STAGE2-1
日由理が初めてのマジカルステージを経験してから三日が経っていた。日由理の両親は結婚十年目の記念の旅行中に出かけていて、暫くは帰ってこないのだが、日由理しかいないはずの家はかなり賑やかだった。
シャイナとファーラは日由理の家に勝手にいついて、新しい世界での生活を楽しんでいるようだった。日由理にとって彼女らの存在は、邪魔になるどころか大いに喜ばしい事だった。何よりも一人で退屈しないで済む。
三日も一緒にいると、居候二人の性格が見えてくる頃だ。ファーラは気が強くて言葉遣いも荒いが、心根は優しく面倒見も良い。何よりも日由理を驚かせたのは炊事洗濯をそつなくこなす所だった。さらに言うと、ファーラの作る料理は絶品だった。シャイナの方はと言うと、いつも部屋でごろごろしたりテレビを見ていたりゲームをやっていたりと、あまり役には立たないが、感覚は鋭くて日由理が悩んだりしているとすぐにそれを察して相談相手になってくれる。容姿もそっくりなので、日由理はこの人を姉のように慕うようになっていた。しかし、シャイナに関しては困ったことが一つあって、勝手に冷蔵庫や地下倉庫の酒に手を出しては、酔っ払って日由理に絡んだりするのだった。
彼女等の素性に関しては、常人ならとても信じることが出来ないようなものだったが、日由理はマジカルスステージを経験した後だったので、それほどは驚かなかった。シャイナたちは、地球から数十光年離れたミクトランという星から、クインセンテンスという宇宙船に乗ってやってきたと言う。クインセンテンスは今もどこかの上空に停泊中だと言うが、シャイナたちはもう少し地球での生活を楽しんでいくつもりらしかった。日由理は宇宙船なんかが空に浮かんでいるのに、それが誰にも見つからずに騒ぎにもならない事を不思議に思ったが、まあいいかとそんな考えはすぐに忘れてしまった。
日由理が学校から帰ってくると、庭で洗濯物を干していたファーラが手を振った。
「よう、お帰り」
「ただいまです。ファーラさん、いつもありがとうございます。家の事なにからなにまでやってもらっちゃって」
「居候なんだから、これくらいはしないと罰が当たるよ」
「そんなこと言ったら、あの人は百回くらい罰当たっちゃいますよ」
「あはは…シャイナさんは、こういう事が苦手だからな」
「それだけなら、まだいいんだけどねぇ……」
日由理はため息をついてから玄関から家の中に入った。そして広間の方に行くと、そこに彼女はいた。ガラス製のテーブルの前に座って、五本目の麦酒の缶を開けたところだった。
「また飲んでる!! 家のお酒勝手に飲まないでって言ってるじゃないの! お父さんに怒られちゃうよ!」
「あら、お帰りなさい日由理。大丈夫よ、わたし今年で二十歳になったから」
「その口上は何回も聞いた! 家のお酒を勝手に飲むなって言ってるの! いい加減に理解してよ!」
「まあ、日由理に怒られると、お姉さん寂しくなっちゃうわ」
といいつつシャイナは麦酒をぐびっと飲んだ。彼女はほろ酔い加減の上機嫌で、どう見ても寂しそうには見えなかった。そこへ入ってきたファーラは少し顔をしかめた。
「シャイナさん、飲みすぎだよ」
「ファーラ、何か作ってよ、おつまみが欲しいわ」
「もうやめとけって……」
シャイナは至極残念そうに深い溜息をついた。
「つれないわねぇ」
二人が会話している間に、日由理は自分の部屋に行ってランドセルを置いてから居間に戻ってきた。その時に、シャイナがテーブルの上に置いた両腕に頭をあずけながら言った。
「何か面白いことないかしらね」
「いや、そのへん面白いことだらけじゃないか。あの車とか言う奴には驚いたよな。あんな鉄の塊がものすごいスピードで動くんだからな」
「ボタンを押しただけで冷たい飲み物が出てくる箱とかもね」
「あれ、あったかいのも出るんだよ」
「え、本当に!? それはすごいわ!」
シャイナとファーラは自動車や自動販売機の話で異常に盛り上がっていた。それを聞いていた日由理は、余りの矛盾に声を大にした。
「おかしい! おかしいよその会話! 何で宇宙船に乗って遠い星から来た人たちが、車とか自動販売機なんかに驚くわけ!?」
「私たちの住んでいる世界には、あんなものはないわ」
「移動手段って言ったら、馬車か徒歩くらいだな。あ、でも飛行機ならあるぞ。魔法で動くやつがな」
ファーラが言っている間に、シャイナはビールを一気に半分ほど飲み干して、日由理はそれをもう止めてくれと言いたそうな顔で見つめた。シャイナはそんな事には気付かずに言った。
「でも、テレビがあまりにも後進的なのにもびっくりしたわね。映像を写すのに、何でこんな板みたいなものが必要なのかしら?」
「それは液晶だよ。シャイナが住んでいる世界にはそういうのないの?」
「こんな映像を写すための媒介なんてないわ。何もないところにいきなり出てくるわよ」
マジカルステージの技術を見ていた日由理は、そのことに関しては分かるような気がした。それにしても、日由理にとってシャイナとファーラの会話はちぐはぐであったり不可思議であったりすることが多かった。どうも彼女等が住んでいるミクトランという星は、あるところでは地球よりも恐ろしく進んだ技術を持っているが、そうかと思えば地球では考えられないような古めかしい部分もあったりするようだ。
シャイナは残りのビールを飲み干すと、一息ついてから言った。
「何かこの世界ならではの、面白い場所に行ってみたいわね」
「何かないか?」
ファーラが日由理に向かって言った。日由理は考え込んだとき、シャイナは空になった麦酒の缶を持ち上げて言った。
「もう一本」
『もう駄目っ!!』
ファーラと日由理は同時に言っていた。その後、ファーラと日由理は少しばかり拗ねているシャイナを放っておいて相談し、次の日に遊園地に行くことにした。
翌日、日由理たちは電車をいくつか乗り継いで、朝から一番近い遊園地に来ていた。
「わたしはその辺りでのんびり過ごすから、あなたたち二人で遊んできなさいな」
といってシャイナは別行動となった。残った二人はシャイナが酒を探しに行ったことを確信していた。
「ま、こっちはこっちで楽しもう」
「うん、そうだね」
時間は午前十一時になろうとしていた。遊園地に訪れる人の数が急激に増えだし、あたりは様々な遊具から鳴る音や、遊園地のスピーカーから流れる音楽、人々の雑踏や絶叫マシンから聞こえてくる悲鳴などが一体となり、一種の心を躍らせるような喧騒がそこにはあった。この遊園地を一番楽しんでいたのはファーラで、日由理を引き連れて次々と絶叫マシンに挑戦していった。そういうのが得意でない日由理には恐ろしい一時となった。
「あはははっ! なんだこれ、すげぇ楽しい!」
「ぎゃ~っ、もういや~~~っ!!」
昼が近づいた頃、二人はファイアーマウンテンという嫌というほど大回転するのが売りのジェットコースターに乗っていた。それが終わってジェットコースターから降りる頃には、日由理はもうふらふらになっていた。
「うう、こんな事ならシャイナと一緒に美味しいものでも食べてればよかった……」
「日由理、次はあれ行くぞ、あれ!」
ファーラは超高所から急降下するマシンを指差して言った。さすがに身の危険を感じた日由理は慌てて言った。
「ほら、ファーラさん、もうお昼だよ! この遊園地には美味しいレストランがあるんだよ!」
「もうそんな時間か。確かに腹が減ってきたな」
それを聞いた日由理は命が救われるような思いがして、心の底からほっとしたのだった。
日由理たちがレストランに向かったのと同じ頃、人目を引く格好をした少女が遊園地の中を歩いていた。来ている服は全て黒尽くめの美しい少女だった。人形のように艶やかな黒髪は長く、頭には黒いとんがり帽子を目深に被り、その内側から覗く黒い瞳の輝きは、目のあった人を釘付けにするほど美しかった。上着は黒のブラウスの上に黒のベストを着て、背中には黒のショートマント、黒いミニスカートに黒いブーツと、左手には手をすっぽりと覆う黒手袋をしてその手甲の部分には黒いカボションの宝石が付いていた。右の黒手袋は動きやすいように指だけ露出するようになっている。肌の露出している部分が多く、パールのように白く滑らかな素肌が黒い色で劇的に際立ち、少女らしからぬ艶かしさに目を奪われる男は数え切れないほどいた。その格好については、彼女を見た殆どの人間が魔女のようだと思った。遊園地という場所がら、アルバイトがこんな格好をさせられているのかと思う人間も多かった。
黒い少女は、花時計の花壇の近くで子供たちに風船を配っているピエロに近づいた。
「……この世界にも魔道士がいるのね……変わった格好だけれど」
少女は控えめで落ち着いた調子で言った。声は小さかったが、ピエロに耳にははっきりと聞こえていた。
「そういう君こそ、素敵な格好をしているじゃないか!」
ピエロは赤い風船を取って黒い少女に渡した。
「どうぞ、可愛らしいお嬢さん!」
「……ありがとう。……あなたはどんな魔法を使うの?」
「僕の魔法かい? こんなのはどうかな!」
ピエロは黒い少女の目の前で、手の中から一厘の花を出した。彼女は驚いて目をぱちくりさせた。その後に黒い少女は言った?
「……その魔法は何かの役に立つの?」
「人を喜ばせることが出来るよ!」
それを聞いた黒い少女は、傍目には気付かないほど微細な笑いを浮かべて言った。
「……素晴らしい魔法ね………」
ピエロは満足して、やうやうしく少女に向かって一礼した。それから黒い少女は赤い風船を持って歩き始めた。
シャイナはレストランで飲みながら気ままに時を過ごしていた。そこへ日由理とファーラが現れて、三人は自然と合流することになった。
三人が食事を終えて外に出ると、多くの人が集まる広場のところでシャイナとファーラが立ち止まった。日由理もそれに吊られる形で足を止める。辺りには多くの人がいて、出店なども多かった。
「げっ、ミルディア!?」
ファーラが驚きの声をあげたときに、日由理も黒い少女の存在に気付いた。
「わっ、魔女だ!?」
「お前、その格好でずっと歩いていたのか?」
ファーラが言うと、ミルディアと呼ばれた黒い少女は、事も無げに頷いた。
「しかも、何で風船なんて持ってるんだよ」
「……さっきもらった…」
ミルディアはずっと日由理だけを見つめていた。それに気付いた日由理は、冷たい輝きを宿す黒い瞳に射すくめられて、背筋が寒くなった。ミルディアは日由理の右腕にある輝く宝石の嵌った腕輪を見て言った。
「……貴方が、シャイナさんに…」
「え? なに?」
ミルディアの声は小さすぎて、日由理の耳に届かなかった。
「……試させてもらう」
ミルディアは近くにいた子供に持っていた赤い風船を与えると、黒い宝石の付いている右手を高く上げた。すると、右手が黒い霧に覆われて、それが消え去ると黒い宝石の代わりに35枚のカードが入ったホルダーが装着されていた。
「……戦いの舞台へ…」
ミルディアの足元から光の輪が広がり、日由理を輪の中に取り込むと、輪の内側を包み込むように光の幕が張られた。日由理とミルディアはあっという間にドーム状の輝きの中に閉じ込められた。さらに互いの足元と左右に魔法陣が展開され、目の前の空中にも小さな魔法陣が、そして少し離れた場所にも魔法陣が展開した。それぞれメインステージ、サモンステージ、リンクステージ、マジックソウルを司る魔法陣だった。
「こ、これって、あの時と同じ!?」
「マジカルステージよ! 気をつけなさい日由理、貴方の目の前にいるのは本物の魔女よ! 負ければ魂を抜き取られるわ!」
「ええっ!!? 嫌だよそんなの! シャイナが代わりに戦ってよ!」
「一度マジカルステージが始まったら、終わるまでは止められないわ。こうなったら日由理が戦うしかないのよ」
「ううっ…っていうか、ちょっと待って!! この状況で変身して戦えって言うの!!?」
周りには輝くドームを見つけて、ギャラリーがどんどん集まってきていた。
「変身するところを見られたからって、どうってことないだろ」
ファーラは本気でそう思っているようだが、日由理にとってはそんな簡単な問題ではなかった。
「知ってる人に見られたら、わたしの日常は終わるよ!!」
「大丈夫よ、わたしに任せなさい!」
シャイナは言った後に、大声で叫んだ。
「みなさーん! 本日のメインイベント! 最新鋭の技術を駆使したカードバトルを行います! よってらっしゃい見てらっしゃい!」
それを聞いてさらに人が集まってきた。
「バカァッ! 余計に人集めてどうするのよ! この酔っ払い!」
「最新鋭の技術だから、魔法少女に変身したって何ら不思議はないわ」
「いや、それはさすがに無理があるんじゃねぇのか……」
日由理がもたついていると、ミルディアからの鋭い視線が突き刺さった。
「……はやくしなさい!」
「むぅ、こうなったらやけだよ! セットアップ!」
日由理は全身が光に包まれて、背中に小さな翼を持った白い魔法少女の姿に変身する。すると、周りから驚きの声と拍手が巻き起こった。同時に、「さすが最新鋭の技術だ」とか、「どんな手品だ?」などと人々の声が聞こえてきた。さすがにこれが魔法の力によるものなどと考える人間は一人もいなかった。それを感じた日由理は少し安心した。
「……お互いに、レベルの表示されているカードが出るまでカードを引く」
「え、何で?」
日由理が首をかしげていると、シャイナが言った。
「まだ説明していなかったけれど、それで先行と後攻を決めるのよ。レベルの高いカードを引いた方が先行か後攻かを選べるわ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ引くよ!」
お互いに、最初の一枚目でレベルの表示されたカードを引いた。
「……わたしの引いたカードは…レベル2」
「わたしはレベル3を引いたよ! わたしの勝ちだね! わたしは先行にするよ」
「……了解したわ…引いたカードを戻してシャッフル…5枚ドロー…」
「わたしも5枚ドローだよ」
互いにドローしたカードが手から離れ、巨大化して宙で横並びになった。
「……お互いにデッキから選んだカードをリンク…」
【ミルディア フィールドレベル1 属性闇】
「わたしはこのごっつい鎧の騎士をリンクするよ!」
【日由理 フィールドレベル1 属性光】
日由理の足元の魔法陣は白く、ミルディアの足元の魔法陣は紫色に輝きだした。様子を見ていたシャイナは頭が痛くなった。
「あの子は、また高レベルの使い魔をリンクしちゃって…」
「わたしと戦ったときとまったく同じパターンだな。わたしが使ったのは演習用のデッキだったからよかったけど、ミルディアのデッキはあんな中途半端なもんじゃない。後で偉いことになるぞ」
ファーラの言葉も表情も真摯であった。