14. 炎と水の祭典:後編
サラヴィアが舞を終え、拍手喝采に包まれる。四方へ礼をし、この祭典への招待を受け入れたティアラローズたちへ感謝を述べた。
するとそのとき、サラヴィアの頭上に光が集まり……サラマンダーが姿を見せた。同時に、パールはティアラローズのすぐ後ろへと転移し姿を見せる。
転移後の位置をそれぞれ別の場所にしていたようだ。
「要望通り、サラマンダーを連れてきたが……どうするつもりじゃ? ティアラローズ」
「ありがとうございます、パール様。わたくしに出来ることは限られてしまうのですが……今日を逃したらサラマンダー様は眠りについてしまうのでお話出来ません」
なので悔いのないよう、話をするとティアラローズは微笑んだ。
サラヴィアの頭上にサラマンダーが現れたことにより、周囲にどよめきが広がる。
いったいあの妖艶な美女は何者なのか!? と。
この祭典がサラマンダーのために行うものだということは、最初にサラヴィアが説明をしたから参列している人間みなが知っているけれど、本当に実在していることは誰も知らない。
サラマンダーは艶やかな笑みを浮かべ、群衆など歯牙にもかけずサラヴィアだけを見た。
『われへ捧げる舞、しかと見させていただいたわ。……とても素敵』
「そのお言葉、光栄でございます」
サラヴィアがサラマンダーに跪いたのを見て、誰もがあの美女はサラマンダーだという結論に達する。まさか実在するなんて……と、誰もが驚いている。
そして同時に、この祭典をサラマンダー自らが見ていたという事実に感動を覚えた。
サラマンダーは民衆からの喝采を浴び、それはそれは美しく微笑んだ。
そしてそのまま宙から降りて、ティアラローズの下まで歩いてきた。
『われに話があるそうじゃない』
「……はい。お時間はあまりないと思いますので、失礼ではありますが率直に述べさせていただきます。わたくしの魔力は、差し上げます。ですが、子供の姿のままでは不便で困ります。何か、折衷案を設けませんか?」
図書館を調べても、キースたちに聞いても、サンドローズの人に話を聞いても……結局元に戻るための手がかりを得ることは出来なかった。
今日の祭典後にサラマンダーは眠りについてしまうため、タイムアウトだ。
「たとえば……わたくしの魔力が回復したら、サラマンダー様にもう一度お渡しします」
眠りにつくのが遅くなってもいいというのであれば、この方法がいいのではないかとティアラローズは考えた。
けれど、サラマンダーは首を振る。
『駄目よ。……でも、そうね。われを倒すことが出来たら、強さを認めてその折衷案を受け入れてあげてもいいわよ』
「た、倒す……ですか?」
『ええ。われはサラマンダー。戦闘を好む、火の精霊だもの』
どうする? と、サラマンダーがティアラローズのことを挑発する。
しかし残念ながら、ティアラローズは戦闘経験なんてないので、仮に戦ったとしても勝負は目に見えている。勝てるわけがないのだ。
「…………」
――いかにも弱そうなわたくしに、無茶が過ぎるわ。
勢いで受けてしまいたい気もするけれど、勝敗がすでに決まっているような勝負を受けるほどティアラローズも馬鹿ではない。
ティアラローズがどうしようか悩む隣では、アクアスティードが心配そうに見ている。
勝負云々は関係なく、ここは己が交渉を引き受けたほうがいいとアクアスティードは判断し、口を開こうとしたのだが、それより先にティアラローズが言葉を発した。
「わたくしは見た目の通り、ひ弱です。魔法は苦手ですし、剣などの武器も扱ったことはございません。わたくしと戦ったとして、サラマンダー様は楽しいのでしょうか?」
『確かに、貴女が勝てるとは思えないわね。われだって、別にいたぶるような趣味はないのよ? そうね、それなら……われが攻撃をするから、貴女はそれを避けるなり防ぐっていうのはどうかしら。無傷でやり過ごせたら、貴女の勝ち』
一発勝負、それなら悪くないのではないかと、サラマンダーは笑みを浮かべる。
その提案を聞き、確かにティアラローズは防御の方が得意だと納得する。しかしだからといって、サラマンダーの攻撃を防げるかはわからない。
――だって、見るからにボスクラスだもの!
もしここが乙女ゲームの世界だったら、サラマンダーがラスボスとして登場しても妥当な配置だと判断するだろう。
ティアラローズが返事を決めかねていると、サラマンダーは退屈そうに視線をずらして……アクアスティードを見つめた。
『どうせなら、われが勝ったら彼をもらおうかしら』
「な……っ!?」
サラマンダーはそう言うや否や、豊満な胸を見せつけるようにアクアスティードに目線を合わせる。ずいっと己の肢体をアピールするように、近付いていく。
「お戯れはいけません、サラマンダー様」
『あら、そんなことはないわ。われは今日で眠りにつくのだから、その前にいっときの夢を見てもいいと思わない?』
なんて、アクアスティードのことを誘惑する。
もちろんそれを微塵も許さないのが、ティアラローズだ。
「サラマンダー様! その勝負受けますから、アクア様にちょっかいを出さないでくださいませ!」
『あら、小さいのに頑張るつもりなの?』
てっきり尻尾を巻いて逃げるとばかり思っていたのにと、サラマンダーがくすくす笑う。
「言った言葉に二言はありませんね?」
『もちろんよ。われは誇り高きサラマンダー、一度口にした言葉を覆すことはしないもの』
二人の女の間に、バチバチと火花が散る。
魔力をかけた戦いなのだが、はたから見たらアクアスティードをかけた戦いにしか見えなくなってしまっているけれど……それはご愛嬌だろう。
しかしそれにストップをかけるのは、意中の的にされているアクアスティード本人だ。
「ティアラ、そんなことを許せるわけがないだろう。お願いだから、大人しく――」
「いいえ、アクア様。女には、どうしても戦わなければいけないときがあるのです。わたくしは絶対に勝ちますから、見守っててくださいませ」
有無を言わさぬ迫力で、ティアラローズは立ち上がる。
そしてアクアスティードが止めるのなんて聞かずに、サラマンダーの前へ立つ。
すると、さすがに様子を見ていたサラヴィアもこれはまずいとこちらにやってきた。
「サラマンダー、子猫ちゃん、そんな危険なことはよくない。争うようなことは、やめてくれ」
『この子はわれとの勝負を受けたのだもの、今更やめるなんてしないわ』
「駄目だ! 従来通り、俺の魔力で腹を満たしてくれ。この後、最後の奉納をするときに魔力を渡せばそれが可能だろう? だから、子猫ちゃんに魔力を返すんだ」
『嫌よ。言ったでしょう? われは、この子より貴方の方が大切だと』
だからその選択肢は初めからない。
サラヴィアはクソッと舌打ちをし、何もかも上手くいかないことに苛立ちをみせる。けれどそれを止めたのは、ティアラローズだ。
「皇帝たるもの、そのように取り乱してはいけませんよ。ほかの方が、不安になってしまいますから。それに……」
「それに?」
「わたくし、負けるつもりはございませんから」
ティアラローズそう宣言し、にっこり微笑んだ。
これはもう、どんなに止めてもやめないだろうとアクアスティードとサラヴィアがため息をつく。パールだけは、その様子を見ながら楽しそうにくすりと笑っているけれど。
サラヴィアはアクアスティードの横へ行き、一緒にティアラローズとサラマンダーを見る。
そして気になるのは、ティアラローズの力量だ。
「とんでもない子猫ちゃんだ。……んで、子猫ちゃんに勝算はあるのか?」
「正直に言えば、私もサラマンダー様の強さがわからないからな……。無理だと思ったが、ティアラも無茶はしないはずだから何か作戦があるんだろう」
「作戦ねぇ……」
そんなものは、サラマンダーの圧倒的な火の力の前には意味をなさないのではないかと、サラヴィアは思う。しかし同時に、何をやらかすかわからないティアラローズだということもあって、もしかしたら……という期待も脳裏をよぎる。
ティアラローズとサラマンダーは、先程サラヴィアが舞っていた舞台に上がった。そのまま端と端に立ち向かい合わせになる。二人の距離は、三十メートルといったところだろうか。
祭典を楽しんでいた招待客たちも、これから起こることに緊張しているようだ。辺りはしんと静まりかえり、全員がティアラローズたちに注目している。
勝負方法はいたって明確。
三十メートル離れた場所からサラマンダーが攻撃をし、それをティアラローズが受けるというもの。
攻撃が通ればサラマンダーの勝ち。
無傷であれば、ティアラローズの勝ちとなる。
アクアスティードは後ろに立つパールに、そっと声をかける。
「危ないと判断したら、勝ち負けに関わらずティアラを守ってほしい」
「……ほんにおぬしは心配性よの。まぁ見ておれ、結果はすぐにわかる」
パールの言葉と同時に、サラマンダーが唸りをあげて攻撃魔法をティアラローズに放った! 黒い炎が竜の姿を模して、ティアラローズへ一直線に進んでいく。
ごうっと風を切る音が、まるで竜が呻いているのではないかと錯覚してしまう。
「まさか、こんなにも強力な魔法を……っ! パール様、このままではティアラがっ!」
「ふん。あのような炎に、わらわの水が負けるわけなかろう?」
次の瞬間、黒い竜がティアラローズを飲み込むかのように突撃するかのように見えた。しかし触れる瞬間、それは飛散した。
『――っ!?』
間違いなくティアラローズを捉えたと思ったサラマンダーは、自分の魔法が消失したことに驚きを隠せない。いや、正確に言うのならば――蒸発だろうか。
炎の竜は、ティアラローズの周囲に薄く張られた水の膜にふれて、消えたのだ。
「わらわの祝福を受けたティアラローズに、炎が効くわけなかろう」
「なるほど、海の妖精王の祝福は……これほどまでに凄まじいのか」
想像していた以上だと、サラヴィアが息を呑む。
アクアスティードは、ティアラローズが無事だったことに心の底から安堵しほっとしている。
『まさか、われが負けるなんて思いもしなかったわ。貴女のこともそうだけれど、海の妖精王のことも、われはどこかで侮っていたのかもしれないわね』
先に宣言した通り、サラマンダーは自分の負けを潔く認めた。
勝負が決したところで、パラパラと空から雫が降り注いだ。晴れているのに雨? と、そう思ったけれど、これはサラマンダーとティアラローズの力がぶつかった衝撃で生まれた水蒸気の水だ。
どこからか、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「火と、水……」
「これがこの祭典の象徴か?」
「最初は問題でも起きたのかと思ったけれど、とても美しい催しだった」
「さすがは火と水の祭典だ」
見たものは全員、サラマンダーの火とティアラローズの水がこの祭典のことを表しているのだと言い出した。
まったくそんなことはないのだけれど……と、ティアラローズは苦笑する。
――でも、勘違いしてくれてるならその方がいいわよね?
ということで、単純に勝負をしていたということは都合よく伏せることにした。
「まったく、またやらかしたのかティアラ」
「キース! そういえば、キースもサラマンダー様を捜しに行っていたのよね?」
「いや、それはパールに任せて俺は準備をしてたんだ」
「準備?」
いったい何のことかわからずに、ティアラローズはサラマンダーと一緒に目を瞬かせる。
「説明するより見せた方がいいな。転移するぞ」
「わわっ!」
ティアラローズたちの返事を待つことなく、キースが転移魔法を使う。
強制的に転移させられたのは、ティアラローズ、サラマンダー、アクアスティード、サラヴィア、パールだ。
「ここは……サラマンダー様の神殿に続く道のある女神像?」
ティアラローズが転移した場所を告げるけれど、思わず確認してしまうくらいの変化が起こっている。
女神像の足元から、緑が芽吹いていた。
――しかもこの葉は……『ティアラローズの花』?
サンドローズの気候を考えると、到底育てるのは無理だと思っていたマリンフォレストの国花。
どうして? と思ったけれど、すぐにキースの仕業だということに気付く。こんな芸当を簡単にやってのけるのは、森の妖精王くらいだ。
アクアスティードも、ティアラローズの横に立ち驚いている。
「さすが、という言葉しか出ないな」
『? どういうことなの?』
ティアラローズとアクアスティードは葉を見ただけでこの植物の名前がわかるけれど、サラマンダーとサラヴィアはわからず首を傾げている。
「あとはわらわに任せるがよい」
「パール様?」
ざぷんと音を立てて、パールが女神像の周囲にある水辺へ足を踏み入れる。色鮮やかなドレスが水に浮き、ゆっくり女神像の前へいく。
そして扇を下から上に仰ぎ、水面に風を当てて揺らすと――きらきらと、輝きはじめた。
するとどうだろうか、女神像の下からほんの少しだけ芽吹いていただけなのに、にょきにょきと成長を始めた。
「これは……水にパール様の魔力が浸透したのか」
「その通りじゃ。見るがよい、マリンフォレストの誇る蕾が、今花ひらく――!」
パールの言葉とともに、蕾が弾けピンク色の大輪が姿を見せた。
そう、ティアラローズの花だ。
女神像に寄り添うように咲いた花は、女神像よりもさらに下――地中を通り越し、サラマンダーの寝床までその根を伸ばす。
花は癒しをほどこす聖女のように、淡い光で優しく女神を包み込んだ。
サラヴィアがこの光景を見て、ごくりと唾を飲む。
「この花は、ティアラローズの花か。まさか俺の国で咲いているところを見るなんて、思いもしなかった」
なんて幻想的なのかと、もっと近くで見たくて無意識のうちに水辺へ入り、サラヴィアはティアラローズの花へ触れた。
そして気付く。
「この花は、子猫ちゃんと同じ波長の魔力を持っているのか?」
サラヴィアが口にした疑問に答えたのは、キースだ。
「ああ。この花はティアラの魔力で生まれた花だから、同じ魔力波長を含んでる」
「して、ここからが本題じゃ。のう、サラマンダー。この花はおぬしの寝床まで根を張り、わずかだが魔力を送り続けることが出来る。それを腹の足しにしてはどうじゃ?」
『なるほど、海の妖精王が言っていたのは、このことだったのね。……いいわ。われは無様に負けてしまったのだから、この提案を受け入れましょう』
サラマンダーはスッキリした顔で笑い、ティアラローズとアクアスティードの下へいく。それを見たサラヴィアも、慌ててサラマンダーを追いかけて横へ並んだ。
『約束通り、われが奪った魔力は半分ティアラローズに返すわ。この花に魔力をもらいながら、お腹いっぱいになるのを待つの。たまにはすぐに眠らないで、サンドローズを見守るのもいいと思うから』
「はい。わたくしたちの提案を受け入れていただいて、ありがとうございます。サラマンダー様」
ティアラローズが優雅に礼をすると、サラマンダーはくすりと笑って右手を差し出してきた。
『われは上品にするのが、実は苦手なのよ。だから、われからの礼はこれでいいかしら?』
その言葉に一瞬きょとんとするが、ティアラローズはすぐに笑顔を作り頷く。そしてサラマンダーの手をぎゅっと握りしめて、固い握手を結ぶ。
「もちろんです、サラマンダー様!」
『ありがとう、ティアラローズ。貴女はとても気高い王妃ね』
こうして一段落したところで、今後のことに関してサラマンダーから提案がなされた。
『花から魔力を得られるといっても、その量は僅かで足りないわ。だからサラヴィア、貴方に魔力が多いか、もしくはたくさんの子供が生まれ育ったらわれに魔力をちょうだいね』
「ああ。時間はかかってしまうが、必ず守ると約束しよう」
『われにとって人間の時間なんてあっという間ですもの。サラヴィアの子供なら、いくらでも待ってあげるわ』
ティアラローズたちが証人となり、サラマンダーとサラヴィアが約束を交わした。
以降、サラヴィアの魔力を水辺になじませ、ティアラローズの花をきちんと育てていくことも快諾してもらう。
「次はわたくしの番ですね」
やっと、これで元の姿に戻ることが出来る。
すぐにでも大人に戻りたい。そして、アクアスティードにちゃんとキスをしてもらいたい……なんて、この場では口が裂けても言えないけれど。
『ティアラローズ、手を』
「はい」
言われた通りに手を差し出すと、サラマンダーがティアラローズの前に跪いた。そして手の甲に額を当て、奪っていた魔力を少しずつ返していく。
ティアラローズの体は戻ってきた魔力に反応して、ほのかに熱を持つ。ほかほかしてくるので、子供の体はどんどんと眠くなってしまう。
うとうとしてきてしまったティアラローズの背中を、アクアスティードが優しく支える。
サラマンダーが半分の魔力を返したころには、すっかりティアラローズは夢の中だ。
アクアスティードは起こした方がいいだろうかと考えたが、きっといろいろあって疲れているだろうとそのまま寝かせてあげることにして抱き上げた。
『目が覚めた頃には、返した魔力が全身に巡って体も大人の姿に戻るから安心してちょうだい』
「わかりました。ありがとうございます、サラマンダー様」
『いいのよ。われこそ、感謝してもしきれないもの。こんなにいい男がティアラローズのものだなんて、なんだか妬けてしまうわね。……迷惑をかけたお詫びに、一つ教えて差し上げるわ』
そう言って、サラマンダーはアクアスティードへそっとあることを耳打ちする。
「……それはまた、ロマンチックですね」
ティアラローズが目を覚ますのが、今からとても楽しみだ。