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本編

 あれは夏休みを指折り数えていた七月。朝からクラスで噂になっていた転校生、それが幼馴染のミキちゃんだったなんて、その時は考えもしなかった。小学校に上がる時に引越しをしたから三年ぶりだった。ミキちゃんは相変わらずで、僕を見つけると大きな声で呼んだり、休み時間もすぐに僕の机の前に来た。恥ずかしいからやめて、と言っても聞いてくれるわけもなく、そんな時は怒ったような顔をして、いつもより大きな声で僕に話しかけてくる。その度に友達にからかわれて僕は泣きそうになる。だいたい小学三年生にもなって「おんな」と仲良く話してるなんて、馬鹿にされるに決まってるのに。だから嫌だった。あまり声をかけて欲しくなかった。一緒にいたくなかった。別にミキちゃんのことが嫌いなわけじゃないけど。


 そんなギクシャクした僕たちも夏休みになると変わっていった。毎日遊びに来るミキちゃんに、いつしか僕も昔のように普通に遊んでいた。川遊び、虫取り、たまにお家の手伝い、そんな毎日が楽しかった。

 ミキちゃんは昔よりすっかり白くなっちゃったけど、あの頃と変わらない元気さで僕を色んなところに連れて行ってくれた。川では突き落とされたし、見つけた毛虫は投げてくるし、お手伝いをしている僕の横で美味しそうにアイスを食べるだけで全然手伝ってくれなかったりと、いつも一緒に何かをしていた。

「私ね、未来がわかるの」

 ミキちゃんはよくそんな話をした。

「嘘だー。じゃあ明日の天気を教えてよ」

「明日はね、きっと晴れるよ。今日よりも暑いぐらい」

「じゃあ明日はアイスを買いに行こうよ」

そう言うとミキちゃんは嬉しそうに笑う。でもミキちゃんの天気予報はほとんど当たらないことを僕は知っている。別に明日が雨でも、それはそれで楽しいからいいんだ。

「私ね、この力を使って将来お仕事するんだ」

「占い屋さん?」

「占いじゃないよ。未来を教えてあげるんだから未来屋さん! 未来屋さんの主人ミキってなんかかっこよくない? 絶対お客さんがいっぱい来るよ。そしたら一緒に働こうね」

 千円のお小遣いで僕も働くらしい。そしたらお菓子も食べ放題だ。僕はそんな未来が来て欲しいなと本気で思った。


 楽しい毎日はあっという間に過ぎて、夏休みもあと四日になった。みんなは宿題や日記で大変な時だけど僕は違う。ミキちゃんが毎日「宿題しよう!」ってやって来るから、いつの間にか僕の宿題は終わっていた。だから一日中遊べるんだ。

 今日はミキちゃんに言われて山にやってきた。手には虫かごと虫あみを持って。虫かごの中にはこの夏に捕まえた虫がいっぱい入っていた。セミとかバッタとか飼えないやつは全部逃がしてきたから、中にいるのはカブトムシやクワガタばかりだ。学校が始まったらみんなに見せてやろう――そんな、みんなが驚く顔を想像してにやにやしていた僕にミキちゃんは信じられないことを言ってきた。

「全部逃がしてあげよ」

 僕は虫かごを必死で抱えた。これはこの夏の僕の宝物だ。ミキちゃんはなんでそんなヒドイことを言うんだろう。

「かわいそうだよ。どうせこの夏しか生きられないんだから、逃がしてあげようよ」

 僕は初めてミキちゃんを本当に拒絶した。何を言われても嫌だとしか答えなかった。

「ね、お願いだから。アイスあげるからさ。なんならジュースもつけちゃうから」

 うっとうしかった。なんでミキちゃんがそんなことを言うのかもわからなかったし、僕がこの宝物をどれだけ大切にしているかわかってもらえてないと思うと、すごく腹が立った。

「――――!!」

 ……覚えてないけど、とてもヒドイことを言ったんだと思う。だってミキちゃんが、あのいつも元気なミキちゃんが泣いてたんだから。初めてミキちゃんの泣き顔を見た。それは本当に普通の女の子で、いつも僕と遊んでいるミキちゃんとは違う女の子にしか見えなかった。

 僕は虫かごを抱えて家まで走って帰った。泣いているミキちゃんを山にほったらかしにして。


 次の日、朝から僕はミキちゃんを待っていた。でもミキちゃんは来なかった。まだ怒っているのかと少し腹が立った。

 その次の日、ミキちゃんは来なかった。夏休みがこんなに退屈に感じたのは初めてだった。僕は悪くないと思う。だけど何故か悲しくなった。

 夏休み最後の日、ミキちゃんの家に行ってみた。でも誰も出てこなかった。お出かけしてるんだろう。今日も一日、一人で遊んだ。

 結局、夏休みには会えず始業式の日がきた。僕はどうすればいいのかわからなかった。ごめん、と謝って前みたいに遊べたらいいけど、自分から何て言えばいいかわからない。でももしかしたらミキちゃんから謝ってくれるかな? そうしたら僕もごめんって言いやすいだろうな。

 そんなことを考えていたけど教室にミキちゃんの姿はなかった。ミキちゃんどころか、七月に新しく増えた机といすもなくなっていた。僕は短い時間で一生懸命ミキちゃんを探したけど学校のどこにもいなかった。隠れているのかと思ったけど、先生が教室に入ってきてもミキちゃんは出てこなかった。

「お家の事情で未来ちゃんは引越ししました。お別れが言えないのが残念だけど、みんなと一緒に授業を受けることができて楽しかったですって言ってましたよ」

 僕は走って家に帰り、お母さんに聞いてみた。

「ええ、お母さんは知ってたけど……」

 僕はなんで教えてくれなかったの、と泣きわめいた。僕はミキちゃんにごめんって言わないとだめなのに。ミキちゃんがいつ来ても大丈夫なように玄関に空っぽの虫かごを置いてあるのに! 仲直りしてまた一緒に遊びたいのに!!


 ミキちゃんがいなくなって一週間が過ぎた。僕は前のようにミキちゃんがいないことにも慣れてきて、物足りなさも感じるけどみんなと楽しく遊んでいた。

「今度の日曜日、未来ちゃんのところに行こうか」

 お母さんがそう言ってくれたときは本当に嬉しかった。土曜日はなんて謝るかを考えすぎてなかなか眠れなかった。


 夢を見た。

 僕とミキちゃんが縁側に座ってスイカを食べている。めったに食べられない、笑った口のような形の大きなスイカだ。僕が喜んで食べていると急にミキちゃんはスイカを置いて歩き出した。ゆっくりと庭の木に近づいて、そして木のまん前でしゃがみこんだ。僕は食べるのを止めて、どうしたの、と聞いた。でも何も答えてくれない。いつもと違う様子に気づいた僕は、食べかけのスイカをじっと見た後、それを置いてミキちゃんの所へ走っていった。

 ミキちゃんはセミを見ていた。それも今から脱皮するやつだ。茶色い、怪獣みたいなやつがえっちらおっちらと木を登っている。スイカ食べないの、と聞いてみてもミキちゃんは何も答えなかった。

 僕は縁側に戻ってスイカの続きを食べ始めた。ミキちゃんは相変わらずセミを見ている。僕はスイカを食べ終わると縁側にごろんと横になって、セミを見ているミキちゃんを見ていた。そんなに珍しいものでもないのに、と思ったけどもう口には出さなかった。

 夕方になって、やっとセミは脱皮した。真っ白な体で木の幹に止まっているのが縁側からもよくわかった。ミキちゃんみたい、半分眠りかかっている僕は、そのセミのきれいさに自分でもよくわからないことを考えていた。そして完全に眠ってしまいそうになった時、ミキちゃんの声を聴いたような気がした。

 私がわかる未来はね、ひとつだけなんだ。



 楽しみにしていた日曜日はいつもよりすこし良い服を着た。そして忘れないように空の虫かごを持って、左手にはお母さんが途中で買った花を持たされて、僕は今ミキちゃんの家の前にいる。花を持つなんて恥ずかしいけど、ミキちゃんが喜ぶならかっこいいのかもしれない。

 僕は精一杯背伸びをして、家のベルを鳴らした。


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