5. 歓迎の宴
オアシスのある街や村をいくつか経由して、ティアラローズたちはサンドローズの宮殿へと到着した。
黄金に輝く丸型の屋根に、周囲をぐるりと囲むように建てられた壁には壁画が描かれている。入り口へ続く階段の前には広い水辺があり、とても涼しげだ。
ティアラローズは目を輝かせて、すごいと見惚れる。
「こうしてサンドローズの宮殿を目にする機会があるなんて、思わなかったわ。素敵」
「子猫ちゃんなら、いつだって招待するさ」
うっとりしていると、すぐにサラヴィアがやってきて笑う。冗談とは思えないその言葉に、ティアラローズは「駄目ですよ」と苦笑する。
「アクアスティード陛下が五日後に来ますから、サラヴィア陛下はそれまでお仕事でもしていてください。祭典の準備だって、あるのでしょう?」
「相変わらずつれないなぁ……。まぁいいや。ようこそティアラローズ、我が帝国サンドローズへ。妖精王のお二人とともに、歓迎しよう」
ふらりと一歩前へ出たサラヴィアが、宮殿を背後にティアラローズたちへ歓迎の言葉を告げた。後ろで輝く太陽の光が、皇帝である彼を引き立てているかのよう。
ティアラローズも優雅に礼をして、改めて挨拶の言葉を口にする。
「伝統ある式典にご招待いただいたこと、とても光栄でございます。長い滞在ではございませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。何か不便があれば、いつでも言ってくれ」
「お心遣いありがとうございます」
それじゃあ……と、サラヴィアがティアラローズたちを宮殿へ招く。
「道中は暑くて大変だっただろう? まずはゆっくり休んで」
「はい。ありがとうございます」
通路になっている渡り廊下の横には水が流れ、水中で咲く花が植えられていてとても美しい。さあっと心地よい風がティアラローズの頬をくすぐり、日陰にいると随分涼しく感じる。
それを見たパールは感心しながら、「いいのぉ」と呟く。
「ここの水は管理されているようじゃの。さすがは宮殿というだけあるのぅ」
「パール様にお褒めの言葉をいただけるなんて、光栄ですね」
サラヴィアが微笑み、「美しいでしょう?」と言う。
「我が国は見ての通り砂漠の面積がとても多いが、自然が多く生命の力強さを感じることが出来ます。それはきっと妖精王のお二人に気に入っていただけると思いますよ」
「そうじゃな。わらわたちは、ありのままの自然を好む」
自分たちで手を加えることももちろんあるが、生命の息吹を大切に育んでいくのもパールたち王の仕事だ。妖精を守り導き、人間を見守る。
今のマリンフォレストは、きっと理想のかたちだろう。
簡単に宮殿の案内を受けながら歩いていると、あっという間に用意された部屋の前まで来た。
「ここが子猫ちゃんの部屋で、その隣がパール様、キース様。その奥にあるのが、側近や騎士たちの部屋として使えるようになってる。室内には、サンドローズのドレスも用意してるから自由にどうぞ」
夏仕様とはいえ、マリンフォレストのドレスでは多少暑いだろうから……と、サラヴィアがウインクする。
「お気遣いありがとうございます。サラヴィア陛下に案内までしていただいて……」
「まあ、いずれここが子猫ちゃんの家になるかもしれないしね?」
「なりません! ……もう」
おちゃらけた切り返しに、すぐさまティアラローズは否定する。間違っても、この宮殿でずっと暮らすようなことにはならない。
いったいいつになったら自分のことをあきらめてくれるのか……。
「わたくしは少し休みます」
「ああ。また後で」
「はい」
今日は、夜に歓迎の宴を開いてもらうことになっている。
それは純粋に楽しみだが、初めて一人で他国へ訪問ということもあり、どこか緊張も強い。しばらく休憩ねと告げて、ティアラローズは部屋へ入った。
***
すっかり日が沈んだころ、パールの部屋へキースがやってきた。
数人の使用人が大きな扇で風を仰ぎ、パールは足の低いカウチに寝そべりながら悠々と冷たいドリンクを飲みながら優雅にお菓子を食べているところだった。
「これまた優雅にしてるな」
「なんじゃ、キース。わらわは道中の疲れを取るために休んでいるだけじゃ」
「そんなに疲れてないだろうが、ったく。パールと話があるから、お前たちは下がっていい」
キースが使用人たちを下がらせると、パールは座り直してひとつ息をつく。
「もしや、サラマンダーのことかの?」
「ああ、そうだ」
「…………」
パールはどうしたものかと、思考を巡らせているようだ。黙ってしまったのを見て、キースも「やっぱりな」と呟いた。
二人には、同じものが見えているようだ。
「……ティアラに伝えるか?」
「そうじゃのぉ……余計な茶々入れをしたら、あやつはどうせ突っ走るのが目に見えておる」
「なら、黙っておくか」
「うむ」
話がまとまったところで、部屋にノックが響く。
「パール様、そろそろ宴のお時間です」
「フィリーネか。……入ってよいぞ」
「失礼いたします。キース様もご一緒でしたか。お支度はどうなさいますか?」
フィリーネは宴が始まるので、支度を手伝うためにやってきたようだ。
パールはしばし考えるも、「必要ない」と告げる。妖精王としてのドレスがあるのだから、それを着用していれば問題はないと考えた。
「俺もこのままだな」
「かしこまりました。では、ちょうど案内の方がいらしたので参りましょう」
「ああ」
「うむ」
***
ハニーピンクの髪は低い位置でサイドにまとめ、頭にはレースのヴェール。シースルーの露出度の高い砂漠のドレスは、おへそ周りを出す大胆なデザインになっていた。
そして胸元には、サラヴィアから送られた赤色の宝石をペンダントにして身につけている。普段より装飾品が多く、ティアラローズが歩くとしゃらんと音が鳴る。
始まった歓迎の宴は、サンドローズの巫女たちの舞で幕を開けた。
静かに、けれど力強く舞う彼女たちはこの国の巫女だ。祈りを捧げるための舞は幻想的で、月夜の光があってとても神秘的だ。
案内された広間の天井は中心部分に屋根がなく、満点の星空と月を眺めることが出来る。
敷物の上に並べられたもてなしの料理と、上物のワイン。なんとも贅沢なものだと、ティアラローズは正面の巫女たちを見つめる。
シャンと鳴る鈴と弦楽器。そしてそれに乗せてうたわれる恋の歌が、アクアスティードと離れ離れになってしまった寂しい気持ちに染み渡る。
ゆっくりした行程だったため、マリンフォレストを出発して十八日でこの宮殿へ着いた。そう、もう十八日もアクアスティードに触れられていないし、名前を呼んでもらってはいないのだ。
――アクア様に会いたいなぁ。
そんな憂いに満ちた瞳で舞を見ていると、横に座ったサラヴィアが話しかけてきた。
「これはサラマンダーへ贈る舞だ。神聖なもので、憧れる女性が多い名誉ある地位だな」
「美しい舞ですからね。きっと、サラマンダー様も満足することでしょう」
かねてから一度は見たいと思っていたので、ティアラローズは素直に感想を述べる。これほどの舞を踊れるようになるには、さぞ大変だっただろう。
――そういえば、サラマンダーは実在しているのよね?
間違いなく、皇帝であるサラヴィアもそれは知っているはずだ。
ティアラローズもクレイルに聞いたから知っているのだが、いかんせんこちらが情報を得ているということをサラヴィアは知らない。
気になるから問いかけたいが、そうもいかないのだ。
もしも会えたら……なんて考えてしまうのは、乙女ゲーム好きだからだろうか。この世界のことであれば、なんでも知りたいと思ってしまう。
数日後に開かれる祭典が終われば、サラマンダーは回復して再び眠りにつく。そうすると、次の目覚めは何百年……長ければ千年という時が流れてしまうかもしれない。
――駄目よ、勝手なことはしないとアクア様に約束したもの!!
ここでサラマンダーに会いたいなんていい出したら、間違いなくあとでアクアスティードに怒られてしまう。
何かを耐え忍ぶような表情をしているティアラローズを見て、サラヴィアがどうしたんだと笑う。つい先ほどまでうっとり舞を見ていたというのに、いったいどんな表情芸か。
「……いえ。わたくしの国にも妖精王がいらっしゃるので、火の精霊であるサラマンダー様が実在していてもおかしくはないのではと考えてしまって」
「いるぞ」
「いませんよね……って、え?」
ティアラローズが雑談っぽく、サラマンダーは実在しているのかとサラヴィアに問う。すると、ふざけた口調で簡単に返事をされてしまった。
きっと、ひどく間抜けな顔をしているだろう。ぽかんと口を開けてほおけてしまったティアラローズを見て、サラヴィアはくすりと笑う。
「妖精がいるんだ。火の精霊がいたとしても、不思議はないだろう?」
「それはまあ、そうですが……。そういった話を聞いたことがなかったものですから」
「ああ、そうだな。国家機密だ」
「ちょ……っ!」
なんてことをさらりと言うのだ、この男は!
ティアラローズは焦るが、サラヴィアはまったく慌てた様子もない。国にとって重大なことを漏らしてしまったという自覚がないのだろうか。
「別に、いいさ。ローズはともかくとして、どうせ妖精王たちはサラマンダーの存在に気付いてるだろう? いや、もしかしたら知っていた可能性だってある。なんせ俺たち人間よりも長生きだからな」
だから別に、マリンフォレスト相手に変にかくし立てをするつもりはないのだとサラヴィアは言う。
「そうでしたか……。では、今回の祭典はサラマンダー様のために?」
「ああ。俺が舞うから、しっかり見ててくれよな。きっと惚れ直すぜ?」
「惚れ直すも何も、惚れていません。いい加減なことを言わないでくださいませ、サラヴィア陛下」
いつまでたっても諦めないのだからと、ティアラローズが怒る。しかしサラヴィアはそんなことお構いなしで、ティアラローズの胸元へと視線を移す。正確には、その胸元で光る赤色の宝石――サラマンダーの涙へと。
「……な、なんですか」
「いや? 俺の贈った宝石をつけてくれてるから、少しは期待してもいいんじゃないかと思ってさ」
「そういうつもりでつけているわけではありません!」
公的な場だからつけてきただけなのに、勝手に変な解釈をしないでほしい。
「……美しいな」
「え?」
ふいにサラヴィアの手が伸びてきて、ティアラローズがつけているネックレスへと触れる。
魔力を帯びているこの宝石は、贈ったときよりもティアラローズの魔力が混ざってきていることがわかる。穏やかさと優しさの、暖かな光だ。
じっと宝石を見始めたサラヴィアに、恥ずかしいからまじまじと見ないでほしいとティアラローズは思う。
「さすがは魔力を帯びた宝石ですね。日に日に、赤の色が鮮やかになってきているみたいで……とても美しいです」
「そうだな。ローズの魔力も合わさって、よりいっそう輝いてる。俺が持ってたときよりも、ずっと」
「……っ!」
サラヴィアの目が細められて、懐かしそうに宝石を見たのをティアラローズは見逃さなかった。
――もしかしてこれって、価値以上に大切なものだったんじゃ……?
いつもチャラチャラしているサラヴィアが、どうしてこんな切なそうに宝石を見つめるのか。サラヴィアの真意が、よくわからない。
動揺を見せないように、ティアラローズは言葉を選ぶ。
「この宝石は、サラヴィア陛下が持っていたのですか?」
「ん? ああ、うっかり呟いてたか。そう、俺が生まれたときから、ずっと持ってた宝石だ。残念ながら、俺には相応しくなかったみたいだけど」
「……?」
宝石に合うも合わないもないのではないのかと、ティアラローズは思う。
むしろ装飾品としてなら、サラヴィアの瞳と同じ赤色なので、自分よりよほど似合うのではないか。不思議に感じながらも、その理由を問いかける。
「サラヴィア陛下にも、お似合いだと思いますが……」
「いや、俺よりもローズの方が似合うよ。妖精に愛された姫は、精霊にも愛されるんだな」
「そんなことは……」
どう返事をしていいかわからず、ティアラローズは曖昧に微笑む。
なんだかサラヴィアの様子が変だと思いつつも、アクアスティードがいないこともあり、あまり踏み込むのはよくないだろう。
……少し、心配ではあるけれど。
サラヴィアはワインを手に取り、視線を宝石から舞いを踊る巫女たちへ向ける。
「祭典までは、あと七日か……」
ぽつりと呟かれたサラヴィアのその言葉に、先ほどの切ない表情の理由があるのではとティアラローズは考える。けれど、それを聞いたところで自分にはどうすることも出来ない。
気になりながらも、わけは聞かないまま宴は幕を閉じた。