(1)なんか真面目なプロローグ
彼は3年ぶりに日本に帰ってきた。
彼の傷だらけのスーツケースには、エジプトやらロシアやらのいかにもその国らしさとか言うものを強引に引き出したようなスタンプが、無造作に貼り付けてあって何が何だか全く分からなくなっている。
「これであの人を連れ出せる。イケる!ヤレる!」
急に空港の入国審査へ向かう動く歩道の上で、そんなことを言い出したので周りの人達はまるで道端で尿を足している犬を見るような目で彼を見た。
彼は顔を赤らめ、うずくまった。
成田徹人、彼は昔から学業が優秀で親戚、友人、家族からいつも期待されて育ってきた。
徹人は敵を作らずに生きたかった。だからいつも親の言うとおりに勉強し、県内有数の進学校を出て名門大学、東京外語大学に入学した。
徹人はそんな親が引いた一流のレールの上を、ただただ鈍行列車のように走っているだけの人生でも良いと思っていた。
どこの国の人のものかも全く分からなくなっていたゴミみたいなスーツケースには、1枚だけその所有者が分かるシールが貼ってあった。
海浜に2人の中学生くらいの男女二人が写っている。その写真はすり減って顔は全然見えなくなっていた。
若干黒ずんだその写真を引きずりながら、徹人は空港のスカイデッキに上がった。
マールボロのメンソールに火をつけているその左手は、何故かいつもより震えていた。
つられてライターの火も海中のワカメのように、ユラユラ揺れている。
(本当はもっとなにかこう、刺激のあるものの方が良かったのかもしれないな)
不安もある。でも行かなかったら絶対に後悔する。
彼は心に決めた。
6年前、徹人は県内でもトップクラスの進学校である、県立銀部北高校に進学した。
そして同じ高校に小学校以来の付き合いであった、泉州はるなも進学した。
2人はとても仲が良かった。周りからは完全に彼氏と彼女のイチャラブなんとかにしか見えなかった。
でも当の本人はそんな気は無かった。
実際に徹人の貞操は守られていたし、はるなの例のあの膜はしっかりあった。
徹人は学年でもトップクラスの頭脳を誇った。対してはるなはなんとか銀部北には潜り込めたものの、勉強はできない方だった。
だから、事情を知らない高校の友人からは、なぜこの2人がこんなに仲がいいのか、さっぱり理解できなかった。
高校の学習内容は、はるなにはなかなか理解できなかった。
「てつくん、ここの関数のグラフの最大値、どういうことなの?」
いつものように、はるなは徹人に頼る。
「あのな、そろそろ俺に頼りっぱなしってのもいけないと思うぞ。少しは自分で考えろ。」
徹人は頭を掻きむしりながら言った。前回の模試で第一志望がD判定。彼は焦っていた。
「いつもならちゃんと答えてくれてたのに・・・。」
はるなは肩を落として、自分の席へ戻っていった。
学年末考査が1週間後に迫っていた。