STAGE1-1
【】で表現されているのはゲームの流れをある程度示す為の情報です。遊戯王等で言うと、モンスターの攻撃力やプレイヤーのライフが表示されるのと同じものだと思って下さい。例外的に新たなカードが出て来た場合、登場人物の台詞の中に現れることもあります。
金曜日の昼下がり、少女は川縁の道を歩いて家路を急いでいた。彼女は天野日由理と言う十一歳の可愛らしい少女で、ショートの銀髪の右側の小さなサイドテールにピンクのリボンを結び、コバルトブルーの輝きを放つ大きめの瞳が非常に印象的で、フード付の白い上着に桃色のスカートを履き、手には赤い鞄をもっていた。
吹き渡る風が日由理の銀髪を優しくなでる。側を流れる水の音が耳に心地よく、日由理は大きく息を吸い込んで空を見上げた。上空には厚い雲が広がっていた。
「雨降るのかなぁ」
今度は湿気を含んだ強い風が日由理にぶつかってきた。土手に生えている草花や雑草が騒ぎ、風は日由理に緑の香を運んできた。厚く張った雲には暗い色が混じり始めていた。日由理は早足で帰り道を急いだ。そんな時にその女は現れた。日由理に向かって川べりの道を歩いてくる女は、白のブラウスの上に袖広の白のカーディガンを纏い、深くスリットの入ったロングスカートも白だった。両手には白の手袋をしていて、左手の甲のところにはカボションの白い宝石のようなものが嵌っていた。全身が白なので、かなり日由理の目に付いた。
「あぁっ!?」
日由理は女の顔を見て驚きの声をあげた。女の肌はパールのように輝くような白さで、銀色の髪は腰まで届くほどに長く、日由理を見つめるコバルトブルーの瞳は優しげだった。女は非常に美しい顔立ちだったが、日由理が驚いたのはそこではなく、女の顔が自分と瓜二つだという事だった。女は日由理よりもずっと年上だが、日由理があと十年もしたらこんな姿になると確信してしまうほどだった。その女性は日由理の前まで来て立ち止まった。
「お姉さん! ありがとうございます!」
「はい?」
日由理がいきなり頭を下げるので、女性は面食らった。
「お姉さんに会って、将来の自分に希望が持てました!」
「そ、そう、それは良かったわね。それよりも、わたしはシャイナって言うの。貴方を探していたのよ」
日由理は息を大きく吸い込み、目を丸くして、驚きを露にした。
「まさか!? わたしたちは生き別れた姉妹とか!?」
「いえ、違うわ……貴方をスカウトしに来たのよ」
「え、もしかして芸能関係の人!? やだ、どうしよう!?」
シャイナは異常にテンションの高い日由理に苦々しい笑いを浮かべる。
「残念だけれど、そうじゃない。貴方には魔法使いとしての資質があるわ。魔法少女になって、わたしたちを助けて欲しいの」
「ああ、コスプレイヤーの募集ですか。だったらいいです…」
「違うっ!! わたしは本物の魔道士で、資質を持っている子を探していたのよ」
今度は日由理が面食らった。驚きで大きく瞳を開いた顔が、上空の空のように次第に暗い蔭が差してくる。
「将来の自分が心配になってきました。平然と自分が魔法使いだなんて言う大人にだけはなりたくないね……」
「失礼な子ね。でも、いきなりこんなこと言って信じろという方が無理か」
その時に何者かが日由理たちに向かって砂利を踏み鳴らしながら走ってきた。
「見つけた! 仕事ほったらかしでこんな辺境の星に来て、何やってんですか!」
「あ、丁度いいところに悪い魔女が現れたわ!」
日由理はシャイナが悪い魔女と言った少女を見た。十四,五歳くらいの赤い髪をポニーテールにした女の子で、少し釣り目気味の瞳は燃え立つように赤く、肌は浅黒い。黒いジャケットに赤いチューブトップ、そして黒のタイトスカートという姿で、右腕には大きな赤い宝石の嵌ったブレスレッドをしていた。見た目で勝気な空気を日由理に感じさせた。
「ちょっと悪い魔女って、わたし!?」
赤い髪の少女が憮然とした表情で自分を指差して言う。妙な状況に日由理が呆気に撮られていると、女性が素早く日由理の右腕に銀色のブレスレッドを付けた。それには女性の左手にあるのと同じ様な白い宝石が付いていた。
「え、何これ!? 勝手に変なもの付けないでよ!」
「わたしはあの悪い魔女に命を狙われているのよ。だから魔法少女、えーと、あんた名前は?」
「日由理だよ」
「魔法少女日由理となって、わたしを助けてちょうだい」
「助けろって言われても……」
「今付けたブレスレッドで魔法使いに変身できるわ」
「本当に!?」
「セットアップと言いなさい!」
「え、なにそれ、すごく恥かしいんですけど……」
「いいから言いなさい!!」
「セ、セットアップ!!」
シャイナにどやされて、日由理は思わず叫んだ。すると、日由理の左腕のブレスレッドの宝石が輝きだし、全身が眩い光に包まれる。日由理が気付いた時には、自身の姿がまったく変わっていた。袖が広く開いた白い長袖の上着とミニスカートに白のブーツ、襟の下にカボションの白い宝石が輝いていた。そして、背中には薄ピンク色の翼のようなものが生えていた。
「うわ、何これ!? 本当に変身した!?」
「あなたは魔法少女として生まれ変わったわ。さあ、戦うのよ! そこにいる悪い魔女をやっつけなさい!」
「何だかよく分からないけど、こうなったらやってやる! かかってこい、悪い魔女!」
「いい加減にしろよ、わたしは魔女じゃない! けれど、戦うっていうんなら相手になるよ!」
赤い髪の少女が右腕を上げると、ブレスレッドの赤い宝石から炎が噴き出し、少女の姿は瞬時に真っ赤な輝きに覆われてしまった。日由理がその不可思議な光景を前に釘付けになっていると、炎が瞬時に掻き消える。炎の中から出でた赤い髪の少女の様子が一変していた。赤いチューブトップは変わりないが、ジャケットの代わりに黒いショートマントを纏い、それには鮮烈な赤で燃え上がる炎を思わせるような形の刺繍が施され、黒いタイトスカートにも炎を象った模様が入っていた。
「わっ、向こうも変身した!」
「勝負するにはここは狭すぎる。河原に下りろ」
赤い髪の少女が土手を滑って河原に降りる。日由理とシャイナも後に続いた。赤い髪の少女と日由理は河原で退治する。空はなお暗くなり、吹いてきた強風が濁った川の水面を波立たせる。二人の間に緊張が走ったが、日由理はどうしても気になる事があって、後ろに立っていたシャイナに向かって口を滑らせた。
「ねえ、魔法を使うためのステッキとかないの?」
「あるわよ、貴方の右手に付いてるわ」
「え? 右手?」
日由理が右手を見ると、手の甲のところにカードの束がホルダーごと装着されていた。
「なにこれ? カード?」
「その35枚のデッキが、貴方の魔法の全てよ」
「どういう事なの!?」
「なにごちゃごちゃやってるんだ! さっさと始めるぞ!」
赤い髪の少女が目の前に右腕の赤い宝石をかざすと、それは再び輝きだした。
「オープン・ザ・マジカルステージ!!」
赤い髪の少女の力強い言葉と同時に地面に巨大な光り輝く円が描かれ、そして円の内側の空間はドーム状の光の膜に包まれた。
「わわっ、どうなってるの!?」
「マジカルステージよ。わたしの世界の魔法はカードを通してしか発現できないの。魔法使い同士の戦いは、カードバトルで行われるわ」
「え~っ、何か思ってたのと全然違うよ……」
「あなたの言いたいことは分かるわ。相手を魔法で攻撃して倒そうというのでしょう。わたし世界では、魔法で人を傷つける事は禁じられているわ。だからこそマジカルテージがあるのよ」
「どうすればいいの?」
「わたしが説明してあげるから安心しなさい」
赤い髪の少女の右手にも日由理と同じ様にカードの入ったホルダーが付いていた。
「カードドロー! さあ、お前も引けよ」
「ええっと……」
「デッキから五枚引きなさい。それが貴方の最初の手札になるわ」
日由理はとにかくシャイナに言われるままに五枚のカードを引いた。色とりどり、絵柄も様々なカードは、日由理の手の中から離れると、中空で五倍くらいの大きさに変化して、日由理の前に横一列に並んだ。さらに並んだカードの上方に、横に十個並んだ碁石のような黒丸が現れ、一番左端の三つが緑色に点灯する。さらに左手前方に小さな平面の魔法陣が現れ、右手前方に【LIF4000P】という文字が浮かび上がった。
「うわ、カードが大きくなって宙に浮かんだ!?」
「驚くことはないわ。魔法なんだから、それくらいの事は簡単に出来るわよ」
「シャイナさんに選ばれたって事は、それなりにやるんだろうが、マジカルステージは素人だろう。先行は譲ってやる」
「いえ、そっちの先行でいいわ。日由理は何も知らないから、ファーラからアクションを起こして、色々教えてあげてちょうだい」
「わかった、そういう事なら先行で行かせてもらう。まず、ステージを始める前に、お互いのマスターはデッキから属性を持ったカードを一枚選び、選んだカードをリンクゾーンに置かなければならない。わたしはこのカードでリンクする!」
赤い髪の少女はデッキから一枚のカードを取り出し、右手前方の空中に現れた小さな魔法陣の上に叩きつけるようにしてそれを置いた。するとファーラの足元から赤い魔法陣が広がった。
「魔法陣の色は属性を、魔法陣を囲む円の数がレベルを現す。お前もリンクゾーンにカードを置け」
日由理は何だか気難しげな顔をしていた。
「リンクゾーンとかリンクとか、よく分からない言葉が……」
シャイナは日由理の背中越しから丁寧に説明してくれた。
「貴方の手前に見えている小さい魔法陣がリンクゾーンよ。そこにカードを置く行為をリンクと言うの。リンクする事により、フィールドのレベルを上げると同時に属性を得る事が出来るわ。ルールによってステージの始めにデッキから属性を持ったカードを一枚選んでリンクしなければならない。属性っていうのはカードの左上に付いているマークの事よ」
日由理が手持ちのカードを確認すると、左上にダイヤモンドを思わせる輝きを持った白い菱形のマークが付いていた。
「それは光属性を意味するわ。それと、最初にリンクするときに注意があって、リンクゾーンで効果を発揮するカードを置くことは出来ないわ。貴方のデッキにそんなカードは入っていないから今は気にする必要はないけれど覚えておきなさい」
「う、うん、分かった。デッキから選んだカードをここに置けばいいんだね」
日由理はデッキを確認すると、やたらと考え込んだ。一分も過ぎると、赤い髪の少女は苛立ってきて言った。
「いつまで悩んでんだよ! さっさとリンクしろよ!」
「だってぇ、綺麗なカードばっかりなんだもん。ん~、じゃあこれにする。なんかごつくてあんまり可愛くないし」
日由理が手に取ったカードには、背中に翼のある白い鎧の騎士が描かれていた。シャイナはそれを見て、びっくりしてしまった。それはあらゆるゲームにおいてあり得る、素人が放つ想像を超えた行動によるものだった。
「それはレベル3の使い魔よ。終盤で必要になるから、リンクゾーンには置かない方が…」
「えいっ!」
日由理はシャイナのいう事などまったく聞いていなかった。日由理は見ている方の気持ちが晴れるような勢いでリンクゾーンにカードを置いていた。
「言っておくけれど、フィールドレベルが3になるまでにリンクしたカードは、ステージ中に使用することが出来なくなるのよ。だから、キーカードをリンクするのは自殺行為になるわ」
「そうなんだ。じゃあ、可愛いカードは置かないように気をつけなくちゃ」
「わたしの言っていることをまったく理解していない……」
シャイナと日由理の様子を見ていた赤い髪の少女は、侮るような笑いを浮かべつつ言った。
「これで、お互いのフィールドは魔法によって支配された。マジカルステージを始めるよ!」