(2)絵に描いたようなお嬢様
「はぁ・・・また今日もこの景色か・・・。」
彼女は窓台に手をついきながら大きく口から息を吐き出した。庭先に植えてあるラベンダーの花、その花に群がる名前も知らないような虫たち、池にためてある全く濁りのない水。その全てが自分よりも明らかに自由で、透明であるように感じた。
ふと足元を見ると、ちょうどその隣に放置してあったティッシュ箱と同じくらいの大きさしかないチワワがいた。
「そうか、あなたも私と同じでこの家から出ることはできないのよね。」
彼女の生活は毎日同じ場所で、同じ時間に、同じことをして過ぎていく。朝は7時に起床、30分後に朝食をとり、9時からは勉強に励む。15時にはティータイムがあり、23時には就寝。
毎日、何の変化もなく・・・あるとすれば家で働いている人が時々変わるくらいだろうか・・・過ぎ去っていく。
「私、ロボットみたいよね。行動をすべてプログラミングされて、所有者の理想の一体になるように作られていく。」
羽田さやか、17歳。父親はイギリスで家具を取り扱う会社を起業して大成功し、さやかもイギリスで生活している。
ただ、さやかの父親は、ネクタイを締めるときにズレが気になると言って30分もかけてしまうような慎重な人であったので、娘を社会へ出すなどもっての外だった。
だから、学校も先生を家に読んで済ませ、買い物も商品を家に持ってきて、選ばせて済ませた。さやかにとって社会はその家で完結しているのだ。
インターネットの世界を除いては。
彼女はインターネットで世界中の見知らぬ人と交流をしていた。AWT.netという世界各国の人々が利用している電子掲示板で、彼女は世界を見ていた。無駄な知識だけはたくさん持っていた。
彼女は最近その掲示板であることにハマっていた。それは世界の「すばらしい」ものを見ることだ。様々な国の人が様々なものを見せる。ロシアの聖ワシリイ大聖堂にオーストラリアのグレートバリアリーフ。
先生に教えてもらって名前は知っているけれど、はじめて見たそんなものを見て、彼女はなんとも言えない胸の鼓動を感じた。
銀部北高校では、学年末考査が終わり、結果の個票が配布された。
徹人の顔には微笑みがみられた。対してはるなの顔は完全に青ざめていた。
はるなの個票に並んだ数字は、18、21、24、11・・・と、とても100点満点のテストのそれとは思えないほどのものだった。
はるなはその個票をすぐにクリアファイルの中に片付け、平静を装った。
はるなはその日の放課後に、指先を震わせながら徹人に話しかけた。
「考査の結果が帰ってきたでしょ?もう、ほんとに酷くて、どうしたらいいのかさ。」
声も震えている。だがはるなは涙を必死にこらえ、今の彼女にできる最大限の笑顔で相談した。
徹人にはそれが彼女のSOSだとはわからなかった。
「そんなもん自分でどうにかしろよ。成績なんて結局は自分の努力に比例すんだから。」
「だよね。ごめんねてつくん。」
その夜、はるなは無意識に枕を濡らした。