第07話 ビーフシチュー
結局プロローグ行く前に切ってしまいました。
すみません……
朝になって刻季は狭い所に設置されたキッチンに向かった。
キッチンには一つの鍋が置いてある。
蓋を取ってみると中には美味しそうなビーフシチューが鍋いっぱいに入っていた。
美味しそうな料理を見てする行為ではないとわかっていつつも刻季はため息をついた。
運が良ければ昨日の事全て無かったことになってないかなぁと思っていたが、そう都合のいいことは起こらないらしい。
僕がいったい何をしたんだ……、と刻季は嘆くがそれなりのことをしちゃっているので神に見放されても仕方ないだろう。
刻季は珍しく仁吾を朝から部屋に呼びいれた。
「さぁ食べよう! いただきます」
無理にテンションを上げて、仁吾にビーフシチューを勧める。
「なぁ刻季。なんで朝からこんなの食わせんだ? 俺正直腹もたれそうなんだけど……。しかも量もこれ一人分じゃねえだろ」
「いやぁ、昨日楽しくなっちゃって作りすぎちゃったかな」
「昨日あの落ち込みようだったのに何があったんだ?」
仁吾が不審に思い始める。
内心では焦っているが隠しながら言い訳を始める。
「悩んでいても仕方ないし。よくよく考えてみれば、萌葱は事情知ってるからきっとなんとかしてくれたんじゃないかなって思ってね」
「まぁ南雲ならそうするだろうな。……それで気を持ち直してこれか?」
「仁吾ビーフシチュー好きじゃなかったっけ?」
流石に3年の付き合いともなると好物も知っている。
そして刻季が料理好きな上、家事万能男だと知っているから味の心配はしてないだろう。
過去に刻季はホントに嫁にしたい男だよなと、本気とも冗談ともとれる顔で言われたことがある。
気を落としながら仁吾は
「好きだけどよ……、好きだけど朝食べるのはちょっと……。それに量も半端ないぞ」
「大丈夫、大丈夫。ていうか朝しっかり食べないと元気でないよ」
「これは食べすぎだろ!」
仁吾は声を上げた。
ダイニングテーブルの上にはシチューを始め、フランスパン、サラダが約5人前ぐらい置いてある。
客観的に見ると確かにかなり多い、と刻季は思っていた。
華音は一体、どれほど刻季に食わせるつもりだったのだろうか。
自分の事を棚に置いて仁吾に消費させようとした。
仁吾は大食いだが、それでも残りそうなくらい多かった。
しかし悩んでいても仕方がないので刻季は一口、スプーンを口に運んだ。
美味い。
声を失わせるほど美味しいシチューだった。
体の細胞がなんか喜んでいるというなんとも奇妙な経験をしている。
目の前で恍惚とした刻季を見ながら、なんだこいつ?と思いながら仁吾も一口啜る。
恍惚となった。
頬が緩んで男前の顔を台無しにして。
「お前の料理ってこんな美味しかったっけ~?」
実に張りのない声を出して、どうでもよさそうに聞いている。
「ハハハ、ウフフ~」
刻季はなんとも気持ち悪い声を出して誤魔化していた。
「ハハハ、アハハ~」
なんか仁吾にも伝染ってる。
気持ち悪い二人が5人前をたいらげたのは、それから30分もしない頃だった。
結局全て美味しくいただいちゃったみたいだ。
____________________________
今刻季と仁吾は二人で寮から出て学園の校舎に向かっている。
学園までの距離はそこまで遠くない。
通常の学校に通う学生の半分くらいの短さなので、割合楽に、悠々と通っている方だろう。
食事時は無理に明るくしていた気分は、やはり生徒会のいつもの集まりがあると思うと刻季は歩きながら憂鬱になってきた。
時間を止めるなんて云うとんでもない力があるくせに、学園に着こうと経っている時間が止まらないかなぁ、と冗談にならないことを思っていた。
やがて校門が見えて、その先にいつも通りの人だかりを見つけた。
心がどんどん曇っているのを理解しつつも通らなければいけない|校門(壁)を超える。
しかし壁はひとつではない。
むしろ次の壁を越えたら本日はそれなりに幸せな時間を過ごすことができるだろう。
横で話しかけてくる仁吾の事を見る余裕すらなく|人ごみ(壁)の横を急いで抜けようとしている刻季の心臓はドキドキのバクバクだった。
そんな状態の刻季を訝しみながらも、昨日の事を知っている仁吾は気をつかい刻季と並んで横を通り過ぎようとする。
人ごみの真横に到達した頃だろう、刻季はチラッと中心を見た。
中にいる生徒会の面々は悉く刻季の方を見ていた。
実際は人ごみのせいでこちらが見えるわけではないのだが、みんながモデル体形で身長が高いことと、横にいる仁吾の大きさが目立つことからだいたい視線がこちらに向いていることがわかっていた。
今日は萌葱もその中にいた。刻季を思いっきり睨むような眼つきで見ている。
睨まれてもその場を離れることしかできないのでいそいそと動きをはやめる。
仁吾もその動きに気付いたのか、それとも萌葱の眼つきに恐れをなしたのか、刻季の動きに同調する。
人ごみに混ざらない人自体あまりいないのに、二人組で避けるように通ろうとしているので奇異の目からは避けられなかったが、刻季はこの場で止まって大変なことになるかもしれないほうが嫌なので甘んじてその視線を受け入れていた。
眼つきはそれぞれだが生徒会に加え、人ごみの人まで見ているという状態をなんとか耐えて下駄箱までたどり着いた。
そこまで来てようやく肩の力を抜く。
とたんに視線と喧騒から離れて安心したのか、刻季はため息をつく。
それと同時に隣からもため息をつく声が聴こえた。
刻季たちは疲れ切った表情で顔を見合わせて苦笑いをすることしかできなかった。
___________________________
教室について仁吾は鞄を自分の席に置くと、そのまま座らずに刻季のところへ向かった。
昨日からの苦悩で参ってしまっている親友を慰めてやるためだろう。
野獣の風貌で誤解されやすいが、こう見えて意外と世話焼きなのだ。
「刻季」
仁吾が声をかけると衰弱した様子の刻季が顔を上げた。
そのまま仁吾は刻季の前の席に横がけで座った。
「まぁ元気出せよ。さっきのでこれからは手を出さないって意思表示だったんじゃねえのか?」
「だといいんだけどね~……」
うなだれながら弱弱しい声で刻季が返した。
昨晩の事を知らない仁吾はこれで終わったと思っている。
だがこれだけで終わらないだろうということを刻季は何となくわかっている。
「誘うつもりがないから来なかったんじゃないのか? それに決闘の結果で誘うこともできないだろ」
誘われるより厄介なことになったとはもちろん言わない。ていうか言えない……
「決闘の結果が絶対の学園規律だからね。強い者がひたすら上に行くという実力主義は魔術師の学園らしいよ」
「幸いあの今代の生徒会長は平等主義なのか、割と居心地のいい学園になってるけどな、創立当初は結構ひどかったらしいぞ」
「ひどかったって?」
刻季が顔を上げて聞いた。
「たしか初代がクラスのA~Gで格差をしっかり作りそれを確立したとか、その次の代で、初代に心酔していた会長が生徒一人一人ランク付けにして、ランク上の人に対しては逆らえないような決まりを作ったりしたとかな」
「それは……」
ある程度予想していたが、それを超えていて絶句した。
「もしかして今もA~C、D~Gで一括りにされているのってそれなの?」
「たぶんな。でもそういうのってなかなか消えるもんじゃないだろ? だから残っていたって魔術師の風習みたいなもんだと思うしかないな。OBが改正を止めてると親父にも聞いたことがある」
「……なんのために?」
「実力主義を変えられたくないんだろ。上に立つ者としては」
魔術師は実力主義のもと形成されていると言っても過言ではない。
いや、魔術師は実力主義に徹しなければ衰退していっただろう。
確実な上下関係を作り生き残ることを選んだ。
師団と旅団しかり、刻季と華音しかりだ。
前後では、希望したとしてないの違いがあるが。
「表向きは平等を謳ってるから一番質が悪いよな」
「それをわかってもどうしようもないっていうのが悲しいね」
「長年この体制だったから変えるには時間がかかる。変えようと思わない連中が上にいるからもしかしたら永遠に変わらないのかもしれない」
「そのほうが安定もしてるし、仕方ないのかもしれないね」
「まぁ安定感で言えば、平等主義より実力主義のがあるのは当然だな」
わかりきったことに、当たり前といった感じで返す仁吾。
「ま、一学生がこんなこと話してても意味がないけどな。将来出世するとしたら別の話になるが、師団が上にいるからには変わらないだろうな」
「師団かぁ……」
「あぁ、いや別に師団の家全部が悪いわけではないぞ。南雲家とかは柔軟な家だしさ」
「萌葱のお父さんも良い人だしね。師団が全部あんな家ならいいのになぁ」
「無茶な話だな。上にいる連中が下に降りたいと思うわけがないだろ」
それが道理だった。
こんなこと話してても何も変わらないので、刻季は声を大きく出して言った。
「学園内が楽しいならいっか!」
「そうだな! 学園生活を謳歌しよう!」
仁吾も奮い立った。
無理に元気をだそうと思っても出ないと思っていたが意外となんとかなるものだなぁと変なところで刻季は関心していた。
やっぱりプロローグの直前から話を始めたかったので今回は少し短かったですが、前回の話と足して2で割ってください(笑)