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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第8章 巫女の舞と静かな望み
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10. サラヴィアの謝罪と提案

 サラマンダーとの話し合いを終え、パールと別れ、ティアラローズは自室へと戻る。

 するとそこには、ティアラローズの帰りを待ってくれていたアクアスティードがいた。夫婦なので、同じ部屋を使うようだ。


「お帰り、ティアラ。表情が優れないけど……」

「アクア様……」


 ティアラローズは、先程サラマンダーが話してくれたことを思い出して口を噤む。さすがに、そう簡単に口に出せる内容ではない。


 ――まさかわたくしに魔力を返すと、サラヴィア陛下が命を落とすなんて。

 そんなこと絶対に受け入れられないし、怖くて口に出すことすら難しい。そんなティアラローズを見て、アクアスティードは何かを察したのだろう。

 それ以上追求することなく、そっとティアラローズを抱き上げた。


「フィリーネに飲み物とお菓子を用意してもらおうか。女同士の話合いで、疲れているだろう?」

「……はい。そうですよね、疲れたときにはスイーツですね!」


 アクアスティードがベルを鳴らして、フィリーネを呼んで飲み物と軽食類を頼んだ。




 落ち着くようにと、フィリーネが温かい紅茶を用意してくれた。

 それから野菜、フルーツのサンドイッチ。デザートとしてゼリー。それ以外にも、ティアラローズのためにマドレーヌとクッキーが用意された。


 まず食べるのは、サンドイッチではなくマドレーヌ。

 疲れているので、スイーツ、軽食、スイーツのサンドイッチ作戦だ。


「子供の姿になって、さらにお菓子が好きになったんじゃない?」

「う……確かにそうかもしれません。普段と比べると、なんだか感情を抑えるのが難しいです」

「まあ、それは仕方がないよ。感情を表に出すのだって、子供の大切な仕事の一つだ」


 アクアスティードの言葉に頷きつつも、中身は大人なんですけどね……と、ティアラローズは苦笑する。


 マドレーヌを平らげたティアラローズは、生クリームとフルーツサンドイッチに手を伸ばす。ほのかな甘みとフルーツの酸味が合わさって、大満足の味になっている。

 嬉しそうに食べていると、アクアスティードの指先が「ついてるよ」と頬に触れた。どうやら、口元に生クリームが付いていたらしい。


「あっ! ありがとうございます」

「どういたしまして」


 くすりと微笑む、アクアスティードはじっとティアラローズのことを見つめる。


 ――なんだか食べづらい……。


「アクア様、わたくしを見過ぎではないですか?」

「そうかな? ずっとティアラと離れてたんだから、仕方ない」

「!」


 そう言われてしまっては、ティアラローズも否定出来ない。ティアラローズだって、アクアスティードのことをずっと見ていられるなら眺めていたいくらいなのに。

 けれど、それをさらっと言葉にしてくれるのはずるいと思う。


「わたくしだって、アクア様と離れ離れになっているのは寂しかったんですよ」

「うん」


 ティアラローズはサンドイッチをお皿の上に置いて、顔を赤くしながらアクアスティードを上目遣いで見る。子供になってしまったので、同じ目線ではないのでなんだか新鮮だ。


 ――下から覗き込んでも、アクア様は格好いい……。

 思わずきゅんとときめいてしまったのは、内緒だ。


 そのままアクアスティードの腰にぎゅっと抱きつくと、優しい両腕が抱きしめ返してくれる。それが嬉しくて、ティアラローズはふにゃりと笑う。


「ティアラは小さくなっても可愛いね。目に入れても痛くないと言うけど、今なら納得出来そうだ」

「そんなこと言われたら、恥ずかしいです」


 アクアスティードが楽しそうにハニーピンクのツインテールに触れて、「新鮮だね」とくるくる指で絡める。


「これは、フィリーネがっ! わたくしはちょっと子供っぽいかなとか、思ったんですが……」

「フィリーネは腕がいいね。今は子供だし、とても似合ってるけど」

「そ、そうですか?」


 ちょっと恥ずかしかったけれど、褒めてくれるのならばいいかとティアラローズははにかむ。そしてソファから立ち上がり、ドレスの裾をつまんでくるりと回転してみせた。

 その愛らしさに、アクアスティードの頬が緩んだのは言うまでもないだろう。


「この海のドレスは、パール様が用意してくださったんですよ」

「パール様が? 確かに、サンドローズにあるタイプのドレスではないね」


 ティアラローズはアクアスティードの隣に座りなおして、自分の行動に少し照れる。

 その様子がアクアスティードのツボにはまったのか、いい子いい子と頭をめいっぱい撫でられる。それが心地よくて、ティアラローズは目を細める。


 ――キスしてほしいな。

 なんて思ってしまったのも、きっと仕方がないだろう。それに、いつもアクアスティードはこういったタイミングで必ず口づけをしてくれるのだ。

 期待しない方がおかしい。


 そう思っていたのだけれど……。


「そういえば、あとでサラヴィア陛下が来ると言っていたよ」

「え?」


 まったく違う話題を振られてしまい、素っ頓狂な声をあげてしまったのも仕方がないだろう。キスしてくれないんですか? と、自分から聞くわけにもいかず……ティアラローズはもやもやしつつも頷いた。


「でも、どういった要件でしょう? わたくしがサラマンダー様と退室したあと、サラヴィア陛下と何か話をされたんですか?」

「簡単な挨拶と、滞在スケジュールのことを少しだけね。今回の件に関しては、キースに話を聞いたし特に」

「そうでしたか……」


 それでますますわからないと思いつつ、ちょうどタイミングよくノックの音が響いた。


「来たみたいだ。私が出るから、ティアラは座ってまってて」

「はい」


 アクアスティードが立ち上がるのを見て、ティアラローズは紅茶を飲む。せっかくアクアスティードといい雰囲気になれたかもしれないのに……と、ほんのちょっとだけ残念に思う。

 もちろん、サラヴィアが何か話があるというのであれば、今回の件に関してだと思うので断ることは出来ない。



 対応したアクアスティードが、サラヴィアと一緒に戻ってきた。


「やあ、子猫ちゃん。サラマンダーと女の戦いをしたんだろう? どうだったの」

「どうもありません。……それよりも、何かありましたか?」

「……そうだね」


 サラヴィアはティアラローズをじっと見つめ、すっと九十度に頭を下げた。


「本当に、ティアラローズには申し訳ないことをしてしまったと思っている。サラマンダーには、きちんと魔力を返すように私から頼む。二人の手は煩わせない」

「サラヴィア陛下……そんな、突然……」


 つい先ほどまでは、アクアスティードが交渉材料を提示するという話だったのに。ティアラローズは心配げにサラヴィアを見るが、帰ってくるのは笑みだけだった。


 ――でも、それをしたらサラヴィア陛下が死んでしまうんじゃないの?

 この男は、それを承知で言っているのだろうか。


「…………」


 ティアラローズがじっとサラヴィアの赤色の目を見て見るが、その瞳から彼の感情は読めない。いや、読ませようとはしていないのだろう。

 覚悟をした男の目なのだろうと、そう思ってしまった。


「アクアを守るために、サラマンダーに喧嘩を売る勢いの子猫ちゃんを見て……俺もこのままじゃ駄目だと思ったんだ。一番頑張らないといけないのは俺なのに、これじゃあ格好悪いだろう?」


 だから自分ですべてどうにかすると決めたのだと、サラヴィアは言う。


「まぁ、もともとはサンドローズの問題だから私は構わないが……協力が必要であれば、手を貸すくらいはするさ」

「十分だ。感謝する、アクア」


 アクアスティードは魔力に関する事情を知らないこともあり、サラヴィアの気持ちを汲んで二つ返事で頷いた。

 けれど、ティアラローズは理由を知ってしまっている。

 サラヴィアは生まれ持った魔力量が少ないため、サラマンダーが再び眠るための魔力を与えたら……自分の魔力がすべてなくなり死んでしまうというのに。

 いや、正確にはその可能性が高い……という話だったけれど、ティアラローズにとってはどちらも似たようなものだ。危険なことに変わりはない。


 おそらく、ここでティアラローズが頷いたらサラヴィアは死を覚悟し、サラマンダーに己の魔力すべてを渡すのだろう。


 ――そんなの、事情を知ってしまったら承諾出来るわけないのに。

 ティアラローズは全員が助かる道はないのか模索する。けれど、時間的な猶予はあまりない。四日後には、もう炎と水の祭典があるのだから。

 この祭りが終わると、サラマンダーは眠りにつくのだと……先ほど話をしたときに教えてもらった。


 だから、ティアラローズは声を荒らげ宣言した。


「反対です! 魔力はサラマンダー様に渡したままで、わたくしが元に戻る方法を探しましょう!」

「――は?」


 まさかそんな返答がくるとは思わなかったのだろう。サラヴィアは目を見開いて、いったいどう言うつもりだと告げる。

 アクアスティードは、頭に手をついてため息をついた。



 ***



 宮殿にある女神像は、以前サラマンダーを象徴して作られた。

 そこに魔力を注ぐことが出来るのは、代々サンドローズの王族だけに受け継がれてきた。以前は何人もいた王族も、今ではサラヴィアたった一人。


 サラマンダーとティアラローズの女の話し合いから時間が経ち、今は夜も更けようとしていた。


『俺の魔力を受け入れろ……ね』


 女神像の上に座ったサラマンダーは、つい先ほどサラヴィアと話したことを呟いた。


「なんだ、俺の魔力はそんなに不服か? サラマンダー」

『サラヴィア!』

「よう。星でも見てるのか? ……確かに今日は、天気がいい」


 ここ最近の天気がいいのは、サラマンダーの加護かな、なんてサラヴィアが笑う。

 ばしゃんと水辺に足を踏み入れ、サラヴィアがサラマンダーのいる女神像の下まで行く。サラヴィアが像に軽く寄りかかると、少しの沈黙が流れる。


 二人無言で夜空を見て、それからゆっくりとサラヴィアが口を開いた。


「ティアラローズには、断られたよ」

『われに魔力を与えることを、ね。死んでしまうのだから、その判断に感謝したらいいじゃないの』

「しかしその前に、俺はサンドローズの王族だ。責務を果たさないと、格好悪いだろ?」


 ティアラローズに叱咤されて、彼女の誇りを垣間見たような気がした。

 誰かを、ティアラローズを利用してサラマンダーの魔力を得ることが、なんだか恥ずかしくなってしまったのだ。それならば、潔く死んだ方がまだ王らしい。

 けれど、そんなことはサラマンダーには通じない。


『馬鹿なことを言わないでちょうだい。われは、それでいいと思っているわ。貴方は確かに王かもしれないけれど、まずは死なないために足掻きなさい!』

「サラマンダー……」

『われは、あなたが死ぬことだけは許容出来ない! 他国でもなんでも、利用できるものは利用しなさいよ! われの魔力波長に合う人間なんて、あの女を除いたらいないわ! それくらい、今回のことは奇跡的なことなのよ』


 火の精霊サラマンダーの魔力と波長が合うのは、サンドローズの王族だけ。もしいたとしても、それはきっと天文学的な、本当にわずかな確率だろう。


『お願いよ、どうか自ら進んで死のうとしないで。われは、サラヴィア……貴方に死んでほしくはない。生きててほしいのよ』


 それくらいわかりなさいと、ぐっと涙を堪えてサラマンダーが叫ぶ。

 女神像から下り、サラマンダーは感情的になってサラヴィアを水辺に押し倒す。きらきらと水しぶきが舞って濡れるが、そんなことはお構いなしだ。


 サラヴィアはサラマンダーの行動に驚きつつも、自分の意思を変えるつもりはない。首を振って拒絶の意思を示そうとしたのだが、それよりも先に頬に小さな粒が落ちてきた。


「サラマンダー、お前……」

『お願いよ。ティアラローズを犠牲にしてでも、生きて。われのために自分を犠牲になんて、しないで』


 サラマンダーの瞳からぽろぽろこぼれ落ちたのは、サラマンダーの涙だ。滅多に見ることは出来ない、貴重な宝石。

 サンドローズの宮殿にだって、ティアラローズに贈ったたった一つしか存在していない代物だったのに。


『……われが泣いたのは、二回めよ。この言葉の意味が、あなたにわかるかしら……サラヴィア』

「ああ……痛いほどわかる。サラマンダー、そんなに俺のことを好いてくれていたんだな」


 嬉しいよ――そう言って、サラヴィアはのしかかっているサラマンダーに両手を伸ばす。泣いている目元に触れて、目を細める。


「サラマンダーの涙は、こんなにも美しいんだな」


 生まれくる宝石は、今まで持っていたものより、何倍も、何十倍も神秘的だった。目を離せと言われても、きっと無理だ。

 ずっと見続けてしまいたくなると、サラヴィアは思う。


 けれど、サラマンダーの反応はサラヴィアの予想とは違うものだった。


『調子に乗らないでちょうだい。確かにサラヴィアは美しいけれど、われから見たらまだまだ子供だもの』

「な……っ、アクアにはいいよってたくせに、俺は駄目なのかよ」

『当たり前じゃない。あの男前とサラヴィアはまったく違うもの』

「そうかよ……」


 さっきのあれは愛の告白だとばかり思っていたが、どうやら違ったようだ。サラヴィアは頭をかきながら、サラマンダーと一緒に起き上がる。


「とりあえず、子猫ちゃんには拒否られちゃったからな。もう少し、俺が死なない方法も模索してみるよ。……じゃないと、イゼットにも怒られるからな」

『いい側近じゃないの』

「そうだな。家族には恵まれてないかもしれないが、周りの人間とはいい縁があると思ってるよ」


 それにはとても感謝しているのだと、サラヴィアは優しく微笑んだ。

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