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悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される  作者: ぷにちゃん
第8章 巫女の舞と静かな望み
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7. 腹ペコのサラマンダー

「はぁ、やっぱりこうなると思ったんだよな」

「ご、ごめんなさい。勝手に決めてしまって……」


 ため息をついたキースの声が、広い通路へと響く。

 それにすぐ返事をするのは、申し訳なくしゅんとしているティアラローズの声。



 ここは砂漠の地層がサラマンダーの熱を受けて変質し、特殊な鉱石となって出来あがった地下神殿。――そう、ここはサラマンダーの寝床へ続く道だ。

 壁や床からは、砂漠でしか見ることの出来ない砂漠の薔薇が咲く。その砂漠の薔薇が淡く光り、広い通路を明るく照らしている。



 ティアラローズ、キース、サラヴィアの三人で、女神像の下に隠された秘密の入り口からサラマンダーの寝床へ向かっているところだ。

 サラヴィアの魔力だけでは足りないので、ティアラローズが協力して魔力を与えることにした。


 大変ありがたいけど……と、サラヴィアがティアラローズを見る。


「でも、アクアが知ったら怒るんじゃない?」

「うっ……。それは、でも……人助けですから、わかってくださいます」


 大丈夫、アクアスティードはそんなに心の狭い人間ではない。ティアラローズがそう頷くが、キースが横から茶々を入れてくる。


「あとで盛大に怒られてろ」

「そんな意地悪を言わないで……あ、もしかしてあの扉の先にサラマンダー様がいるのかしら?」


 しばらく歩いていたティアラローズたちの前に、豪華な扉が姿を現した。火のトカゲをモチーフにし、赤色の宝石が両サイドに並べられている。


 ティアラローズが足を止めると、サラヴィアがその扉へ手をかけた。


「念のため確認するが、ここを開けたらもう戻れない。いいのか?」

「ええ。サラマンダー様は、魔力がないと再び眠りにつけないんでしょう? わたくしに協力出来るなら、喜んで力を貸すわ」

「わかった」


 サラマンダーの状態は、言うなれば冬眠している動物のようなものだ。

 普段は眠り、目が覚めると、また眠るために必要な魔力を得て冬眠に入る。自然の摂理のようなものだと、ここへ来るときにサラヴィアが教えてくれた。



 ゆっくり扉を開くと、広間が眼前に広がった。

 円形の部屋の隅には松明が灯り、部屋の中を照らしている。上へ視線を向けると、ドーム型の天井には星空。どうやら、実際の空が見えるように魔法が施されているようだ。

 そして中央には祭壇があり、その上に置かれた籠に敷き布が詰められて――小さなトカゲが丸まって寝ていた。



「サラマンダー様……?」


 てっきりキースたち妖精王のように人間の姿を取っていると思っていたティアラローズは、目を瞬かせる。サラマンダー当人なのか、確認するようにキースとサラヴィアへ視線を向けた。


「ああ、あれがサラマンダーだよ」

「確かに、火の魔力を感じるが……弱いな」


 サラヴィアが肯定し、キースも納得する。

 けれど、サラマンダーに魔力があまりないと告げて、サラヴィアを見た。


「俺の魔力が少ないから、あまり与えられなかったんだ」

「あの女神像を通して、サラマンダー様に魔力を与えていたんですよね?」

「ああ。サラマンダーへ魔力を渡す方法は、何通りかあるんだ。あの女神像が、一番渡しやすいっていうだけで」


 今のように、直接サラマンダーに魔力を与える方法。

 女神像を経由して魔力を与える方法。

 いろいろあるのだなと、ティアラローズは感心する。王族が代々忘れないように、しっかり情報管理をしてきたのだろう。


 ――でも、本当にわたくしの魔力で大丈夫かしら?

 サラヴィアには問題ないと言われたけれど、実際にサラマンダーに会って拒否されてしまったらどうしようという不安が起こる。


 どきどきしていると、人の気配を感じたらしいサラマンダーが目を覚ました。小さなトカゲの瞳がきょろきょろと動いて、こちらを見てくる。

 キースは「起きたか」と呟いて、やれやれと肩をすくめた。


「王族がちゃんとしてれば、ティアラが巻き込まれることはなかったのにな」

「はは、返す言葉もありませんね」


 苦笑するサラヴィアに、キースは「んで?」と疑問を投げる。


「ティアラが魔力を与えるのなら、もちろんその見返りはあるんだろうな。なあなあで魔力を貰いでもしたら、アクアはもちろん俺だって許さないぜ?」

「あ、そういえば何も決めてなかった……」


 キースの言葉を聞いて、ティアラローズはうっかりしていたと自分を叱咤する。

 人助けだから協力を申し出はしたけれど、これは国の問題なのだ。さすがにこちらにメリットがないというのは、王妃として確かに安直な行動だったかもしれない。

 がっぽり見返りをよこせとは言わないけれど、マリンフォレストに何かしらのメリットがほしいところだ。


 サラヴィアはくすりと笑う。


「いいよ。ローズが望むものなら、なんでも用意しよう」

「えっ、いえ、そこまで望むものがあるわけではないんですが……」


 この件はアクアスティードへ一任してしまうのがよさそうだと、ティアラローズは思う。


「それはアクア様が来てから決めます。報酬の後だしのようになってしまいますが……」

「構わないさ。アクアが無茶な要求をしないことくらい、わかってるさ」

「はい」


 簡単に話がまとまると、サラマンダーが籠の中から飛び出してティアラローズたちの前にやってきた。

 赤色の皮膚には鱗があり、トカゲに見えるがドラゴンにも近い存在なのかもしれない。サラヴィア、ティアラローズ、キースの足元へ行き、その匂いを嗅ぐように何かを確認している。

 その中でもティアラローズのことが気に入ったのか、サラマンダーが足に纏わり付いた。


「わわっ! えっと、わたくしはどうしたら……!?」


 まさかこんなに懐かれるなんて、思ってもみなかった。

 焦るティアラローズに、サラヴィアはなんだか嬉しそうにしている。サラマンダーが元気なことを確認出来て、安堵したのかもしれない。


『とてもいい魔力の波長。われにくれるのか?』

「喋っ……!? あ、わたくしはティアラローズ・ラピス・マリンフォレストと申します。サラヴィア陛下に協力を申し出まして、サラマンダー様に魔力をお分けできたら……と」

『ほぅ、そうか! 先程サラヴィアの魔力を感じたが、われの体を維持するためにはまったく足りぬのだ』


 やっぱりサラヴィアの魔力では足りなかったようだ。


『われは腹ペコじゃ! このままでは、力を制御するための魔力が足りずこの地が灼熱になってしまうぞ』

「そ、それは大変じゃないですか!!」


 サラマンダーが再び眠らないとどうなるのだろうと考えていたが、まさかそこまで酷い惨状になるとは……! ティアラローズは声を荒らげて、サラヴィアを睨みつけるように見る。


「どうしてもっと早く助けを求めなかったのですか! サラヴィア陛下のことだから、わたくしにこの宝石を贈ってくださった段階でわかっていたのでしょう!?」


 サラマンダーの力が暴走してサンドローズが灼熱に包まれたら、この地に人が住めなくなってしまう。最悪、タイミングが悪ければ死者だって出てしまうかもしれない。

 王族としての責務を一人で果たすことが出来ないのであれば、利用出来るものは利用しないでどうするのかとティアラローズは憤慨する。


 普段とは違う剣幕のティアラローズに、サラヴィアは思わずぽかんとする。

 そして同時に、自分のためにここまで心配し叱咤してくれることをありがたいなと感謝の気持ちを持つ。


「一応、俺にだって奥の手はあるんだ」

「奥の手? なんとかなる、ってことですか?」

「まあな。ただ、俺は生まれつき魔力が少ないから……正直に言うと厳しいけどな」


 サラヴィアの言葉を聞いて、なるほど……とティアラローズは納得する。

 最悪の場合にどうにか解決する手段を持っているのであれば、可能な限り己でどうにかしようというのは理解出来る。

 ただ、それで目の前で倒れられたらティアラローズとしてはたまったものではないけれど。


 ティアラローズとサラヴィアが話をしていると、宙に浮いたサラマンダーがつまらなさそうに尻尾を振る。


『われは腹ペコじゃ。ティアラローズとやらは結局、魔力を食わせてくれるのか?』

「えーっと……サラヴィア陛下がいますので、わたくしからは少しだけ」


 それならきっと問題ないだろうと、ティアラローズはキースを見る。


「そもそも俺は反対なんだけどな。……まあ、判断はティアラに任せる。別にお前が死ぬわけじゃないから、自由にしろ」

「そう? なら、予定通りわたくしの魔力をサラマンダー様にお渡ししますね」


 これでサンドローズが灼熱になってしまったり、サラヴィアが無理をして倒れてしまうこともなくなるだろう。


「どうぞ、サラマンダー様」

『うむ』


 ティアラローズがサラマンダーの小さな手に触れて、ゆっくり自分の中にある魔力を渡していく。

 目を閉じると、生まれてから今までの魔力の変化を感じることが出来る。

 悪役令嬢ということもあって、元々ティアラローズはそんなに扱える魔力が多くはなかったし、魔法も苦手な部類に入る。

 けれど、マリンフォレストへやって来て妖精とその王に祝福され、気付かない内に魔力が増えていたのだ。実は今ではメインキャラクターに引けを取らないくらいの魔力量を秘めているのだ。


 サラマンダーは尻尾を揺らし、ティアラローズの魔力にご満悦のようだ。


 ぐんぐん魔力を吸われ、さすがに奪いすぎではないだろうか……と、ティアラローズは戸惑う。最初に少しと伝えたはずなんだけどと、苦笑する。


「サラマンダー様、そろそろ……」

『ん? だが、もう少しで満腹になりそうだから……えいっ!』

「きゃぁっ!」

「ティアラ!?」


 あまりにティアラローズの魔力が美味しかったからか、サラマンダーが一気にティアラローズの魔力を奪いにかかった。

 すぐさまキースがティアラローズの手を取って自分の方へ引き寄せて助けるのだが――一歩、遅かった。


「――っ!? 嘘、なんで……っ!」

「くそっ!」


 魔力を奪われすぎてしまった反動から、ティアラローズの体がみるみる内に小さくなってしまった。その姿は美しい女性から、可愛らしい六歳ほどの子供になってしまった。

 大きな瞳はぱっちりしており、小さな手はもっちりしていて触り心地がよさそうだ。体が縮んでしまったため、着ていた砂漠のドレスの布部分を体に巻きつける。


 ティアラローズはキースに抱きかかえられながら、「どうなってるの!?」と涙目になってしまう。


「魔力を吸い尽くされて朽ち果てるよりはいいだろうが」

「そ、そんなに大変な状況だったの!?」

「ああ。魔力を吸い尽くされて死ぬ前に、体を作ってる基礎の部分を魔力として補ったんだろう」


 だからサラマンダーに好き放題魔力を吸われても無事だったのだと、恐ろしい事実をキースに告げられた。


「それにしても――こんなに魔力を与えるなんて、ティアラは言わなかったはずだがな? サラマンダー」

『……いいじゃない。美味しい魔力が目の前にあったら、食べたくなってしまうもの』


 キースが睨みつけた先にいたのは、小さなトカゲではなかった。

 ティアラローズとは真逆で、サラマンダーは妖艶な美女の姿になっていたのだ。



 火の精霊、サラマンダー。

 褐色の肌と、ルビーのように美しく強い瞳。一つに結ばれた赤の髪は、きらきら輝いて燃えているのではないかと錯覚してしまうほど。

 露出度の高い砂漠のドレスは、細やかでいてふっくらした女性的な彼女の肢体をより強調させる。男でなくとも、目が釘付けになってしまう。



 サラマンダーは口元を弧に描き、『お腹いっぱいだわ』と言ってのけた。

 それを見て、ティアラローズはどうしたらいいかわからず困惑する。


 ――お腹が膨れたってことは、とりあえずサンドローズ滅亡は免れたのよね?

 しかし、今は自分の姿がちゃんと大人に戻るのかという問題が残っている。休んで魔力が回復すれば大人になるのか、それとも何かしないといけないのか。

 ティアラローズは不安になって、キースを見る。


「……おい、サラマンダー。奪った魔力を返せ。ティアラがこの姿のままだと、困るだろう」

『嫌よ! われはお腹いっぱいになったのに、また腹ペコになんてなりたくないもの』

「魔力なら、祭典までサラヴィアが与えるだろう。それで我慢しろ」

『い・や!』


 キースが怒気を含ませた声で告げるも、サラマンダーはそっぽを向く。そしてそのまま、この場からパッと姿を消してしまった。


「――っ!?」

「チッ、転移したか……」


 驚くティアラローズと、舌打ちをするキース。

 残ったサラヴィアはといえば、想定していたらしいこと以上になってしまったようで、頭を抱えている。


「まさか、こんなことになるなんてな。……小さな子猫ちゃんも可愛いね」

「ふざけないでくださいませ、サラヴィア陛下! サラマンダー様はどこかへ行ってしまいましたが、どうすれば……」

「祭典には顔を出すから、最悪そこで会うことは出来る。……子猫ちゃんは寝て休んで魔力が回復したら元に戻るのか、それともサラマンダーに魔力を返してもらわないといけないのか」


 現時点ではわからないと、サラヴィアが告げる。それはキースも同様なようで、嫌そうにしながらも頷いた。


「ひとまず部屋に戻るぞ」

「きゃっ!」


 そう一言告げて、キースはティアラローズだけを連れて部屋へ転移した。



 ***



 怒涛の展開のうちに、外はすっかり暗闇となり、気付けば誰もが眠る深夜になっていた。

 しかしキースはそんなことはお構いなしで、ティアラローズの部屋へ転移するなりパール、フィリーネ、エリオットの三人を呼んだ。


「ティアラローズ様、一体なにが――ティアラローズ様?」


 まっさきに部屋へやってきたフィリーネが涙目になりながら声を荒らげたが、自分の主人の姿がないので戸惑う。

 てっきりキースと一緒に帰ってきたとばかり思ったのに。

 代わりに、自分の主人によく似た可愛らしい子供がキースの腕に抱かれているけれど。


 キースは「来たか」と告げると、抱いていたティアラローズをフィリーネに渡す。


「着替えさせてやってくれ」

「は、はい。かしこまりました……」


 フィリーネに抱きしめられて、ティアラローズはほっと息をつく。


「その、ごめんなさいフィリーネ。わたくしなの……」

「……やっぱり、ティアラローズ様だったのですね」

「わかるの!?」

「子供の頃のお姿そのままでしたから」


 なんだか懐かしいですねと、フィリーネは微笑んだ。

 着替えを行うために、メインルームの奥にある寝室へと移動する。しかし問題は、子供用の服がないということだろうか。

 ティアラローズは寝台の上に下されて、悩んでいるフィリーネを見た。


「子供用の服がないので、どこかで調達しなければいけないのですが……」

「あ、そうよね」


 さすがにこの時間では、宮殿の使用人も休んでいるだろう。

 しかしティアラローズにぶかぶかの服を着せておくわけにもいかないので、夜番の人間を見つけて対応してもらうのがいいだろう。

 フィリーネがそう考えたところで、寝室のドアが開きパールがやってきた。どうやらキースに事情を聞いたようだ。


「まったく、キースが付いていながらだらしがないのぅ」

「……返す言葉もございません。ですが、これはわたくしが決めたことであって、キースは悪くありません」

「おぬしを守れなかったのじゃから、同じじゃ」


 そう言われてしまっては、どうしようもない。


「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」

「まあ、過ぎてしまったことはよい。……おぬしも女なら、いつまでもだらしのない格好をするのではない」

「――!」


 パールが手にしていた扇を閉じると、ティアラローズの服がサイズぴったりのものになった。可愛らしい水色の、真珠とレースがあしらわれた海のドレスだ。

 思わず感嘆の声がもれる。


「すごく素敵……。ありがとうございます、パール様」

「ひとまずお主は寝るのがいいじゃろ。今は高揚しているから気付いていないかもしれないが、魔力がすっからかんじゃぞ?」

「あ、そうですね……」


 考えるべきことは山積みだが、寝て魔力を回復するのもしなければならないことの一つだ。

 パールに言われてしまったからか、どんどん眠気が込み上げてくる。まぶたが重くなって、このまま寝台に寝転んでしまったらきっと幸せだろう。


 途端にうとうとし始めたティアラローズを見て、フィリーネが「今はお休みください」と告げる。

 優しくティアラローズの頭を撫でて、体を横に。そのまま薄手のタオルケットをそっとかけると、すやすやと寝息が聞こえてきた。どうやら、この一瞬で眠ってしまったようだ。


「お疲れだったのですね、ティアラローズ様……」

「魔力がないのだから、当然じゃ。わらわたちは向こうで話し合いをするから、紅茶を頼む」

「かしこまりました」


 ティアラローズが眠りについたあと、キースたちは今日の情報共有と、今後の対応策などを決めるのだった。

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