第03話 幼馴染
教室には半数程度の生徒がいた。この教室は1-Cだ。
Cクラスだからといって魔術強弱とか魔力量とかそんなことは関係ない。
1年次は関東甲信越を7つの地区に分けて、その地区ごとにクラスが形成される。
刻季――僕や仁吾、それに加えて萌葱はもちろんC地区に該当する住所を持っている。
そして2年次に入ると成績や能力によってクラスが決められる。
2-A~2-Cクラスは実力の高い者たちが集まる。
そして少しレベルは落ちるが、他の生徒はD~Gに配属されることになる。
そうはいっても下位クラスが弱いということでは決してない。
基本的に優遇学園の生徒は魔術のエリートや家柄がいい人が多い。というかそれらがほとんどだ。
だから差異が大きくあるわけではないのだが、それでも多少は差があるため生徒会執行部役員・風紀委員会委員なども大抵はA~Cクラス所属である。
学園内の魔術での争いが頻繁に起こるので生徒会役員や風紀委員は学園秩序の維持のために、魔術を使って治める。
生徒会や風紀委員は魔術によほど長けてないと学園の警備などができないので仕方ないだろう。
僕と仁吾が教室に入ると、入学してすぐ早速生徒会に抜擢された幼馴染がこちらに寄ってきた。
中学校も一緒の3人の内の1人だ。
まぁ僕にとって彼女は中学だけでなく産まれたときから一緒に育ってきた存在なのだ。
その寄ってきた幼馴染の南雲萌葱は気まずそうに顔を顰めた。
「おはよう、刻季。今日は少し遅くなっちゃって、朝の集まりに間に合わなかったよ……。」
「おはよ、萌葱。生徒会入ったばかりなのにそんなんでいいの?」
「お父様にバレたら大変なことになっちゃう……」
青ざめながら助けを求めてくるようだった。
そういえば朝、あの生徒会の集まりに萌葱がいなかったなと思い至った。
萌葱は新入生の中で抜群の人気を誇っており、早速上級生から交際を申し込まれたとの話を昨日聞いた。それもそのはず、彼女は少し赤みがかったポニーテールと大きくて少し切れ長で澄んだ緑色の瞳がとても綺麗で、顔立ちも整っている。身長も女性の平均身長以上あるしスタイルも良い。これで人気が出ないわけがない。
そしてご多聞に漏れず12師団の一角だ。
現在は12師団の次席の位置に家長である萌葱の父親が付いている。
萌葱がビビっているが本人の名誉のために断っておくと、萌葱の父親は優しい。
ただ少しばかり厳しいときがあるのだ。
僕もそれほど怒られたことはない。
ただ娘ともなると色々あるのだろう……。
その次席の家の長女である萌葱はただのアイドル集団ではない生徒会に入学前からスカウトを受けていて現在所属しているのだ。
つい数日前まで風紀委員と生徒会が彼女を取り合っていると萌葱はげんなりとしながら言っていた。
それほど魔術に長けていて魔力が高いのだ。
その萌葱が、
「刻季、少し話があるんだけど…」
少し言いづらそうな彼女を訝しい目で見ながら言ってくるので、不審に思いながらも、なにかな?と僕は言った。
「ウチの生徒会長わかる?」
「わからない人なんてこの学園にいないんじゃないかな」
「そ、そうよね。その会長が……」
「うん、会長が?」
彼女はすごい勢いでどもっている
「あ、あたしは無理だと思うって言ったのよ! でもどうしてもと頼まれて……」
「だからなんなの?」
苛立ちをあまり隠さずに言う。
そして萌葱は僕の目を見て、決心したかのように姿勢を正した。
「……生徒会に入ってくれないかな?」
「………え!?」
僕の目が驚きで色を失わせるように薄れていく感覚があった。
「……な、何言ってるの?」
「だーかーらー! 生徒会に入ってほしいのっ」
「スカウト? 正気?」
「別に正気よ! でも生徒会長直々に何度も頼まれて断れなくて……」
「なんで僕なの? もっと優秀なのは周りにいっぱいいるよ。しかも僕は魔術が使えない。萌葱にスカウトが行ったのは納得だが僕に来るのは納得できないよ」
そう、魔術が使えない。
それも全く。
それでも入学出来たのは、きっと魔力所有値の高さによるものだ。
魔力所有値が高いからといって必ず魔術が使えるとは限らない。
その逆で、魔法の使用には必ず魔力を必要とするが、適正のない僕は、魔術が使えない。
適正は人それぞれだが、無い人も稀にいる。
それでも魔力所有値だけは人より数倍高い。
『魔術優遇学園』や『教徒優遇学園』は大抵魔力所有値や魔力量、魔法・魔術適正で入学が決まる。
僕は適正のマイナスを帳消しに出来るくらい魔力所有値が高い。
ゆえに入学依頼(依頼という名だが強制的だ)がきた。
それでも事情を知ってる萌葱は、
「あんたは別に魔術なんか必要としないくらいじゃない。あたしよりも強いくせに……」
「バカ言うなよ。魔術が使えないのに」
「バカはあんたよ! あたしに碓氷にもまるで負けたことないくせに……。ねえ、そろそろ隠すのをやめない?」
おそるおそるといった感じで聞いてくる
「やだよ」
一喝する。
「能力を見せると群がる奴等がいる。そういう奴等を萌葱も見てきただろ」
「でも生徒会は信用できる人ばかりだよ。まだほんの少しの付き合いだけどそれだけはわかる」
萌葱の人を見る眼はすごく長けていると、長い付き合いなので知っている。
その彼女が言うからには、本当に信用できる人ばかりなのだろう。しかし、
「生徒会内で能力を使うのは萌葱の言うとおり信用できるなら良いと思うけど、他の場合どうするの?」
萌葱は気づいたみたいに手をポンっとのせた。
「あっ! そっか……」
「生徒会の仕事ってそーゆー仕事ばかりでしょ? 僕は能力を使わない以上役に立たないよ。生徒会長には断っておいてね。」
「でもでも、あたし個人としても入ってほしいんだよ~! まだ一年私だけだし、これから入る予定もなさそうだし、寂しいの……。ねっ刻季! 助けると思って。」
目を潤ませて言う萌葱。
それにしてもこう言われると辛い。
萌葱自身あまりわがままを言わないからだ。
本当に寂しいのだろう。
しかしそれを断ち切るように、
「悪いけど今回は力になれないよ。まぁ、暇な時ならいつでも、遊びでもなんでも付き合うから諦めて」
必死の懇願を諭すように言う。
「そうかぁ……」
萌葱は案の定悲しそうにうなだれる。
そうした原因は僕にあるんだけれど、こうも悲しそうな顔をされると何とかしたくなる。
どうすべきかと悩んでいるが答えは出て……こないね。
その時は萌葱は何か思いついたみたいに、あっ、と小さく声を上げた。
すると突然、演技じみた悲しそうな表情を浮かべた。
品行方正な彼女にはあまり似つかわしくないことをしている。
なにかな?と僕が戸惑っていると、彼女は大げさに、そして可哀想になるほど強くため息をついた。
「わかったぁ……。……でも一応直接会って断ってくれる? あたしの友達が礼儀知らずだなんて思われたくないから」
「うーん、まぁ、それもそうかもね……。……うん、そうすることにするよ」
「じゃあ今日の放課後開けといて。一緒に生徒会室行こう!」
いきなり声を張る萌葱に僕は吃驚した。
「わ、わかった。わざわざ悪いね」
「いいよ、それぐらい。じゃあ後でね。」
そう言って彼女はごきげんで自分の席に戻って行った。
話のどこかに喜ぶことがあったのだろうか。
稀によくわかんない萌葱。
しかしそれでも刻季は萌葱の機嫌がよかったのでなんとなく嬉しくなって自分の戸惑いを忘れていた。
もう少し考えて行動すべきだったのだ。
これを明日にはもうすでに後悔していることになるのを僕は気付かなかった……。
魔法学を混ぜた授業が終わって放課後、仁吾が来た。
「おい刻季。帰ろうぜ。」
いつものように返事をしようとしたところ、
「ダメダメ! 刻季は用事があるの!」
その会話を耳聡く聞いていた萌葱が僕の腕を胸に引き寄せた。
忘れていたところだった。
「用事? なんだよ、それ?」
仁吾が萌葱に向かって聞く。
「あんたには関係ないでしょ! ほら行くよ!刻季」
「あ、ああ…。」
萌葱が腕を引っ張って歩き出す。
僕は仁吾に向かって手を顔の前でかざし、「悪いね」のポーズを取った。
すっかり忘れていた。
彼は何が何だかわからないみたいに首を傾げている。
教室を出ると萌葱は憤慨する
「まったく、約束もう忘れたの? 放課後って言ったじゃないの!」
「まぁ軽く忘れてたけど、仁吾に説明してからでもいいんじゃないの?」
「そんなの必要ない!」
萌葱はわき目もふらずに生徒会に急ごうとしている。
「他の生徒会役員はもう集まってると思うよ。」
「…え? まだHR終わって数分しか経ってないよ。あり得ないでしょ」
「ウチの生徒会に今日刻季が来ること知っているからたぶん全員集まっているわよ」
「うわっ! 全員いる前でとか断りづらいにも程があるね……」
「それでもこういうことはしっかりと本人から断らないとね」
「それはそうだけどさ……。まさか萌葱が全員呼んだの?」
「そんなこと新米に出来るわけないじゃん。でも会長に呼んだ方がいい、とは伝えたけど…」
「やはり元凶はお前か!!」
刻季が憤慨して声を張った
なんだよ、それ!
「それぐらいいいでしょ。せっかくの誘いを断るんだから少し罰を与えないと」
「どんな思考の持ち主だ! 余計なことをしないでください……」
「あたしだって全員いる前で迫られたんだから刻季にも味わわせようと思って」
「萌葱のことなのになんで僕まで…。何とかならないか?」
その後僕はなんとか回避しようと努力するが、
「ならない。」
の言葉で一蹴された。
仕方なく、という感じで、諦めてしっかり、面と向かって断ろうと思いなおした。
そうこうしている内に生徒会室の前まで着いた。
ドアは少し厳格そうな雰囲気を見せている。
不安になっているのがわかったのか萌葱は、
「大丈夫大丈夫。慣れるから」
「慣れるつもりはないよ!」
危なく断る道すら断とうとしてくる。
油断も隙もない。
僕は深呼吸すると決心してドアを開けた。