に教えてもらった~!」

『はやく帰ってきてね~』


 妖精たちは寂しそうにしつつも、笑顔で『いってらっしゃい~』と言ってくれた。


『ティアラの好きなお花あげる~』

『あげる~』

「これはお菓子の材料に出来るお花だわ……! ありがとう」

『えへへ~』


 妖精たちは甘く食べられるお花をいっぱいティアラローズに渡し、満足そうに胸を張る。


「ありがとう、森の妖精たち。私からもお礼を言わせてくれ」


 アクアスティードももらった花に対する礼を告げて、妖精たちに微笑む。そして帰省したらすぐ、お菓子作りだろうなと考えてくすっと声に出して笑う。

 いや、もしかしたら道中で作ってしまう可能性もあるかもしれない。それどころか、味見するかも――なんて考えていると、「アクア様?」とティアラローズが名前を呼んだ。


「…………」

「どうかなさいましたか?」


 急に黙ってしまったアクアスティードを見て、ティアラローズは首を傾げる。


「……いや?」


 何でもないと言うような態度のアクアスティードだが、ティアラローズの持つ花を一つ手に取った。そのまま花びらを口に含むと、「甘いな」と言う。


「お菓子の材料になりますからね」


 くすくす笑うティアラローズに、アクアスティードは残った花びらをその口元へと持っていく。


「私が全部一人で食べるには甘すぎるから、半分こしよう?」

「……っ! アクア様、ここは外ですよ!?」


 ティアラローズの両手いっぱいに花があるので、受け取ることができない。それをわかっていて花びらを口元に持ってくるなんて、アクアスティードは確信犯だ。

 何度かやり取りをしつつも、最終的にはティアラローズが折れて食べさせられてしまうのだった。

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