汚れたドレスで君は笑った その3
「ここにはマチコさんだけで?」
「本当ならこういうのはゲンゾウの役目なんだけどね、今回ばかりはロサと鉢合わせした時の相性が悪い。かといってゾロゾロと入り込むわけにもいかないのでね、戦って勝てる可能性が高い私が来たわけだ」
出口に向かっているわけではない、それはわかっているけれど今は目の前のマチコさんの背を追っていくしかない。
「同じ能力者としてジョニー、ロサの能力をどう思う? あのコートが炎を出す能力のそのものなのは知っている。全身そのものから炎を出す能力をコントロールし、コートそのものでなく接触した部分を発火させる。それならあの空中爆破は何だ? 何を意識して爆破をコントロールしている?ジョニーが無事なのも何かげせない」
やっぱりそこに行きついていたか。
ロサを打倒する上で攻略しなければならない謎、でなければロサに近づく事すらままならない。
あ、そうか。
マチコさんなら一撃必殺の飛び道具がある。エクレアの、というよりも今の銃火機は粒子そのものを発射している。
調整しだいで不必要に人を殺す事無く打撃、電撃といろいろと応用がきく上に球の装填やらコストやらそれらの持ち運びが必要がなくなるからだ。
マチコさんはそんな時代の流れに逆行するかのように火薬を使って撃ち出すアンティークな銃を使っている。
エクレアにあれはアンティークとはまた違うと教えてもらったけど私には違いがよくわからない。
リボルバー式のイソノーとカートリッジ式のフグターという二つの銃しか持たず、それ以外の武器は狙撃用のバッドグランマというライフルしか信用しない。
様々な火気を仕込んでいるエクレアとは思えば正反対だよなぁ。
そんな事を思っていると潮風が鼻をついた。
「海……?」
「ああ、この建造物は海の上にあるんだ。それが何を意味するかはわからないけどね、とにかく運がいいのか悪いのか……」
マチコさんは潮の匂いをたどって走り、一つのドアに目をつけた。
「マチコさん?」
「ジョニー、覚悟の用意はできてるか?」
マチコさんが目がねをくいと上げて鋭い視線を私に送る。
私はコクリと頷く。
ドアの向こうに何があるのか……いや、いるのか?
とにかく私は剣を抜く。思えばここまで何事も無く、それこそ誰ともすれ違う事なくここまでこれたのがおかしいのだ。
……うん、おかしい。
おかしくないか?
広い施設って事はそれだけシステムも従業員もいるはずだ、一つのビルが社員一人のデスクって事なんてない、この施設は異常なんだ。
マチコさんも気がついてないはずない、思えば何なのかすらわからない施設って何だ?
覚悟、決めるしかない。
勢い良くマチコさんがドアを開けて部屋に入り込む。
逆に違和感を感じてしまう部屋、その部屋には絨毯がしかれクローゼットがあり、テレビ、棚、ソファー、テーブル、その他いろいろな生活雑貨。
まさに、どこにでもある家のどこにでもあるリビング。
無機質な空間から急につき付けられた現実の空間に、私もマチコさんも動揺の色を隠せなかった。
その部屋に立っているのはスーツ姿の男。
ボサボサ髪、やつれた顔、見間違うはずもない、シドウその人だ。
そしてその傍らに車椅子に座っている、長い銀髪が印象的な女性。歳は二十代後半……よりも多少は若く見える女性。
はじめてみる顔。
それでもその顔を見ただけで、私は一瞬で彼女が何者か予想できた。
私にはわからない何か、何かとしか言い様のないものを感じさせる瞳がその答えを導き出した。
「ブレンダ……」
思わず声が漏れる。
これにはマチコさんも驚いたようで眉を釣り上げた。
「ああ、ジョニー君。驚いたよ、出て来れたなんて」
ブレンダは眉一つ動かさず、それどころか表情一つ変えずに座りつづける、変わりにシドウが返事をしたが、その口調に敵意はない。
それでもマチコさんは銃を下ろさずに話を進める。
「首謀者二人がいるなら話が早い、今回のクーロンの裏社会の混乱はお前達の仕業か?」
淡々と話を進めるマチコさん。
この人は本当にどこまで冷静に話を進められるんだろう。
「それはシャオロン君の判断だよ、彼女はもともとそれが目的だった。彼女にも事情があるだろうからね、それについて詳しくは知らないんだ」
特に動揺する様子もなく語るシドウ。
「ところでその銃を下ろしてくれないかな、今の僕に危険はない」
マチコさんは一瞬だけ考えるような表情を見せると黙ってその銃を降ろした。
「ブレンダは白痴か?」
マチコさんの言葉に私が驚いた、それってそれって、え!?
「……確かに今ブレンダの心はこの場にはない。しかしそれは問題ではない」
「いや、問題だと思うんだけど……」
ちょっとさすがにどう答えていいのかわからない。
ブラニーはこの人の娘なんだよな?
えーと、頭が混乱してる。
「いつからこうなの?」
我ながら情けない質問をしてるな、でもどうしたらいいかわからない。
「あの男が目の前から姿を消した、君が産まれてまもなくからだよ、その時から彼女の心はあの男と共にある」
「あの男って……お父さんの事?わかってる事があるなら教えてもらうわ」
「ジョン・マクレーンの事か? そうか……真実を知らないのか?いや、知るよしもないのか」
「何か知ってるの?」
私の剣を握る手に力がこもる。
不安と期待と、そして予想される絶望を肌で感じる。
「全てを話そう、君は知っているべきなんだ」
恐い。
でも震えるわけでもない。
なんだろう、不思議な感覚。
ぬるま湯の中で、どこにいくかもわからず、力無く流されていくような。
「十数年前ヘクターブレイン社の内部調査、その中で眠れるブレンダを彼は起こした。彼女は……彼女はその時点で彼に恋をしたんだ」
はじまった告白。
それは真実なのかはわからない、作り話の過去かもしれない。
でも、シドウの言葉は私の心に引力のように寄せられた。
「でも、彼は彼女を拒否した。彼の産まれてくる君、最愛の妻への想いが彼女を拒んだんだ、私は悔しかったよ、もう彼女の心は彼に対する想いでいっぱいだったのだから、ならば彼女が満足するように、彼女が幸せになるために尽くすのが彼女を愛する者の勤めだろう?」
私達に同意を求めるシドウ、私達は答えない。
力無く、輝きの無い。それでいて悦楽と満足、折れない想いを信じる力強い黒い瞳。
それだけで私は理解した。
この人はとても優しく。
でも、どこか壊れている。




