姉の過去
ピンポーン
ある小さなアパートでの早朝のこと。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、さっき1Fからのインターホンで例のピザーラの店長が来て、撤退するように申し付けたんだけど、誰かがカギで自動ドアのロックを解除する音が聴こえたのと同時に会話が途切れたんだ。隠れる??」
「何年ぶりだし。4年ぶりか?あ~もう、学生時代にピザーラなんかでやつに雇われてバイトしてた私が馬鹿だったわ…。奥の部屋に隠れてるからなんかいい訳していないからって帰らせて、よろしく頼んだ!いつもお姉ちゃんばっかり頑張ってても仕方ないでしょ」
「お姉ちゃん掃除しかしてなかったんでしょ?それじゃダメじゃん」
「お姉ちゃん複雑な事情でいろいろ大変なんだから責めないで。とにかく私居留守使うからよろしく、言伝とかしなくていいから」
「もちろん、隣りには心強いボクサーがいるしね」
(うん、ちなみに、向かいとか斜向かいにも)
「ひきこもりだけどね」
「ひきこもりはいざとなった時のためにエネルギーを蓄える天才がなるものだから」
「いざとなったら彼を呼んで頂戴。彼ならいつも隣にいるから」
「オッケー!ラジャー!」
ピンポーン
「来たぁ!」
妹の若葉が姉がちゃんと奥の部屋へ入っていくのを確認すると、玄関の方へ行き、サンダルを履き、思い切って玄関のドアを開ける。
「こんにちは~、ピザーラです」
姉がピザーラでアルバイトとして働いていた時に何度もこういうことがあったため、見覚えのある風貌の男の人が現れた。
お兄さん要素に「おじさん」要素が若干加わったような、メガネ男子。
「なんの御用ですか?ピザの受注ミスですか?」
「いいえ、違うんですよ、お宅のお姉さんに用があってきました」
(ゲッ。やっぱり、これはなんとか早く帰ってもらわねば)
「姉なら今仕事で留守ですけど」
「え~、ちょっと点検させてもらう~」
危うく家の中につかつかと侵入しそうになっている靴を半脱ぎの状態にした店長をなんとか若葉が全体重をかけて両手で押しとどめた。
「だめでしょっ。ていうか、なんで店長が宅配の恰好して人の家を訪ねるんですか??そもそも」
「あんたにつべこべ言われる筋合いはないのっ。たまに三回忌とか葬式とかで休暇取るなんてしょっちゅう」
「姉は今バイクで事故って入院中です」
「え、じゃあこれお土産」
店長がおもむろに鞄から取り出したのは、スーパーの袋に詰め込まれたスーパーカップのてんこもり。ちなみにバニラやら抹茶やらチョコやら様々な種類のアイスが入っていた。
「姉ならとっくにアルバイトをやめていますけど??」
「いや~あの時ボク結構なコミュ障でお姉さんが仕事始める頃からいろいろ任せっきりですごく助かったんだよ~~、今度はもっと丁寧に扱ってあげるから、またうちに戻ってきてって言っといて」
「もう二度とあんなとこで働くもんかって言ってますけど」
「期待しないで待ってるって言っておいて。それじゃ、また来るね、バイバイ、お姉さんによろしく」
あまり爽やかににこやかに退散していく店長を見て、若葉は受け取ったアイスの山のビニール袋を両手にぶら提げたまま、なにも口にすることができなかった。