15. やっぱり最後は甘いキスで
窓から朝日が差し込みアクアスティードが目を覚ますと、自分の腕枕で寝ているティアラローズに頬を緩ませる。
「気持ちよさそうに寝てる」
こうやってすぐに起こさず、寝顔を眺めているのが好きだったりする。
いったいどれくらいの時間が経っただろうか。五分、十分、いや、それ以上の時間、見つめていたかもしれない。
「ん……」
「起きた?」
「あくあ、さま?」
ティアラローズが何度か瞬きをして、眠たそうに目元を擦る。
起きなければいけないと思いつつ、大好きな人の腕の中はとても心地よくて、ずっとこのままくっついていたいと思ってしまうのだ。
「……あれ?」
「ん?」
「わたくし、いつの間に寝てしまったのでしょう……?」
サラマンダーに魔力を返してもらったところで記憶が途切れている。おそらく、そこで意識を失ってしまったのだろうということはわかる。
答えを求めてアクアスティードを見ると、優しく背中を撫でられた。
「魔力を返してもらったとき、体が熱を持って暖かかったから……子供ということもあって、そのまま寝ちゃったんだよ」
「そうだったんですね……ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて、そんなことはないよ。サラマンダー様のことも、サラヴィア陛下のことも、キースとパール様の協力もあってすべて上手くいった。ティアラが人一倍頑張ってくれたからだ」
アクアスティードはティアラローズを褒めるように、ぎゅっと抱きしめる。たくさん頭を撫でて、こめかみに優しいキス。
――あ、アクア様のキスだ。
嬉しい。
そう思ったのだが――あれ? と、とある疑問が頭に浮かぶ。いや、疑問でもなんでもない。
「わたくし子供のままじゃないですかっ!!」
「ティアラ、それは――」
確かに、確実に、サラマンダーから魔力を返してもらったはずなのに、一体どういうことなのか。だらだらと嫌な汗が背中に流れて、ティアラローズの心臓はまるで早鐘だ。
アクアスティードが横で何か話しかけているけれど、心音がうるさくてまったく頭に入ってこない。
「…………」
落ち着いて考えなければと、ティアラローズは深呼吸をする。
――魔力はちゃんと体に戻ってきてる。
それは感覚でわかる。
もしかしたら、もうしばらく休めば魔力が完全回復して大人に戻れるかもしれない。
それが駄目なら、国に帰ってクレイルかフェレスに尋ねればすんなり解決策を教えてくれる可能性だってある。
今はまだ、悲観する必要はないと自分に言い聞かせる。
でも、でも、大丈夫だと自分を励ましても……どっと不安が押し寄せてきてしまった。
「あくあさまぁ……っ!」
「ティアラ、大丈夫」
ぼろっと大粒の涙がティアラローズの瞳から溢れ落ち、「どうして」と首を振る。アクアスティードのフォローなんて、まるで耳に入っていない。
「全然、大丈夫ではないです! このままじゃ、アクア様にキスだってしてもらえないじゃないですかっ!」
「え……」
「魔力を返してもらったから、大人の姿に戻って、たくさんキスしてると思っていたのに。わたくしたち、きっとこんなにキスをしなかった期間なんて……初めてです」
本格的にぼろぼろ泣きだしたティアラローズを見て、不謹慎ではあるがアクアスティードは可愛いと思ってしまった。
もし子供ができたら、王子より姫がいいな……なんて考えてしまうほどには。
「ティアラ、大丈夫だから私を見て」
「ふ、うぅ……ちゃんと、見ています。でも、どうしても涙が止まらなくて……っ」
「ごめん。すぐに止めてあげるから、許して」
「……っ? どうやって――ん、っ」
アクアスティードは自分の腕の中へ閉じ込めたティアラローズの顎をすくって、そのぷっくりとした可愛らしい唇に口付けた。
ティアラローズが驚いて目を見開いたが、すぐに瞳を閉じてアクアスティードに身を任せてしまう。
最初は優しく、何回かついばむように口づけてくれる。
アクアスティードの腕はティアラローズが安心するよう、優しく背中を撫でてくれている。久しぶりの温もりが心地よく、幸せという気持ちで満たされていく。
――あんなに、頑なにキスしてくれなかったのに。
泣いている女にはキスをしてくれるのだろうか? なんて考える余裕が出来るほどには、ティアラローズも落ち着いてきた。
何度かキスを交わして唇を離すと、すっかりティアラローズの息は上がってしまった。
「はぁ、は……っ、え……?」
呼吸を整えている途中で、自分の体の変化に驚く。
アクアスティードにキスをされたときは子供の姿だったのに、ティアラローズはいつの間にか元の大人になっていたのだから。
どういうことかとアクアスティードを見ると、とびきり優しく微笑まれた。
「おかえり、ティアラ」
「――ただいまです、アクア様」
せっかく泣き止んだのに、今度は驚きと嬉しさと、それから幸せで涙が溢れてきてしまう。アクアスティードがそれを唇で受け止めて、目尻、頬、額、鼻と……順番にキスしていく。
「泣いてばかりで、忙しいね」
「うぅ……いろいろなことがありすぎて、止まりません。駄目ですか?」
「いや? ああでも、ティアラの泣き顔にはすごくそそられるから、ある意味困るね」
「――っ!」
アクアスティードの返しに、ティアラローズは一瞬で顔を耳まで真っ赤にさせる。なんて返事をすればいいかわからず、タオルケットに潜ってしまおうとして……自分の状況に目を見開いた。
「きゃっ、わたくしの服……というか布!?」
「子供から大人になったから、どうしてもね。元に戻ることを考えて、大きめの布を服の形になるよう、フィリーネにリボンで結んでもらってたんだ」
「そ、そうだったんですね。でも、そうですよね。子供の服のまま大人になってしまったら、大変ですもの……」
ああああ恥ずかしいと、冷静に返事をしながらもティアラローズの頭の中は大パニックだ。
大きめの布を纏っているだけの状態で、すぐ下には子供から元に戻った反動で解けてしまったリボン。まるでラッピングされていたけど開けられてしまったプレゼントの気分だ。
すぐに布を体に巻きつけて、ふうっと息をつく。
横ではアクアスティードが「そのままでもよかったのに」なんて、とんでもないことを言いながら笑っている。
「駄目です。……でも、どうしてこのタイミングで戻ったんでしょう?」
「そうだね……私のキス?」
「えっ!? で、でも……この前キスしたときは元に戻りませんでしたよ」
もちろんキスのお陰で元に戻ったのならばとてもロマンチックだけれど、試したことがあるので少し腑に落ちないのだ。
とても嬉しくはあるのだけれど……。
しかしその答えは、アクアスティードがくれた。
「この前は魔力がなかったからね。今は魔力が戻っていたから、きっと私のキスで戻ったんだよ。お姫様は、王子様のキスで元に戻るものだろう?」
「アクア様……」
今度こそ、ティアラローズは素直に頷いた。
確かにアクアスティードが言う通り、魔力の状況が違ったのだから、結果が違うのも当たり前なのだ。
――どうしよう、顔がにやけちゃう!
王子様のキスで元に戻してもらうなんて王道展開、どきどきしないでどうするのか。ティアラローズが嬉しそうにしていると、アクアスティードがもう一度キスをする。
「……さすがにいつまでもその格好だと、私も容赦しないよ?」
「え? ……っき、着替えてきます!」
ひどく楽しそうに笑うアクアスティードに、ティアラローズは真っ赤になる。そのまま急いで寝台から降りて、メインルームへ行ってしまった。
寝室に残されたのは、アクアスティード一人だ。
「本当に可愛いなぁ、ティアラは。キスの話もすっかり信じてくれて、いったいどれだけ私を虜にすれば気がすむのか……」
アクアスティードは手の中で光る赤色の宝石を転がしながら、寝台に寝転がった。
実は、先程ティアラローズがタイミングよく元に戻ったのにはちょっとしたからくりがある。
それは、ティアラローズがネックレスにして付けていた『サラマンダーの涙』だ。
ティアラローズが魔力を返してもらい寝てしまったあと、アクアスティードはサラマンダーから『その宝石を外すと元の姿に戻る』ということを教えられていたのだ。
前提条件として、寝て目覚めて以降……という制限もあったけれど。
サラマンダーの涙は、それを媒介としてティアラローズの魔力をサラマンダーに送り続けていたのだ。なので、付けている間は小さいままだった。
本当はすぐに外してあげようかとも思ったのだが、服のこともあって起きた後に説明をして元に戻る……という段取りにしていたのだ。けれど、ティアラローズが取り乱してしまったこともあり、急遽あのような方法になった。
これは、サラマンダー曰くロマンチックな方法らしい。
「ちゃんと説明をと思ったが、キスで戻ったことにしておいた方がいいかもしれないな」
わざわざカラクリを後から教える必要はないと、アクアスティードは判断する。そして寝台から起き上がり、ラフなシャツへ着替える。
「さて、と。ティアラと一緒に朝食にしようかな」
きっと今日は、サンドローズに来てから一番美味しい食事になるだろう。
だって、幸せいっぱいのティアラローズと食べるのだから。
これにて8章は終了です!
次の9章も、近いうちに更新できるよう頑張ります……! 書きたいことがいっぱいあって、迷いますね。
とりあえず次は、1巻からずっと放置していた問題をひとつ片付けたいと思います。