STAGE3-1
遊園地での騒動から一日が明けた。昨日びしょ濡れの状態で帰ってきた日由里はちょっと風邪気味だった。
朝起きてきて居間に降りてきたピンク色のパジャマ姿の日由里は、何度か可愛らしいくしゃみをした。すると台所で皆の朝食を作っていたファーラが出てきた。
「どうした、風邪か?」
「はい、ちょっと風邪ひいちゃったみたいです」
「風邪ひいてる奴がパジャマでうろうろするなよ」
ファーラは隣の部屋に行って毛布を持ってきて日由里に渡した。
「温かくしてないとだめだぞ。今ホットミルクを作ってやるから座ってろよ」
「ありがとうございます」
日由里は優しいファーラのことがすっかり好きになっていた。日由里にとって、まるで姉のようなシャイナとは違い、ファーラはずっと昔から知っている親友のような感じがしていた。日由里はファーラの優しさに触れて、体は少し寒気がするが、心はとても温かかった。
それから少しして、日由里がホットミルクを飲んでいると、ミルディアが入ってきた。その姿はとんがり帽子とショートマントが無く、だいぶすっきりした感じになっていた。ミルディアは日由里から見てテーブルの左側に座り、ホットミルクをすすっている日由里を見つめた。途端に肌寒いような空気が日由里にまとわりついた。
(う、気まずい……)
その時にまるで助け舟でも出すようなタイミングで、ファーラがピザトーストの乗った皿を持って台所から出てきた。
「おおう、起きていたのか。コーヒーでも飲むかい?」
「……紅茶…」
「はいはい、紅茶ね」
「……話があるわ」
「今すぐにか?」
「食事の後でいい……シャイナさんも一緒に…」
そしてミルディアは、また日由里を見つめた。日由里は冷たい輝きを放つ黒い瞳に吸い込まれそうになってぎくりとした。
「……あなたもね」
「は、はいっ!」
日由里は思わず緊張して答えた。
(この人苦手だなぁ)
日由里は温かいミルクを飲みながら思った。ミルディアには日由里が今まで出会ってきた人間にはない神秘性というか奥深さというか、何か口では言い表せないような底知れないものがあった。それはただ無口で冷淡な事のみに起因しているだけではなさそうだった。
そのうちに白いネグリジェ姿のシャイナが欠伸をしながら居間に入ってきた。日由里はそのあられもない姿に驚いてしまった。
「な、何て格好してるのよ!?」
シャイナは眠そうに眼をこすりながら、ミルディアの体面に座った。
「女の子だけなんだから別にいいじゃない」
ファーラが台所からサラダの入ったボールと焼いたウィンナーやスクランブルエッグの乗った皿をそれぞれ手に乗せて現れ、シャイナの姿を見ると少し眉を顰めたが、ネグリジェ姿については何も言わなかった。
「シャイナさんもお茶飲むか?」
ファーラが料理をテーブルに置きながら言うと、シャイナは指を立てた。
「う~ん、ビール」
「朝からかよ!? そんなの駄目に決まってるだろ!!」
「しょうがないわね、コーヒーでいいわ」
「当たり前だ! 朝から酒とか、おっさんじゃあるまいし……」
ファーラがぶつくさ言って台所に入っていく。ミルディアは非難めいた光のある目でシャイナを見つめ続けていた。シャイナの方は微笑をうかべつつ相手がどう思おうが関係ないという余裕を見せていた。裏表のないシャイナに対し、底知れないミルディア、この二人はまったく光と闇のようなもので、日由里には今この場でその光と闇がせめぎ合っているような感じがした。
シャイナは微笑を浮かべながらミルディアに余裕を見せるように足を組んだ。シャイナの胸はそれほど大きくないが、全体的に均整のとれた体型で、ネグリジェで足を組む姿には、はっとするような美しさと思わず目をそらしたくなるような艶かしさが同居していた。日由里はそんなシャイナを見て思わず顔を紅潮させた。
「なぁに、そんなに睨んじゃって」
シャイナが言うと、ミルディアはしばらく沈黙した後に、か細いが良く通る澄み切った声で言った。
「……いい加減にしてください。あまりふざけていると、女王様がお怒りになります」
ミルディアにしては、はっきりとものを言った。
「おこりゃしないわよ。でもまぁ、地球での目的は果たしたわ。残されている時間は限られているし、いつまでもゆっくりしている訳にもいかないわね」
「……なら」
「問題は、日由里がどうするかよ」
ミルディアが口を開いたところを、シャイナは遮って言った。
「え? わたし?」
日由里は何が何だかわからずに首をかしげた。毛布にくるまった状態でのその様子はなんだか少し間抜けだった。そこにファーラが淹れたてのコーヒーをシャイナの前に置いてから、ミルディアに向かって言った。
「話は食事の後じゃなかったのか?」
「じゃあ食事の後にしましょう」
シャイナは食事の後と言いながら、食事の最中から持ち前の明るさと快活さを持って話し始めた。話によると、詳しい事をここで説明するのは難しいが、シャイナたちの故郷であるミクトランで大変な問題が起こっており、それを解決する為に一人でも多くの優秀な魔道士が必要なのだと言う。つまるところ、日由里にミクトランまで来てほしいという事だった。日由里は地球外の星に行くというあまりにもスケールが大きすぎる話に、驚きよりも現実味を得ない困惑の方が大きかった。話がそこまで行く頃には朝食は終わっていて、皆で食後のお茶を飲んでいた。その時に日由里の様子を見ていたミルディアはティーカップを置いて言った。
「……ミクトランの今の状況は、あなたに想像出来ないほど危険なものよ……来るのはやめた方がいい……」
「おいおい、ミルディア」
脅すような言葉を発したミルディアに、ファーラが憤慨を交えて言う。その時に日由里の心は何から啓示を受けたように、瞬間に定まった。
「わたしミクトランに行きます!」
状況から見ると、日由里は腹立ちまぎれにミルディアに抵抗しているようにも見えたが、そうではなかった。日由里はミルディアが心から憂いているのが分かったのだ。日由里はミルディアの中にある何か贖い難い悲しみのようなものに触れた。それが何なのかはわからないが、日由里はミクトランに行かなければならないと思った。
「あ、でも、学校どうしよう……」
「それなら問題ないわ。そういうところはちゃんとサポートしてあげるから」
「そうなんだ! じゃあ安心、なのかな?」
シャイナがサポートと言っても何をするのか全く読めなかったので、日由里は疑念があったが、それもつかの間の事で、すぐに『まあいいか』と楽観的に構えた。
その日、シャイナは日由里のサポートをするために、日由里の通う小学校に出向いていった。シャイナの話を聞いた学校の校長はいたく感動し、日由里の事をくれぐれもよろしくと言っていたという。
そして翌日所早朝、まだ薄暗い時分に日由里はシャイナたちに連れられて河原まで来ていた。そこはシャイナと日由里が初めて会った場所だった。
シャイナたちは土手の上の道から河原の方に降りていく。日由里もその後を追って雑草や野花が茂った土手を滑り降りた。
「この上空に宇宙船が停泊しているわ」
シャイナが言うと、日由里は怪訝そうに空を見上げた。
「どこに宇宙船があるの? 空と雲しか見えないけど……」
「インビジブルを使って周りの景色と同化しているから肉眼では確認できないわ。それに宇宙船は地球上にはない物質でできているから、地球の機器では探知できないの。間違って地球の飛行機なんかが激突しても、謎の墜落事故として片付くから問題ないわ」
「いや、それは問題ありまくりだろう」
そんなファーラの突っ込みを受け流しつつ、シャイナは左手の甲にある宝石に向かって言った。
「シャイナよ。今戻ったわ」
『おかえりなさい、シャイナさん。 皆も一緒なんですね』
シャイナの宝石から女の声が聞こえてきた。日由里は不思議な宝石の持つ想像外の機能に驚き、自分のブレスレットの宝石からも声が聞こえないかと耳を当ててみた。
「転送法陣を開けて頂戴」
『はい、ただいま』
女の声が言った後すぐに日由里たちの上から光が降り注ぎ、足元に魔法陣が現れた。
「うわ! なにこれ!? ミステリーサークル!?」
「ただの魔法陣だよ」
ファーラが言った直後、日由里の体が不意に浮かび上がり、何かに吸い上げられるようにかなりの速さで上空へと舞い上がっていった。
「すごい! わたし空飛んでるよ!」
「いちいち騒がしい子ね」
「こんなの誰だって驚くよ!」
空中で日由里がシャイナに言った。その時に上の方に輝く空間が開かれて、日由里たちはそれに吸い込まれていった。
気づいた時には日由里は空中に立っていた。
「うわっ、何これ!!?」
日由里は落ちるかと思ってヒヤッとしたが、足はしっかり地面に立っているような感覚を得ていた。驚いている日由里にずっと前の方に立っていた女性が近づいてきた。
「今はクリアウィンドモードなんです。初めての人は驚きますよね」
日由里は目の前に立った眼鏡の女性を見上げた。ボブカットの栗色の髪の毛に鳶色
の目をした可愛らしい人で、柔和な笑顔の中に深い知性が光り、雰囲気からしても普段から何かにつけて知識を身に着けようとする勤勉さが滲み出ていた。半袖に短めのスカートの白いローブを着ていて、腰には茶色の帯を巻いている。首には黄色の宝石がついたペンダントを下げていて、胸や尻のふくよかさが素晴らしかった。日由里の視線は自然と大きく開いた胸の谷間に吸い寄せられていた。
「……胸おっきいですねぇ」
「え!!? そ、そんなところじっと見つめないで下さい!」
女性は恥ずかしくなって頬を染めた。日由里の方は谷間に目を奪われたのは短い間で、すぐに周りの異常な状況に意識が戻った。
「これって、足ついてますよね?」
「ここは宇宙船の中ですから」
「どう見ても空中に立っているようにしか思えないんですけど…」
日由里がふと下を見ると、遥か下に川や陸橋やあたりの家々が見えていた。まるで高層ビルの屋上から下を見下ろすような景色に足がすみ、今にも落ちてしまうのではないかと心配になった。
「今クリアウィンドモードを解除しますね」
眼鏡の女性は目的を持った足取りで歩きだした。その先には空中に浮かんで妙なものが見えていた。そこだけ銀色の金属質な印象があり、丁度掌が嵌るような鋳型になっていた。日由里は周りに他にも同じような凹凸がいくつかあるのに気付いた。女性が鋳型に手をはめ込むと、急に周りの景色が消えて、磨き上げられた銀のように輝く船内が姿を現した。
「うわ! 急に変わった!?」
「今まではクインセンテンスの機能で船内から外の景色が見えるようになっていたんです。あなたに分かりやすく言うと、マジックミラーから外を見ているようなものですね」
「ここが宇宙船の中だって理解できた?」
シャイナが言うと、日由里は半ば呆然としながら頷いた。あまりにも驚くような事が多すぎて、心ここに非ずという感じだった。
それからシャイナは眼鏡の女性の隣に来て、その肩に手を置いて言った。
「で、この子はクインセンテンスのオペレーターのリアンよ。クインセンテンスの操作はほとんどこの子一人でやってるわ」
「よろしくお願いしますね、日由里さん」
「はいぃ、よろしくって、何でわたしの名前知ってるの?」
「シャイナさんから連絡を受けていましたからね」
「さっそくクインセンテンスをミクトランに向けてちょうだい。エルティーナが待ちわびているでしょうからね」
「新しい魔道士が仲間に加われば、女王様もお喜びになりますね」
シャイナとリアンは嬉しそうに語り合っていた。日由里は女王というのが何者なのか気になって仕方がなかった。
「ねえ、女王様って?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
ファーラが近くにある銀色の椅子に座りながら言った。
「お前も椅子に座れ。でないと大気圏を出るときに吹っ飛ばされて頭打つぞ」
宇宙船内には一番前の運転席らしきところと周囲の壁に合わせて三つある掌の鋳型の前に一つずつと、中のスペースに十ほどの銀の椅子があった。卵を斜めに切ったような半球形の椅子で、中にすっぽり人の体が収まるようになっていた。日由里はファーラの隣の椅子に恐る恐る身を沈めた。
「わ、この椅子すごく気持ちいい!?」
日由里は思わず言った。椅子の座り心地は金属質の見た目の印象とはまるで違っていて、日由里を優しく包み込んでくれた。
「ファーラさん、シートベルトとかなくても平気なの?」
「ああ、地球の車についているあれか。そんなもん無くても平気だ。大気圏を出るまでは魔法で体が固定されるから心配いらないよ」
「ほえー、何から何まですごすぎるよ」
「そろそろ発進しますね。ミルディアとシャイナさんはサポートをお願いします。宇宙に出るまでは魔力で船を動かさなければなりませんので」
「了解したわ」
一番前の運転席のリアンにシャイナが答えて壁側にある鋳型の前の椅子に座って、掌を鋳型にはめ込んだ。ミルディアの方も黙って移動して同じようにした。
「クインセンテンス起動します」
リアン、シャイナ、ミルディアの3人が鋳型に掌を入れると、船内の壁や床に無数に光の筋が現れた。自動車や飛行機に幾筋もの電源コードが通っているように、クインセンテンスにもエネルギーを供給する線があるのだ。そのエネルギーとは魔力等であり、エネルギーが供給されると、船内を巡る供給路が浮き出てくるのだった。
「目標はミクトラン、宇宙に出たらライフストリームシステムに切り替えて運行します。クインセンテンス旋回!」
あまりにも静かすぎて、船が動いているという感覚はほとんどなかった。日由里は本当に動いているのかと訝しくなったが、運転席の窓の景色は動いており、すぐに空と雲しか見えなくなった。それで宇宙船が空に向けられたことが分かった。
「クインセンテンス発進!」
リアンの力強い言葉とともに、日由里の体に負荷がかかる。負荷とは言っても、例えるならエレベータが下降するときに受けるちょっとした浮遊感と同程度のものだった。同時に日由里は、雲を突き抜けるときにほんの一瞬だけ白いものを見た気がした。次の瞬間には、運転席の窓から見える景色は漆黒の闇に代わっていた。
「地球を離脱しましたので、ライフストリームシステムに切り替えます。もう魔力の供給は必要ありませんよ」
日由里は訳が分からず隣のファーラに尋ねた。
「何が起こったの?」
「地球から宇宙に出たんだよ」
「えええぇっ!!? はやっ!!?」
日由里は宇宙船に乗るのは初めてだが、いま乗っている宇宙船が、地球に存在するロケット等よりも遥かに速い事を理解するのは容易だった。
「日由里さんが驚くのも無理はありませんね。ミクトランの宇宙工学は地球よりも遥かに進んでいるんですよ」
リアンが言った後に、唐突に船内の様子が変わった。全てが暗い宇宙空間に飲まれたのだ。先ほどリアンが説明していた、外の景色を取り込むクリアウィンドモードにしたのだ。日由里は椅子の上で体を反転させて、後方で見る間に遠のいてゆく青い星を見つめた。
「すごい! もう地球があんなに小さいよ!」
「楽しそうね」
「すごく楽しいよ! 宇宙旅行が出来るなんて夢みたい!」
「日由里にとってはすべてが初体験だものね」
シャイナと日由里が楽しそうに話をしている姿を、リアンは運転席からちらと振り返って見て言った。
「そろそろライフリープするので席に着いて下さい。日由里さん、地球を出るときとは比べ物にならない衝撃が来ますから、舌をかんだりしないように気を付けて下さいね」
「は、はいっ!」
日由里は何が起こるのか緊張と期待で胸を膨らませて待った。
「帰巣法陣を開きます」
リアンが言うと、前方に白く輝く巨大な六芒星が現れた。
「ライフエネルギー最大出力、各自衝撃に備えて下さい。間もなくライフリープします」
リアンが言った直後に、急激な重圧が日由里を襲った。それは指一本も動かせず、息をつくのもやっとなくらいに凄まじいGだった。宇宙船の中に映し出された闇に散りばめられた星々は光の線となり、超高速に飛ぶ宇宙船の前にある魔方陣から白い輝きが溢れ、やがて閃光が宇宙船を飲み込んだ。
次の瞬間、光が消え去って船内には宇宙空間が映し出されていた。あまりの眩しさに目を閉じていた日由里は、ゆっくりと目を開けてから辺りの様子を見た。
「あれぇ? なんかさっきと違うような……」
日由里がさっきまで見ていた星々のいくつかが、異様に大きくなっていた。よく見てみると、それらの輝きは渦巻き状になっていることが分かった。不思議そうな顔をしている日由里にシャイナが言った。
「ミクトランの近くには星雲が沢山あるのよ」
「ミクトランの近くって、もう着いたの?」
「もうミクトラン近辺の宇宙領域に入っていますよ」
「へぇ、ミクトランと地球って近いんだね」
日由里が言うと、リアンは苦笑いを浮かべた。
「地球とミクトランは数百光年離れていますから、決して近くはありませんよ。日由里さんに分かりやすく言うと、テレポートしたんです」
「うう、何か話のスケールが大きすぎて分からなくなってきたよ……」
「まだミクトランに着くまでには時間があるから、疑問があったら何でも聞きなさい」
シャイナが言うと、日由里は少し考えてから次々と質問をぶつけた。
「さっきから言ってるライフ何とかって、何なの?」
それにリアンが答えて言った。
「ライフストリームシステムの事ですね。これを説明するには、ライフストリーム理論から入らなければいけませんね。ライフストリーム理論は、宇宙とは生命であるという定義から始まるミクトランの科学の礎となっている理論です。地球での位置づけで言えば、相対性理論に匹敵するものです。細かく説明すると、物理や数学なんかも絡んでくるのですが、そこまで説明する必要はないですね。簡単に言うと、宇宙には生命が満ちていて、それをエネルギーとして利用するという理論なんです。そして、ライフストリームシステムは、生命をエネルギーとして利用する機構の事です。この生命から得られるエネルギーをライフエネルギーと言います。この船はライフエネルギーで航行しているんですよ」
「ううっ、なんか難しい……だいたい、生命って何なの?」
「日由里さんの星には魂とか霊魂とかいう考え方がありますよね。人が死んで魂になった後はどこに行くと思います?」
「え? それは天国とか地獄とか、かなぁ」
「答えは宇宙です。私たちは魂ではなく生命と呼んでいますが、あらゆる生命は宇宙に帰っていくのです。そして、宇宙は生命に満ちた存在なのです」
「え…ということは、人の魂をエネルギーとして利用してるってこと!?」
「そう言う事になりますね。人の生命だけではありませんよ。生命はあらゆるものに存在するんです。例えば、地球にだって生命があります。巨大な星が何らかの理由で消滅した、後には強大な生命が宇宙へと放たれます。そのエネルギー量は地球的に言えば、核融合で生まれるエネルギーの数百万倍にもなります」
「人の魂をエネルギーにしちゃうなんて可哀そうだよ……」
「日由里さんの言いたいことは分かります。それはいかにも地球的な考え方ですね。地球のエネルギーは熱などを発して全く違う物質に変化してしまいます。日由里さんにはそういうイメージがあるんですね」
「うん、エネルギーになった人の魂はどうなっちゃうの?」
「生命は絶対に物質的に変化することはありません。もっと分かりやすく言うと、ライフエネルギーとして利用しても、熱や電気を発するような事はないんです。この船は生命を取り込み、循環させてライフエネルギーを得ているのですが、取り込まれた生命は一通り宇宙船を巡った後に元の状態のまま宇宙に戻るんですよ。消えてしまったりはしませんから安心して下さい」
日由里は我が事のようにほっとしていた。本当に心の底から心配していたのだ。それを見たリアンは、少女の心優しさに微笑を浮かべた。
「ライフエネルギーは熱等を発しないのでとても安全で、かつ膨大なエネルギー量を持っています。ミクトランの宇宙工学は、ライフストリーム理論の元に急激な発展を遂げたのです」
「さっきテレポートしたのも、ライフエネルギーの力なの?」
「あれは魔法とライフエネルギーでワームホールを作り出して瞬間移動したんですよ」
「なんだか良くわからないけど、すごいって言うのは分かった!!」
「せっかくリアンが説明してくれたのに、それじゃ身も蓋もないわ……」
シャイナが呆れ顔で言った。そんなことを言っても分からないものは分からないのだから仕方がない。日由里は自分の理解力のなさなどに悲観せずに、次の質問を口にした。
「そう言えば、ミルディアさんがステージで使っていたオリジナルスペルっていうのが、ずっと気になってるんだけど」
「すげぇ話が飛んだな。それについてはわたしが説明してやる」
ファーラが得意になって話し出す。
「オリジナルスペルっていうのは、魔道士が独自に習得している魔法の事だ。オリジナルスペルはマスター自身が持っているものだからカードは必要ない。マナの消費だけで使うことが出来るお得な魔法だ。マジカルステージの勝敗を左右する重要な要素でもあるんだぞ」
「それって、わたしも使えるのかな?」
「無理だろ。オリジナルスペルはちゃんと魔法の修行をしないと使えないぞ」
「あうぅ、じゃあ修行する…」
「ミクトランに着いたら付き合ってやるよ」
「ありがと、ファーラさん!」
「マジカルステージの話が出たことだし、そろそろ始めますか」
シャイナが言うと、全員の視線が彼女に集まった。
「日由里との親善試合を始めるわよ」
「それは面白そうですね。わたしも見物させてもらいますね」
リアンが言うと、シャイナはそれを見て鋭く突き刺すように指刺した。
「何言ってるの、あんたが戦うのよ!」
「ええっ!? だ、だめですよ! わたしものすごく弱いんですから!」
「日由里はずぶの素人だから丁度いいわ。早く準備をなさい」
シャイナの反論を許さない態度に、リアンは渋々、運転席の方から歩いてきた。そして、船の中央に並んだ椅子が床下に沈んでいき、中央にマジックステージをするのにちょうどよい空間が出来上がった。
「ここでマジカルステージをやるなんて、ワクワクしちゃいますね!」
「はぁ、そうですね……」
遊園地に初めて連れて行ってもらった幼子のようにはしゃぐ日由理に対し、リアンは明らかに乗り気ではなかった。
「リアンさんはどんなデッキを使うんですか?」
「地属性デッキですよ」
「それ以外にも、リアン姉さんのデッキにはすごい特徴があるんだぞ」
ファーラが言った。
「どんなデッキなのかなぁ?」
「それは見てからのお楽しみだ」
「よ~し、頑張るよ!」
日由里が左手を上げると、ブレスレットの宝石が輝き、閃光が日由里を包み込んだ。次の瞬間には、日由里は魔法少女の姿になっていた。それに続いて、リアンが胸にかけているペンダントの胸の宝石を握りこむ。すると日由里のものと同じように宝石が輝きだし、彼女の左手には35枚のカードが入ったホルダーが装着され、背中には森を思わせるような深い緑のマントが現れていた。
「それがリアンさんの魔道士の姿なんだね」
「昔は魔道士を目指していたのですが、今は違うんですよ」
「細かい話は後にして、マジカルステージを始めてもらうわ」
シャイナが言うと日由里は頷いて右手を高く上げた。
「オープン・ザ・マジカルステージ!!」
日由里が乗りに乗って言うと、二人は半球型の光のドームに閉じ込められ、マジカルステージのフィールドを表す魔法陣が次々に展開されていく。その時に銀河の群が日由里の目に入ってきた。日由里は息を飲んで改めて見る宇宙に魅了された。船外の風景を取り込む内部は宇宙空間そのもので、日由里たちは漆黒の中に立ち、その中で輝きを放ついくつかの魔法陣は幻想的で美しかった。逆巻き輝く銀河に見守られながらのマジカルステージに、日由里の心は躍った。