勇者の師匠
私は今、目の前にいる嘗ての弟子にプロポーズを受けていた。
何故なのだろうか?
あれは三年前の事だ。
遠くの空で雷が稲光り豪雨が地面を打つ最悪な天気の時、裏路地に倒れていた小汚い子供を助けたのがきっかけだった。
常には浮かばない感情を浮かべた私は衝動的に子供を家へと連れ帰って色々と世話をした。
まず、小汚い身体を洗い買ってきた新しい服を着せ、痩せ細っていたので食事を摂らせた。
そして一カ月経つ頃にはすっかり元気を取り戻したようで、冒険者として生きていけるように技術を叩き込んだのだ。
私は冒険者としてそれなりに名の売れたものだった。
「首斬り姫」という恥ずかしい異名も持ち、収入もそこらの貴族より稼いでいただろう。
私も孤児だった。
奇特な爺に剣を仕込まれるまでは生きるために盗人の真似事までせざるを得なかった。
だからか、孤児時代の掟、冒険者の暗黙の掟である事情を聴くことをしなかったのは。
四ヶ月だけという短い期間だったが教えられることは全て仕込み、効率的な練習法も叩き込んだのだ。
そして、ある程度までは教え、冒険者として登録させた後は自分の人生を歩めと放り出した。
「そういえばあいつの名前も聞き忘れたな」
気が付いたのは一年が過ぎた頃だった。
すまん、少年よ、悪気はなかったんだ。
こうして三年が経つ頃には少年のことをすっかり忘れていたのだが、どうしたものか少年の方は忘れておらず、今私の目の前にいるではないか。
少し久しぶりにギルドへと顔を出せば、見違えるほど立派になった少年が駆け寄ってきた。
「シーラ、久しぶりです。相変わらず綺麗ですね」
「……誰かと思えば馬鹿弟子ではないか、お前も息災そうだな」
「はい! これもあの日ぼくを助けてくれたシーラのお陰です」
初心者用の革鎧とダガーから一転してミスリルの長剣と立派な鎧を身につけた少年は、あの日の薄汚れた獣のような姿からかけ離れた好青年へと変わっていた。
自分への自信と輝かしい未来への希望に満ちた光がその瞳に宿っているのだ。
「それに、ずっと探していました。あの日、言えなかったことと、貴女に追いつくまで戒めていた想いを伝えるために」
「ん?」
何故か徐に膝をついて私の右手を握り、手の甲に口付けて、熱い視線で眩しそうに私を見る。
「あの日、ぼくを見つけてくれてありがとうございます。ずっとあの時から貴女だけを見つめていました。どうか、僕の隣に立ってくれませんか?」
「……え?」
「僕の方が年下で、貴女にまだ釣り合わず情けないことも承知の上なのです。どうか、応えてはいただけませんか?」
どういうことか周りに目配せをすると馴染みの受付嬢が応えてくれた。
どうやらこの弟子は優秀なことにAランクまで上り詰めていて、ドラゴンを倒した英雄になったのだという。
そして彼は常々、自分を見つけて鍛えてくれた師匠を探して認めてもらい、告白することが目標だと宣言していたのだというのだ。
どうやらその師匠というのが私だとは知らなかったらしい。
受付嬢まじで説明ありがとう、口パクでわかりずらかったがな!
なるほど、私の考えた以上の功績を挙げたようだ。
それに先程から私を憎悪を混じらせて睨んでいる少女達がこの弟子の仲間だというのたが。
まるでお伽話のように行く先々で美しい少女達を助けて惚れられたようだ。
一人はおっとりとした感じの巨乳僧侶、馬鹿弟子が告白した瞬間額を抑えて後ろに倒れた。
その僧侶を支えながら私を睨んでいるのは、犬耳の可愛らしい美少女とローブを着た幼女。
そしてその横で私を睨んでいるのは怒りで真っ赤な顔をしているエルフの美少女だ。
それぞれ回復役、シーフ、魔術師、剣士だ。
色々と面倒なことになっているらしく、周囲の冒険者の女性の方は呆れと好奇心、男性の方は嫉妬と羨望の眼差しでこちらを遠巻きに見ている。
「はぁ……おい、馬鹿弟子」
「!! はい!」
声をかければ嬉々とした表情で返事を返す。
その姿はまるで従順な犬のようで、私は顔に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
何故ならーーーー
「かあしゃま、それだれ?」
「リーシアには関係ないんだぞ〜」
「「「「ッッ!!?」」」」
自分が断られることを全く考えていないからだ。
滑稽なものだと他人事のように驚く彼らを眺める。
ギルドに駆け込んでくるなり私に飛びついてきた可愛らしい天使は無邪気にも私に少年が誰かと聞いてくる。
まだ幼い我が子を抱き上げながらそう応えると少年が絶望したように青褪めた。
「し、シーラ、その子、は……?」
「リーシアは私の子だ。どうだ、妖精のように可憐であろう?」
「リーがようせさんならかあしゃまはめがみ!」
「ふふ、可愛い私の天使」
舌足らずにそう主張する愛しい我が子を抱きしめながらプルプルの頬にキスを落とす。
「そ、そうか……。僕のようにまた孤児を助けたのですね。本当に貴女は女神のような人だ」
「何を勘違いしているのかは知らんがリーシアは正真正銘私が腹を痛めて産んだ子だが?」
「なっ!? 嘘を言わないでください! その子はどう見ても3歳くらいだ、僕が貴女の元にいた時にはいなかったでしょう?」
「お前を拾った時私は妊娠していたのだよ。だから私は冒険者を休業していたし、お前の修業も四ヶ月しか見なかった」
「そ、そんな……」
肩を落として項垂れる弟子に美少女が群がってくる。
一体なんだというんだ。
こんな美少女に囲まれているなら私のような年上でなく同年代の子に好意を寄せればよかったのだ。
彼女たちもまんざらではないはずだし、その証拠に今は振られた馬鹿弟子に慰めようと迫っている。
正直こちらとしてはその光景に引く。
「おー久しぶりだな……って、なんだこの状況」
「あぁ、よくわからんが茶番が繰り広げられててな」
「なんだそりゃ」
そう言ってギルドに入って来たのは私の夫であるゼフだ。
筋骨隆々で歴戦の勇者な風格ながら、顔立ちは野性味のあるイケメン。
彼とは冒険者時代に幾つもの死線を共に潜り抜けた仲で、私が唯一身体を許すことができた男だ。
もともと私は転生者と呼ばれるもので前世は普通の男子高校生だった。
この世界に生まれた当初はチートか、勇者転生かと期待に胸を膨らませたが、意識のはっきりしてきた頃に息子がご臨終なされていた事実に気づいてかなりショックを受けたものだ。
前世では当然ゲイやらホモのケは無く、至ってノーマルな性癖だったがために精神的同性愛か肉体的同性愛か選べず、俺は独身貴族を貫くぜ!と目から汗を流したことも数え切れない。
人生の理不尽さが心に染みるぜ。
でも、ゼフと出会えて女である自分を受け入れられたし、こうして天使で妖精でエンジェルな娘にも恵まれ、幸せを満喫している。
だから私はゼフ以外に身体を許すことが出来ないし、愛することができる気もしない。
ゼフは私のそんな事情を知ってそれでも好きでいてくれているのだ。
離れるわけがない。
「とにかく、私はゼフと元に生涯を終えるのだ。お前もそういう相手をまた見つけろ。そこの少女達はどうなのだ?」
途端に少女達がグッジョブとサムズアップを寄越す。
現金な奴らだな。
こうして名前も覚えられていない勇者(笑)はきっぱりと振られた。
主人公
シーラ
地球からの転生者で元男。二次性徴期から女性的になっていく自分に恐怖を感じながら男性であるアイデンティティーを削っていった。そして旦那と出会い彼を深く愛することで彼にのみ女性として接することができる。美しい金髪にアイスブルーの瞳の絶世の美女。超絶美人、傾国の美人。Sランク冒険者で「首斬り姫」の異名を持つ伝説の剣士。めっちゃ強い。こいつある意味チート。旦那とは元コンビ。
衝動書きしました。
後悔は…………してないよっ!